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地味な剣聖はそれでも最強です  作者: 明石六郎
人生の墓場、国家の葬式
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袈裟

 よくある笑い話で『デートだから気合の入った服だぞ』とかして『ぎゃあ! 汚れちまった!』とかそういうお約束がある。

 実際に起こりうることであり、それこそ貴賤を問わずに共感できる話題なので、この世界でもお約束として存在している。

 そう、俺の場合も同じである。

 如何に念願の洋服を手に入れ、これで娘も嫁さんも喜んでくれるだろうとはいえ、礼服のままでウィン家へ向かうへまはしなかった。

 俺は仙人なので風雨で服が濡れることはないのだが、人為的に泥などが飛び跳ねた場合は流石にその限りではない。


 よって、俺はいったん着流しに着替えなおしてから、王都からソペード領地へ北上していた。

 もちろん礼服も儀礼用の剣も、ちゃんと水をはじきやすい布で包んでいる。なんか風呂敷包みを背負っているようで、まるで泥棒のようにも見える。

 というか俺は少々いい生地を使っているとはいえ、所詮は簡素な服を着ているだけの小僧っこである。

 その俺が、こんな儀礼用の服やら剣やらを風呂敷らしいものに包んで、担いで走っているのだから、泥棒に思われても仕方がないだろう。


 とはいえ、そんな安いコントを実践するわけもない。

 そもそも俺は高速で移動しているので、そうそう誰かに捕まることはない。

 加えて、ここはソペード領地。つまり、ある意味俺にとってのホームである。

 黒い髪をした小僧っこが、明らかに希少魔法を使って高速移動している。

 ああ、童顔の剣聖か、と誰もが納得してくれるのだ。


 仮に関所などで咎められたとしても、通行証をお父様からいただいているので全く問題ない。

 ハピネがバトラブで大きな顔をしているように……というと大げさだが、ソペード領地での俺はかなり自由が利く。

 最近はそうでもなかったが、なんだかんだと五年ぐらいはソペード領地にいたので、俺のことは結構有名なのだ。


「おお、ようやくウィン家の屋敷が見えてきたぞ」


 そうして順調に旅をしていると、ウィン家の屋敷の付近に到着していた。

 既にブロワやレインの気配が察知できるので、一度縮地をすればそのまま屋敷の前に移動できるが、あいにくと今の俺は着流しに木刀である。

 故郷に錦を飾る、とは少し違うが、今は一張羅をいただいているのだ。正直自慢したい面もあるので、いそいそとお着換えである。


 いったん近場できれいな水場を探し、体を清める。

 仙人なので老廃物はほとんど出ないが、王都からずっと走ってきたので流石に少々汚れていた。

 それを終えると、金丹を飲んでから身支度をする。正直そんなに身なりへ気を使うほうではないのだが、やはり自分用の礼服があるのだと思うとテンションが上がる。

 師匠と過ごしているときは、自分で作らないといけないという関係もあってか、着流しでも全然よかった。

 しかし中世ヨーロッパ風の国の中で、一人和風の貧民みたいな恰好をしていたら疎外感があった。

 俺という希少魔法が使える外国人を、自分の配下として売り出したかったお嬢様やお父様、お兄様としては当然だったのかもしれない。

 そう考えると、やっぱり祭我はずるいなあ……。


「いかんいかん、未熟未熟……」


 改めて、自分の姿を確認する。

 服装も軍服で、腰に下げている剣は儀礼用の豪華なもの。

 加えて金丹で成長している姿になっているし、一応台本のような予行練習も済ませてある。

 ばっちりとした姿をした俺は、改めてブロワの実家の前に向かう。


 ブロワの実家は貴族なので、門の前にはちゃんと門番が待機していた。

 嫁の実家ということや、身なりがきちんとしているということもあって、俺はちゃんと門番へ話しかけようとした。

 やっぱり、お世辞とか言われちゃうかもなあ。


