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正義

 結局、ヌリは裁判に参加し、自分の過失を全面的に認めていた。

 その一方で、なんとか助命嘆願した結果、財産の没収という直球の罰を受けることになったのだ。


「いやあ、五体満足というのは嬉しいものだな!」


 ついさっきまで石化していた右手を開けて閉じて、トオンは何とも嬉しそうにしていた。

 片腕が石になり失われるかもしれない、という状況で気骨を保つとは中々の豪傑である。

 恐れ知らずというか、俺に負けて開き直ったというべきか。

 もしくは、パレット様の誠意が通じたのかもしれない。


「呪術師殿も見事なお点前。なるほど、この国で畏れられるわけだ」

「家業です、これも必要悪」


 カプト家に集まった、ヌリを除く今回の一件の関係者たち。

 彼らは問題解決の喜びに満ちていた。或いは、ヌリという貴族の醜態ぶりに、溜飲が下がったのかもしれない。

 この場の面々はささやかな宴で、度数の低い酒を飲んでいた。もちろん、レインはソフトドリンクである。


「……改めて、領主殿。申し訳ない、私闘で煩わせてしまったようだ」

「いいえ、非が貴方に無いとは言いませんが、仕掛けたのはヌリ様の方です。それは彼自身も認めていたところ」


 事の発端はなんのことはない。褐色の肌をした、見た目からして露骨に外国人であるトオンに、ヌリが難癖をつけただけだった。

 差別的発言で彼を退散させて普段の鬱憤を晴らすつもりが、矜持と武力を持つトオンによって、魔法を使わせることもできずに退散させられていたのだ。

 トオンが受けて立たずに下がっていればよかったのだが、それは男としてできなかったのだろう。その辺り、彼も若いということだ。とはいえ、お嬢様としては好印象らしいのだが。


「むしろ、彼らに甘い顔ばかりを見せて増上慢にさせていた、私の責任でもあります。気になさらないで下さい」

「寛大なお言葉、感謝を。それでは……サンスイ殿、改めて弟子入りを願いたい。それが叶わぬなら、師を紹介していただけないだろうか」

「サンスイ、わかっているでしょうね」


 お嬢様の熱い視線、もしかしたら冷たい視線なのかもしれないが。

 しかし、正直に言って俺が彼に何かを教えられる気がしないのだ。


「ですがお嬢様、ご存知かとは思いますが私では彼のお役に立てないかと……」

「別にいいじゃないのよ!」

 

