残酷
「まずは……祭我様、貴方はランに対して影降ろしを主体にしすぎています。もう少し行動の選択肢を増やすべきですね。とはいえそれは、少々調整するだけでいいと聞いていますし……どちらかと言えば、法術と魔法と占術だけで戦うときの組立の少なさを補うべきです」
「……うん」
「せっかく法術で身を守れるのですから、それを念頭に戦闘を組み立てるべきです。不意打ちへの対処、というのは占術が使える状況ではほぼ無意味でしょう。浅い被弾を前提にすれば、もう少し立ち回りも工夫できるはずです」
「……うん」
俺がダメ出しをしているが、クローの部下の誰もが不満そうな顔をしている。
確かにわかりやすく例外的だったが、それはまさにインチキ以外の何物でもないからだ。
祭我はその視線が痛いらしく、俺の忠告も届いていないらしい。
「ラン、お前も戦闘の立ち回りが狭い、迎撃以外の行動をとれ。相手がお前の好みを研究した場合、読まれて追い込まれるぞ」
「……ああ、分かった」
「お前が死ねば……師匠は悲しむ。蛮勇は大概にしてくれ」
「……ああ」
さて、試合の評価はここまでにしよう。
今回の茶番は、元々俺がお願いしたものだ。
目の前で並んでいる彼らへ、とても言い難いことをいわねばなるまい。
「さて、クロー・バトラブ様」
「……はい」
「今回の一件は、お察しのように私が祭我様やハピネ様にお願いしました」
その言葉を聞いて、再びクローの部下たちは動揺していた。
そう、彼らにとって憎しみの対象であろう俺が、再びクローを陥れたのだから。
「私は前回、貴方の私兵を見た時に、貴方の指導能力に問題があると理解していました」
「返す言葉がありません」
「はっきり申し上げて、貴方には指揮能力はあっても指導者としては若すぎる」
俺の指摘を受けて、クローはとても恐縮している。
それを見て、クローの部下は全員苛立ちを深めていく。
「貴方が、彼らへ礼儀を教えなかったとは思えません。ですが、それは彼らに伝わっていなかった。それは貴方が、口で言えば通じると思ったことが原因です」
「……はい」
「貴方は部下を保護しすぎた。それが今回の結果につながったのです」
今にも俺に斬りかからんばかりだった。
しかし、それはさすがに思いとどまっている。
今の成長した姿の俺へ、恐怖を感じているようでもある。
「貴方は……経験が足りない、共感ができていない、部下をよく見れていない。未熟であり、見通しが甘い」
「はい」
「仮に前当主様から報告を求められれば、酷評せざるを得ないでしょう」
どんどん俺への不快感が集まってくる。
なんか祭我は、俺へ『いいの?! そこまで言っちゃって?!』とかそんな感じの視線を送っているが、そうしないとお前に不信感とかが向かうだろ。少しは想像力を働かせろ、いや本当に。
「さて」
改めて、クローの部下たちに視線を向ける。
冷ややかで淡白、そんな表情を浮かべていると思う。
それを見て、歯ぎしりをしている面々も多い。
そう、結局俺も祭我も、チートでしかない。チートで勝っても、相手は絶対に納得しない。
そんなことは、非常にいまさらだ。
だが、そんなことはおいておいても、今の彼らを放置することはクローへの不義理だろう。
「クローの部下である貴方達は、祭我様へ感謝の言葉を口にするべきです」
べきである、というのは形式的な話でしかない。
もちろん、そんな言葉か彼らの口から出てくるわけがないのだが。
「貴方達は、切り札の証明を求めた。それに対して、祭我様は試合をして示した。であれば……感謝を示すべきです。ですが、その表情を見るに、感謝はしていないようですね」
彼らに発言を許可できない。
彼らが発言をすれば、きっともっと酷いことになる。
「おそらくですが、クロー様は私のことをよく話していたのでしょう」
それを聞いて、誰もが無言を貫いていた。
それが肯定的な沈黙であることは、表情を見ればなんとなしにわかる。
「近衛兵をやめるきっかけになった、そんな剣士である私のことを、さぞ……兵士の理想のように語っていたのでしょう。クロー様は私へそんな感情を向けていましたから」
その点に関しては、とても素晴らしいと思っている。
彼は俺というインチキな剣士の存在さえ、肯定的に捉えられるよに成長していた。
それはとても喜ばしく思えていた。
