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地味な剣聖はそれでも最強です  作者: 明石六郎
人生の墓場、国家の葬式
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陽動

 狼煙を上げる、という情報の伝達力は単純で迅速だ。

 なにせ、火の手が上がっているのである。なんの打ち合わせもしていないとしても、それだけで異常とわかる。そこが国境沿いの関所なら尚のことだ。

 俺が大急ぎで走っていると、その反対方向から大量の騎馬が向かってきていることに気付いた。

 いや、気付くというか普通にわかる。仙人じゃなくてもわかる。

 だって、今俺の前から、凄い大きい音が近づいてきている。

 ソペードでもよく聞いた、騎兵隊の音だ。

 さて……やっぱり皆殺しにしないとだめなんだろうか……。


「そこの者、止まれ!」


 先頭を走っていた、指揮官らしき御仁が俺に気付き、呼び止めていた。

 俺は素直に足を止めて、馬上の騎士と向き合う。

 おそらく関所の方向で火の手が上がったことを確認して、大急ぎで走ってきたのだろうと推測できた。

 なるほど、きっといいヒトなんだろう。少なくとも、仕事のできる人のはずである。


「貴様、あの関所の方から来たな。オセオの人間ではあるまい、何者だ!」

「私はアルカナ王国四大貴族が一角、ソペード家に仕える者、白黒山水だ」


 ……おかしい、俺だってそれなりに誇りある立場なのに、なんでこんなことに。


「なぜアルカナ王国の者が、たった一人でここにいる!」

「主命を受けて、オセオ王国の国王陛下の元へ向かっている!」

「要件は何だ、言ってみろ!」

「オセオ・ブラック王子が我が国を批判し、その尊厳を各国の来賓の前で傷つけた! それ故に、私はオセオ・ブラック王子の耳と鼻と目を切除し、加えて男子の証をも切り落とし! それをそちらの国王へ届けるのだ!」


 もう、耳と鼻と目を何度言っているのかわからない。

 なんで大の大人が大の大人へ、お互い仕事中なのに金的のことを報告しなければならないのか。

 何から何まで猟奇的な行動だが、アルカナ王国側としては一切後ろめたいことがないということになっているので、俺はそう宣言しなければならない。


「……では、あの関所は」

「いかにも、私が破った!」

「よかろう、其方に主命があるというのなら、引くに引けまい……」


 いろいろとくみ取ってくれたのか、指揮官は話を打ち切ってくれた。

 お互いに使命があり、役割がある。それならば、もはや戦うしかない。

 できれば殺したくない、いい軍人だ。


「者ども……かかれ!」


 だがしかし、俺にしてみれば殺したい人間などほとんどいない。

 そもそも、殺したいという理由で殺すなど、あまりにも傲慢極まりない。


 少し思い出すのは、祭我の言葉だ。

 

