暗幕
ウィン家へ一月ほど滞在して自分の家族へのサービスをひと段落させた俺は、改めて礼服を着てソペード本家へ向かった。
もちろんちゃんと迎えの馬車に乗って、普通に案内された。
ぶっちゃけウィン家よりもソペード本家の方が、俺にとっては実家みたいなもんである。
もちろん使用人として住み込みの生活をしているだけで、主人扱いをされていたわけではない。
しかし、アルカナ王家四大貴族の本家で、俺はブロワやレインと一緒に五年ほど過ごしたのだ。
これは内心でお嬢様を妹の様に思い、お父様やお兄様を父や兄のように慕っていることと同様に、表に出してはいけないことだが……。
俺にとって、この家は帰る場所の一つだった。
「改めて考えて……」
礼服を着ている俺を、誰もが見てやや驚いている。
現当主であるお兄様の前に俺がいて、その周囲に他の者もいるのだが……。
成長した姿の俺を見て、驚愕を隠しきれていなかった。
もちろんお兄様は、金丹で疑似的に成長した俺を知っているので驚いていないのだが。
「この状況はなんとも無茶だな。正直に言って、手に余る。こうした時に、アルカナ王国がこうした形式の政治でよかったと思う」
俺に驚いていない一方で、俺をはじめとする切り札たちに対して、持て余している感じが否めない。
「私はソペードの当主にふさわしいだけの胆力を持っていると自負しているが、さすがにこの状況で泰然としていられるほど、人間を逸脱していない」
「そのようなことは、決して……」
「お世辞はいい。私は優れているだけの人間であって、お前の様に人間の枠を超えているわけではない。精神的な意味でもな」
お兄様は、俺の能力に関してもよく知っている。
俺が強いのは純然たる技量であり、対人戦闘に特化した仙術と剣術によるものだ。
師匠もそうなのだが、仙人も人間でしかない。何百年修業したところで、筋力や内包している力が劇的に増すことはない。
そういうものは、純粋に才能だ。体重や筋力は体格に依存していて、魔力なども天性のものに由来している。
鍛えれば鍛えるほど強くなれるとしても、絶対に限度はある。鍛えても鍛えても、必ずどこかで頭打ちになってしまう。
そうでなければ、師匠が自分の限界と向き合うことはなかっただろう。それこそ、ずっとエッケザックスを手にして、力だけを求めていたに違いない。
師匠がエッケザックスを捨てた理由の一つが、それだからだ。エッケザックスを手に千年も戦闘経験を積んだのに、千年前からちっとも強くなっていない自分に気づいたからこそ、最強の剣を捨てたのだ。
「場に出せば勝利が確定する五人の切り札、神が作り上げた八種神宝の全て、そしてそれらすべてから畏怖されている荒ぶる神。正直、これらをすべて一人で管理することなど、手に余るどころではないからな」
「申し訳ございません」
「気にするな。お前たち切り札は、誰もが各当主に忠義を尽くしている。我らも、そこは疑っていない。お前には言うまでもないだろうがな」
そのあたり、失敗しているのはドミノ帝国や師匠とかかわった数々の国々だろう。
切り札や師匠は、やろうと思えば国ぐらい簡単に滅ぼせる。
「我らアルカナが神に選ばれし祝福された国だ、とうぬぼれたくもなるかもしれないが……正直に言えば祝福が過多すぎる。お前ひとりで十分なぐらいだ」
「恐縮です」
「とはいえこれだけの宝だ、自慢しない手はない。今回の結婚式ではお前たちを並べることになる」
スイボク師匠を除く、アルカナ王国の誇る宝。
五人の日本人と、八種神宝。
「……正直に言えば、私の、俺の就任式の際には調子に乗りすぎた。その分、今回は王家に華を持たせるつもりだ。今回ソペードだけが八種神宝を披露できないが……別に引け目を感じる必要はないぞ」
「お気遣い、痛み入ります」
「王家も鼻高々だろう……八種神宝のうち五つを、己の宝として周囲に披露できるのだからな」
近衛兵を全員まとめて倒す、という暴挙を調子に乗りすぎた、で済ませるのはどうかと思います。
とはいえ、ソペードを除く四大貴族が一つずつ保有し、王家は五つも保有している。
なるほど、王家はさぞ自慢ができるだろう。これで俺が雷切うんぬんから抜け出せればいいのだが……。
