炒飯
よく考えたら、俺はダヌアの恵倉としての形態を知らない。
八種神宝は人間に変身できる『道具』であって、道具に変身できる『人間』ではない。
なので道具の形態というよりは本来の姿というべきなのだろう。
当たり前だが、かなりデカかった。
王宮の中庭に『出現』したデカい倉は、流石にノアよりは小さいが、それでも二階建てとか三階建てぐらいの高さと広さがある。
なんでも八種神宝は使用者に合わせてある程度形態を変える機能があるらしいので、この状況ではこの程度の大きさにしているだけなのかもしれない。
そんな機能があるとは驚きだが、よく考えたらそうでもないとエッケザックスやパンドラは問題だろう。倉や船は大きくても小さくてもそこまで不便ではないが、剣や鎧は合う合わないが在る筈だし。
倉にあるまじきことに前と後ろに出入り口があり、手ぶらで入った給仕がもう一方の出口から鍋に入った料理を出したりしている。
なんともインチキな機能だが、神が作った道具というのなら納得だろう。
最強とは明らかに無縁だが、右京にとっては最強などよりもありがたいに違いない。
「まあ、何でもいくらでも出せるってなると、最終的にはコメとみそ汁だよな」
「うんうん、日本に帰ってきたなあって気分になる。気分だけだけど」
さて、俺たち切り札は五人並んで白米とみそ汁を食べていた。
食べたことがあるものなら何でも出せるよとなると、俺たち五人はスタンダードに行き着くわけで。
これしか食べられないとなると逆に他のが食べたくなっていると思うが、他のも食べられるよとなるとこれが食べたくなるのが、人間の不思議な心理であろう。
まあ他のが食べたくなったらおかずとして適当に取りに行けばいいので、俺たちは並んで食べていた。
目の前で起きている、真剣にどれを出すのか悩んでいるアルカナ王国の面々を眺めながら。
「……二ホンとはいったい」
結婚式の主催者であるアルカナ国王がとても悩まし気で、勢ぞろいしている四大貴族の当主の方々は、ウチでなくてよかったなあと安堵していた。
仙人である俺にとっては、この世界の食と日本の食の違いを特に意識することはなかった。食欲がないこともそうなのだが、そもそも日本の食事が五百年前なので、思い出そうにも記憶のかなただった。
しかし、この世界のファンタジー度はとても低く、『とても美味しい伝説の鳥』だとか『秘境に生えている伝説の果物』とかはない。しいて言えば師匠が作る蟠桃だとか人参果ぐらいだろう。
「一体どんな酒を出せばいいのだ……」
となれば、元の世界でも美味しいと評判だった日本の食事が、文明水準の低いこの世界でもかなり上位に食い込むことは想像に難くない。
なので、お酒の味も……まあお察しなのだろう。
もちろん異国料理なので会うお酒が見つけられないに違いない。流石に右京も、日本にいたときはお酒の飲めない年齢だったようであるし。
「というよりも……なぜこんなにも美味なのだ? ダヌアはあくまでも再現であり、より一層美味にする機能はないはずだが」
「国王陛下、恐れながら……」
国力の違いの一端に触れて悩んでいる国王陛下。
そんな彼のところに、とても申し訳なさそうな人が歩み寄っている。
総料理長とか、今回の宴の責任者の方だろう。
「これをご賞味ください」
「切っただけの根菜か、このまま食べろと?」
野菜スティックを渡された国王様は、ドレッシングも何もかけずに食べていた。
それを食べただけで、国王様は目を見開いていた。
「ば、バカな……このまま食べただけで、こんなにも美味なのか?」
「はい、恐れながら、素材の味がまず違うのです。加えて調味料もとても豊富で……それに調理法も、ありえないほど多様です。これでは、我が国の料理もかすんでしまうかと」
「うぬぬぬ……切り札たちの故郷とはいったい……」
いや、本当になんで俺たち、ファンタジーな世界にあこがれていたんだろうか。
コメを食べてみそ汁を飲んでいると、最強にあこがれて魔法にあこがれていたのがばかばかしく思えてくるから不思議だ。
しかも右京以外の全員が、似たような心境になっているし。
「試験として果実を、イチゴを出してもらったのですが、それもあり得ないほど甘く……。これを使ってデザートを作成したところ、この世の物とは思えない味で……」
