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地味な剣聖はそれでも最強です  作者: 明石六郎
人生の墓場、国家の葬式
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目撃

 その日、白黒山水はオセオの王都に『進軍』した。

 幾つかの城郭を落として前に進んでいく彼は、多くの伝令が王都に到着するより先に降り立っていた。


 たった一人の侵入者を、しかし誰もが油断せずに迎え撃った。

 だが何もかも無為だった。スイボクという幾つもの国を滅ぼした男が、最強と認めた男が国一つ落とせないわけがなかった。


 その惨劇を、ある一人の劇作家は『目撃』し、それを多くのものに語っている。



 私が劇作家になったのは、つまりは面白い劇が好きだからだ。

 面白い劇を思いつき、それを形にしたいと思ったからこそ、劇作家になった。

 自分の劇は当然のこと、他の作家の劇だってよく観ている。


 その私にとって、あの殺戮を目撃できたことは、幸運であり不運だった。

 尊敬すべき、高貴なる狂人の姿を目の当たりにした時の感動は、今でもよく覚えている。

 しかし……それは観客としての幸運だ。劇作家の私は、如何に自分の想像力が陳腐なのかを思い知らされてしまったよ。


 元々、私はさほど裕福というわけではなかったが、田舎にいても劇を見てくれる人などいないので王都にいた。

 そして、夜ふかしなどしょっちゅうだった。だからこそ……私は、それを目撃した。逃げ遅れるという幸運に恵まれた私は、その殺戮を見ることができた。


 彼の前に進む者に未来はなく、彼の背後に生存はなかった。

 王都を守る使命を帯びた兵たちが大通りを進む彼に殺到し、一太刀で骸に変わっていった。

 アルカナ王国では童顔の剣聖と呼ばれる彼は、騎兵だろうが歩兵だろうが、お構いなしに殺傷していった。

 まさに、物語の英雄そのものだった。劇に出てくる、一騎当千の英雄がそこにいたのだよ。


 唯一違うとすれば、伝説の剣を持っていなかったことだろう。

 王都を守る軍隊と戦った彼は、オセオの兵から奪ったであろう剣をつかっていた。

 劇ではないのだから、人間を斬るたびに剣は壊れていく。にもかかわらず彼が延々と殺戮を続けることができたのは、自分を殺そうとする兵士たちから奪っていたからだ。

 それが、本当に優雅でね。私はまさに劇のお手本を観ているようだったよ。力任せに奪いとるわけではなく、死体から剥ぎ取るわけでもなく、地面に落ちているものを慌てて拾っているわけでもなかった。


 時にはへし折れた剣で兵士を絶命させ、力が抜けた彼からすりとる。

 時にはすれ違いざまに喉を裂いて、虚脱した兵士から奪って二刀流に切り替える。

 時には時には素手のまま兵士の槍の先端を掴み、するりと奪い取っていた。


 私も劇作家だ、当然殺陣ぐらいは知っている。同時に、それがどれだけ難しいかも、だ。

 オセオの将兵が必死で彼を殺そうとしているのはわかるのだが、あの剣士の立ち回りが余りにも気品に満ちているものだから、それこそ彼に殺されるために突撃し、予定通りに地面に倒れていくようにしか見えなかったよ。

 殺陣というのは、お約束だ。斬られる役と斬る役が互いに決まったとおりに動く。それがどれだけ難しいのかを知っているからこそ、それを更に高度にした動きをぶっつけ本番で、本気で自分を殺そうとしてくる大軍を相手に寸分も狂うことなく実行し続けるなんて、まさに神域だ。


 そう、私達はただそれだけを見ていた。

 完全武装した兵士たちが、たった一人の剣士に駆逐されていくという、余りにも現実離れした伝説を見ていた。

 だがねえ、それが高貴なる殺戮、と言えるかな?