「最強を志す克己心を持つ者だけが使える『最強の神剣エッケザックス』、国家や社会への反骨心を持つ者だけが使える『反骨の天槍ヴァジュラ』、因縁を持った相手への復讐心を持ち続けるものだけが使える『復讐の妖刀ダインスレイフ』、何が何でも生き残らねばならないという強い意志を持つ者だけが使える『意志の聖杯エリクサー』、道具を使い捨てることに一切抵抗を持たぬものしか使えない『廃棄の実鏡ウンガイキョウ』、絶対に死にたくないという生存への執着を持つものを乗せる『生存の箱舟ノア』、飢えたものに食べ物を与える慈愛を持つ者にしか使えない『慈愛の恵倉ダヌア』そして……」
お兄様の眉を顰めさせる、最後の一つ。
「ディスイヤが保有している、ウキヨ・シュンを使用者とする……お前の師匠さえ抵抗を許さずに死なせる『破滅の災鎧パンドラ』。なるほど、どれも神が人間に与えた、至高の宝なのだろうな」
自分だけ持っていない、ということをあんまり気にしていないようだった。
俺は地味に気にしてるんだが……。
でも、俺はエッケザックス以外にはウンガイキョウぐらいしか使えないような気が……。
もちろんエッケザックスは不要だし、ウンガイキョウもなあ……。
良く良く考えると、五つも適合する右京は大概だな……。
「とはいえ……お前も察しているだろうが、あくまでも五人の切り札も八種神宝も、どれも自発的に問題を起こすことはない。問題を起こすのは、ほぼ間違いなく妹だろう」
「……」
ですよねえ、とは思わないでもない。
だって、どう考えてもそうであるし。
「もちろんお前も知っての通り、妹もそんなには好戦的ではない。あれはあれで、挑む相手はきっちりと選ぶからな。それはどちらかと言えばバトラブのハピネだろう。それに……あれもあれで、自分の結婚式には人並みのあこがれもある。自分から台無しにすることはあるまい」
「そうですね」
「だが、他は別だ。特にオセオはな」
「オセオ……」
「バトラブ方面にある、この近くの国だ。主に山岳地帯を領地とする国家でな……昔から閉鎖的な色が強い。今まではさほど強国でもなかったが……最近、妙に力をつけている。その上、新型のゴーレムを秘密裏に我が国へ送り込んでいる」
秘密裏に送り込んでいるのに、どこの国が送り込んでいるのかわかっているのか。
それはそれで、とてもいやだなあ……。いったいどうして、そんなすんなりとわかったのだろうか。
「表向きは友好関係なので、今回の式には招待状も出している。しかし、その国の王子は……愛国者でな。現実と理想を秤にかけて、理想を優先しがちだ」
「……お嬢様に、攻撃をすると?」
「いいや、はっきり言って三組全員が気に入らないのだ。異人種が国家の中枢に入り込むからな。特に遠い異国の王族であるトオンに対しては……攻撃的になるだろう」
そうか、そんな普通の人がいるなんて……。
自分でいうのもどうかと思うが、明らかに外国人な俺たちをアルカナの人たちはみんな抵抗なく受け入れてくれたからなあ。
そんな普通の価値観を持った人に今更出会うなんて……いや、ドミノの亡命貴族もそんな感じだったような? あれはまた少し別か。
「では、その貴人に注意を……」
「いいや、違う。その男にだけは一切注意を払うな」
は? それはいったい……。
「その男に対して妹が攻撃するように命じた場合は、遠慮することなく攻撃しろ」
え、いいの?
俺たち切り札は、国家を亡ぼすだけの力がある。
その俺たちがいるからと言って、戦端を徒に広げることが無かったのが、今までのアルカナ王国なのだが……。
「オセオに対しては、既に四大貴族と王家、そしてウキョウによって破滅させる計画がある。つまり、オセオに限っては宣戦布告しても問題ないのだ」
お嬢様を戦争のきっかけにして、そのまま国を亡ぼす……。
いいのか、そんなことして。
いいと、国家の首脳が認めてしまっているのか……。
「それに……言いたくはないが、口であれなんであれ、攻撃されるのはマジャン=トオンだ。マジャン王家から我がソペードへ正式に婿入りしてくる、私の新しい弟だ。その弟を侮辱されれば……私個人としては許容できん」
その眼には、確かな覚悟があった。
一国の王が己の息子を遠い国の貴族の婿にするということ、それを引き入れるということ。
これから先、他の誰がトオンの敵になったとしても、それから彼を守らなければならないということ。
「サンスイ……お前もトオンも、基本的に寛大だ。自分が侮辱されたといっても、さほど気に留めることはないだろう。だが、周囲の者がそれを許容するとは限らない。それは覚えておけ」
「当主様……」
「周囲に示さなければならない、ソペードの『家族』になったものを、公然と侮辱することの愚かさをな」
浮世春君は、当分出番がありません。
まだネタ切れしていないからね!