 いや、良くないですから。

 お嬢様はもうちょっとこう、相手の前で猫被ることを覚えた方がいいと思います。


「自分に至らない点が見つかったのならば、一度故郷に戻って剣の師に再び指導をいただくべきでは?」

「奥義を習得した時、師からはもはや何も教えることはない、と言われました」


 それは、嬉しいようで寂しい言葉だ。

 俺もそう言われたら、どうすればいいのかわからなくなってしまうだろう。

 また尊敬できる人を求めて、どこかへさすらってしまうのだろうか。


「私の名は、マジャン=トオン! この地にて新しい剣に、更なる高みを見ました! どうか、弟子入りの許可を!」

「……ちょっと待ってちょうだい」


 フルネームを名乗った褐色の美男子に、お嬢様は驚愕と共に確認をしようとしていた。


「貴方の親戚に、マジャン=スナエっていない?」

「ええ、妹ですが」


 その時のお嬢様の顔は、一種の笑いを誘うものだった。

 こう、お気に入りのお人形をひっくり返したらカビてたとか、そういう顔だった。


「マジャン=スナエ……なるほど」


 ドウブ・セイブもなにか思うところがあるようだった。

 そりゃそうだ、この場にいる呪術師と剣士は、どっちも祭我の婚約者の兄なのだから。


「なんと?! 妹がサンスイ殿の同胞と婚約?! 馬鹿な?!」


 大慌てのトオンは、とても取り乱していた。

 というか、その名前を聞いてパレット様もとても驚いている。

 だって、観光客だと思ったら他所の国の王族だったのだ。

 しかも、王族の腕を一旦石に変えちゃったし。


「マジャン=スナエのお兄様ということは……貴方は王子なのですか?! 知らなかったとはいえ、大変ご無礼を……」

「いいや、かまわぬよ領主殿。スナエを知っているのならご存じだとは思うが、私は王気を宿さぬ身ゆえ、王位継承権がないのだ」


 血統における『脱落』。それはセイブやカプトのような、特定の希少魔法の使い手を輩出する家系でどうしても起きてしまうことだ。

 つまり、呪術師の家系に生まれても全員が呪術の資質を持つわけではなく、他の資質を持って生まれることもある。

 その彼らが子をなしても、やはり呪術師の子供が産まれるというわけではないのだ。

 なので、血筋を守るために彼らは家督争いから遠ざけられるのだという。

 そういう意味では、ドウブやパレット様から見れば、落ちこぼれということになる。


「しかし、王気を宿す妹には王位継承権があり、そうそう婿を取ることなど……もしや、妹が見初めたという男は、相応の実力者なのか?」

「はい……私やそこのドゥーウェと同じ四大貴族の跡取りとして婿入りが許され、サンスイ様以外には負けたことがないという破格の法術使いです。神剣エッケザックスさえ所有していると聞いています」

「神剣エッケザックス……心惹かれますな……」


 お嬢様の表情は優れない。

 ようやく気に入った男が見つかったのに、あろうことかとことん下に見ていた女と、その同列の女の兄だった。

 つまり、間接的に親戚になるのである。


「そちらのドウブ・セイブ様の妹も、貴方の妹の婿、ミズ・サイガ様と婚約なさっているのですよ」

「おお、ではそちらの呪術師殿と私は親戚という事か!」


 改めて見ると、ハーレム系主人公って凄いんだなあと思う会話だった。

 この場にいないのに、祭我は凄い存在感を放っていた。


「家としては、妹はもはや縁を断っています。あれは呪術師としては落第ですから」

「ほう、厳しいことをおっしゃる。しかし、場合によっては処刑も務めるお役目ならば、適性があるとは限るまい。それはそれで、仕方のない事かもしれぬ」


 呪術の才能ではなく、呪術師としての適性。それは人間性が薄いということなのだろう。

 徹底した職業意識がなければ、こういう役割は果たせないのだろう。

 だって、仕事の度に自分の腕を石にしたりしないといけないんだしな。皆に嫌われる、嫌な仕事だ。


「しかし、妹が近くにいて、勝手に婚約をしているとなると一言いうべきだろう。王気を宿すものとしての責任感に欠けている。妹とその婚約者が、どこにいるのか教えていただけないだろうか」