 私達は、彼の剣術に見惚れていた。

 大袈裟に大振りすることなく、大仰に魔法を使うわけでもなく、抜身の武で斬殺していく姿を観客としてみていた。

 しかし、私達はそのうち気づいたいのだよ。観客としての視点ではなく、劇を演じる側としての視点だからこそ気づけた。


 劇というものは、役者に役どころにあった服を着せる。平民の服ならそれこそ自前でいいが、貴族の服ともなれば貴族に見える服を準備しなければならない。

 とはいえ、劇団によっては自前ではなく貸衣装屋から借りることがある。当然実際の貴族のものではなかったり、あるいはお古を安く買った流行遅れの物も多い。

 とはいえ、借りたものは借りたものだ。汚せば罰金を取られるし、シワが付けばそれはそれで罰金になる。


 私達は借りた服を汚さないように注意して、借りた服を破かないように気をつけて動きを決めているのだが……。

 だからこそ、気づいたのだよ。彼は、童顔の剣聖は、一国の首都を単身で攻め落とそうとしている状況で、自分の履いている革靴にシワができないように立ちまわっていたのだよ。

 一人気づいて全員が周知した時、私達は感動を通り越していた。

 意味がわからないだろう? 私達も理解できなかった。


 目の前には殺気立った兵隊が殺到してきていて、建物の上には弓兵が配置されていて、一切援軍がない敵国の只中で、彼は自分の履いている靴が汚れないように細心の注意を払っていたのだよ。

 自分が斬り殺した死体を踏まないように、血だまりに靴を入れないように、つま先を使ってシワができないように、とにかく徹底していた。

 

 私は、その時知ったのだよ。自分の見識、想像力の貧困さを。

 私は『狂人』という役柄を、とにかく常人と違うことをする人物に位置づけていた。

 しかし、実際の狂人は違うのだよ。

 千軍万馬を前に一歩も引かず一方的に殺傷せしめるほどの英雄性を持ちながら、しかし私達の様な貧乏人の如く一張羅が汚れることを嫌がるのだ。


 捕まれば苦痛の限りを尽くす拷問にかけられる、そうでなくとも大軍を相手に命が保証されるわけもない。

 そんな極限状態の中で、自分の命以外の何かに心を配り、徹底する。

 これが狂人と言わず何というのだ? 

 ただ単に、敵国に単身乗り込んで王都を攻め落とすというだけで、既に伝説として語り継がれる程の武勇伝だ。彼の武名は世界中に轟くだろう。

 だが彼は、そんな伝説的な戦いの中で、自分の靴がへたれることを恐れていたのだ。

 

 私は劇の中で狂人を登場させる時、たいていは悪人か道化として登場させる。

 言葉が通じないとか、酒に酔いしれているとか、薬で頭がダメになっているとか。

 とにかく、私は手頃な存在として狂人という存在を描いた。

 しかし、彼のそのあり方を見て、考えを改めざるを得なかった。

 世の中には、誰もが夢に描くような偉業をなしているさなかで、自分の命が失われるかという緊急事態で、本当にどうでもいいような、取り返しのつくことで真剣に気を回す狂人がいるのだ。


 しかもだ……誰もが知っていることだが、彼はオセオに潜入したのではない。

 オセオの国境から王都までの道中、彼は立ちふさがるすべての障害を、律儀に蹂躙し踏破していった。

 彼が自分の一張羅に返り血の一滴も浴びせることなく立ち回り、新品の革靴をそのまま使っていたのは、王都に始まったことではなかったのだ……。


 何よりも驚きなのは、彼がこのオセオへ侵攻した理由だよ。

 もちろん彼に唖然としていた時の私達はそれを知らなかったが、あとになって彼がなぜ踏み込んできたのかを知った時……本当に意味がわからなかった。


 オセオ・ブラック王子の部位を、ホワイト国王の元へ届けるためだそうだ。


 そんな馬鹿馬鹿しいことを道中高々と宣言して、迎え撃った面々を殲滅していったんだ。

 なんでそんな理由で、命をとして戦える?

 彼に命じるソペードとかいう貴族も頭がおかしいが、律儀に礼服のまま命令通りに他国へ進軍するなんて頭がおかしいだろう?


 私は最初、もっと英雄的な理由だと思っていた。

 さらわれた女を助けるためだとか、不当な扱いを受けた友の名誉のためだとか、無辜の民のためだとか、まあとにかくいくらでもまともな理由はあるはずだ。

 

 まあとにかく……これは劇作家としての敗北宣言だが……。

 事実は小説よりも奇なり、という他ないな。


 少なくとも私は、今回の顛末を劇にする自信がないね。


 結婚式で騒いだ他国の王子を誅し、その部位をもって礼服のままその王子の祖国に単身攻め込み、道中の兵士をまとめて相手取り、そのまま王都へ攻めこんで王へ突き出す。


 ほら、馬鹿馬鹿しい上に意味不明だろう?

