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意趣

 確かにハピネは彼らを挑発したし、彼らの存在を全否定した。

 しかし、それは実際のところ大した問題ではない。


「ソペードの切り札であるシロクロ・サンスイ殿に挑み敗れたという、根も葉もない噂が流れております!」


 初めて会った相手に、クローから命じられた直後で、反発を形にしていることが問題なのだ。

 クローが明言したように、今回の彼らは『資金援助』や『制度の改革』という目的で、お願いをしている立場である。

 にもかかわらず、拒否されれば攻撃的になる。それで今後やっていけるわけがない。


「それをぬぐうためにも、切り札と呼ばれるほどの、例外的な強さを是非お見せください!」


 そんな暴言を最後まで言い切ることができたのは、俺がクローを視線で制していたからだった。

 クローは何度か怒鳴って止めようとしていた。クロー本人はわざと怒らせようとしていることと、言っている内容がまともだということで、暴走する部下をいさめようとしていた。

 しかし、それを俺は止める。

 彼らには、一度外部というものとの付き合い方を覚えてもらう必要があるのだ。


「ふ~ん」


 発言を聞き終えたハピネは、その場に整列している面々をもう一度見回した。

 流石に喧喧囂囂でこちらへ要求してくることはない。全員が直立不動で、こちらの対応を待っていた。

 しかし、仙人としての気配察知を使うまでもなく、全員が敵意に満ちていた。


「ああ、なるほど。死にたいのね?」


 性格が悪い女の所作をするハピネは、護衛を務めている俺をしてびっくりするほどドゥーウェお嬢様に似ていた。

 きっとハピネも、お嬢様には煮え湯を定期的に飲まされていたに違いない。


「貴方の言うように、サイガはサンスイに負けたし剣の腕は劣るわ。だから……そうね、少なくともサンスイよりも手加減は苦手なの。それにほら、この場の全員がまとめてかかっても、近衛兵全員に匹敵するなんて流石に言えないでしょう?」


 そう、それもまた問題だった。

 仮に祭我がこの場の全員を相手に完勝したとしても、切り札を名乗れるわけではない。

 彼ら自身が認めているように、クローと同等の実力者が百人そろっていたのが近衛兵だ。

 近衛兵を全滅させられるほどの実力がなければ切り札になれないなら、正規軍と同等程度の彼らでは試金石にもならない。


「まとめて一瞬で消し飛ばす、ぐらいじゃないと切り札の証明にならないわよねえ」


 エッケザックス込みなら、祭我でもそれぐらいはできるだろう。

 正蔵のように消し飛ばす、というのは誇張でも、火の魔法を強化増幅すれば百人かそこら焼き殺すなんてわけはない。

 相手に法術使いの一人でもいれば話は別だが、近衛兵ほどに強力な武装を持たない集団では、魔法の火力に耐えきれまい。


「……ハピネ、そんな意地悪を言うもんじゃないぞ」


 そこでようやく、祭我が助け舟を出す。

 本人は内心で『俺にこんなことをいう資格があるのだろうか』とか悩んでいるような気配を発しているが、それは表にはほとんど出ていなかった。


「彼らだって、彼らなりに一生懸命頑張っているじゃないか」


 ひどい。

 神から特別な力をもらった身なのに、こんな尊大なことを言っていいのだろうか。

 凄いぞ、どんどんクローの部下から敵意の沸き上がりを感じる。


「それに、彼らは今訓練を終えたばかりだ。それで俺と戦うのは公平じゃない」

「あら、貴方と戦うなら体力なんて関係ないでしょう?」

「それとこれとは話が別だ。彼らが納得しないと意味がないだろう?」


 凄まじいまでの、上から目線。

 祭我は基本小者で小心だから、かなり申し訳なく思っている。

 しかし、それでもばっちりだった。自然過ぎて、演技と見抜けないほどだった。俺の中では、祭我とハピネはナチュラルにアレを言っていそうなので、むしろ自然体に感じられる。