 どうして俺って、そこそこ勝負になる相手と戦えないんだろう……。

 一生懸命頑張れば、なんとか勝てる程度の相手と戦って勝ちたい……。

 なんで絶対に勝てない相手とか、勝っても面白くないし自慢にならない相手とばっかりと戦ってるんだろう……。


 まあ気持ちはわかる。

 少なくとも、俺だってそう思うし……俺に殺される彼らだって、そう思っているはずだ。


「縮地」


 俺と師匠の縮地は、普通の人間の反射神経でどうにかできるレベルではない。

 まして、事前知識がまったくない状態では対処の限界を超えている。

 法術で身を固めて、占術で予知した祭我でぎりぎり対処できる程度。天才中の天才であるランでさえ、まるで何もできなかったのだ。

 初見で、魔力しか持たない相手が、対処できるわけがない。


「がひゅ……」


 俺は、指揮官の真横の空中に縮地していた。

 彼の視界から消え、さらに側面から喉に剣を当て、すれ違いざまに切り裂く。

 一瞬で彼は致命傷を負い、それを治療する手段はここにない。


 機先を制す。


 もちろん武術的な意味はあるのだが、俺が大軍を相手にする場合は少しだけ違う。

 つまりは……攻撃をしようとしている人間の背後や側面に回って、そのまま殺し続ける。

 ただの一瞬も相手の視界に入らず、ひたすら虚を突き続ける。


「ごっ……」

「ひゅ……」

「あ……」


 こうなると、剣術もへったくれもない。

 それこそ、ただ縮地を連発し続けるだけで殺せる。


「な、なんだいったい!」

「ど、どこに消えた!」

「ち、畜生! 畜生!」


 とまあ、言うのは簡単だがやるほうは簡単ではない。

 ただでさえ気が乗らない作業を、ひたすら延々繰り返すのだ。

 当然、楽しくない。あんまり剣士らしくもない。しかし、それは俺の所感である。

 相手にしてみれば、敵がいきなり消えて友軍がバタバタ落馬し続けているのだ。そりゃあさぞ怖かろう。

 当たり前だが、人間は練習していることならある程度こなせるが、練習していないことは全くこなせない。特に、想像もできなかった相手と戦うなど、狂気の沙汰だ。

 狂気の沙汰、というよりは狂気に堕ちる。


「一瞬で消えて、一瞬で現れるぞ!」

「畜生、どうすればいいんだ!」


 俺の縮地は、瞬間移動に分類される。

 しかし、他にも透明になるとか時間を止めるとか、そういう術でも似たようなことができるだろう。

 こういう時に元日本人なら『瞬間移動系の能力者か』とか『時間停止ができるんだな』とか、そういう発想ができるのだが、彼らにはそれがない。

 もちろんそういう発想ができても対処ができない、瞬間移動の連発に対して魔力による魔法ではどうにもできない、ということは既にクロー・バトラブが証明している。

 だが、ここで重要なのは彼らはパニックを起こしているということだ。

 彼らは武器を持っており、馬上にいて、しかも魔法を使うことができる正規兵。

 しかも、精鋭中の精鋭というわけでもない。各々の判断力が高いわけではないし、武装もごく普通の者である。

 それが何を意味するのかといえば……。


「し、しねええ!」

「うぎゃあああ!」


 我ながら、どうかとは思った。

 しかし、俺はあえて縮地を使わずに彼らの視界にとどまった。

 剣も槍も届かない間合いで、彼らがとった行動は……。

 とりあえず、魔法を使うという最悪なものだった。

 当然俺は縮地で回避する。しかし、その魔法は俺に当たらないからと言って消えるわけではなく、味方に当たっても無害というわけではない。

 俺の仙術と違って、極めて殺傷能力の高い火の魔法が、騎乗している兵士たちが密集している状況で使われた。


「て、てめえええ!」

「おい、やめろおおお!」

「このまま殺されるなんて御免だあああ!」


 この騒ぎを沈められる指揮官は、俺が真っ先に殺している。

 姿が見えない俺におびえた彼らは、完全に『混乱』状態になっていた。

 それはゲームでありがちな、アイテムを使ったら一気に回復するような、そんなお手軽なものではない。


 完全にパニックが起こっていた。

 もう誰も、俺のことなど探していない。

 魔法で自分を攻撃してくる味方に反撃し、魔法で自分を攻撃される前に自分が魔法を使う。

 しかも、訓練されているとはいえ、火を怖がるであろう馬の上で。


