無礼
さて、非常に今更だが縮地は瞬間移動技である。
気配を察知できる範囲内で『歩いて行ける』場所ならば、一瞬で移動できる。
なので閉鎖された空間に出たり入ったりすることはできず、よって室内よりも屋外の方が有利である。
本来縮地は移動前に数瞬の予備動作と、移動後に数瞬の隙ができるらしい。しかしスイボク師匠が改良した結果、その前後の隙は完全になくなっている。
しかし、だからと言って長距離移動に適するか、というと否である。
例えば、俺が東へ移動しようとしたとする。
東の気配探知ぎりぎりに縮地で移動したとして、再度さらに東へ縮地しようとしたとする。
すると、数分は隙ができる。頭の中にある『地図』の外に出てしまうからだ。
縮地という術は気配察知能力によって頭の中に地図を作り、自分のいる点と移動したい点を線で結ぶことで成立する。
これは自分以外を移動させる牽牛や織姫の場合も同じで、相手のいる点と移動させたい点を線で結ぶ必要がある。
俺の気配察知範囲はかなり広いので、戦闘時はほとんど苦労しない。
しかし長距離移動することになって、頭の中にある地図の外に出ようとすると、頭の中の地図を更新することになる。つまり、隙だらけになる。
要するに、長距離を移動するとなると縮地は使わないほうがいい、ということだ。
バトラブの領地から自由行動を許された俺は、王都を目指して軽身功を使用して道を飛び跳ねながら移動している。
軽身功を使うと体が軽くなるので風に飛ばされて飛んでいきそうだというイメージがあるが、仙人は自然の大気と親和性が高いため、向かい風は無視でき追い風は利用できる。
空気抵抗を無視して、ぴょんぴょん飛び跳ねられる、と思えばそれであっている。
本来は瞬身功を使えば更に早くなるところなのだが、軽身功と違って瞬身功は消費が激しいので控えていた。
空気抵抗を無視して、地形などを気にせずに最短距離を走れる上に、一切休憩を挟まずに走れるのが仙人のいいところだ。
飲まず食わずでも一切不調がなく、やろうと思えば寝る必要もない。
夜間でも道に迷うこともなく、風雨や降雪からも影響を受けず、暑さ寒さも問題なし。
最近は祭我やランのインチキさに目が行きがちだったが、今更ながら仙人というのはインチキである。 とまあ、自画自賛しつつ、心中は浮かなかった。
そう、そんなインチキに振り回されていた御仁たちに、俺は会わないといけないのである。
十代だと思っていたら、五百代でした。
なんだそれ、みたいな話であろう。
師匠からの教えによって、心中が仙術や体術に影響を及ぼすことはないのだが、それはそれで心なしか足取りが重くなるようだった。
※
走り始めて三日目。一切休息をはさまず寝ることもなく走っていた関係で、俺は思ったよりも早く王都近くに到着し、そのままお嬢様の邸宅へ向かった。
そこには普段からの使用人だけではなく、良く知っている職人さんが二人そろっていた。
如何にソペードが競争主義だといっても、御用達の職人ぐらいは存在する。
定期的にコンテストだかなんだかをして入れ替えをしているが、ここ十年ぐらいは一度も変わっていない。
そして、それはここ七年ほど、俺の服や木刀を作っている職人さんは変わっていないということである。
「サンスイ様、お帰りになって何よりです」
片眼鏡の中年男性、服飾職人を務めているお方は、戻ってきた俺を見てやや慇懃無礼にそう告げていた。
一応、今では俺も貴族である。ゆえに今では彼よりも立場が上だった。
とはいえ、それで彼の心中が変わるわけではないのだが。
「では、早速ですが……結婚式で着るために礼服を、一度着ていただけませんか?」
「え、ええ……」
用意されていたのは、タキシード風の軍服だった。
いや、実際タキシードなのかどうか怪しいが、とにかく白を基本とする礼服だった。
それのサイズ違いが、なぜか一着ずつある。いや、なぜかというか、俺が金丹を服用した場合に合わせているのだろう。
仙術で成長した場合、着ている服も一緒に大きくなる、とは言っているはずだがそこは意地だろう。
少なくとも、普段通りの俺を見て、彼はとても憎々しげだった。
「流石ですね……ピッタリですよ」
「ええ、ピッタリですねえ……七年以上前から、一切変わらずに……調整の必要もなく」
と、今更過ぎることをおっしゃる。そう、であろう。
俺はエッケザックスから『仙術を修めた仙人は不老長寿』であると明かされるまで、自分が五百歳であることを言わなかった。
しかし、他でもない服飾職人は俺の身長が一切変わっていないことを、ひたすら疑問に思っていたはずである。
