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老獪

「そんな……兄上がなぜここに?!」

「久しいな、スナエ」


「やっぱり親戚だったのね……」

「お嬢様、お気を確かに」


 もしかしたら勘違いかもしれない。

 そんな望みを抱いたお嬢様は、しかし学園に戻ったと同時に否定されていた。

 異国の姫の兄、マジャン=トオン。家柄から言えば王位継承権がないことも含めて、お嬢様にふさわしい相手と言える。

 問題があるとすれば祭我を通して、下に見ているハピネと親戚関係になってしまうことだろう。

 それはお嬢様にとって『屈辱』だった。余りのことによろめいて、ブロワに支えられているほどだった。


「まったく、お前というやつは。私と違って王位継承権のあるお前が、こんなところで勝手に婚約をするとはな。それも、我が国の王族であるという立場を明かして」

「も、申し訳ありません。ですが、私は決して浮ついた考えで結婚を決めたわけでは……」

「王気を身に宿すものには相応の義務がある。それは知っている筈だろう! 一国の王位継承権を持つ者が、独断で婚約を決めるな! お前にそんな自由があるとでも思っているのか!」

「うう……申し訳ありません」


 戦士気質のスナエも、同じく戦士気質であり、しかも年長で正論を言ってくるトオンに対しては強気になれないようだった。


「スナエをあんまり虐めないでやってください」

「ほう、君がサイガか。妹が婚約を押し付けた男だな?」

「押し付けた、とは違いますが、結婚の約束はしています! 俺は、真剣です!」

「そんなことは当たり前だ! そうでないなら、兄として妹をたぶらかした輩など切って捨てている! だが、これは一国の王子としての叱責だ!」


 爽やかな王子様も、流石に妹が勝手に婚約を決めているということで、普通に怒っていた。

 そりゃそうだ、王気を宿すということが王位継承権に関係するということになるなら、勝手に結婚したら最悪国が割れるしな。


「とにかく、一度きちんと、父上に報告しに行くことだ。真剣に付き合うならばこそ、手順は踏むべきだ。これは王家とは無関係に、通すべき筋だろう」

「すみません……」

「まあ、小言はここまでだ。さて、ハピネ・バトラブ殿だな? この国では妹がたいそう世話になっていると聞く。父である王に代わって、感謝の言葉を送らせてもらおう」


 さらっと小言を終わらせて、隣で怯えていたハピネに話しかけている。

 実際、俺やレインがお嬢様に色々と保証してもらっているように、スナエの事もハピネが保証しているのだろう。


「い、いえ! 大したことなんて……」

「聞けばこの学園で学ぶ機会を与えられているとか……私も偉そうなことは言えないが、異国に来て学ぶ楽しさに目覚めるとはな。お前は何時からそんなに学業を愛するようになった。故郷の教師たちが聞けば、さぞ大喜びすることだろう。まさか男目当てというわけでもあるまい」

「そ、それは……」


 バトラブ一行をかき乱していく、マイペースなトオン。これが王子の風格という奴なのだろうか。そしてそれとは無関係なところでダメージを受けている我らがお嬢様。

 人間関係の複雑さは、人を傷つけるのだなあ。


「……お嬢様、婚約の件はどうしますか?」

「保留で……」

「ああ、はい」


 俺の質問に、気を遠くしていたお嬢様は力なく答えていた。

 本当に参っているらしい。というか、どれだけハピネの事を下に見ていたのだろうか。

 一応対等なんだから、失礼すぎるんじゃないだろうか。


「それで、兄上は……やはり剣聖と戦われたのですか?」

「うむ、どうやらお前もあの方の戦いを見たようだな」

「ええ、想像したこともない強さでした」

「私はあの剣に惚れた。こうして同行したのも、お前に会うこともさることながら、彼の弟子になるためだ」


 話を進めているトオン。俺は弟子にするつもりはないんだが。


「そうですか、やはり兄上でもかないませんでしたか」

「うむ、軽くあしらわれた。故郷では剣をとって敵なしと言われた私がな」

「……私も直接戦ったわけではありませんが、勝てると思えません」

「―――王気を宿すお前をしてか」

「ええ、武の深淵。その一端を見た気分でした」


 トオンが妹との会話のなかで内に秘めた感情は、顔に出せない歓喜だろうか。

 その上で、俺を見ている。改めて喜んでいる。その喜びは、剣士のものなのかもしれない。

 俺が彼と出会った時と、同じ表情なのかもしれない。


「それにしてもサンスイ殿、貴殿の主は何をそんなにも落ち込んでいるのだ」

「実は、お嬢様は自分にふさわしい男を探していてな。失礼な話だとは思うが、貴方を見た時から有望だろうと勝手に決めていたのだ」

「それは名誉なことだ! なに、我ら男も、女を見ればそう値踏みすることもあるだろう」


 爽やかに笑うトオン。この器量は凄いな、結構不快に思う材料はあると思うのだが。


「私も別に不満はないぞ。この国でも権威ある一族の娘であり、なんとも魅力的な体ではないか。彼女が真剣に望むなら、応じることもあるだろう。しかし、喜んでいるように見えないが」

「それが……貴方の妹の身元を保証しており、同じ男性を愛しているハピネ・バトラブ様を、お嬢様は余り快く思っておらず……」


 女性同士の勝ち負け、という奴だ。男にだってそういう失礼な考えを抱く輩は多いし、それなりに理解があるのか、トオンはふむふむと納得した顔をしている。

 

