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地味な剣聖はそれでも最強です  作者: 明石六郎
人生の墓場、国家の葬式
243/497

言質

 さて、ようやくようやく結婚式である。

 各国の代表がアルカナ王国の王宮に集まり、四大貴族の当主様や国王陛下に挨拶をしている。

 もちろん、全員笑顔だ。当然社交辞令だが、社交辞令もできない王族に未来はないだろう。

 

 結婚式の本番ではなく、あくまでもその前夜祭的な集まりなのだが、それでも既にお嬢様もトオンもマジャンでもらってきた服を揃って着ている。

 うむうむ……前も思ったが、もう七年とか八年もたつのだなあ。

 あんなに小さかったお嬢様が、結婚式なんて……。


 なんだかんだ言って、お嬢様とトオンも知り合ってから二年とか三年ぐらい経過しているので、猛烈に急いで結婚したというわけではあるまい。

 貴族だとかそういう界隈の基準はいまいちわからんが、お父様もトオンのお父様も今回の結婚に賛成だったので、間違いではあるまい。


 とにかく俺としては、出来のいい弟の様に頼りにしている弟子トオンと、我儘な妹の様に見守りつつ実際に命も守ってきたお嬢様が結婚というのは、本当に感慨深かった。

 二人が想い合っている、というのが特に嬉しい。なにせあのお嬢様である、恋愛結婚ができるとは思っていなかった。

 暇つぶしに山賊を犬の餌にする、血まみれになって助けてと縋りつく男をあざけるのが好きな、首を切り落とすように命じる、自分の兄や父を殴らせる、そんな女性がそのまま結婚できるだなんて……。


 文章にして羅列すると、そのまま結婚して大丈夫なのだろうかと不安になる。

 俺の役割りではないが、矯正しなくてよかったんだろうか……。

 かなり手遅れ感が否めないが、お嬢様がこのまま結婚して大丈夫なんだろうか。

 確かにトオンは身も心もイケメンな、一切隙のない完璧な王子様だが……だからといって全部任せていいのだろうか。

 本当に、今更だな……。

 なんで自分が結婚するわけでもないし、自分の娘が結婚するわけでもないのに、こんなに悲しい気分になるんだろうか。

 そうか、これがマリッジブルーか……。いや、違う。絶対違う。


 ともあれ、今のところお嬢様はとてもご満悦である。それはとても良いことだった。

 これから悲惨なことになるかもしれないので、今のうちに満喫していただきたい。

 今回ばかりは、お嬢様に同情するところである。


「男でも女でも、誰でも同じか。自分以外の誰かに勝ちたい気持ちは……」


 この式場全体の雰囲気を、個別の空気を、俺は感じ取っている。

 極めてわかりやすく、アルカナ王国側の人間が優勢だった。とはいえ、さすがに暴力的ではない。

 アルカナ王国の人間が招いたお客さんに喧嘩を売って、その都度勝っているというわけではない。結婚式に呼んどいてぶん殴るとか、どんな蛮族だ。


「さすがは師匠……いい仕事をなさっている。生命力が違うな」


 アルカナ王国の貴族の女性。ホスト側である彼女たちは、これでもかという優越感に満ちていた。

 無理もあるまい、悠久の時を生きる師匠が『正しい美容法』を実施したのだから、この日のために調整している彼女たちの美貌は一段違う。

 蟠桃を食ったわけでもなく、ボディービルダーが大会に合わせて肉体美を鍛えるように、入念な体調の調整を行ったのだ。

 師匠が体の内側から美を整えたこともあって、彼女たちはとても輝いている。


 そんな彼女たちを見て、他国の男性たちは見惚れ、女性たちは表に出さないものの嫉妬を隠せない。

 これが華美な宝石だとか服装だとかなら、無礼だとか失礼だとか言えるだろう。

 しかし、女性の肌に張りがあるとか、服で飾るまでもなく体形がいいとか、そういうところに文句を言えるわけもない。

 それは女性としての全面的な敗北なのだから。


 というか、一人二人美しい女性がいるのなら、それはさほど問題ではない。

 しかし、アルカナ王国の女性全員が美しいとくれば、それはとても目立つ。

 少なからず、他国の男性陣も戸惑っているようだった。

 とはいえ、女性陣の内心は甚だしい。女として、美しさで負けているのだ。それは怒るだろうし、下手をしたら明日からパーティーに出席しなくなるかもしれない。

 まず間違いなく、あてがわれた部屋で大泣きするか大暴れするだろう。

 それは俺が勝手にそう考えているのではなく……アルカナ王国の女性たちはみなそう思っているようだった。というか、それを目指して努力したのだろう。

 ……醜いなあ、とは思わないでもない。

 でもそれを言い出したら、俺なんか他の奴に勝つために五百年費やしてるし、師匠なんて四千年だもんなあ……。

 そう考えると俺たち仙人の在り方も、醜いのかもしれない。視点を拡げるのも、人生の修業なのだなあ。

 誰かを物理的に傷つけるためではなく、ただ優越感を得るために、本人が努力したのだ。それを醜いと思う俺の心が、彼女たちを蔑んでいるのだろう。

 未熟、未熟である。


「……いや、心理的には思いっきり傷つけているし、物理的に被害も生じそうだな」


 ブロワがこういう女性でなくてよかった、と思うことにしておく。

 

