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「とりあえず……クロー、正直に言って今回の話は半分嬉しかったのよ。それはサンスイも同じだと思うわ」


 嫌な女の演技をやめたハピネは、素直に心中を明かしていた。

 生意気な女的な話し方はあるものの、彼女はこの地でめちゃくちゃ偉いので、俺が彼女を低く見ているだけなのだろう。


「だってそうでしょう? 挫折した貴方が、こうやって戦力を育てていたのだもの。才能を腐らせずにいたことは、嬉しいことよ」

「……ハピネ様」

「少し焦りすぎたわね、クロー。貴方が彼らを正規軍にする、なんて一足飛びすぎる言葉を言わなければ、私もサンスイも妙なことをせず褒めていたわ」


 そう、そのとおりではある。

 元近衛兵が失意で領地に帰ったが、そこで私兵を育てていた。

 不穏な近隣の国との戦争へ、彼らをいつでも投入できます。

 そんな発言なら、とても頼もしく思えたはずだ。


「バトラブの領地の改革、なんて大きすぎる話よ。正直に言って、私達を説得しても障害が多すぎるわ」

「……申し訳ありません」

「私がサイガを選んだ、それだけで敵が多いの。悪いけれど、そんな大きな変化に手を貸せないわ」


 申し訳なさそうに、ハピネは謝罪する。

 そう、無理なもんは無理である。

 上がああしろこうしろ、と言って全部そうなるわけがない。

 力不足であることを詫びた上で、ハピネは不満そうにしている部下たちを睨みつける。


「私達に試されたことが不満? サイガが本当に強かったことが、インチキじみて強いことが不満?」


 挑発されて喜ぶ若い男はいないであろうし、あそこまで意味不明な強さを発揮すれば拗ねるだろう。

 例外的な強さ、規格外の実力を見て、自分たちがやってきたことが否定された気分になっても不思議ではない。

 だが、それを表に出していい理由にはならない。


「馬鹿じゃないの?」


 生意気な女、という口調だった。

 とはいえ、正論である。


「貴方達は私達を呼んで、私達に自分たちを雇って欲しかったんでしょう? 試されないわけがないでしょう」


 そう、そうである。

 ハピネや祭我は彼らを雇用する立場なのだ。

 試さないわけがないし、ある意味では試されるために呼んだようなものだ。

 それで不満そうな顔をするほうがおかしい。


「それともなに? 私が『正規軍には規律が求められるので、周囲から侮辱されても耐えられるか』って聞けば良かった? それなら『はい、耐えられます』って答えられたの? その返事になんの意味があったのよ」


 実際に煽られて、ほとんど我慢できていなかった。

 一人でも噴出した時点で、クローが部下を管理できていないことがまるわかりである。


「それに、サイガが実際に強かったところを見て、なんで怒るのよ。それともなに? バトラブの切り札であるサイガやランが普通程度の強さなら納得できたの? 実際は貴方達でも勝てる程度なら良かったの? どうだったら満足なの?」


 そう、彼らは実際に規格外な実力を見たかったのではない。

 彼らはハピネに恥をかかせたかっただけで、本当に強いところなんて見たくなかったのだ。

 自分たちのほうが強いと、そう内心でほくそ笑みたかっただけなのだ。


「私達を馬鹿にするために、こんなところへ呼んだの?」


 さすがに、そこまでいえば、誰もが閉口するしかない。

 いいや、誰もが不満そうではあるが、反論の余地などない。

 先程一人が口にした言葉は、全員が看過した言葉は、彼らの利益にならない発言だった。


「切り札のメッキを剥いで、いい気分になりたかったの? それとも弱みでも握りたかったの? 貴方達ごときが、私達を脅せるとでも思ったの?」


 ハピネは呆れていた。

 彼女が試した結果は、この上ない落第だった。


「敬語で言えば許されるとでも思ったの? 許可がなくても口にしていいと思ったの?」


 当然の叱責だった。

 彼女が下さなければならない酷評だった。


「……ああ、それから」


 今回の件に関して、ハピネはお父様に対して意見を伺っていた。

 競争主義を掲げるソペードの前当主に対して、競争主義の弊害を確認していたのだ。


「クロー、貴方の掲げる理想を達成するには予算がとんでもなく必要よ」


 さも自分が今自分で考えて出しました、と言わんばかりの語り口である。

 とはいえ、事前の準備をしっかりしていたので、その点はとても素晴らしい。

 大事なのは、今彼らへちゃんと伝えられることである。


「知っての通り、ソペードはある程度武人の家系以外にも教育をしているわ。とはいえ、貴方の掲げる理想と違って学費も徴収しているから、学費を払えない平民は実質的に入学できないわね」


