惨禍
視野が狭い、というのはあまりいいことではないと俺は思っていた。
自分の視点でだけ世界を見ていると、彼の様に自滅することになるのだろう。
今回はあくまでも、結婚式であって御用伺いでもなんでもない。
アルカナ王国が自慢をしているわけではあるが、付き合いなのだから普通におめでとうございますと言えばよかったのだ。
俺や祭我が読んでいたマンガや小説では、主人公が無礼な発言や行動をしてもなあなあで許されることがあった。
なんだこいつ、と相手にされないこともあるが、それこそがたいていの人間の心中だろう。
はっきり言って、主人公視点でなければ浮いた行動をしても感心されることはなく、ただ煙たがれるだけだ。
世の中の人間は、場にそぐわない発言や行動をされてもただ呆れる。決して、いい方向へ評価することはない。
なぜなら、周囲と同じ行動ができるかどうかが、社会の中で一番重要なことだからだ。
少なくとも、ブラック王子がお嬢様やトオンに内心でどう思っていたとしても、誰も詮索することはなかった。彼がお嬢様へこびへつらったとしても、程度さえ間違えなければ周囲に埋もれていただろう。
それにさえ耐えられないのだとしたら、彼は自分のことしか考えられない、身勝手な人間ということだろう。
そして、自分にとって都合がいい展開しか想像ができない人間でしかない。
そう、彼は一番してはいけないことをしたのだ。
仮にお嬢様を『私情で血を汚した女』と思っているのなら。
そんなお嬢様の私情を思いっきり踏みにじるような真似をして、五体満足で帰れると思うことが間違っている。
要するに……相手が馬鹿だと思っているのなら、挑発をすること自体がおかしい。
頭が良くて寛大な相手なら挑発も流してくれるだろうが、お嬢様は私情で外国人と結婚する人なのだ。
なんで我慢してくれると思ったんだろう。
陥れられたわけでもない彼の、その無思慮さに呆れながら腰の剣を抜いた。
「~~~来い!」
儀礼用の剣ではあるが、勿論真剣である。
非常に今更ではあるが……腰に剣を下げていることと、腰の剣を抜くのは全く別の話だ。
それこそ一切弁解の余地なく、『これからお前を殺します』という宣告に他ならない。
そして、殺すかどうかはともかく、俺は斬るつもりだった。
「殿下、お下がりください!」
「ここは我らが!」
「この王宮から脱出を!」
当たり前だが、彼にも護衛はいる。それこそ、次代の王である彼を守るために、精鋭中の精鋭が控えていて当然だった。ブラック王子に呼び出されるまでもなく、主の危機を察して走り出していた。来賓の間を通り抜けながら、こちらへ向かってくる。
俺と同様に儀礼用の服を着ている面々は、ブラック王子を逃がしながら俺に剣を向けている。
流石に国賓が大勢いるこの状況で魔法を使ってくることはないが、それでも俺を殺す気で切りかかってくる。
「……」
俺は、向かってくる彼らに慈悲を示せなかった。
喧嘩を売ったくせに、喧嘩を買うと思っていなかった己の王子を呪ってほしい。
いや、勿論彼らは己の主を呪うことはないだろうが。
「おおおお!」
「かぁああ!」
俺にできることがあるとすれば、せめて彼らだけでも死んだことに気づかせないことぐらいだろう。
近衛兵に匹敵する、接近戦の技量を持った二人。俺は気功剣によって儀礼の剣を強化し、金丹で成長した肉体によって、一薙ぎに首を落としていた。
多くの苦難をこえ、多くの鍛錬を積み、使命感を持って俺に挑んできた護衛の二人の『死体』は首がつながったままパーティー会場の絨毯の上に転がった。
「失礼、主命とはいえ宴の席を汚してしまいました」
別に狙ったわけではないのだが、俺の宣言と同時に床に転がった二人の首が落ちた。
生きたまま首を落とした関係もあって、切断面から著しい血がこぼれる。
意外にも、誰もがそれを認識しているのだが、悲鳴は上がらなかった。
交戦、というにはあまりにも一方的に決着がついたからかもしれない。芝居でこんな殺陣があったら、それこそ噴飯ものだろう。
それでいい、基本的に剣術など周囲から見ても見切れない方がいいのだから。
「王子! お逃げください!」
「我らが時間を稼ぎます!」
「私についてきてください!」
俺の強さを見ても、王子の護衛は適切に判断していた。
大体、俺一人の強さなど関係ない。ここがアルカナ王国である以上、このパーティ会場にいる来賓の方々以外は全員敵なのだ。