 もう十分だ、と判断した俺は、彼らを背に縮地する。

 できるだけ多くの犠牲者を生み出しつつ、できるだけ早く行って帰ってこなければならないのだ。


「蟠桃が美味い……でもそれどころじゃないな……」


 栄養を補給しながら、俺はさらに速度を増して走っていく。

 背後の悲劇を感知しながら、それでも俺は進まねばならない。


 さて、今度は町である。

 俺の進行方向には、国境の近くの町が存在していた。

 悲しいことに、これも強行突破しなければならないのだ。

 やろうと思えば、空中を縮地するとかで切り抜けられるのに。

 強行とはいったい……。


「そこの者、止まれ!」


 どうやらここでも、狼煙が見えているらしい。

 あるいは、さっきの騎兵隊の別動隊が、ここへ危機を知らせていたのかもしれない。

 というよりも、この街から騎兵隊が出陣したのかもしれないな。


 初めてきた街なので普段がどうだかわからないが、明らかに武装した兵士が多い。

 国境近くの町ということなのか、百人以上の兵士が街を囲む壁の上で弓矢を構え、さらに門の前にも数十人の兵士が盾を手に待ち構えている。

 明らかに、厳戒態勢だった。


「今、この街は封鎖されている! 素性のわからない者を、ここに入れることはできん! 名を名乗れ!」

「私は白黒山水! アルカナ王国四大貴族、ソペード家の者だ!」


 もうテンプレと化した発言をしたところ、その言葉を聞いた時点で一番偉いであろう御仁が号令を出していた。


「その者を捕らえよ! 殺しても構わん!」


 直後、町の城壁の上にいた弓兵たちが俺を狙って矢を放った。

 それだけではない、それなりに実力がある魔法使いが、俺に向かって火の魔法や風の魔法を撃ってくる。

 なるほど、この状況で近隣の国の者だと名乗るなら、それは殺されても仕方あるまい。


 しかし、風の魔法はともかく火の魔法を使ったら、捕まえることは不可能に思える。

 殺せ、生きていたら捕まえろ、という指示なら適切な行動だとは思えるが。

 とはいえ、自国の人間ではないのなら、それは適切だろう。

 この世界では人間の命は軽いし、そもそも来ていないと言い張ればそこまでだ。


 だいたい、俺も道中で散々殺してきたし、もっと言えば王子に殺されて当然なことをした。

 であれば、ある程度問答した上で殺されても、仕方がないといえる。

 もちろん、殺されるつもりなどないのだが。


「縮地法、牽牛」


 遠くの相手を引き寄せる縮地、牽牛。それを連発して、門前の歩兵を俺の前に呼び寄せる。

 師匠なら同時に複数の相手を呼ぶことができるが、そういうことは師匠だからできることであって、俺には不可能なことだった。

 とはいえ、連続で使えばほとんど問題ない。かなり重装備をしている歩兵たちだったので、壁にするには十分だろう。


「気功剣、数珠帯」


 一応念のため、壁にした面々を気功剣で強化する。

 もちろん魔法の攻撃力の前には気休め同然だが、それでも複数の人間で作った壁を、ぴっちりとくっつける効果が期待できた。


 そうした、一連の行動を、把握できた人間は一人もいなかった。

 誰もが普通に攻撃をして、俺に命中したと思い込んでいた。

 それが、俺にとっては値千金の隙となる。

 縮地でいったん下がった俺は、軽身功で飛び上がり、そのまま城壁の弓兵の元へ再度縮地をしていた。


「軽身功」


 俺は俺がいたところを凝視している弓兵の肩をつかみ、そのまま軽くして持ち上げた。

 そして、彼の仲間へ、彼自身を鈍器として振り回していく。


「重身功」


 彼がぶつかる瞬間だけ重くして、威力を稼ぐ。

 人間が人間にぶつかって、そのまま死ぬかといえばそれは否だが、特に気にする必要もない。

 なぜなら、俺がぶつけた相手は全員城壁から落ちていくからだ。

 数メートルはある城壁なので、落ちればそのまま死ぬだろう。


「な、の、登っているぞ!」

「ころせ、ころせ、ころせ!」

「やっちまえ!」


 当たり前だが、弓矢という武器は近づかれるとほとんど何もできない。

 弓矢は構造上両手が完全にふさがる上に、他のまともな武器が装備しにくい。

 短弓ではなく大きな弓なら、なおのことだ。

 そもそも、城壁の上から射かける弓兵が、いきなり目の前に敵が現れて冷静に対処できるわけがないし。


 俺に叩き落されていく弓兵たちだが、それでも比較的遠くにいる弓兵はちゃんとこっちへ攻撃してくる。