 たぶん俺に気配察知能力がなかったら、『実にハーレム主人公だなあ』と思っていたに違いない。


「それに、彼らだって俺が強いのを見たいって言ってるだけで、別に俺と戦いたいと言っているわけじゃない」

「あら、貴方に恥をかかせて、留飲を下げたいという気持ちで一杯よ?」

「邪推はよすんだ、彼らの気持ちもわかってやろう」


 相変わらず、ハピネはずいずいと本当のことを言っていく。

 人間、卑しい気持ちが心中にあると、言い当てられてムキになるものだ。

 自分の中の卑しさを認められない、人間の心の弱さである。

 なお、お嬢様は心が強いので、一切ムキになることはない。あれはあれで、人間の強さと言えなくもない。

 それにしても、この二人は演技とはいえ、こうも他人をいらだたせるとはなかなかできることではない。ハピネの場合お嬢様のことを参考にしているが、祭我は普段に近い自分で相手がいらだつことをどうとらえているのだろうか。


「ラン、お前が相手をしてくれ。お前は俺や山水と同じぐらい強い、天才中の天才だからな」

「ああ、わかった」

「それから、エッケザックス」

「……ふん、わかっておる」


 祭我の腰に下げられていたエッケザックスは、不満そうに頬を膨らませながら人間の姿になり、そのままランの元へ歩いていく。

 ランは最強になりたいという志向を持つので、エッケザックスを使うことができる。いわゆる、一時的な譲渡という奴だった。

 そう、エッケザックスはついにハンディキャップ扱いになったのだ。

 スイボク師匠の人生においては補助輪のような役割を果たした彼女だが、果たして今の扱いで満足できているのだろうか。

 見るからにできていないが、まあ仕方があるまい。

 祭我ってかなり強くなってるから、エッケザックスを持っていても持っていなくても、スイボク師匠や俺には勝てないし、それ以外には負けないのだ。

 もちろん多数と戦う場合は、その限りではないのだが。


「ラン、一応確認するけど」

「ああ、問題ないぞ。私は剣術もよく『見ている』からな」


 剣になったエッケザックスを、ランは軽々と振り回し始めた。

 流石は正真正銘の狂戦士、体術を習得する速度は極めて速い。


「……では、マジャン=スナエ様の直臣である銀鬼拳ラン殿と、ハピネ・バトラブ様の婚約者ミズ・サイガ様の試合を見学させていただく! 総員、光栄に思いながら観戦すべし!」


 クローの指示の下で、彼の部下たちはいったん武装を解除して、再度並んでいく。

 流石に、軍隊としての行動はとても速やかだった。

 しかし、その姿を見てクローの目はとても悲しそうだった。

 彼らの技や体を鍛えることができたとしても、心を鍛えることができなかったことを、自分の指導力のなさを嘆いているのだろう。


「サンスイ殿……申し訳ございません」


 あえて、周囲の者に聞こえる大きさの声で、俺へ謝罪していた。

 それを聞いて、さらにクローの部下は憤慨するが、しかし続く言葉で黙るしかなかった。


「私の願いが叶えば、彼らは周囲から『成り上がり』扱いされるでしょう。そうであれば、心無い言葉を謂われなく投げかけられることも頻繁になったはず。私が居合わせて、ハピネ様という最上級の相手に正当な指摘を受けて、それでもなおこうも反発するということは……彼らが軍務につけば、周囲と衝突ばかりし、下手をすれば抗争に発展していたかもしれません」


 その言葉を聞いて、ツガーがつらそうな顔をしていた。

 彼女は祭我がお父様と初めて会った時のことを思い出していたのだろう。


「そんなことをすれば、彼らへの視線はより厳しくなることなど明白だというのに」


 そう、意味がない。仮に祭我に意趣返しができても、まるで意味がない。

 クローの部下たちはようやく気付くのだ、自分たちが登用された場合、周囲からどういう視線で見られるのかを。

 それに対して、自分たちは絶対にしてはならない反応を、絶対にしてはならない相手にしてしまったのだ。


「これでは……私が彼らを思いあがらせたようなものです」


 ようなもの、ではなくただの事実だった。

 そして、その言葉を聞いただけで、クローの部下たちは複雑な顔になっていく。

 彼らは出世をする、軍隊に入る、バトラブの中で改革を行う、ということの困難さをようやく理解していたのだ。

 それも、クロー本人は一切隠すことなく語っていたであろうことを、自分たちが深刻に受け止めず真剣に考えていなかったというだけで。


「クロー様、修行に終わりはありません」


 俺は昔の祭我を思い出しながら、諭した。


「彼らを今の時点で区切らないでください。決定的な失敗など、まだ誰もおかしていませんよ」


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