彼らが如何に近衛兵に匹敵するとしても、その近衛兵がこの城にいるし、もっと言えばどれだけ強かったとしても王宮の兵士全員を敵に回せるわけがない。
とにかく脱出させるしかない。その判断は適切である。
「アルカナ王国最強の剣士、伊達ではないということか!」
「だが、我らがいる限り王子に狼藉は許さん!」
絶対に、俺に王子を追わせない。
殿となって決死隊となる数名の護衛。
その彼らに敬意を表して、俺はあえて彼らを殺さなかった。
「私は白黒、山水。ソペード家筆頭剣士にして、武芸指南役総元締め。スイボクという仙人のもとで剣と仙術を学びました」
もしも彼らに視野の広さが残っていれば、この異常に気付いていたかもしれない。
そう、少なくともソペードに属するものは、彼を追跡しようとするはずだ。そうでなくとも、お嬢様がこの状況で怒鳴りつけていたに違いない。
しかし、誰も動かない。
そう、来賓の中で冷静な方々は、その異常に対して疑問を感じているようだった。
「仙術というのは、この周辺でいうところの希少魔法です」
パーティー会場の中を、王子とその護衛達が走っていく。
もうすぐドアを出られる、俺の縮地の射程外となる『遮蔽物』を挟むことができる。
そう、つまりまだ彼は、俺の剣の間合いから外れていないのだ。
「そのうちの一つが……位置を操る術。つまりは、こうして……」
「……んなぁ?!」
「遠く離れた相手を、手元へ移動させることができます」
友軍に任せた貴人が、突如として刺客の手元へ移動する理不尽。
王子にしても、もうすぐドアを出られるというところで、突然死地に戻ることになってしまったのだから、哀れというほかない。
しかし、これも身から出た錆であろう。彼にはきっちりと喧嘩を清算していただきたい。
「王子?!」
「殿下?!」
驚愕する、殿になった数人。
王子が消えたことで、慌ててこちらに戻ってこようとする面々。
その彼らに、俺は静かに告げていた。
「この場から逃れたいというのであれば、まずは私を殺すことです」
普通なら逆だろう。
王子を追いたければ、自分を殺せと彼らが言うべきだ。
しかし、他でもない俺が、自分を殺してから逃げろという。
まるで王子を守るように、俺は護衛と王子を隔てて立っていた。
「……!」
会場の誰もが、緊張していた。
この刃傷沙汰を止めることができない。
そう、既に場へ切り札は出されたのだ。
もう、誰も止めることはできない。
俺自身にさえ、それは許されない。
「……殿下、今お助けいたします!」
俺の実力を知って、誰もが切りかかることへ二の足を踏んでいる。
自分が王子のために死ぬのは名誉の戦死だが、王子を救えずに死ぬのはまずいと判断しているのだろう。
彼らは俺を殺したうえで、この王宮を脱出しそのままオセオへ帰還しなければならない。俺に全員殺される、というのは最悪も最悪だ。
しかし、このまま待っていても敵が増えこそすれ減ることはない。
実力差を知りながら挑んでくることを無謀と笑うまい、蛮勇ともあざけるまい。
しかし、殺す。彼らが命をかけて王子を守ろうとするのなら、俺は全員を殺さなければならないのだ。
「そこを、どけえええ!」
当たり前だが、儀礼用であっても一流の職人の作である。それも、国一番である俺のために作ってくれた剣だ。さすがに普段使っている木刀よりは、殺傷能力が高い。
それは相手も同じことだが、こちらは金丹によって常時強化され、気功剣も豪身功も使えるのである。
つまりは、殺してもいいのなら、こちらの方が圧倒的に優位だった。
俺は、少々雑に剣を振るった。
切りかかってきた三人へ、瞬身功で加速しながら打ち込んだ。
腰をしっかりと入れなかったが、それでも頭をカチ割るには十分であり、脳を破壊された彼らは先ほどの二人同様に床へ『中身』をこぼしていた。
「……む」
しかし、所詮は気功剣で強化しただけの儀礼用の剣。それが人体で最も頑丈な頭部をたたき割れば、当然刀身が持たない。
せっかく作ってもらった剣だが、五人切ったことで流石にへし折れていた。
エッケザックスはともかく、基本的に武器は消耗品なので余り気にならないが、悪いことは重なるものである。
残り四人、というところで金丹の効果が切れていた。大人になっていた俺の体が、一気に縮んでいく。
「なっ……」
「ど、どいうことだ……」
目の前でいきなり敵が子供になったら、さぞ驚くに違いない。
一応こういう事態のために、成長後に合わせた服ではなく普段の俺の大きさに合わせた服を着ていたので、袖やらの丈が足りないということはなかったが、それでも見るからに弱体化である。