「お仕事ご苦労様で……」

「何者だ、怪しい奴め!」

「身なりはきちんとしているようだが……お前のようなものが来るなどと、連絡を受けていないぞ!」

「……」


 声を掛けたら、普通に拒否された。ものすごく普通に、門番の人は俺が誰かわからないらしい。

 そりゃあそうだ、と俺は内心納得していた。

 いや、だからいきなりここで諦めることもできないのだが。


「あの、俺は……」

「何者かは知らんが! ここはウィン家だぞ! 誰だか知らんが、約束もなく入れると思うな!」

「そうだそうだ! ソペード家筆頭剣士、武芸指南役総元締め、シロクロ・サンスイ様と縁続きの家だぞ!」


 すみません、それは俺です。

 そうだった、よく考えたら今の俺を見て俺だとは分からないし、そもそも事前に連絡も何もしていない。

 これで俺を素通ししたら、それこそ門番はなんの仕事もしていないことになる。


「……出なおしてきます」

「二度と来るな!」

「ソペードの威光、切り札の武勇を恐れるのならな!」


 いや、だからそれは俺です。

 とはいえ、俺は一旦ウィン家の門から撤収することにした。

 やろうと思えば、門番なんて簡単にぶっとばせるし、そもそも門をくぐる必要もない。普通に浮き上がって門をまたげばいいだけだ。

 しかし、俺は一応貴族だし、嫁さんの実家で真面目に門番をしている彼らを無視していいわけがないし。

 よく考えなくても、彼らは俺が成長した姿になれることなどを知らないし、そもそも今日ここに来るなんて事前に連絡していないのだ。

 如何に身なりがいいとはいえ、見るからに外国人であろう男が、馬車にも乗らず徒歩で一人で現れたら不信感を感じるのは適切だろう。


 でも、俺の心は少し傷ついていた。

 俺の心が傷つくのも、まあ仕方あるまい。


 とにかく、一旦仕切りなおしである。俺は少し前に着替えたところへ戻った。

 俺は一旦金丹の術が切れるのを待ってから、着流しに着替えて腰には木刀を下げた。

 これで何処からどう見ても、普段通りの俺である。

 せっかくの礼服は包み直すことになったし、儀礼用の剣は着流しに合わないのでしまった。

 もちろん、俺の心中はとても悲しかった。


 さて、改めて俺はウィン家へ向かった。


「すみません、白黒山水ですが……」

「おお、サンスイ様!」

「ようこそ、ウィン家の屋敷へ!」


 普段の格好で戻ったら、普通に門番の人も俺が誰かわかってくれた。

 当たり前なのだが、複雑な心境だった。

 みすぼらしい格好をしている、木刀を腰に下げた子供が俺、という認識はいかがなものか。


 ともあれ、他に俺みたいな格好をしている、黒い髪に黒い目をしている男がいるわけもない。

 なんかこれと逆の話が一休さんだか誰かであったような気もするが、それはさすがに深くつっこむまい。


「ブロワお嬢様のことはご存知ですか?」

「いやいや、もう奥様ですな……」

「え、ええまあ。母子ともに健康とだけ聞いております」

「ええ、旦那様もお喜びですよ!」

「レインお嬢様も、毎日可愛がっておいでです!」


 うん、俺が来たことを喜んでくれているらしい。

 しかし……なんだろうか、この釈然としない感じは。

 一休禅師もこんな気分だったのだろうか……。

 だが、ここでドヤ顔で『さっきのは俺だったんだぜ』とか言うのは、余りにも殺生であろう。

 別に不当な暴力を受けたわけでもないし……。


「マジャンからの旅路はお疲れでしょう!」

「さあ! どうぞお通りください! 私めも屋敷へ先に連絡して参りますので、ごゆっくりどうぞ!」


 俺への敬意は本物なだけに、俺としてはなんとも言えない気分だった。

 それにしても、出産のために里帰りしている嫁さんの実家へ、おめかしをして驚かせようと思っていただけなのに、どうしてこんな気分になってしまうのだろうか。

 表情に出してはいないが、そもそもこの状況を不満に思う心が未熟である。

 誰も悪くないのだ……そう、誰も悪くないのだ。