ただそれは、クローが素晴らしい人間だからであり、他の面々がそう考えられるわけではない。
「クロー様が私のことを許していても、クロー様を慕う貴方達はそれを認められなかった。それは、決して異常ではありません、むしろそうでなければならない」
そう、会ったこともない最強の剣士よりも、直接恩義がある上官の方を慕うのは当たり前だ。
そうでなければ、それこそだたの尻軽である。そんな兵士は、信用などできない。
「ですが……だからこそ、クロー様はそれを警戒しなければならなかった。おそらくですが、クロー様は事前に言い含めることが足りなかったのでしょう。具体的には……もしも粗相をした場合、つまり今回のように許可もなく挑発的な発言をした場合です」
してはダメだ、とは言っただろう。
したらどうなるか、を具体的には言わなかったに違いない。
「貴方達を皆殺しにする、なんてことはありえません。このアルカナ王国は法治国家、如何にバトラブ領地でバトラブの次期当主と言えども、百人以上の人間を不当に殺していいわけがない」
そう、ありえない。そんなことはありえないのだ。
あのお嬢様でさえ、していいことと悪いことはきっちり分けていた。
だからこそ俺もブロワも、決してお嬢様を裏切らなかったのだ。
「もっと単純です、ただこう発言すればいい『分家の息子、クロー・バトラブの部下は礼儀がなっていない』そう言えば、何もかもが終わる」
そう、それで全てが解決だ。
それでハピネの復讐は終わり、クローの悲願は終わる。
「そのあと、クロー様が如何なる貴族や商家に声をかけても、クロー様の理想に賛同することはありえない。本家の当主、その妻であるハピネ様が不快になった。それだけで何もかもが座礁する」
その言葉を聞いて、クローの部下たちはわずかに怯んだ。
「クロー様が先ほどおっしゃったように、今回ハピネ様はクロー様の依頼でここへ脚を運んだのです。ハピネ様が直接見定めた上で、正当な理由を述べた上で拒否された。そのハピネ様へ、貴方たちの中の一人でも、許可無く発言をした。そんな貴方達へ、誰がどうして投資や援助をするのですか。援助しなければならない理由があるわけでもないというのに」
カネをくれ、と言った。
断られた。
それで怒って変なことを言った。
そんな奴らに誰がカネを出すのだ。
「クロー様は、そこまできっちりと忠告するべきでした。あるいは、言っていたかもしれませんが、守られていない以上同じ事です。だからこそ、私はクロー様へ指導能力がないと言うのです」
お前たちの不始末は、すべてクローの責任だ。
お前たちの中の一人でも、うかつなことを口にしたことで、夢は完全に潰えたのだ。
俺は、包み隠さずそう言っていた。
「いいえ、とてもわかり易くいいましょう。黙れと命じて、黙らせることができない。指導者としては落第です」
黙る。それの難しさは、俺も知っている。
だが、それでも『簡単』で『普通』のことだ。それができないのなら、他のことなど任せられるわけもない。
「ソペードは武門の名家、その名を守るために私も剣を振るって来ました。ですが……武門の名家の名を守るために、どう行動するべきなのか。それを決めるのは私ではなく、ドゥーウェ様であり当主様です。クロー・バトラブ様の名誉を守るためにどう振る舞うべきかは、クロー様が決めるべきこと。それを守れない貴方達は、兵士として未熟がすぎる」
俺や祭我の様なインチキ野郎が何を言っても、彼らの心に届くことはないだろう。
だが、彼らは自覚するべきなのだ。彼らはクローへ心酔する余りに、クローの言葉をないがしろにしているという事実を。
「……貴方達にも自負があるでしょう。この数年間、必死で努力してきたという自負が。その貴方達からすれば、私や祭我様の強さは、さぞ納得できないに違いありません。ですが……これは、祭我様やランの名誉のために断言します」
世界は広く、人々は各々が重いものを持っている。
それを、彼らは知らなければならない。
自分以外を尊重できないならば、一生チンピラのままなのだと。
「祭我様も、ランも、貴方達全員よりもはるかに強い。それは貴方達全員よりも努力しているからではありません。ですが……」
とても、残酷なことを言う。
「祭我様も、ランも、貴方達と同等の努力をしています」
そう、それだけは確実だ。この二人を見てきたものとして、それだけは言い切らねばならない。