「それでは、金丹とやらも使用していただけますか。もちろん、服を脱いでから」
「え、ええ……」
「……まったく、バカにされた話です」
憤慨しながら、俺が服を脱ぐのを手伝う服飾人。
その眼には、一切成長していない俺への、一種の憎しみが燃えていた。
「貴方もご存じだとは思いますが、服とは人の成長に合わせて変えていくものです。ドゥーウェ様やブロワ様にも、その年頃に合った服を私は納めてきました」
「え、ええ……」
「服飾人である都合から、ご婦人の肌艶をみることも少なくありません。その私からすれば……貴方がおかしいことなんて、ずっとわかり切っていましたよ。ええ!」
「そ、そうですか……」
「私が、貴方の成長に合わせて模様やらなんやらを考えていたのは、なんなんですかねえ!」
職人のこだわりが、極めて直接的に無為にされていたことへの憤りだろう。
俺も剣士なので、その道にこだわりがあることも理解できる。
理解できながらも、俺は下着姿、ふんどし姿になってから金丹を服用した。
すると、俺がぴったりと締めていたふんどしは、しかし俺の成長に合わせて大きくなっていく。
その光景を見て、さらに憤りを深めていた。
「まったく、貴方は何なんですか! 全く年を取らないと思っていたら! 成長するときは服も一緒に大きくなるなんて! 私のことをバカにしているんですか!」
「も、申し訳ない……」
怒りながら、俺の体を採寸している。
マジャンへ行く前と変化がないのか、確認しているのだろう。
もちろん、一切変化はない。
「五百年も剣に研鑽していた貴方からすれば、百年も生きていない私なんてさぞ子供に見えるんでしょうがねえ! 私だって三十年以上もこの道で食ってきたんです! その私からすれば、貴方の着ている素人でも作れるような服を七年も作らされたことや、一切工夫ができなかったことは、職人の誇りにかかわるんですよ!」
「す、すみません」
怒りながら、俺に服を着せていく。
うむ、実にぴったりだ。
「私だって、ソペード領地一番の職人であり、国内全体でも三指に入るだけの自負があるんです! その技をもってすれば、どんな難しい注文だって答えられるんですよ! それなのに……あんな簡単な服を作らされ続けた日々は……本当にどうかと思っていましたよ!」
すみませんが、それは俺ではなくてお兄様やお父様、お嬢様に言ってください。
あんな簡単な服を着続けていたのは、俺の意志ではなくソペードの意志なので。
まあ、成長云々は俺が悪いのですけども。
※
さて、服装の確認が済んだところで、如何にも筋肉ムキムキで、体に火傷の跡が多くあり、手も分厚い職人さんに変わった。
もちろん、ソペード御用達の剣職人である。
ブロワのレイピアや、俺の木刀を作ってくれている御仁であり、普段からお世話になっている人だった。
「俺はなあ……サンスイ様よ。自分の作る剣に誇りを持ってたんだよ」
「は、はあ……」
「ソペードにいる並み居る剣職人の中でも、一番の凄腕だ。武門の名家であるソペードの精鋭が、俺の作った剣を使っているのが、俺の誇りだった」
「は、はい……凄いと思ってます」
拳をプルプルと震わせ、今にも殴りかかってきそうだった。
「ソペード御用達の俺が作る剣だ、そんじょそこらのチンピラには卸さねえ。この国一番の剣を作ってるんだ、近衛兵だとか聖騎士ぐらいじゃねえと使ってほしくねえ。いいや、使わせねえ」
「な、なるほど……」
「上等な剣は、上等な剣士のためにある。雑魚が使ったら、どんな名剣も鈍になっちまう。その俺が……その俺が……!」
拳をぽきぽき、音を鳴らし始めた……。
いかん、殴る気だ。
「国一番の剣士に! 木刀だけ納めるってどういうこった!」
「す、すみません!」
「むかつくのはなあ! お前が本当に国一番で、木刀だろうが鈍だろうが、敵からブン捕った剣だろうが錆びてようが、お構いなしで使いこなすことだ! 武器職人を何だと思ってるんだ!」
本当に、エッケザックスと同じようなことをおっしゃっている。
確かに、俺は剣を選ばない。木刀どころか、そこらの棒でも一切困らない。
「七年ぐらい前にだなあ! ブロワお嬢様に納めるレイピアの他に、木刀やらなんやら、とにかくたくさんの剣をもってくるように言われてだなあ! ソペード様のお屋敷に招かれた時だ! その時お前に会ったんだよ!」
お前呼ばわりの上、胸倉をつかまれた。
俺、貴族なのに……。
「憶えてるだろう! 軍法会議で死刑が決まった兵士たちを百人集めて、前の当主様がお前に試し切りさせただろう! できるだけ荒っぽく使えってな! その時俺もいたんだよ!」