 しかし、間合いが近いとはいえ所詮は矢。それは俺が鈍器として使っている味方の弓兵に刺さると、そこで止まってしまう。


「く……そいつから離れろ!」


 優れた魔力を持つ魔法使いが、俺に向けて魔法の準備をしていた。

 俺を確実に殺すためにかなり強い魔法を準備している。


「縮地法、牽牛」


 ちょうどいいので利用させてもらう。

 俺の背後へ魔法を使おうとしていた彼を、俺の目の前に縮地させる。

 それに気づけなかった彼は、俺の進行方向へ向けて火の魔法を放っていた。


「やったか!」

「いいえ、やってません」


 自分の前方にいたはずの敵が、自分の背後から声をかけるという衝撃は、どれだけだろう。

 それを認識する前に、俺は彼の頭をつかんで発勁で揺さぶり、弓兵の死体で殴って落としていた。

 もしかしたら飛べるかもしれないので、いったん気絶させてから落とす。必要な手間と言えるだろう。


「……自分で火の魔法を使った気分だな」


 矢が刺さりまくっている弓兵の死体を捨てると、改めて先ほどの魔法使いが放った火の魔法の後を見る。

 流石の攻撃力であり、俺の前にいた敵は一掃されていた。

 こんな高威力だと、俺に当たってもそのまま味方を焼いていたような気もするが、手加減する余裕がなかったのだろう。


「さてと」


 背後を見ると、俺に怖気づいた面々が逃げ出そうとしていた。

 逃がしてもいいとは思うのだが、向かってきた相手は殺して逃げる相手は殺さない、というのはちょっと筋が通らない気もする。

 できるだけ皆殺しにしなければならないわけで。


「縮地法、牽牛」


 城壁の足場から手を伸ばして、町の内側へ相手を引き寄せる。


「え?」

「あ?」

「ぎゃああああ!」


 飛べるわけではない一般の兵士たちは、逃げているはずがいきなり空中に移動して、落ちていくという悲劇に見舞われた。

 見舞われた、というか俺がそうしているのだが。

 大量の墜死体を生み出しながら、町の中を眺める。

 なるほど、かなり大きい街で、しかも栄えているようだった。


「町民を皆殺しにする、というのは流石にないだろう。それに、俺と戦う前に逃げ出している奴は……というか遮蔽物の中だと縮地の射程外だし……」


 やろうと思えば、この城壁全体を崩すこともできる。

 ただ、二度も似た攻撃をするのは、ちょっとまずかろう。

 後々でまた何か言われるかもしれないし。


「ん~~」


 周囲を見渡すと、城壁の上に柱と屋根があるだけの簡素な詰め所を見つけた。

 アレをつかおう。俺はざっとそう考えそこへ縮地する。

 既に街の中は混乱の最中であり、市民は避難しつつあった。それとは対照的に、兵士たちがこちらへ殺到してきている。


「ちょうどいいな。あの一団を壊滅させれば、ここは通過して大丈夫だろう」


 詰め所にあった剣を気功剣で強化して、重身功と合わせて柱を斬っていく。

 すべての柱を切り落とすと、その屋根と柱を軽くした。


「外功法、投山」


 いったん触れたものを軽くして、手を放してもそれを維持して、相手に命中する一瞬だけ重くする仙術、投山。

 俺は屋根と柱をふわりと浮かせて、そのまま敵の密集地帯、町の大通りへ放り投げた。


「う、うああああああ!」

「ひ、ひいいいいいい!」


 彼らから見れば、城の上から建物が丸々飛んできたように見えるだろう。

 悪いことに、火の魔法が使える魔法使いが、それを屋根に向かって打っていた。

 せめて風の魔法ならよかったのに、とは思わないでもない。たいして変わらないだろう。


 燃え盛る屋根は、バラバラになりながら多くの将兵を下敷きにしていた。

 これにて、とりあえずはこの街も十分だろう。

 俺は俺で、急がなければならない理由があるんだし。


「それにしても……」 


 火事が起こり始めた街から縮地によって離脱すると、俺はアルカナ王国の作戦に思いをはせていた。

 俺は、何も、聞かされてはいない。

 それはつまり、俺の行動の一切が、ただの陽動でしかないということだろう。


「右京はいったい、どんな作戦を……」


 このオセオには、俺に殺されればよかったと後悔するような、そんな日々が待っているに違いない。

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