俺にとって問題なのは、実際弱体化しているということである。
「……おおおおお!」
「隙あり!」
二人が俺に切りかかってくる。
手に持っている剣は折れていて、どういうわけだか子供になった。
それを好機ととらえて、速やかに打ち込んできた彼らは確かに正しい。
「いきなり驚かせて申し訳ありません」
彼らにとって大いに問題があったのは、通常状態に戻ったとしても、俺の方が強いということだろう。
根本近くでへし折れている、短くなった儀礼用の剣。
それに残った刀身で、一人目に抜き胴を放ち臓器を漏れ出させ、もう一人にも喉元へ突き刺しそのまま手放していた。
「その剣は差し上げます。儀礼用ですが、職人のこだわった一品ですよ」
「あ、あああああああ!」
「うぉおおおおおおお!」
前に踏み込んでいた俺へ、最後の二人が挟み撃ちをしてきた。
子供になってなお圧倒的な実力差がある事実に、彼らは思考停止して攻撃するほかない。
それでも逃げず、最後まで任務に忠実であろうとしている彼らは、無手の俺へ上段から切りかかってくる。
「縮地法、牽牛」
俺は、俺の右側から切りかかってきた護衛を、自分のすぐ左側に移動させていた。
それはつまり、俺の左側から切りかかってきた護衛とぶつけ合わせることを意味している。
「なっ!」
「ぎっ!」
もしも、味方を巻き込んででも俺を斬れるのであれば、彼らはためらわなかっただろう。
しかし、これでは最後の護衛となった自分たちが相打ちをする、というだけになってしまう。
渾身の打ち込みをしていた二人は、何とか剣の軌道を変えてつばぜり合いに近い形で、互いの剣を受け止め合っていた。
がちん、という大きな音がパーティー会場の来賓の耳を傷めていた。
その音を聞き流しつつ、俺は渾身の力で打ちあっている剣士の背中に触れていた。
「発勁、鯨波」
片方の体にだけ触れて、剣を通じて双方の体に振動を伝える。
全身がしびれて動けなくなった二人は、立ったまま金縛りになっていた。
「良かった……折れていませんね」
動けなくなった二人は、剣を握る力も弱くなっていた。
双方の剣をすりとって、片方の刃を横にして二人まとめて突き刺す。
体が動かないまま、相手に刺されるという恐怖を味わった。そんな彼らへ申し訳なく思いつつ、俺はもう一つの剣を持ってブラック王子の前へ行く。
へたり込んでいる彼には、もはや一切抵抗するだけの力が無い。
「では、改めまして。主命によって、貴方の耳と鼻をそぎ、目をえぐります」
「ま、待て! そんなことをすればどうなるか、わかっているのか!」
どうしてこう、他人のことを蔑むのに、自分の言葉が理解できると思うのだろうか。
他人を猿呼ばわりするのに、なんで言葉が通じると思うのか。
当たり前だが、彼は俺たちを猿と思っているのではなく、ただバカにしたいだけなのだろう。
「……奥様、一つお伺いします」
「あら、何かしら?」
一瞬、ブラック王子の気配が緩んでいた。
「目をえぐるということですが、瞼はいかがしましょうか。瞼に傷をつけないようにくりぬくこともできますが」
「そうね……目は二つあるんだし、片方は瞼をえぐってもう片方は瞼に傷をつけずにえぐって」
「承知しました」
俺が何を聞いたのかを認識して、しりもちをついたまま片手を前に出していた。
「ま、まて! 俺に指一本触れてみろ! 親兄弟がどうなると思っている!」
その言葉は、俺には意味がない。
せめて、妻や子供がどうなってもいいのか、と聞くべきだった。
それから、指一本触れるつもりはない。傷一つでもつければ、というべきだろう。
もちろん、ただの揚げ足取りだが。
「お覚悟を」
「や、やめろ!」
彼は甘えていた。
これだけ各国の貴人がそろっているのだから、自分に対して暴行することはあるまいと思っていただろう。
しかし、実際には違う。彼らはこちら側の証人なのだ。
オセオ・ブラックが、遠い国から婿入りした王子へありえない暴言を吐いていた。
彼の名誉を守るためには、ドゥーウェ・ソペードの行動は適正である。
彼らはきっと、口をそろえてそういうに違いない。
もしも彼らがこれを許すなら、今後結婚式で似たようなことを言われても、泣き寝入りをしなければいけないのだから。
「気功剣法、数珠帯」
流石は一国の王子の護衛達に与えられた剣。
少々刃こぼれしているが、実によく切れる。