「は、はい! 憶えてます!」
「ガキが使える握りじゃねえって止めようと思ってたが、解放された十人を初めて握った剣で全員ぶち殺したときは、そりゃあびっくりしたもんさ! 俺んちのガキよりも小さいガキが、初めて握った剣で兵士どもを皆殺しにしたんだからな! その技の冴えは、今でも目に焼き付いてるぜ!」
「は、はい……」
「兜越しに頭蓋骨をカチ割って剣が途中で折れようが、短くなったまま使いこなしてぶち殺したときは、前の当主様も俺も驚いたもんさ……お前は剣が刃こぼれしても、折れても、それを把握して使いこなしてたからな。最初はバカにしてた兵士どもが、どんどん青ざめていくところは、まさに痛快だったぜ」
ああ、そんなこともあったなあ……。
とか。
こうやって身分が高い人にも、言いたいことを言う主人公がいたなあ。
とか。
まあそんなことを考えながら、俺は目の前の人の血気盛んさから現実逃避しかけていた。
気持ちはよくわかりますが……でも、仕方がないと思います。
「大きくても重くても、小さくても軽くても、どんな剣でも使いこなせる最強の剣士。そんなお前をみて、どんな剣を作ろうか考えてたもんさ……」
「い、いい木刀をいつもありがとうございます……」
「ふざけんじゃねえぞ!」
弘法筆を選ばず。
それは筆職人にとってはショックであろう。
俺も似たような不快感を、剣職人に与えていたらしい。
「いえいえ、その、俺が作った木刀よりもずっと出来がよくてですね……俺なんか五百年も木刀作ってるのに、全然上達しなくてですね……いつも凄いなって……」
「嫌味かこの野郎! ふざけやがって! お前は! お前とお前の師匠は! 単にどうでもいいと思ってるだけだろうが!」
ぶんぶんと、前後に頭を揺らされている。
凄い怖い。
「お前の師匠が作った剣を見たぞ! 割とまともな剣だったぞ! 石でできてるけどな!」
「いやあ、俺もびっくりしました。師匠にあんな特技があったんなんて……」
「お前の師匠は! まともに剣が作れるのに! お前に適当な木刀の作り方しか教えなかったんだろうが! そっちの方が職人をバカにしているんだよ!」
ぶっちゃけ師匠は……。
『宝貝の剣は強いなあ!』
『自分でも宝貝の剣を作れるようになろう!』
『自分で作る宝貝はすぐ折れるから、折れないのが欲しいなあ』
『エッケザックスを手に入れたぞ!』
『エッケザックスに頼っていると、剣の腕が鈍る』
『人間を殺すなら棒でよくね?』
という感じで修業を進めていたので、俺に剣の作り方を真剣に教えるはずがないのだが……。
それを理解しているからこそ、職人さんは怒っているらしい。
「最強の剣士なら、もうちょっと道具にこだわれ!」
「い、いい、いいえ! 貴方の作る木刀は、そこいらの木刀とは質が違うんですよ……!」
「意地に決まってるだろうが! 俺の気持ちがわかるか? 精魂込めて作ってる、工夫している多くの剣たち……それらを全部無視して『やっぱり木刀が便利』とか言われた俺の怒りと憤りが! じゃあ剣職人は何のためにいるんだ!」
「こ、殺さずに治めるときもあるので……木刀の方が便利なんです……」
「客から『最強の剣士と同じ剣をくれ』と言われた時に! はいよ、って木刀を指さす俺の気持ちが! お前にわかってたまるかあ!」
これも、最強へのあこがれの形であろう。
最強の剣士にあこがれ、それに近づくために形からまねる。
俺も師匠の真似をしている身なので、気持ちはよくわかる。
問題は、この国の剣士にとって最強なのが、貧相な恰好をしている木刀を持っているだけの小僧っ子ということだろう。
「それを聞いた時の、客の残念そうな顔を! 俺が何度うんざりしながら見ていると思ってるんだ、あああん?!」
俺も師匠も剣術を極めすぎて、『剣』という『物体』そのものには全く頓着がない。
気功剣や重身功がある関係で、木刀である必要さえないのだ。
以前祭我に対して、本当の『剣』というものを示していい気になっていたが……。
この人にとっては、それが許しがたいことのようだ。
「すみません、すみません!」
「ようやく、ようやく! ようやくまともな剣を注文しやがって、この野郎が! もっと早く注文しろ! っていうか最初から注文しろ!」
「すみません、すみません!」
「儀礼用のと合わせて、実用のも作ったからな! ちゃんと使えよ、この野郎!」
今この瞬間、この職人さんは間違いなく『ラノベの主人公(技術チート系)』だった。