「なるほど……ケチがついたということか」

「その通りです、申し訳ない」

「そう気になさるな、年頃の乙女の可愛い葛藤だ。むしろそんな女性に高値とみられることを喜ぶべきだろう」


 でっけえ人だなあ。話をしていて、何とも安心感がある。

 やっぱりこういう人とお嬢様には結婚をしてほしいところである。


「では、妹が世話になっているという、この学園の責任者を紹介してもらえないだろうか」


 その当然の希望に対して、俺は猛烈に嫌な予感がしていた。



「それでは皆さん、これから希少魔法『影降ろし』の実演をしていただきます」


 ものすごくうれしそうに、お婆ちゃんである学園長先生は公開授業を始めていた。

 前回と違って、いきなりコロッセオ風の運動場である。これはつまり、誰かと誰かを戦わせる流れだな。


「実演してくださるのは、マジャン=スナエさんのお兄さんであるマジャン=トオンさんです。王位継承権はないそうですが、王家の方です。皆さん、失礼のないようにね」


 そもそも、王位継承権がある人にも結構軽々しく見世物になっていただいていたような気が。

 もちろんそれで邪な金儲けを企てていたわけではないので、あくまでも学術的なものではあったのだが。


「紹介に預かった、マジャン=トオンである。この国では魔力を用いた『魔法』が非常に発展していることは知っていたが、こうして学び舎を見て納得した。なるほど、ここが最高学府だとしても、多くの学徒が魔法や勉学を学んでいるのだろう。それの力になることができて、私は幸福に思っている」


 相変わらず、運動場には多くの生徒たちや教員が座っている。

 女性の面々は、正に外国の王子様というトオンを見てため息を漏らしていた。

 そりゃあ、基準の厳しいお嬢様が見初めた相手である。他の女性陣にとっては、見ているだけでお腹いっぱいになる美男子だろう。


「影気を用いて操る力……影降ろし。これ自体は単純なものだ。基本的に三種類しかないからな」


 実体のある分身を生み出す魔法。呪術ほどではないが、不自然な気配のする力だ。

 分類としては仙術同様に、補助に優れている『魔法』だろう。


「まず、決めた動作を予めこなす分身である。これは一度生み出せば変更させたり途中で消すことはできない。その代わり一番簡単で、最も多く生み出すことができる分身だ」


 運動場で説明をしているトオン。その体から、一人二人と分身が湧き出て並んでいく。

 こういうのを、イケメンが増えた、と喜ぶべきなのだろうか。観客席から黄色い声援が聞こえてくる。

とはいえ、VIP席に座っているお嬢様はまだ復帰していなかった。やっぱりお兄様が言っていたように、お嬢様は結構打たれ弱いのかもしれない。


「私の場合は十体、これは同じ使い手の中でも随一だ。これが上限と思ってもらって構わない」


 そう言って、トオンは自分の前に並んでいる分身を後ろから押した。その分身は立ったままでいる、という動きしか入力されていないのか、無抵抗にそのままの体勢と表情で倒れた。

 黄色い悲鳴があがり、それをうっとうしいなあと思う気配が漂っている。やっぱり気配を感じるまでもない。


「この、決められた動きという物が案外難しい。例えばただ立つという姿勢や、ただ歩くというだけでも練習を要するのだ。なにせ、分身に立て、歩けと命じてそのように動いてくれるわけではないのでな」


「まるでロボットのプログラミングみたいだな……」


 説明を聞いていて、バトラブの方のVIP席で祭我がそうつぶやいていた。

 気持ちはわかる。俺だってなんとなくそう思っていた。ただ、昔すぎてあんまりちゃんと思い出せないだけで。


「次に遠くから操作できる分身だ。これの場合は決めた動作をさせるのではなく、分身を操ってその場その場で対応させるのだ。当然こちらは同時に動かせる分身が大幅に減る。私でも三体がやっとだ。そして……最後に真に分身というべきものがある」


 ややもったいぶって、すべての分身を消したトオンは集中し始めた。

 そして、一体の分身が現れる。


「これが主に偵察で使われる分身だ」


 そういったのは、本体の方ではなく分身の方だった。それを見て、多くの者たちが感心している。どっちが分身かと疑っているほどだ。

 俺の知覚でも、中々見分けがつかない。というか、意識レベルで繋がっているように見える。


「この分身で見聞きしたものは、そのまま私が把握することができる。もちろん死ぬほどの傷を負えば消えてしまうが、それでも私自身には一切傷はない。強いて言えば、私自身が集中しなければならず、身動きが取れないことだろうな」


 結構派手に明かしている辺り、彼の国では比較的有名な術なのだろう。

 そもそもそうじゃないと術理なんて発達しないしな。


「まあ、実に素晴らしい実演でしたね。皆さん、拍手を送りましょう!」


 習得の手間を考えれば難しいところだが、便利というか面白そうである。

 確かに剣術とは親和性が高そうだった。もちろん、他の武器術ともだが。


「とはいえ、これじゃあ実際にどう戦うのかわからない、という子も多いわよねえ」

「ほう、では実際に試合をしてみようと?」

「ええ、影降ろしの使い手が、実際にどう戦うのか見てみたいしね。貴方もこの国で発達している『魔法』を実際に見てみたいでしょう? それに、他にも希少魔法の使い手もたくさんいるしねえ」


 そう言って、学園長先生は悪戯っぽく笑っていた。


「王気を宿し神降ろしを使えるスナエさん、聖力を宿し法術を使えるサイガ君、影気を宿し影降ろしが使えるトオンさん。どうかしら、魔法の剣士ではなく生粋の魔法使いと戦うのは」


 俺は眼を疑っていた。

 老いている彼女の中から闘志が湧き立ち、挑発し……それを学園の生徒や教師の多くが、当然だと受け止めていた。


「年甲斐もなく、張り切って戦わせてもらうわね」


 貴女が戦うんですかい。

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