 確かに俺の生徒をしていた面々も、半数以上が学費を払えそうにない出身者だった。

 おそらくクローの部下たちも、ほとんどがそうなのではないだろうか。


「とはいえ、別に不当な学費ではないのよ。学校という建物の維持費や、教官への給料、生徒への給食も必要だしね。全額を負担させているのではなく、ある程度はソペードが負担しているらしいわ。でも、貴方の理想を完全(・・)に達成するには……全額をバトラブが負担しなければならない」


 その言葉を聞いて、誰もが沈んでいく。

 そう、聞くだけでも多額の予算が必要そうである。


「そのカネは、誰が出すの? まさかバトラブの予算から、無駄を省いてとか言うの? そんな無駄を、具体的に列挙できるの? 仮に不正で浪費されている分を回すとして、その不正はどうやって暴くの?」


 夢が覚めそうな、冷めそうな現実の銭勘定。

 しかし、現実から目を背けては実現できまい。


「普通に考えて、予算は増税で賄うでしょうね」


 そう、それから目を背けることはできないのだ。

 クローの理想である、一般人でも立身できる制度を形にするには、一般の平民への増税が必要になる。

 これこそまさに、本末転倒であろう。


「学校を既存の建物で補うとか、そもそも学校で教えないとか、まあいろいろあるとしても、結局希望者全員を雇用できないし、選別するにも費用は必要よ」


 一万人ほど希望者がいるとして、その中の千人程度を雇用するとして、選別するにも人件費が生じるし諸経費も無視できまい。

 そう、最低限でも甚大な費用が発生する。


「で、増税して平民から正規軍の人間を集めるとして。それで、出来上がるのは今までと大差ない、今の貴方の部下と変わらない兵士たちばかり。それでバトラブの領民が納得すると思うの?」


 その理想を達成したとして、戦力は一切変わらない。

 ヘタをすれば劣化しかねない、そんな無意味で無駄な変化だった。


「確かに、今このバトラブは、保護主義故に貴方達のように不満を持つ者も多いわ。でもね、そんな貴方達の不満を解消するために、もっとたくさんの人たちが不満を持ったら意味がないでしょう」


 色々おいておいて、増税したら領民は不満だろう。

 貧民と呼ばれる層にしてみれば、死活問題に発展しかねない。

 ごく一部の人間が夢を叶えるために、多くの無関係な人間が負担を強いられる。

 それは、不満が溜まりそうな話だった。


「下のものは一生下で、上のものは一生上で。そんな社会に反発するのは仕方がないと思うわ。だけど……バトラブもそれが多数の人間を幸福にすると信じて、政策を選んでいるのよ。そして、多くの領民が保護主義のバトラブを支持しているわ」


 この場の面々百人かそこらを雇用する、その程度ならどうでもいいのだ。

 俺や祭我、俺の生徒たちもそんなもんであり、社会全体を改革するものではない。

 しかし、その規模を社会全体に広げるとなると、余りにも費用が膨大になる。


「クロー、王家と四大貴族の原則は知っているはずよ。まず国家の利益が優先され、次にバトラブの利益、最後に他の領地の利益。貴方の理想は、そのどれのためなのか、ちゃんと言える?」


 自分を慕う生徒が可愛いという気持ちはわかるし、例外である俺や祭我には口を挟む権利はない。

 しかし、クローが定例そのものを変えたいと願っても、社会に余剰はないのだ。


「理想を一部でも形にしたいなら、今言ったことを否定出来るだけの何かを準備しなさい。それを見つけるのは、私ではなく貴方の方よ」

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