 そんな理由で命をかけるなんて、しかも服や靴にまで気を回すなんて、とてもじゃあないが共感を得られない。


 だからまあ、私としては……。

 それからあとに知った、オセオの崩壊なんてのは、驚くにも値しなかった。

 崩壊すると知ったら、そのまま他国へ逃げ出したしね。





 オセオ、王都、王城。

 国家の権威そのものであるその城は、現在たった一人を相手に壊滅の危機にひんしていた。

 いや、はっきり言って、既に壊滅していた。

 謁見の間に立てこもった国王は、残存している兵力に守られながら、后を抱えつつ扉を睨んでいた。

 既に、場内の喧騒は殆ど無い。戦闘員は既に全滅し、非戦闘員は怯えて動けなかった。


「……来ます」


 親衛隊の隊長が、諦念と覚悟をないまぜにしたまま剣を抜いていた。

 その直後、謁見の間の扉が音もなく崩れた。その扉の前に置かれていた、多くの調度品さえ、なんの意味もなく浮かび上がっていく。


「……ば、化物め」


 ある意味では、一国の王と対面するにふさわしい姿だった。

 ある意味では、ありえないほどに慇懃無礼だった。

 国王は、その男を見て絶句する。

 ここに来るまでに数多の将兵を蹴散らした彼は、戦闘していたとは思えないような礼服を着ていた。

 エレガントささえ感じさせる殺戮者は、一切の恐怖も憔悴も見せず、泰然としたまま謁見の間に入った。


「ご、ゴーレムだ!」


 恐怖とともに、試験機として納品されていた、国家機密の兵器を投入する。

 その数十機、たった一人を殺すには過剰なほどの戦力だった。


 人間以上の俊敏さと、人間以上の膂力と、人間以上の耐久力を誇る、オセオの最新兵器。

 それが山水に殺到する。


「気功剣法、十文字。発勁法、振脚。外功法、投山」


 一撃で、堅牢なゴーレムが二体吹き飛ぶ。

 もちろん一切損傷することはないのだが、飛行能力を持たず、殴る蹴る以外の攻撃手段を持たないそのゴーレムは何もできずに、謁見の間にある左右側面の窓を突き破って外へ飛んでいった。


