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 トオンとドゥーウェ、そしてソペードの前当主は同じ部屋で歓談していた。

 バトラブからあてがわれた、『客人用』の豪勢な屋敷の一室でくつろいでいる。

 なぜか前当主は縄で椅子に縛り付けられているが、誰も不自然だとは思っていなかった。


「それにしても、お父様。滑稽ですわね、サンスイに蹴散らされて都落ちした負け犬が、さらに下の者から崇められているだなんて」


 ソファーに座っているトオン、の膝の上に座っているドゥーウェは現場に行けないことをとても残念そうにしていたが、山水から事情を聴いただけで上機嫌だった。

 今頃、煽られただけで噛みついている下々の者が、真っ青になって許しを乞うているだろう。


「たかが近衛兵を務めていただけの男に心酔して、その彼を否定するものに対して攻撃的になるだなんて。まさに傷の舐めあいですわ」

「そういうな、娘よ。確かに褒められたことではないが、別段異常でもない。クローとやらをその部下たちが慕うのは当然のことだ」


 まるでこれから拷問を受ける間者のような、粗末な椅子に括りつけられている前当主。

 しかし彼は、自分の状況を呪うのではなく、この場にいない若者たちを憐れんでいた。


「クローは、トオンやブロワと同等の実力者だ。そのうえ生まれもよく、体格も性格も顔もよい。そんな男が自分たちを鍛える上に夢を語るのだ。過酷な訓練に耐えるほど熱意を宿すものなら、そうならないほうがおかしい」


 当たり前だが、クローの課した訓練が容易なわけがない。

 挑発するためにあえて『元近衛兵に鍛えてもらったんだから強くなって当たり前でしょ』と言わんばかりに煽る手はずだが、実際にそんなわけがないことなど誰もが知っている。

 如何に訓練の内容が適切でも、苦しむのもつらいのも本人だ。やる気さえあれば強くなれると、口にするのは簡単でも本人たちが簡単に強くなれるわけもない。

 山水の生徒たちも、全員が残って大成できたわけではない。結果としてふるいにかけられて、挫折していったものの方が多いのだ。


 だからこそ、残った者たちは連帯感が強く、クローに対して強い尊敬と信頼をしているのだろう。

 上官への強い忠誠心と、硬い団結力。しかし、それは結果的に『閉塞』を生み出すこともある。

 改革を求める者たちが閉鎖的になるとは、なんとも皮肉な話だった。


「そういう意味では、トオンよ。お前にクローは似ているのだろうな」

「そうかもしれません」


 生まれがよく、顔もよく、剣も魔法も超一流。

 なるほど、共通点は多い。とはいえ、ドゥーウェにしてみれば面白い話ではないが。


「ですが、私と彼は違います。おそらく彼は、サンスイ殿と戦うまでは挫折など経験したことがないのでしょう」


 トオンの挫折は、ある意味では生まれたときからだった。

 王気ではなく影気を宿して生まれた時点で、王になる道は絶たれていた。

 幼少のころから、物心つく前からずっとそういわれてきたのだ。

 いつ挫折したのかさえ、思い出すこともできないほど昔である。


 それに対してクローは、魔法の発達した国で魔法の才能と剣の才能を持って生まれ、それらの指導を受けられる家系だった。

 そのうえ、雷霆の騎士というこの上ない上官まで得ていた。

 その彼にとって、山水という絶対に勝てない相手との闘い、そのあとの挫折は人生で初めての経験だっただろう。

 それはクローに限った話ではなく、多くの近衛兵たちがそうだったに違いない。


「……息子がサンスイを近衛兵全員と戦わせたが、あれも順番こそ違えども似たようなものだ。当時は誰もがサンスイを見た目通りの年齢だと思っていたし、そうでなくともあんな恰好をしている者に心酔していた上官が敗北すれば、屈辱と考えても不思議ではない」


 近衛兵の名誉が地に落ちたあの日、統括隊長だった雷霆の騎士を慕う近衛兵たちは、全員が山水に挑んだ。

 よくよく考えてみれば、百人からなる近衛兵全員で一人を袋叩きにしている時点で、既に名誉は地に落ちていた。

 しかしそれが気にならないほどに、近衛兵も国王も、雷霆の騎士を好んでいたのだろう。


「良くも悪くも、クローは魅力のある上官なのだろう。だからこそ、クロー本人が認めていることも、部下たちは認めることができない。山水がクローに勝ったことも、山水へクローがへりくだっていることも、クローの掲げる理想が否定されることも。どれも、クローが納得しても部下が納得できない」

「近衛兵の一員だっただけの男へ心酔した、愚か者たちの集まりには似合いの末路ですわね」

「娘よ……それはお前にもあったはずだ」


 椅子に縛られたまま、父親は娘へ過去を思い出させようとした。


「私にそんなことなんて……」

「いいや、あった。サンスイがこの国一番の剣士と認められ、王家から畏怖と憎悪を向けられた時だ。私もお前も息子も、ソペード全体さえも、奴の武名を己のことのように誇っていた」