「うむむ……」
アルカナ王国の国王としては、こんなすごい宝を俺の国は持っているんだぞ! とアピールしたい一方で、相対的に自分の国の格が落ちることを危惧しているのだろう。
見栄を張るのも大変である。
と、そんな重鎮を見ている俺たちは、ふと今ダヌアの恩恵を受けられないドミノの国民が気になっていた。口に出したのは、右京と仲がいい正蔵だった。
「そういえばさ、そっちの首都の人は文句言わなかったの?」
「黙らせた」
まさに独裁者であろう。文句が出るのは当然として、それを意にも介さない精神力は完全に支配者の風格だった。
「あらかじめ食料の備蓄は済ませてあったからな。流石に一年以上も税金を安くすれば、大分事情もよくなる。今まで通りの生活に戻るだけなんだし、属国が逆らえるわけもないしな」
凄いなあ、と俺たち全員が感心していた。まさに厚顔である。
こういう図々しさがないと、国家君主などやってられないのだろう。
「だいたい、結婚式の期間だけなんだし、今までいいもん食ってたやつが文句を言うのがおかしい。結婚式が終わったら、国内をゆったり回る予定もある。首都だけじゃなくて、他の地方の民にも美味いもんを食わせてやりたいしな」
そうした残酷な一面がある一方で、やはりダヌアの主らしい面もある。
本心から多くの国民にごちそうを振舞いたいと願っている。仙人云々を抜きにしても、それが俺たちにもわかる顔をしていた。
「やっぱり右京は凄いんだな。俺はエッケザックスを持っているからわかるんだけど、神宝は持ち主の精神に呼応して機能を発揮するから、右京はそれだけ凄い施しの心を持っているんだな」
「まあな……そのあたりは、規模の絡みもあるらしい」
俺と正蔵は、八種神宝の所有者ではないのでわからない。
しかし春も祭我と同じ心境のようで、右京をとても尊敬しているようだった。
「ダヌアの場合、所有者が施しの心を持たないと食料を生産できないが、本人が施したいと思っている範囲によって量が決まるらしい。俺の場合は国家全体だからな……強く思ってないわけじゃないが、やっぱり責任感によるものが大きいんだろう。まあ、俺が俺の国を何とかしたいと思うのは当たり前だが」
国家の地図を見て、それが『俺の国』だと思う心境は俺には想像もできない。
同じような境地にあるべき祭我もまだぴんと来ていないので、やはり彼は格段に重い物を背負っていると分かる。
『まあ、そうでもなければダヌアも力を貸さぬであろうな』
と、祭我の腰に下がっていたエッケザックスが声を出していた。
ぶっちゃけ師匠の行動もあって、他の神宝とあんまり仲が良くないエッケザックスは、祭我のそばを動こうとしていなかった。
『とはいえ……限度いっぱい、五つも持つとはな』
「……やっぱり全部所有するのは無理なのか?」
『当然であろう』
すべての魔法の資質をもつわかりやすいチートである祭我は、すべての神宝を所有するというわかりやすいチートを想像しているようだった。
まあ右京が四つも五つももっているので、八つ全部持てる人間がいると考えるのもおかしくはないが。
『この我、最強の神剣エッケザックスと復讐の妖刀ダインスレイフは、絶対に同じ主を選べぬ。己を高めたいという克己心と相手を陥れたいという復讐心は、絶対に両立せんからだ』
確かに師匠や祭我が、右京のように国家ぐるみで他人を捕まえて復讐しようとする、というのは想像できない。
逆に右京が、個人としての最強にこだわって修行をする、というのも想像できない。
なるほど、実際に使用している面々を照らし合わせれば、納得できる話だった。
『加えて死への恐怖を動力源とするノアと、生への渇望を動力源とするエリクサー、そしてパンドラはそれぞれが絶対に使用者が重ならぬ。ノアに力を与える者はエリクサーとパンドラを使えぬし、エリクサーの所有者はノアやパンドラを使えぬし、パンドラの使用者もノアやエリクサーに力を与えられぬ』
つまり、ダインスレイフとエリクサーが使用できる右京は、エッケザックスとノアとパンドラを絶対に使えないと。
なるほど、であれば個人で使用できる上限は、確かに五つであろう。
