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地味な剣聖はそれでも最強です  作者: 明石六郎
人生の墓場、国家の葬式
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関所

 俺は礼服のまま、夜の道を疾走していた。

 楽しい日々だとかやりがいのある仕事だとか、誰かに感謝される業務だとか、そういうものを望むのは間違っていると知っている。

 社会が仕事を必要として、それにリソースを割く余裕があるからこそ、雇用され仕事になるのだと知っている。


 楽器があっても、原始的な部落や貧民しかいない田舎の村では、音楽家なんて成立しない。

 富が集中するお金持ちがたくさんいてこそ、音楽家という職業が成立するのだ。


 とまあ、現実逃避をしても仕方がない。

 剣士として身を立てるのだ、最強の剣としてソペードの指示に従うのは当然である。

 しかし、耳をそいで鼻をもいで目をえぐって、棒と球をもって他国の王に宅配というのは、いかがなもんだろうか。

 それが仕事として、業務として成立する、というのは心底問題に感じる。


 と、そんなことを思いながら、俺は瞬身功を使用しながら走っていた。

 当たり前だが、瞬身功と金丹を同時に使用すれば、俺の速さは劇的に向上する。

 しかしそれは瞬間的な速さであり、当然長時間維持できるものではない。

 俺が疲れずに戦ったり移動できるのは、ひとえに仙人ゆえの自動回復と釣り合う消費で立ち回っているからだ。

 

