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指導

 山水との敗戦以降、瑞祭我、つまり俺は自分を鍛え直していた。

 というか、鍛え直すも何も、そもそも俺はこの世界に来て一年もたっていなかったので、鍛錬を積み始めたというべきなのかもしれない。

 負けた相手が五百年修行していたという事実に打ちのめされたけれども、それはそれとして俺はもう一度自分がもう持っているものをちゃんと使えるようにならないとと思っていた。


「それじゃあ戦いましょうか、最初はサイガ君ね」


 その矢先に、学園長先生がとんでもないことを言い出していた。

 まさか、希少魔法でもなんでもなく、普通の魔法使いである先生がそんなことを言い出すとは思っていなかった。


「あ、一応言っておくけどエッケザックスちゃんは使わないでね。流石に勝負にならないから」

「あ、はい……」


 俺は皆の前では、占術と法術しか使えない。俺以外の人は、一つの分類の魔法しか使えないからだ。

 それに、エッケザックスも使えない。試合にならない、というのはもっともだと思う。

 でもそれは俺の力が全然発揮できないことを意味している。


「それでも、頑張らないとな」


 学園の皆にとって俺は、最強の剣士に負けた男扱いでしかない。

 絶対に勝てない剣聖に挑み、そのまま負けた男。評価は上りも下がりもしない。

 でも、それはちょっと悔しいと思っている。


「サイガ、学園長先生は賢者と呼ばれてるけど、凄腕の魔法使いでもあるらしいわ! 気を付けてね!」

「現役を退いて久しいであろう老骨に無様を晒すなよ。兄上も見ておられるのだからな!」

「け、ケガを、その、しないでくださいね!」


「ああ、わかってるよ」


 俺は腰に下げている、ハピネのお父さんからもらった魔法の剣を手に持って、運動場に歩いていく。

 その俺に向かって、エッケザックスが声をかけていた。


「サイガ」

「ああ、勝てっていうんだろ?」

「……我を使うならまだしも、今のお前では絶対に勝てん。胸を借りるつもりで行ってこい」


 この場の誰よりも、それこそ山水よりもはるかに長い時間を過ごしていた彼女が、学園長先生を高く評価していることに誰もが驚いていた。


「エッケザックス……」

「負けてもいいが、腐るな。勝てなくて当然の相手だ」

「今から負けた時の心配かよ……」

「お前はまだ発展の途上だ。命を奪われるわけでなし、衆目の前で負けを認めるのも当然と思え」


 俺の法術は、皆の前でよく使うからその分得意だ。

 光の鎧や光の壁を使えば、火の魔法は簡単に防げる。

 その慢心が命取り、そういう事なんだろう。


「それじゃあ、お願いします」

「それじゃあお願いね、年寄も少しは働けるところを見せないと」


 俺と学園長先生が対峙した時、その距離はとんでもなく遠かった。

 俺と山水が戦った時は精々五十メートルぐらいだったのに、今は百メートルぐらい離れている。

 そりゃあそうだとは思う。だって、剣が届く間合いで戦ったら勝負にならないし。


「では皆さん、今回の実演の趣旨を先に言っておきます」


 その言葉は、俺やスナエやトオンさんという試合をする人たちに向けられたものじゃなかった。

 他の、沢山いる先生や生徒の皆に、つまり希少魔法ではなく、魔力を使って『魔法』を使う魔法使いに向けて話していた。。


「戦闘に長じた希少魔法の使い手に、一般の魔法使いは勝てないのか。それに対する回答を示しましょう」


 そう言って、学園長先生は俺に向かって杖を向けていた。

 絵本に出てくるような、曲がりくねった木の杖。それを俺に向けている。

 占術によって、俺は自分に向かって火の玉が飛んでくる景色を予知していた。


「バーニングソウル」

「ブライトウォール!」


 百メートル以上の距離をあっさりと越えて、俺に向かって飛んでくる火の玉。

 前にも見たその魔法を、俺はやはり光の壁で防ぐ。


「あらあら、前よりも固くなっているわねえ……」


 前と違うのはここが運動場ということで、光の壁で防いでいる炎の塊が、まだ燃えているということだ。

 このままでは完全に視界がふさがれていて、予知も意味を持たない。

 学園長先生にその気があるかどうかはともかく、やっぱり予知は万能ではない。

 山水と戦った時もそうだったけど、予知が正しくても俺の対処が間違っていれば詰将棋の様に追い込まれていくのだ。


「さて、それでは初歩的な魔法の座学です。皆さんは当然知っているでしょうね、狭義の魔法、正しい意味での魔法は四種類存在します。土、水、火、風です。では、その魔法を練習していくと、上位属性の魔法が使用に可能になります」