 服を作ってくれた方も、剣を作ってくれた方も、門番の人も、お父様もお嬢様もトオンも、誰も悪くないのだ。


「し、失礼します……」


 そして、普段通りの格好のままで、二人の待つ部屋へ行く事になった。途中で着替えようかとも思ったのだが、門番の人が一緒についてきていた。

 というか、俺の礼服や儀礼用の剣の入った包を、代わりに持ってくれている。

 小さな親切、大きなお世話とはこのことか……。


 部屋に入ると、俺のことを見て露骨にがっかりしているブロワとレインの表情を見ることになった。

 やっぱり、普段とは違う姿の俺を期待していたらしい、裏切って申し訳ないが、最善を尽くしたのだと心中で弁解しておく。

 ブロワは『まあサンスイなら仕方ないな』みたいな諦めがあるが、旅に出る前より結構大きくなったレインは露骨に不満があるようだった。


「ああ! パパ! なんでそんな格好で帰ってくるの!」

「れ、レイン……サンスイが普段通りの姿で帰ってきただけじゃないか……なあ、うん……サンスイ、私は残念に思っていないぞ」

「そんなことないもん! ブロワお姉ちゃんも、期待してたもん!」

「そうだな……せめて、金丹で大人になってから来て欲しかったのだが……」

「パパ、気が利かないよ!」


 ものすごく露骨に面と向かって罵倒された。

 やっぱり傷つく……。これが反抗期か……。


「……」


 俺が謝れば全部丸く収まるのだろう。

 釈然としない気もするが、別に誰が悪いわけじゃないんだし……。


「う、うん、ゴメンな二人共……」


 事情をすべて把握しているのは俺だけなので、俺が黙っていれば俺が悪いでいいのだ。

 俺が一番年上なんだし……別に説教したいわけでもないし……。

 でもなぜだろうか、俺の背後で荷物を抱えている門番の人が、とてもほほえましい気配を放っているのが釈然としない。


「ほ、ほらレイン……なにかおみやげがあるようだぞ……」

「おみやげよりも、パパにはちゃんとした格好をしてきて欲しかったもん!」

「そんなことを言わず……ほら、貸してくれ」


 今、俺の子供は乳母さんとかが見てくれているらしい。

 レインの時もそうだったし、貴族としては普通なのだろう。

 とにかく、ブロワは門番から荷物を受け取っていた。


「さ、さあ、何が出てくると思う……?」

「知らないよ!」

「……ん? 服と剣か?」


 あ、よりにもよって門番の前で広げてしまった。

 それを見て、アレっ? という反応をしている門番の人。

 そう、それはさっき追い返した不審者の格好にほかならないのだから。


「そ、それは……こ、こんどの結婚式で、俺が着る様の服なんだ……おみやげとかではなくて、すまん」

「い、いや気にするな。そうか、お前もこういう服を……」

「なんでこういう服を着て帰ってこないの!」


 微妙に嬉しそうなブロワだが、門番の人はすっかり青ざめている。

 どうしよう、門番の人がこの場にいるせいで、俺が我慢したのが全部無駄になってしまった……。


「わ、悪いな……ほら、汚すと悪いだろ?」

「いいから! 早く着てよ!」


 このあと、金丹を服用した上で礼服を着て儀礼用の剣を腰に下げた俺は、ブロワとレインに歓迎された。

 しかし、俺はそんなふたりのことよりも、この場へ荷物を持ってきてくれた門番の人の自殺しそうな顔に、どうしても注目が行ってしまっていた。

 

 どうしよう、この人は全然悪くないのに……。

 どうしてこんなことになってしまったんだ。


 やっぱり、自分の姿を偽るのはよくないのだろう。

 俺はなんとなしにそう思うのだった。

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― 新着の感想 ―
ちゃんと仕事しただけの門番さんあまりに可哀想で…(笑) 心にお嬢様が生えてきてしまう…。
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