「気功剣法、十文字。縮地法、織姫」


 残る八体も、彼が握っている剣に触れると同時に消えていく。

 割れた窓を通り道として、この城の外へ縮地で瞬間移動する。

 その後、その最新兵器が重力に従って落下するのは当然だった。


 再生能力を持っているという事がない限り、その最新兵器は自重と重力加速によって破壊されただろう。

 仮に万が一、たまたま偶然破壊を免れたとしても、城の外に落下したゴーレムが謁見の間に戻ることは絶望的だった。


 そして、それらの理屈を知らないオセオの面々は、更に絶望的だった。

 その剣に触れる物すべてが消える、という異常事態。

 意味不明に意味不明を重ねる状況に、誰もが現実と悪夢を行き来していた。


「陛下……最後までお守りいたします!」


 親衛隊隊長は、目の前の剣士に燃え盛る剣を掲げ、命を捨てて斬りかかる。

 死なばもろとも、及ばずとも全力で食らいつく。

 その一撃に対して、彼は一切の仙術を使わなかった。


「お見事です」


 普通に、剣術で対応する。

 極限まで圧縮された時間の中で、彼は真理を見ていた。

 余りにも完成された、究極の領域で平然と過ごす剣士。

 その彼に切り裂かれることへの感動と、己が主を守り切れないという無念を抱えて。


 すれ違いざまの一撃。

 ただそれだけで、親衛隊の隊長は苦しむことさえなく絶命していた。


「……名乗れ」


 もはや、自分を守るものは何もない。

 であれば、自分の矜持を自分で守るしかない。

 オセオ・ホワイトは侵入者というには度を超えた怪物に、そう命じていた。


「私はアルカナ王国四大貴族、ソペード家筆頭剣士、武芸指南役総元締め。白黒山水と申します」


 失礼が無いようにと、彼は直立して礼を取る。

 その上で、己の所属を高らかに名乗っていた。


「シロクロ、サンスイ……童顔の剣聖、アルカナ王国最強の剣士か……」

「他国の国王陛下が私のことをご存知とは、大変光栄です」


 なんの冗談だろうか。

 これが最強の剣士、というのは度を超えている。


 最強というのは、国にいる兵士の中で一番強いという程度だ。

 仮に二番目と三番目が手を組めば勝てる程度のはずだ。

 精鋭ではなくとも、百人も揃えれば絶対に勝てる程度のはずだ。


 国王が把握している範囲でも、彼は一国の城を真正面から単独で壊滅させている。

 そりゃあ最強だろうとも。他の誰が、こんなことを出来るというのだ。


「アルカナ王国の近衛兵を単独で制圧し『雷切』とよばれるようになり、数百から成る傭兵を相手に全員の首を落としたがゆえに『晒し首』と呼ばれるようになった男……」


 眉唾を極める、彼の武勇伝を口にする。

 事実と乖離しているはずの、誇張されたはずの噂話を口にする。


「恐縮です」


 実際、事実とは乖離している。

 この化け物は、単独で近衛兵を制圧されるとか、単独で傭兵団を断頭するだとか、そんな程度の武力ではない。

 一国を相手に完勝して尚余りある、個人の枠を超えた存在だった。


 オセオ・ホワイトが持つありとあらゆるものが、彼の前に敗北した。

 彼は真正面からそれらを下していたのだ。


「目的はなんだ、余の首か」

「いいえ、貴方にあるものをお届けに上がりました」


 殺そうと思えば、一瞬で相手の首を落とせる。

 后以外に誰もいないこの状況で、山水は腰に下げていた革袋を取り出していた。


「こちら、我が主、ソペード家当主からの品です」

「……なんだ」

「ご子息である、オセオ・ブラック王子の眼球、耳たぶ、鼻、男子の象徴です」


 勇壮とは程遠い、猟奇的な発言だった。

 それが冗談ではないと、二人は理解していた。


「これを、お受け取りください」


 恭しく差し出してきたそれを、しかし国王は受け取れるはずもなかった。


「それを、余に受け取れと? そのために、貴様は我が城を攻め落としたのか?」

「おっしゃるとおりです」

「そう命じられたがゆえに、ここまでやったのか?」

「おっしゃるとおりです」

「そんな、そんなくだらないことのために、お前は……ここまで来たのか!」


 ありとあらゆる怒りが、彼の中から吹き上がっていた。


「受け取れるか! そんなものを、このオセオ・ホワイトが受け取れるものか!」


 父としての怒り、王としての怒り、男としての怒りが吹き上がっていた。


「一国の王が、そんなものを受け取れるとでも思っているのか、この痴れ者め!」


 相手が誰であっても、絶対に応じられないことがある。


「いますぐ、それを持ってアルカナへ帰るがいい! この、蛮人め!」


 さて、蛮人という侮辱の言葉がある。

 野卑という言葉があり、未開人という言葉もある。

 それを軽蔑のための言葉として、異なる文化の人間へ使うことがある。


「そうですか……お受け取りしていただけませんか」

「そうだ!」


 しかし、それを実際に相手へ直接告げることは愚かである。

 そもそも……相手が実際に蛮人で野卑で未開なら、そんな軽蔑の言葉を使えば、どうなるのか想像ができていないという事である。


「失礼」

「なっ!」


 縮地によって、彼は玉座に座るホワイト王の前に移動する。


「縮地法、織姫」


 そのそばにいた后を、縮地によって遠くへ避難させる。


「お覚悟を」

「なっ……」


 暴力の前には、何もかもが無意味。

 一対一で対峙した時に、文化や地位は余りにも儚い。


「発勁」

「がっ」

「発勁」

「ぐっ」

「発勁」


「発勁」


「発勁、発勁、発勁、発勁、発勁、発勁、発勁、発勁、発勁、発勁」


 気絶しないように、苦痛を与えるように、後遺症を残さないように、執拗に徹底して山水は発勁を叩きこむ。

 仙人としての気配把握能力で、目の前の相手が屈服するその一瞬まで、ひたすら攻撃し続ける。


「お受け取り、していただけますか?」

「わ、わかった」


 さすがは、一国の王だろう。

 彼は唯一、山水から攻撃されて、一撃以上持ちこたえていた。


 もちろん、ただの皮肉である。

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