 仙術瞬身功は身体能力を向上させるが、その効果は王気や悪血による強化にはあらゆる面で劣る。

 だからこそ、師匠は最初の五百年で俺にそれを教えなかった。それを教えると剣術がおろそかになってしまうし、王気や悪血の使い手に対応できなくなってしまうからだ。

 とはいえ、そんな弱点は既にソペードの方も周知している。それを昔の師匠がどう補ったのかも知っている。


「……本当に、あらかじめ準備してあったのか」


 わりとどっさり、俺用に金丹や蟠桃が用意されていた。

 あらかじめ師匠に頼んで、この時のために準備していたのだろう。

 こうなると、俺は本当に疲れを考えずに行動できる。

 二倍三倍以上の速度で、俺はアルカナ王国を駆けていく。


「そろそろ夜が明けるが、国境沿いに近いな」


 それにしても、具体的にどこまでやればいいのかわからない。

 もちろん国境には関所があるだろうし、そこには兵士だっているのだろうが……。

 やっぱり皆殺しにしないとまずいんだろうか……。

 いや、でもできれば皆殺しは避けたい。真面目な仕事をしている人たちを殺すのは、精神的にはばかられる。

 でも、結果的にはそれに近くなるんだろうなあ……。



 一晩走っていた俺は、当然のように朝方の関所に到着していた。

 オセオ王国の国境には、既に多くの人が並ぼうとしている。

 あまり待ちたくはないが、それでも流石に完全に無関係な人間を蹴散らすのはなあ……。


「おい、そこのお前!」


 礼服の効果だろうか、周囲から完全に浮いていた俺は、関所の兵士から声を掛けられていた。ぶっちゃけ職務質問である。

 おお、これが礼服の恩恵か、とは思わないではない。

 律義に並んでいた俺へ、オセオの衛兵が槍を持って怒鳴りつけていた。


「一体何者だ! 今日は貴人が訪れると連絡は受けていない!」


 もしかしたら、急ぎの連絡を預かっている特使的な人間がいるのかもしれない

 しかし、そんな人間だったら、周囲の人間を押しのけてでも前に進むべきだろう。

 そもそも、急いでいるのなら馬に乗っているはずだし。少なくとも徒歩ではあるまい。

 つまり、この場では明らかに浮く礼服を着ている、露骨な外国人である俺。

 そんな不審者へ、まじめに職務質問するとか、この関所の兵隊は本当に優秀である。


「私は、白黒山水! アルカナ王国ソペード家筆頭剣士にして、武芸指南役総元締めである!」


 そこで俺は、ブロワのことを思い出しながら宣言していた。

 正直、後ろめたさしかないが、それでもあえて横柄にふるまう。


「アルカナ王国四大貴族、ソペード家当主様の命によって、これからオセオ王国の国王陛下の元へ向かう途中だ!」


 俺の宣言を聞いて、ただならぬものを感じた入国希望者たちは、大慌てで離れていく。

 それだけではなく、俺の大声を聞いて関所からさらに兵士が集まってくる。


「昨晩、オセオ王国のブラック王子が、我が主ドゥーウェ・ソペード様へ暴言の限りを尽くした。それ故に、私はブラック王子の耳と鼻と目を切り落とし! さらに王子の……」


 なんて言えばいいんだろうか。

 俺は唐突に言葉を止めていた。

 金的、というのは違う気がするし、男性器という生物学的な発言もなんか違う気がするし、急所というのもあいまいである。

 かといって、棒と球というのもちょっとあれだし……。


「男子としての部位を! ここに持ってきた!」


 蟠桃と金丹ではなく、また別の袋をもって宣言した。

 その言葉の真偽はともかく、誰もがただならなさを感じていた。


「これを、オセオ王国の国王陛下にお届けする! そのために、私は一切事前の報告なく、この地へ参上した! 邪魔立てするならば、アルカナ王国四大貴族ソペード家当主の名のもとに、万軍を相手にしようとも止まることはない!」


 ここまで言って、そうですか、我が国と訪れたのは宅配が目的ですか。ではどうぞお通りください。とは絶対になるまい。

 俺が明らかに敵意をもって、オセオへ侵入しようとしている。それを看過すれば、それこそ彼らは何のために存在するのかわからない。


「者ども、敵襲だ! この男をとらえろ!」


 当たり前ではあるが、相手が味方よりも少ないなら、槍を持って囲むのは基本中の基本である。

 相手を刺し殺す、という覚悟さえあれば、そこまで難しい訓練も連携も必要ない。ただ囲んで狭めていけばいいだけだ。

 しかし、それは相手に機動力がなかった場合である。


「職務に忠実、大変結構! しかし、こちらには主命がある! 故に、強行突破させていただく!」


 結婚式が始まる前に、帰国しないといけないのだ。

 文章にすると恰好がいいが、それは勘違いである。少なくとも、彼らを殺す必要性や因果関係はまるでない。


「可及的速やかに、全滅させる!」


 おかしい、強行突破と全滅は、まったく矛盾した発言だ。

 昔やったゲームだと制限時間内にマップの端まで移動するとか、そういう条件でクリアできる面があると、制限時間内に敵を全滅させつつマップの端に達するとボーナスがあったりするが……。

 もちろん、俺にボーナスはないし、彼らもゲームのデータではない。


「ころせえええ!」


 だが、殺す。

 彼らが俺を殺すことが仕事なら、俺が彼らを殺すことも仕事なのだ。


「縮地」


 縮地の多用は、剣士としてはあまりいいことではない。しかし、急いでいる以上変にこだわることもいいことではない。

 縮地で囲みを突破した俺は、衛兵の腰に差している剣をすりぬいていた。

 よく考えたら手ぶらだったので、まあ仕方がない


「気功剣」


 当たり前だが、後ろから斬ったほうが正面から斬るより簡単に殺せる。

 鎧や肋骨で守られていない場所から、奥まで突き刺して殺した。


「な、おい! そこにいるぞ!」

「希少魔法の使い手だ、油断するな!」


 悲しいかな、彼らは俺へ攻撃を仕掛けてきた。

 囲んで殺せない以上、普通に突きかかるしかない。

 また、関所では既に弓矢の準備が始まっている。味方に当たる可能性もあるが、とにかく迎撃の準備をしていた。


「かなりの実力者だぞ、油断するな!」


 相手が手ぶらで、礼装で、おまけに一人だったとしても、衛兵たちは油断をしない。

 それはそうだろう、この世界に俺や師匠やフウケイさんのような仙人は希少であり、祭我や正蔵のような規格外もほとんど存在しないが……ぶっちゃけブロワぐらいでも、この関所を突破することぐらいは簡単だ。空を飛ばなくても、普通に殲滅できるだろう。

