格差
さきほどの発言をした男は明らかに混乱している。
自分はクローに迷惑をかけた、という理性的な後悔。
自分はクローの理想を馬鹿にされたくなかった、という感情的な意固地。
それらがないまぜになっているが、それは別に特別ではない。
程度はともかく、整列している面々全員が同じ感情だった。
もちろん、悪いことではない。クローは彼らを鍛えて、彼らが強くなったことを我が事のように喜んだ。彼らはクローに感謝して、彼の新しい夢を己の理想とした。
だからこそ、彼らは我慢ができなかった。一人ではなく、全員が共有しているのだ。
しかし、それはクローが言うように未熟な証拠である。
己を守るために、攻撃的になるという未熟。
相手を下げることで、自分が上がったと錯覚する未熟。
己の不満を、表に出さざるを得ない未熟。
未熟とは修行が足りないという事。だからこそ、それは今からでも取りかえしがつく。
もちろん、ツガーが言うように、それはどこまで行っても人殺しの練習でしかないのだが。
彼女のまともさが、今後も祭我には必要だろう。
「祭我様、申し上げておきますが……あくまでも試合です。もしも貴方やランが一線を越えようとした場合は、私の判断で制止させて頂きます」
「ああ、分かってる。よろしく頼む」
現バトラブの当主からもらった、魔法の剣。それを手にして、祭我はランと対峙する。
ランは満面の笑みを浮かべているが、今のところは狂戦士にならずに済んでいる。
そういう意味では、彼女も成長しているという事だろう。
「クロー様、ご存知かもしれませんが、彼女は……」
「ええ、聞いています」
「彼女もまた、切り札と呼ばれるに値する実力者です」
正蔵や祭我のように神から素質をもらったわけではなく、俺やスイボク師匠のように仙人として長い時間鍛錬したわけでもない。
生まれながらの、極自然な強者。
最も戦闘に優れた気血、悪血を常人の数百倍宿している伝説の超人である。
「ですが、少々不安定なところがあります。場合によっては、私が制止いたしますので」
「……わかりました」
切り札が二人戦うのに、それを外から横槍で止められるのか。
そう感嘆するクローだが、実際には真正面から戦うよりよほど簡単だ。
もちろん俺か師匠以外できないが、特に失敗を意識することではない。
不安定になっている相手を気絶させるなど、寝込みを襲うのと変わらないのだ。
「……そうか、ランは切り札級に」
「なんか嬉しいな」
「うん……サンスイが言うと特に」
「元から強かったランが、そんなに強くなれるなんて」
俺がランを評価したことで、感慨深くなっているテンペラの里の面々。
いや、そんなに褒めてないぞ。今でも殺すべきだと思っているぞ。
スイボク師匠は彼女のこともかわいがっているが、あの人は俺と違って危機感が薄いからなあ。
あるいは、昔戦って殺したという狂戦士について、色々と思うところがあったのかもしれない。
「それじゃあ、初めていいわよ。サイガ、ラン。二人共、バトラブの誇る戦士の力を見せなさい」
ハピネの宣言によって、少し離れたところで対峙している二人は互いに剣を構えていた。
その姿を見て、誰もがとりあえず観戦に集中している。
小娘と小僧っ子が、そんなに強いわけがないだろう。
そうした侮りがクローの部下達に、少なからず蔓延していた。
まあ、国一番の剣士が俺だし、祭我は目立った逸話とかもないしな。
ネットも電話もないこの世界では、基本的に伝聞が全てであり、同様にそれを話半分に受け止める者がほとんどだ。
であれば、このバトラブで侮られていることも、祭我の課題とも言える。
「じゃあ……最初は軽く行くぞ」
「ああ、軽くな」
祭我が法術で体を鎧った。
それだけで、周囲から反発を感じる。
なにせ法術はカプトを除けば千人に一人の希少魔法。戦闘能力も有用性も非常に高い、使えるだけで勝ち組とされる力だ。
それを宿した上で、エッケザックスを抜いているのだから、強くて当たり前だ。そういう不満が湧いている。
その上で、祭我はランと斬り結び始めた。
いわゆるチャンバラ、斬り合いである。
お互いに呼吸を知っているからこそ、有効打が届くことなく打ち合いになっていた。
まあ、普通だ。多分これだけなら、近衛兵と言わず正規軍でもできる者はいるだろう。
「発勁、振脚」
そう思っていると、祭我が吹き飛ばされた。