 そして、それらを抜きにしても、不吉な雰囲気を感じてしまう。

 男性の中にも、この国全体に対していら立ちを感じている人がいた。

 流石にパーティーに参加している全員を把握しているわけではないが、まず間違いなく件のオセオ王国の御仁だろう。


 俺が憐れむのもどうかと思うが、多分普段から精神的に健全ではないのだろう。

 常日頃からいらいらしていて、それゆえに自分と無関係なところでも、何か起きると嫌な気分になるのだ。

 他人の不幸は蜜の味というが、彼の場合は他人が幸福だと苦い思いをするのだろう。


 もちろん、お兄様やほかのアルカナ王国の首脳も、右京も、オセオと本格的にことを構えたいと思っているわけではない。

 必要なら対処するが、そうでないなら放置でいいと思っている。

 しかし……その『程度』を決めるのは、ほとんど何も知らないお嬢様に他ならない。

 俺は未だにお嬢様の部下なので、お嬢様の指示に従うしかないわけで……。


 できれば、少し恥をかかせてやりなさい、程度に収まってくれないだろうか。

 そう思って、俺はハピネの隣にいる祭我をみる。彼はなんか予知をしていないのだろうか。

 しばらく注目していると……結婚式のあいさつをしている祭我は、いきなり蒼白になっていた。

 

 変えられない未来、どうにもならない運命。それは俺たちをいつも打ちのめす。





 オセオ王国の王子、オセオ・ブラックは不機嫌だった。

 無理もあるまい、今周辺諸国ではアルカナ王国の躍進が常に語られているのだから。

 ドミノを併合に近い形で属国にし、国土は大幅に拡大した。

 しかも、長い戦争の末に侵略をしたのではなく、ドミノ側との『平和的』な交渉の結果によるものである。つまり、ほとんど労力を割くことなく、広大な土地を得た巨大帝国になったのだ。

 もちろんアルカナ王国は帝政ではないので、帝国というのは比喩であるのだが。


 とにかく、アルカナ王国は極めて客観的に、広大な属国を得たわけである。

 元々ドミノは内戦とそれ以前の圧政で荒廃しているが、それを乗り越えれば投資に見合う搾取も可能だろう。

 皮肉なことに、それでもドミノの民衆にしてみれば、帝国時代より税が軽いのである。


 国家にとって国土の広さは経済力とイコールであり、同時に周囲への影響力でもある。

 加えて……八種神宝という、極めて大きい権威をすべて集めるという状況にもなっていた。

 アルカナ王国は躍進している。周囲が彼らへ一目置くのは当然といえるだろう。


 それは、ひがまれて当然ともいえる。

 特に、秘密裏に力を蓄えているオセオの王子としては、この状況を面白く思えるわけもないのだ。


「何が切り札、何が五人の個人、何が王家と四大貴族の武威……! そんなもの、誇張された虚仮に決まっている!」 

 

 自分たちにも、自慢できる力がある。

 一目置かれてしかるべき、新戦力と新技術がある。

 今は秘匿しているが、本当はこの羨望が自分に向かっているべきなのである。 

 アルカナ王国何するものぞ、オセオ王国こそが次代の覇権をにぎる国なのだ。


「特に、傷だらけの愚者、世界最強の魔法使いだ。あんなものを、個人が、人間ができるわけがない!」


 アルカナとドミノの国境地帯に出現した、広大な荒野。

 それをたった一人の人間が、魔法によって行ったものだと宣伝されている。

 そんなものが、本当にあるわけがないのだ。


 ドミノの侵攻になにがしかの天変地異が重なって、それを国家の宣伝に利用しているだけである。

 そう思っているのは彼だけではなく、多くの現実主義者を語るひねた者たちが考えていることであった。


「忌々しい……なぜ文明人である我らオセオが、蛮人の結婚を祝わねばならないのだ」


 ブラックはもともと気位の高い男だった。

 唯一の跡取りということで、もともと周囲からもてはやされていたことにより自尊心が高くなった。

 その彼にしてみれば、掌中にある力を自慢できないことは苛立たしいことに違いない。

 だからこそ、うっ憤がたまっていたのだろう。


「……」

「あら、オセオ・ブラック様。これはこれは、ようこそアルカナへ」


 とても上機嫌なドゥーウェ・ソペードは、当然彼を笑顔で迎えていた。

 マジャンから送られたレースのドレスも、周囲から目立っているとお気に入りである。

 なによりも、トオンが隣に立つととても映えるのだ。

 これで機嫌が悪くなるわけがない。


「……」

「あら、長旅でお疲れのようね。今日は王宮でお休みになって、調子を取り戻してくださいな。明日は私たちの結婚式ですもの! ブラック王子にも是非祝福していただきたいですわ」

