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地味な剣聖はそれでも最強です  作者: 明石六郎
人生の墓場、国家の葬式
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吉報

 当たり前といえば当たり前なのだが、これから行われる三組の結婚に比べれば俺とブロワのことなどはなはだ些細である。

 仮にもドミノ帝国の皇族最後の生き残りであるレインの場合なら、結婚や出産は一大事であろう。しかし、二人ともソペードの側近でしかないので、国中で噂になるなんてことはなかった。

 しかし、そこは四大貴族本家の直臣。ブロワが出産したこと、俺の子供が生まれていたことは、ソペードからの使者によって伝達されていた。


「そうか……母子ともに健康か……よかったよかった」

「もうちょっと喜びなさいよ」


 俺はその知らせを聞いて、とてもうれしかった。うれしかったのでうれしいと素直に言ったのだが、お嬢様はとても不満そうだった。

 その隣にいるトオンとお父様は、俺へ共感しているようだった。


「その、なんだ……私が言うことではないが、だ。サンスイは十分喜んでいると思うぞ」

「ドゥーウェ殿、サンスイ殿はとてもお喜びだぞ。そうそう大げさに感情表現する方ではないと、知っているはずではないかな?」


 そう、俺は母子ともに健康ということがとてもうれしかった。

 嘘偽りない本心なのだが、どうにも信じてもらえていないらしい。

 いやまあ、感情が希薄だと思われがちなことは理解しているが、それでも結構表情にも喜びが出ていると思っていたのだが。


「確かにサンスイは普段からつまらない男だけども、こういう時ぐらいは意外な顔を見せてほしいところだわ」


 いえいえ、お嬢様。そんな簡単にキャラ崩壊するようなら、修行が足りない証拠です。

 取り乱すほど大慌てしてほしいのかもしれませんが、流石にそれはないです。


「本当に……つまらないわね」

「申し訳ありません」

「ブロワもレインもかわいそうだわ……こんなつまらない男が父親でいいのかしら。ねえ、お父様」

「う、うむ」


 お父様やお兄様を基準に、話を進めないでください。

 確かにお父様もお兄様も、はたから見れば面白い人だとは思いますけども。


「貴方にとってブロワは妻で、レインは娘でしょう。でもね、私にとっては二人とも妹のようなものなのよ。こんなダメな父親じゃあ、二人がかわいそうだわ」


 本音で呆れているお嬢様。

 本心から、ブロワとレインを憐れんでいる。

 そんなにひどいかなあ、俺……。


「……サンスイ、お前の気持ちはわからんでもない。男と女ではよくあることだ、気にするな」


 と、お父様は俺に寄っている。

 俺も昔はよく言われたなあ、と自分の過去を振り返っているようだった。


「まあそうかもしれませんが、だからこそ耳を傾ける価値があるのでしょう。サンスイ殿、ドゥーウェ殿の言うように女性は考えるものです。だからこそ、そこを分かったうえで話をしなければなりません。つまり……これからドゥーウェ殿のご実家に戻るのであれば、それなりの準備や心構えは必要かと」

「トオン様……」


 そうか、確かにそうかもしれないな。

 俺としては自由行動が許された時点で、大急ぎで着の身着のままブロワのところへ向かうつもりだったが、それは早計らしい。


「そうね……ブロワはいろいろと諦めているでしょうけど、レインは貴方にいろいろと期待しているでしょうし、少しは気にしてあげたら?」

「サンスイ殿、これも兵法です。スイボク殿が剣仙一如と呼んだ境地は、男女の色恋沙汰にも通じるのですよ」


 なんと……あの、なんだっけ、やたら長い名前の気構えは、そんなところにも通じるものがあったのか。

 流石師匠、四千年以上生きているだけのことはある。


「そうねえ……もしも私がトオンの子供を産んだら……」

「なんだとぉ?!」

「発勁」

「うぬ?!」


 今更興奮したお父様の頭をつかんで、発勁で揺さぶる。それだけで気分が悪くなり、立ち上がろうとしたお父様は椅子に座りなおしていた。

 というか、いい加減諦めていただきたい。お嬢様はもう立派なレディーだというのに。


「それはもう、普段のすました顔からは想像もできないほど、わざとらしいほどに大げさな反応をしてほしいわね」

「なるほど……確かにそれは大事なことだな。覚えておくとしよう」

「ええ、楽しみだわ」


 お嬢様とトオンがラブラブで素晴らしい。

 なるほど、これが円満な夫婦というものか。

 それにしても、大げさすぎるほどに大げさなほうがいいとは……。


「まあとにかく、道化を演じなさい。それも大事な誠意よ、間違っても大人の余裕を見せないようにね」


 俺に大人の余裕って……そんなものあっただろうか。はなはだ疑問である。


「それに……レインは貴方がその恰好をしていることに不満を持っていたし、少しはおめかしをしなさいな」

「ああ、それなのだが……」


 と、何かを思い出したように、お父様が口にしていた。

 そう、俺にこの格好を続けるようにと言ってきた、お父様が俺に対して何かを思い出していたのである。


「今回の式では、諸外国からも多くの貴賓を招く予定だ。流石にお前の普段の恰好では問題があるということで、お前用の服と剣を準備させてある。先に王都まで行って、それを持ってから向かえ」


 え、俺に新しい服が?

 今までずっと、貴族になってからもこの格好だったのに、ようやく洋服を着れるのか。

 そうか……長かったなあ、五百年以上ぶりに洋服なんて……。


「そうですか……ありがとうございます」

「それからだな……職人たちが直接手渡したいとか言っていたのでな、その点は注意しておけ」

「それは……どういう?」

「どうもこうもない、私はお前が手になじんでいる武器である木刀を使わせ続け、着慣れている服を着させ続けてきたが……それを作ってきた職人たちは、それがずっと不満だったらしくてな。特に、剣職人が」


 何が何だかわからない……。

 俺は修業時代、師匠が作った木刀や自分が作った木刀を振っていた。

 ソペードに仕官して以降は、ソペードが準備した木刀を振るっていたのだが……。

 流石本職、とてもいい木刀であると感心していたものである。


「いつも感謝の言葉を送っていたのですが……」

「それが不満だったらしいな。考えてもみろ、ソペード御用達の剣職人が、ソペード最強の剣士であるお前のために作っているのが、ただの木刀だぞ」


 なんか、師匠がエッケザックスを捨てたのと、同じような理屈が返ってきた。

 そうか、確かに不満だったかもなあ……。


「聞けば、お前の師匠が作った宝貝も、たいそう不満があったらしい。使えればそれでいい、切れればそれでいいという適当さを見て、うっぷんをため込んでいたらしいぞ」


 気功剣が使える関係もあるのだが、俺ってあんまり武器にはこだわらない。

 というか、俺に剣を教えてくれた師匠が、まず最強の神剣エッケザックスを捨てて修行しているしなあ。


「なにせお前ときたら、そこいらに落ちている棒切れでも、完全武装の近衛兵を圧倒して壊滅させられるからな。武器屋としてはこんな面白くない話はあるまい……とにかく、話を聞くだけ聞いてやれ」

「は、はい……」

「これに関しては、私も悪いとは思っている。すまんな」


 生まれた子供や、妻や娘のところへ行くだけなのに、なんかいきなり面倒なことが間に挟まることになっていた……。


「お父様……ブロワにとって大事なことの前に、そんな寸劇をはさまないでくださいな」

「そういうな……お前も特に咎めなかっただろう」

「いますることではない、ということですわ」


 お嬢様……俺は自分のことを棚に上げるのは、どうかと思いますぜ

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