嬉しそうに楽しそうに笑うランが、師匠から習った技で斬撃の威力を大幅にあげていた。
まるで交通事故のように、大きく吹き飛ばされる祭我。
ランの攻撃をきっちりと剣で受けているが、それでも十メートルほど吹き飛んでいる。
「あっちも希少魔法かよ」
そんな声が聞こえてきた。
実際には、練習すれば誰でも使える、無属性魔法らしい。
それを仙術だと思っていた俺は一体……。
ともかく、やはり嫉妬が先にある。
普通に火の魔法で攻撃したほうが威力が上、ということも知らないからだろう。だが、やはり人間は努力してもできないことがあると、出来る人間に嫉妬するものだった。
「いいのか、距離をとって」
そろそろ本番だ、と祭我も上機嫌になる。
大きく吹き飛ばされたのに、なんの支障もないとばかりに地面に着地すると、そのまま魔法の剣を燃え上がらせていた。
それが何を意味するのか、誰もが理解していた。
俺にしてみれば食傷気味な反応だが、まあ祭我はこれが最大の売りなので、TVアニメのバンクのようなものだと思うことにしている。
とにかく、祭我はクローの部下でも使える火の魔法を使用した。
火球を生み出し、ランに向かって発射する。
燃え盛るその炎は、法術で守られていない彼女を焼きつくすかに見えた。
「気功剣法、十文字」
それに対して、ランはエッケザックスの増幅を発動させる。
スイボク師匠が使っていた術を、見て覚えた彼女は適切に使用する。
「発勁法、烈破!」
風船が破裂したような音がした。
いや、更に強大な轟音がして、火球は吹き飛んでいた。
「それ、連発は効かないだろう?」
小振りな火球を幾つも生み出し、それを連続して放っていく。
それに対して、ランは律儀に前進しながら切り払っていく。
未だに狂戦士としての本領を発揮していないにも関わらず、素のままに命の危機の中で笑っている。
「いやいや……そうでもない!」
嵐が吹き荒れていた。
狂戦士ゆえの膨大な気血によるものか、あるいはエッケザックスの増幅によるものか。
あるいはその双方の相乗効果によってか、彼女の周りには風の魔法ではない大風が発生している。
「気功剣法、百日紅!」
普通、火の魔法を鉄の剣で切っても、そのまま素通りしてしまう。風の日に剣を振るっても、風を遮れないのと同じだ。
だが、ランはエッケザックスから膨大な気血を噴射して、猛烈な風を生み出しながら火を吹き飛ばしていく。
小さな火球の内側に剣をねじ込んで、内側から霧散させているのだ。
熱くないんだろうか?
いや、絶対熱い。俺も似た経験があるからわかるけど、絶対に熱い。
「ははは! 剣というのも楽しいな! 普通ならすぐ折れるのが難点だが!」
「エッケザックスはいい剣だからな!」
『ならほいほい貸すな……』
軽口を叩きながら、祭我も走りだしていた。
自分から間合いを詰めて、魔法の剣を法術で守りながら切り込んでいった。
「ジェット・ブースト!」
近衛兵の中でも使い手の多い、火の魔法による加速。
とはいえ、その火力はさほどでもなく、祭我の速度もそこまでではなかった。
だが、それでも十分に早い。少なくとも、ランとぶつかり合ったところ、今度は吹き飛ばずに互いに膠着していた。
祭我は以前に、そこそこ苦戦してぎりぎり勝てる程度の相手と戦いたいと言っていたが、その相手は前からいたのだ。
狂戦士ランこそ、今の祭我にとって丁度いい相手なのだ。まあ、エッケザックス込ではあるのだが。
「おおお!」
「あああ!」
強くなった。
俺は素直にそう思う。
ランも祭我も、本当に強くなった。
ランは狂戦士にならなくても戦えているし、祭我も魔法や法術、占術だけでだいぶ立ち回りが巧みになっている。
戦うことを楽しみながらも、互いのことを観察できている。戦いの妙を、お互いの中に見出している。
熱中している一方で、興奮に呑まれていない。
それが、少しうらやましい。
とはいえ、それは俺の話であって肝心のクローやその部下は、恐怖しつつもまだ勝てるという考えがないでもなかった。
そう、まだ決死隊を募ればどうにか出来なくも無さそうである。
「そろそろ全力で行くぞ!」
「ああ、もう抑え切れない!」
さすがに、その程度ではない。
本気を出した切り札は、頑張ってどうにか出来るレベルではない。
国家の頂点が、例外的な強さであると認めた面々は、そんな甘いものではない。