「ドゥーウェ……彼のことを、私にも紹介してくれないか?」

「ええ、トオン。この方はオセオ王国の王子であり、遠からず王座を継ぐことになるオセオ・ブラック様よ。このアルカナ王国とは昔から親交のある、とても歴史深い国の方で……私たちの結婚を祝うために、国王陛下の代理として来てくださったのよ」


 ドゥーウェはもともと、何をしてもいい相手としてはいけない相手を見分ける節度を持っていた。

 他国の王位継承者に対して、無礼な態度をとるわけもない。まして、自分の結婚を祝福しに来てくれたのだ、とてもまじめに対応をしていた。

 トオンも同様である。王位継承権こそないものの一国の王子であるし、周辺諸国からも評判の高い男だった。

 周囲の女性を虜にする、嫌みの無い笑顔でにこやかに対応している。その顔に、一切の陰りも演技もない。


「それはそれは……私はマジャン=トオン。この度、ドゥーウェ・ソペードの伴侶に選ばれる幸運を得たものです。今日は私たちの結婚式に来てくださってありがとうございます。どうか、今後も末永くお付き合いを」


 肌の色も顔立ちも、全て明らかに外国の人間である。

 しかし、それでもなおはっきりと伝わる絶世の美形。

 トオンにしても、ドゥーウェにしても、いつも向けられる嫉妬の感情。

 それが、あり得ないほど無礼な方向で爆発していた。


「結構。猿の血を入れたアルカナが、そう長く続くとは思えませんので」


 絶対に言ってはいけない言葉を、絶対に言ってはいけない女の前で、周囲に証人となりうる貴人がそろっている状況で言ってしまっていた。

 誰に陥れられたわけではなく、手前勝手に自業自得で。


「切り札うんぬんともてはやし、体よく使ってやる程度ならまだしも、王家も四大貴族も、その威信を地に落としたものです。文明人としての誇りを捨てた国が、どれだけ持つかなど確かめるまでもありませんな」


 周囲が、しんと静まっていた。

 誰もが耳を疑いながら、彼の暴言を許してしまっていた。


「八種神宝の威光をもってしても、血が腐り魂を失えば家は死ぬのです。それを我がオセオは、高みの見物と行かせていただきますよ」


 そう言って、背を向ける。


「猿の結婚式になど、祝う気になれませんな」


 とても決定的に、歩き去る彼は喧嘩を売っていた。


 およそ、平民が言われても憤慨する暴言である。

 貴族でも決闘になって当然の発言である。

 まして、相手がソペードの我儘姫である。


 オセオ・ブラックは国交が悪化する程度だと思っていた。

 悪くとも戦争になる程度だと思っていた。


 言ってやったと、心の中で得意げになっていた。


「あ」


 トオンは怒っていなかった。自分が外国人であるということで、そうしたことを言われることもあると覚悟していたのだから。

 しかし、ドゥーウェがなんの反応もしない、とは思っていなかった。


「あ」


 ドゥーウェが笑っている。

 とても恐ろしい笑顔で、恐ろしい言葉を構築していく。


「あははははは!」


 できるだけ気品を保ちながら、彼女は大笑いしていた。

 それこそ、ブラックが足を止めるほどに。


「あははははは!」


 愉快そうに笑っていた。

 憤慨するそぶりなど見せずに、心底からツボにはまったように笑っていた。


「傑作ね、トオン。招待状にはちゃんと貴方が異国の王子であると書いてあるのに、その特徴も詳しく書いてあったのに、その招待状を読んだはずの者が『猿の結婚を祝う気が無い』ですって! わざわざ山奥から、そんなことを言うために来てそのまま帰るだなんて!」


 トオンは、その言葉を止められなかった。

 彼女から感じる気迫が、各国の貴人を呼び集めたこの王宮を飲み込んでいくようだったのだから。



「国中の誰もが字も読めない(・・・・・・)くせに、文明人気取りで他人を猿呼ばわりなんて……私を笑わせようとしているとしか思えないわ」



 その言葉を聞いて、ブラックは足を止めていた。

 ただでさえ苛立っている心中で、もっとも苛立たせている相手が『ありえない』罵倒を自分にしたのだから、不意の反撃を受けたようなものだった。

 舌には舌で、彼は反論しようとする。

 罵倒に対して、罵倒で返そうとする。


「サンスイ!」

「はっ」


 しかし、悲しいかな。ここは『敵国』のただなかである。

 烈火のごとく怒り狂っているドゥーウェは、己の持つ最強の剣に絶対の命令を出していた。



「耳と鼻をそぎ落とし、目玉をえぐって並べなさい」

「承知いたしました」



 戦争になる、という程度の認識だった彼は、自分が誰のことを怒らせたのかを理解していた。

 しかし、何もかも遅い。こぼれた水は盆に戻らず、時計の針は進むばかりで、吐いた唾は飲めないのだから。

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