「それでしたら、ドゥーウェがこれから帰る王立のアルカナ学園にいますから、ご一緒されてはいかがですか?」


 パレット様のアドバイスが的確過ぎて困る。

 お嬢様は未だにショックから抜け出ていないのに。


「あの子と……親戚って……」

「お嬢様、気を確かに」


 ブロワが支えるが、同情気味である。

 そりゃそうだ、俺だってハピネと親戚付き合いはしたくない。

 お嬢様も大概だけど、彼女も結構大概だしなあ。


「でも他は……でも親戚……」


 ここで諦めたら負けの気もするが、かといってハピネの親戚になるのも嫌。

 もしかして、人生で一番悩んでいるのかもしれない。

 これはこれで、ハーレム主人公の弊害なのかもしれない。


 とりあえずお嬢様は、トオンを俺と同じく保留扱いにして、学園に連れていくことにしていた。



「さて、これでこの問題は収束しましたね」

「ええ、良い事です。これで彼らも軽率な振る舞いは慎んでくれるでしょう」


 ソペード一行とトオンが去った屋敷の中で、法術使いの娘と呪術師の男は静かに会話を交わしていた。

 その言葉には、あくまでも厄介な問題が一つ片付いた、というだけの安堵しかない。


「呪術師の恐怖を利用しているようで、とても心苦しいですが……」

「それが必要悪というもの」

「合法行為です。それは悪とは言えません」

「恐怖で真実を吐き出させる、それが悪でなくてなんというのですか」


 公にはしていないが、二人は比較的頻繁に行動を共にしていた。

 もちろんパレットがドウブに依頼したからではあるのだが、(ひとえ)に『傷だらけの愚者』を死なせないためである。

 呪術師と法術使いが揃わなければ、彼をただ生かすだけでも難しい。彼の二つ名は決して誇張ではないのだ。


「……やはり我が国へ、新政府は亡命貴族の引き渡し要求を強くしています」

「そうですか」

「彼らは亡命貴族のすべてを奪い、全員を殺さねば気が済まないようですね」


 もちろんいくら新政府が相手とはいえ、アルカナ王国がそれに従う理由はない。

 革命政権だろうが軍事政権だろうが、既存の『政権』を完全に打倒したのなら、それは新しい国とその政府として認める。

 だが、遠縁であれ親戚筋などを頼ってきた相手を、貴族は無下に扱うことはない。

 そもそも、亡命貴族は負け犬ではあっても咎人ではない。彼らを引き渡せ、と言われて引き渡す義理は何処にもないのだ。


「正しく言うべきでしょう。彼等は既に、何をやっても満たされることはないと」

「……忍耐と赦しを忘れるとは、哀しい事です」


 法的な義理はない。しかし、新しい国に対して、多少の借りを作ってやってもいいとは思っている。

 もっというなら、亡命貴族の中で名のある者を引き渡す程度に納めるなら、妥協してもいいとは思っている。

 仮にも一国を落した勢力である。態々敵に回していいことなど何もない。

 だがそれでも王国は既に、総意として引き渡すつもりはなかった。


「あの国の民たちは、血の味を知ってしまいました。もう行きつくところまで止まらない、自分達が脅かす側に回っていることに気付けない。いいえ、むしろ脅かす側にこそ回りたいのでしょうね」

「正義、勝利、栄光。それを一度味わえば、病みつきになる麻薬。さぞ気持ちがよかったのでしょうね、自分達を虐げてきた者を倒すのは」


 王国の者たちは既に悟っていた。

 新政権は、例え亡命貴族全員とその財産を引き渡したとしても、絶対にこの国へ戦争を仕掛けてくると。

 そうせざるを得ない理由があるのだ。正しく言えば、他にも手段はあるだろうがその道を選べないのだ。


「私自身、呪術という呪われた技を操るものとして、自戒しています。決して仕事を楽しんではいけないと」

「ええ、私もです。治療の業を得ていますが、感謝されることに快楽を得てはいけないと。やりがいを感じることは正しいのですが、愉しむために人を癒してはいけないと」


 新政権の面々は、戦争の結果得た国庫を民衆にぶちまけた。

 それはいい。元々民意を得られなければ、新政権などすぐにでも頓挫してしまうのだから。

 だが、彼らは思い違いに悩んでいるはずだ。もっとあるはずなのに、全然足りないと。

 そして行き着くのだ、国外に亡命した貴族たちが、それを持っていったのだと。


「確かに亡命してきた貴族の方々を見るに、善政とは程遠い状況だったのでしょう。ですが、彼らは内戦をしていたにもかかわらず、国富を為政者が独占しているのだと勘違いしていた」

「戦争は費用が生じ、何よりも税収そのものが減るもの。仮に旧政権に相応の財産があったとしても、新政権の反乱を抑えるために大量に消費したことでしょうね」

「そうです……悪を倒せば生活が良くなるはずなのに、殆ど暮らしは良くならない。それどころか、戦争で失われたもの、壊れたもの、乱れたものを整えるために、以前と変わらない生活を強いることになってしまう」


 悪を倒しても皆が豊かに暮らせないなら、それはどこかに悪がいるからだ。

 悪を探して悪を倒そう。そうすれば今度こそ幸せになれる。


「反乱と違って、内政は時間がかかりますからね。それに、粛清の嵐で各地の反抗も強かったと聞いています」

「殺すのは簡単ですからね、正義の線引きで一番してはならないことですが」


 自分たちは正義で、自分達は勝者なのだから、簡単なことだ。一度できたことなんだから、もう一度やればいい。

 だって、それは気持ちが良いのだから。


「目的と手段の混同……ありがちな話です」

「そして、内憂外患……おそらく王家は、全面戦争を望むでしょう」

 

 パレットは祈っていた。これから行われる大きな戦争に、思いをはせていた。

 多くの富が投入され、多くの人々が命を失っていく、そんな戦いが始まるのだ。


「せめて、私達四大貴族の中だけでも結束しなければ」

「勝利は目的ではなく過程の一つ……そうあるべきですね」


 既に、示威の為なのか数千数万の軍勢が、国境近くに並びつつある。

 カプト家も相応の軍勢を整えているが、おそらく無駄に終わるだろう。

 何故なら、カプトの切り札は全面戦争でこそ真価を発揮するのだから。



「敵が何十万押し寄せようとも、そのほとんどをショウゾウに殺してもらうことになるのでしょう……私は、申し訳ない気持ちでいっぱいです」



 未だに切り札を持たぬ王家は恐怖するのだろう。

 不毛の農夫が耕した戦場には、死体さえ残らない。

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数千数万の軍勢が、国境近くに並びつつある。 流石に多すぎませんか? 兵隊だけで日本の成人男子より多いのでは?
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