 だからこそ、彼らは油断せずに俺と対峙する。それほどの実力者であっても、当てさえすれば殺せるのだと知っているからこそ、彼らは絶望せずに迎撃する。

 もちろん、俺はブロワ程度ではないのだが。


「縮地。内功法、瞬身功」


 まさに、無双というほかない。

 縮地と瞬身功を同時に使用して、しかも連発している。

 瞬間移動と高速行動を併用しているのだ、それこそ王気や悪血がなければ対応できるものではない。

 法術の鎧でもあればある程度受けることはできるだろうし、占術で回避もできるだろうが……。

 まあ、それは俺以外が相手の場合だ。何十人といた表の衛兵は、数十秒で全員地面に横たわっていた。


「ま、魔法だ! 魔法を使え!」

「当たらない……早すぎる!」

「森ごと焼くんだ、急げ!」


 上から俯瞰してみることができていた兵士たちは、俺を接近戦で仕留めることを完全にあきらめていた。

 周辺の入国希望者が全員避難していることもあったのだろう、周辺の木々を燃やすことになってでも俺を殺そうとしていた。

 しかし、流石に山火事はいただけない。俺は縮地を使って彼らの視界から消えていた。


「な、どこだ!」

「まさか、抜けられたのか?!」

「おい、門を開けるなよ!」


 さて、非常に今更であるが……。

 構造物には必ず構造物そのものの重量を支える場所が存在する。

 土台だとか柱だとか、あるいはその接合部であろう。

 そうした部位は当然強度を高くされているのだが、それでも限度はある。


「外功法」


 そうした部位を複数見つけ、全体ではなく一点に重さを加えて、結果として構造物を倒壊させる戦術がある。

 それこそが、俺が師匠から習った術だった。


「崩城」


 三階建てほどの、砦のごとき関所。

 石や土、木などで作られた、国防の最前線ともなる場所。

 その建物が堅牢なのは当然ではあるが、内部に侵入して爆破解体の如く自重を利用されてしまえば、その構造を維持できる理由はない。


「う、うわああああ!」

「く、崩れるぞおおお!」


 俺も師匠も生きている人間、動く動物を相手に崩城を使うのだが、これが本来の使用法である。

 大体動いている人間の関節部に攻撃を当てて、そこを脱臼させるとか普通では面倒で迂遠極まるし。

 師匠が散々苦悩したことではあるが、仙術は物が大きければ大きいほど有効に働くので、対人戦でなければ俺たちではなくても有効に機能するのである。

 まして、俺や師匠なら、バカみたいに早く仕込みが終わる。


「さて……ソペードは武門の名家。戦いで負傷した者たちを、追撃するのは恥ですね」


 当然、俺は既に関所を突破していた。

 崩れた関所の内部や上にいた者たちが、もがき苦しんでいるのを見届ける。

 流石にお兄様もお父様も、俺がこう立ち回ったことをとがめないだろう。建物としての関所を破壊した時点で、俺はこの関所を壊滅させたわけであるし。

 もちろん俺の良心が痛まないわけではないのだが。


「では、失礼」


 さて、関所は崩れた。一緒に門も崩壊したので、不審者を阻むという目的は達成されている。もちろん、普通の物流も断たれたのだが。

 そんな状況である、当然国家の一大事と言えるだろう。

 遠くの相手へ情報を伝達する手段がほとんどないこの時代で、砦の生存者たちは何をするのかといえば。


「やはり、狼煙をあげるか」


 俺の背後で、大きな煙が上がっていた。

 俺が砦を倒壊させたことによる火事ではない、普通に彼らが砦の残骸を燃やしているのである。

 救助を行うことよりも、情報の伝達を優先するとはなんとも素晴らしい。

 だが悲しいかな、その一手はより一層俺の被害者を増やすだけである。


 俺が砦の人間を皆殺しにして、しかも救援を呼べないようにしておけば、こんなことにはならなかった。

 そういう意味では、俺は俺で大概失敗しているのだろう。

 とはいえ、俺の所感と仕事に関係はない。


「敵は、全員倒す」


 そう、それだけだ。そんなに難しいことなど、一切ない。

 俺は奪った剣を手に、ひたすら走り続けていた。


 そう、俺はまだオセオに入ったばかり。俺が戦う相手は、まだ山のように控えていた。

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