 呑気に説明している先生。でも、俺の脳裏によぎった予知は、物騒極まりないものだった。

 炎を受け止めている光の壁が打ち破られて、俺の脳天を何かが貫く死のイメージだった。

 俺はとっさに体を動かす。光の壁に守られたまま、体勢を変えたのだ。

 それによって、予知も変わる。俺の壁は破られたままだけど、俺は無傷という物だった。


「土は鉄、水は氷、風は雷。そして火は……ヒート・レイ」


 じゅう、という音を聞くこともなかった。

 予知された光景は、そのまま目の前で行われていた。


「『熱』です。こうして収束して放つ熱線は、法術の壁さえも容易く貫きます」


 炎の塊も鎮火して、俺の光の壁も解除する。

 試合は終わっていた。そう、俺の負けである。

 全体を万遍なく守らなければならない光の壁に対して、先生は一点に集中した熱線を放ったのだ。

 エッケザックスがいれば、光の壁だけではなく光の鎧も身に纏っていれば防げたかもしれないけど、それは言い訳だろう。


「とはいえ、収束している分命中率は悪い。射程距離が長くても、有効範囲が狭いものね。見ての通り、ちょっと体を動かすだけでよけられてしまう。私も目が弱くなっていますしねえ」


 嘘だ。占術でよけなかったら、そのまま不慮の事故で死んでたぞ……。

 避けると分かっていたからって、狙うだなんて酷い人だ。


「熱の魔法は地味ですからよくわからなかったとは思います。ですが熱の魔法や雷の魔法ならば、法術の鎧も壁もあっさりと貫くことが可能です。風や火の魔法の使い手が多い理由ですね」


 もちろん、法術の壁が絶対だと思っていたわけじゃない。法術も人間の使う魔法である以上、絶対防御じゃなくて精々頑丈な壁だ。

 少なくとも最初にスナエと戦った時は、壁は神降ろしによって壊されかけたし、鎧は爪や牙で貫かれた。

 でもそれは、王家に伝わる特別な希少魔法である神降ろしだからだと思っていた。

 それが、真っ向から否定されていた。誰でも使える魔法でも、極めれば俺の壁なんてぶち抜くって。


「逆に、法術を修めている方は自分を絶対視しないように。法術はこの国では比較的普及している希少魔法ですが、だからこそその対処法も知られています。特に雷の使い手は有名でしたね。数年前まで近衛兵の統括隊長をなさっていた『雷霆の騎士』と呼ばれた方がいましたからね」