『まあ掌中に収めるだけ、であれば八つすべて収めることはできよう。現にアルカナ王国の国王は、今まさに八つ揃えているわけであるしな』
俺には関係のない話だが、まあそんなものなのかもしれない。
というか、エッケザックス自身が、八つそろっていることになんの感慨もないようだった。
彼女自身が、克己心の強い者を好むだけに、そういう傾向があるのだろう。
昔はどうだか知らないが、今の師匠だって他の人のことにあんまり興味なさそうであるし。
「……あのさ」
ノアの所有者、ではないがよく使っている正蔵が、深刻そうに話の流れを切っていた。
「ごはんとみそ汁を食べてたら、考えちゃったんだけど……」
それは、俺たち全員が聞いてはいけないことだった。
「今もしも、ラーメンと餃子とチャーハンを食べたくなったら、とっても困るだろうなって……」
俺たち四人の箸が止まっていた。
そう、カレーが食べたくなればルーをもらってくればいいし、他のおかず類も問題ない。
「スパゲッティぐらいなら、まあ我慢できるけどさ……。ラーメンと餃子、ときてライスかチャーハンか、でチャーハンを選んだら、と思うと……困るだろうなあって思ってたら……」
ダヌアが無尽蔵に料理を出せるとして、それ相応に右京が施しの心を持っているとして……それでも、俺達が食べられる量には限界があった。
確かに目の前の白いご飯を食べて、さらにチャーハンが食べたくなったら問題だろう。
「半チャーハンでもきついかなって……思ったらさあ……どうしよう、ラーメン大盛餃子チャーハンがセットで食べたくなった」
確かにそれは困るな……。
俺も五百年前のことなので、ぱっと想像できないが……。
だからこそ、そのセットに魅力を感じてしまうわけで……。
「どうすんだよ、お前そんなこと言って……俺この後唐揚げ食うか竜田揚げ食うかで悩んでたのに……頭の中がラーメンセット一色になっちゃただろ」
「俺なんてふりかけ何にしようかなって、庶民的なこと考えてたのに。白米をがっつり食べようと思ってたのに……お前がそんなに悩まし気に言うから、食べたくなっちゃったじゃないか……」
右京はまだいい、いつでも食べられるから。
でも右京以外の四人は、そうそう食べられるわけではない。
俺も食欲はドーピングによる一時的なもんで、そんなに持続しないのでいいが、他の三人はとても悩ましい。
正蔵の言葉を聞いて、春と祭我は呪わしい眼で見ていた。
うん、口に出したらいけないことだったな。
「一応言っておくけどよ、ダヌアは食べ放題だからって残飯を大量に出す奴は嫌いだぜ」
「ううう……ダヌアに嫌われるのはちょっと」
「ダヌアに頼んでラーメン食べ比べしたくなってきちゃったよ……」
「だからそういうこと言うなって……」
もうこいつら日本に帰ればいいんじゃないかなって心境である。
でもやっぱり、故郷に帰ったら帰ったで、アルカナ王国に戻りたくなるに違いない。
人間の心理とは、たいていそういうもんである。
「……っていうかな、祭我。お前ちょっとランを止めて来い」
「あ、本当だ」
ランの奴、狂戦士になりながら大量の食事を食べていた。
まるでフードファイトでもしているかのように、早食いというか大食いしている。
むしろ、むさぼっている。マナーも何もあったもんじゃないな……。
「早く止めて来いよ、俺は嫌だからな」
「ああわかった、行ってくる。エッケザックス、ランを止めるぞ!」
『……うん』
せっかく強者と戦うのに、夢中になって食事をしているランを抑えるため、という状況が不満なエッケザックス。
祭我に頼られているのに、とても不満そうだった。
おそらくドラゴンが攻め込んでくるとかにならない限り、彼女の欲求不満は持続するだろう。
だが、そうならないことこそが、この国の為である。よく切れる剣でも、鞘に収まっているのが一番なのだ。
「半ラーメンの半チャーハンの半餃子にすればいいだろう」
そんな彼を見送りつつ、俺は折衷案を出していた。
三人とも不満そうだった。腹いっぱいラーメンセットを食べたい、という気持ちがあるんだろう。
だが、お前ら。もうそろそろ成長期も終わりなんだから、節制しろ。
俺なんて成長期が終わる前に絶食してたんだぞ、見習え。