 そう言って、学園長先生は露骨に山水を見ていた。


「雷より早く動くものがない以上、何人も雷霆の騎士に及ぶわけもない。突然引退するまでは、国内で最強の戦士といえば彼だったものねえ」


 山水がものすごく嫌そうな顔をしていた。

 もしかして、引退したのってあいつが戦ったからなんじゃないだろうか。


「とはいえ、熱の魔法が最強無敵でどんな状況にも適応できるのか、というとそれも違う話。次はスナエちゃんにお願いしていいかしら?」

「請け負った!」


 俺と戦って、法術の壁の硬さを知るからこそ、次の相手に指名されたスナエは意気昂揚で運動場に上がっていく。

 それと交代で、俺はVIP席に戻っていった。


「うう……まさか学園長先生があそこまで強かったなんて……」

「ケガは大丈夫ですか?」


「うん、大丈夫」


 どうやらハピネは、熱の魔法なら法術の壁を破れるとは知らなかったらしい。

 彼女が知らなかったんなら、俺が知るわけもない。というか、せっかく学園に通っているのに、これでは不勉強が明らかだった。

 剣術や魔法の訓練だけじゃなくて、座学も頑張った方がいいかもしれない。


「どうであった」

「うん、全力で受けても防げなかったと思う」

「だろうな。憶えておけ、魔法がこの国で普及しているのは単に使い手が多いからではない。実戦的であり有用性が高いからだ」


 エッケザックスの説明を受けて、改めて席に座る。

 目の前では巨大な獣の姿になったスナエと、相変わらずにこにこ笑っている学園長先生が居た。

 そんな二人の戦いに対して、お兄さんであり最後に戦うことになる、トオンさんはどう思っているのだろうか。

 ソペードの方にいる彼を見ると、心配しているというよりは、とても緊張した面持ちだった。

 妹が戦うことを止めようとしている、というわけではなかった。


「さて、一応言っておきますが、魔法も神降ろしも当たったら死んじゃうから、寸止めということにしましょう。もしくは、一回当たったら負けということで」

「承知した」

「それじゃあ行きましょうか……レッドカーペット」


 それなりの前置きの後、学園長先生はその杖で運動場の地面をたたいていた。

 そして、直後に地面が燃え上がって、更に延焼していく。

 地面そのものを広範囲に燃やしていくその技は、室内では到底使えるものではなかった。


「ずるいじゃない! 当たったら負けなのに、避けられない技を使うなんて!」

「何をほざくか、俊敏な獣の足を燃やすのは当然の事であろう」


 文句を言うハピネに対して、エッケザックスは冷ややかだった。

 確かに巨大な雌獅子になっているスナエはとても俊敏だ。俺も攻撃を当てるのにとても苦労した覚えがある。

 多分、山水が言っていた『相手を良く知る』って、こういうのを言うんだろうな。


『ヌゥウウウ! 甘いわああ!』


 自分の足元まで燃え広がる前に、スナエは助走して火が触れる直前に跳躍していた。

 相当の距離があったとはいえ、その分地面を燃やす魔法も達するまでに時間を必要としていた。

 なによりも、神降ろしは非常に敏捷性を上げる魔法。このままいけば燃えている地面に足が付くまえに、空中にいたまま学園長先生に攻撃ができるだろう。


「バーニングソウル」


 しかし、学園長先生はそれを読んでいた。

 どれだけ早いと言っても、空中では体勢を変えることもできないし、巨大な獅子になっているスナエは的が大きい。

 慌てることなく放たれた火の玉は、そのままスナエに向かっていって、空中で霧散していた。


「お見事!」


 そう叫んで喝さいを挙げていたのは、スナエのお兄さんであるトオンさんだった。

 確かに、これはお見事という他ない。命中する前に火の玉を消したことも含めて、完璧に魔法を制御していた。

 俺も使える火の魔法一つでも、ちゃんと使い方を考えればああもあっさりと、神降ろしに勝てるのか。

 地面の炎上も収まった地面に、悔しそうに立っている人間の姿のスナエ。

 まさか、学園長先生に対して、結婚しろとか言い出さないよな……。


「さて皆さん、言うまでもありませんが、あの魔法が直撃したところで、スナエさんなら私を殺すことはできていたでしょう。神降ろしに関しては取れているデータは少ないですが、対人仕様の魔法が命中しても、致命傷になるとは思えません。今の実演は、あくまでも当てることが目標でした。よろしいですね?」

「……私も恥は知っている。先ほどの熱の魔法を使えばよかったであろう」

「あれって、とっさに使うのは難しいのよね。私戦闘の専門家じゃないし」


 戦闘の専門家じゃない、か……でも俺が想像する魔法使いそのままな戦い方だった。

 多分、前衛として法術使いの人が壁を作ったりすれば、すごい活躍ができると思う。


「それに、熱の魔法で大きくなった貴方を殺すには、急所へ命中させる必要があった。それの難しさは、貴女にならわかるでしょう?」

「……感服した、学園長殿。異国の魔法、老いた女性と侮っていた」

「あらあら、こんなお婆ちゃんに頭なんて下げなくていいのよ?」


 王家の秘伝をみんなの前で破られたのに、スナエはとても潔く受け入れていた。

 自分で言うのもどうかと思うが、俺と違ってとてもカッコイイと思う。

 俺なんて、滅茶苦茶みっともなかったし。


「それに、皆はもうわかっているとは思うけど、私が今の二人にあっさりと勝てたのは、他でもない初期条件の良さよ。一対一でこれだけ距離がある状態。それで戦いをはじめれば、射程が長い魔法が有利なのは言うまでもないこと。この距離が半分だったら、とてもじゃないけどこんな勝利は望めないわね」

「それは言い訳だ。勝者が語ることではない」

「あら、私は教育者よ。勝因敗因を語るのは当然の義務。私にとって、私が勝つことは目的ではないもの。この場にいる生徒や教員に教訓を与えることが仕事よ」


 絶対無敵の魔法など存在しない。

 敵を知り己を知り、その上で勝てる状況とそれにあった魔法を準備する。

 そうすれば、魔法でも戦闘に特化した希少魔法の使い手に勝利することができる。


「……申し訳ありません、兄上」

「泣き言を言うな、相手が何枚も上手だっただけの事。鍛錬の場で格上に敗北することは決して恥じることではない。むしろ良き機会を得たと思え」

「ですが、王気を宿すものとして……」

「精進するが良い、ここは学び舎だ。それよりも、この兄の戦いぶりを見ていることだ」


 そう言って、多分一番戦闘経験の豊富な人が交代で運動場に立った。

 マジャン=トオン、自分の分身を生み出して戦う剣士。

 話を聞いていた限りだと、そこまで強力な魔法ではないと思う。

 多分、山水と同じタイプの使い手だ。


「まずは、お見事! 改めて賞賛させていただきたい!」

「あらあら、自分に有利なルールを取り決めて、それでずる賢く勝って笑っているお婆ちゃんに、そんなことを言ってくれるの?」

「それが戦術という物であろう! 生徒に勝ち方を示すというのが教師なら、まさに素晴らしい授業と言わざるを得ない」


 相変わらず、俺やスナエと同じ距離をとっていた。

 分身を生み出すだけ、という魔法で、どうやってあの距離を埋めるのだろうか。


「であれば、我が剣が何処まで届くか、試すまで! さあ、授業を付けていただこう!」

「あら、それじゃあ張り切らないとね」


 再びの、足元を燃え上がらせる魔法。俺の場合は法術で防げる、威力そのものは低い魔法だ。範囲が広い分、そんなに強くないんだろう。

 でも、水の魔法や土の魔法で鎮火できないトオンさんは、果たしてどう立ち回るのだろうか。


「飛び石の舞!」


 スナエと同じように走っていったトオンさんは、燃え上がる地面に向けて自分の分身を放った。

 そして、燃えている分身が消える前に踏んづけて、そのまま跳躍して行く。

 踏みやすいような姿勢の分身を着地点に生み出して、足場にしている。

 たぶん、魔法としてはとても簡単な使い方だ。でも、燃えることなく跳んでいく。この場では有効な技だった。


「あらあら」

「本来は浅い川などを渡る技だが、こういう時には使い勝手がいいものだ」


 学園長先生はさっきまでの様に火の玉を何発も打っている。

 本来なら回避できないそれを、自分の分身を踏むことによって回避していく。

 さっきのスナエの様に大ジャンプをしたわけじゃないから、学園長先生の攻撃を見てから避けることができているんだ。


「フレイムカーテン」

「死兵の舞!」


 接近された、ということで火の壁をだして進路をふさごうとする学園長先生。炎の壁に向けて数体の分身を特攻させるトオンさん。

 燃え盛る火の壁によってほとんどの分身が消える中、一体だけが抜けて行って……。


「あら、負けちゃった」

「……花を持たせていただきました」


 火が収まったとき、降参している学園長先生の喉元に剣を向けている一体の分身と、さわやかに笑うトオンさんの姿があった。


「私を本気で倒すつもりなら、色々とやり様はあったと存じますが」

「あら、それはルール違反じゃないかしら? これは授業なんだもの、魔法の使い方が大事、ということをみんなに知ってもらえばそれで満足だわ」

「……正に賢者。お見それしました、学園長殿」


 こうして、実は学園長先生が超凄い魔法使いで、教育者としても一流だということを学んだ俺たちだった。

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