「失意なんて、していません。なんでその時に失意なんて……」

「している、私もしたからな。サンスイは童顔の剣聖と呼ばれた時、なんと私たちに言っていたのか覚えていないのか。いいや、ことあるごとになんと言っていたのだ」


 そう言われると、流石にドゥーウェも理解する。

 そう、アルカナ王国最強の剣士が、自分の部下であると誇示していたドゥーウェ。

 その彼女へ冷や水を浴びせていたのは、他ならない山水自身である。


「師に比べればはなはだ未熟者、剣聖など名乗れません。奴は常にそう言っていた」

「……ええ、そうですわね」

「私は、あの言葉を聞くたびにもどかしい思いをしたものだ。お前もそうだったはずだ」


 謙虚を通り越して卑屈だった。

 山水は謙遜や師の名誉のために口でごまかしていたのではなく、心底から自分が未熟だと思っていた。

 せっかく国中から山水へ称賛の言葉が届いているのに、本人がそれでは面白いわけがない。


「サンスイは散々師匠のことを褒めていましたけど……まさか、本当にサンスイより強いとは思っていませんでした」

「ああ、比較にならんほどにな」


 スイボクという男がいて、山水へ指導している剣士で、山水よりずっと強い。

 それは話に聞いていたし、ドゥーウェやトオンは森にこもっている彼に会ったこともあった。

 頭ではスイボクの方が強いのだと分かっていたが、実際にスイボクが山水を歯牙にもかけなかったことに残念な思いがなかったわけもない。


「私もスイボク殿にお会いしながら、しかしサンスイ殿から指導を受け続けるうちに、サンスイ殿以上の剣士などいるのかと疑っておりました……私の想像力が貧困なだけだったのですが」

「そういう意味では、信じた『最強』()裏切られたことがないのは、サンスイ本人ぐらいだろう。スイボク自身は試行錯誤があったらしいが、五百年前にサンスイが弟子入りしたときには既に正答をえていたらしいからな」


『国王である私に仕える、近衛兵の統括隊長『雷霆の騎士』が誰かに負けるわけがない』

『ソペードの令嬢である私に仕える、最強の剣士『童顔の剣聖』が誰かに負けるわけがない』


 それらの幻想と、クローの部下がクローへ向ける幻想は本質的に同じものなのだろう。


『最強だと思っていたらもっと強い奴がいた』

『誰も勝てないと思っていたら、なんだかわからない奴にあっさり負けた』


 そんなことが起こりえないのは、スイボクの弟子である山水だけに違いない。


「それは自尊心の肥大以外の何物でもない。尊敬する相手への自己投影であり、つまりは自分が慕う相手を神聖視することで自分自身も偉くなった気になっているだけだ。だからこそ、尊敬する相手より上の者を認められず、否定的を通り越して攻撃的になる」

「私も……サンスイ殿を神聖視するあまり、フウケイ殿を軽視した自覚があります」


 別に珍しいことではないし、程度はともかく信頼とはそういう面がある

 それを客観視できないことや、問題視していないことは、決定的な抗争を引き起こしかねない。

 自分で己の悪癖を自覚し、自分の行動によって心酔する相手へ迷惑になる、ということを認識しなければならない。


「サンスイから指導を受けたものはある程度それを理解している上に、自分の身の丈や世間の基準も認識している。仮にサンスイを侮辱されても、相手や状況を見て行動を吟味できる。とはいえ、それはサンスイの手柄ではない。クローが悪いわけでもない」

「サンスイ殿の元には、私やランを含めて多くの強者が集っていましたからね……」


 トオン自身、身分を偽った近衛兵との戦いで敗北することもしばしばだった。

 ましてランや祭我以外の面々では、太刀打ちできる相手ではない。

 

「その通りだ。サンスイやラン、サイガのような規格外を知ったうえで、近衛兵や貴様のような一般的な範囲での強者とも立ち会っている。そのうえ、スイボクという真の強者の存在も知っている。それで自尊心を肥大させるような馬鹿は、流石に稀だろう」


 近衛兵をはるかに超える山水から指導を受けて、自分も山水になれたような気がする。

 しかし、身近な近衛兵と実際に戦ってみれば、勝てるどころか手も足も出ない。

 そのうえ山水本人も、スイボクにはぼこぼこにされている。

 そうであれば、身の丈を理解できるのは当たり前だった。


『自分は強くなったけど、もっと強い奴はごろごろいる』

『サンスイさんは近衛兵に勝ったけど、近衛兵が弱いわけじゃない』

『自分はサンスイ本人じゃない』


 そんな思考を、誰もが共有しているのだ。


「サンスイは、そのあたりのことを矯正してやりたいのだろう。サイガに協力者を作らせることよりも、クローやその部下が決定的な過ちを犯さぬようにしてやりたいと思っているはずだ」


 クローと部下の信頼関係が本物なら、クローの理想が間違っていたとしても、クローより強い者が現れても問題ない。

 近衛兵たちが今でも雷霆の騎士を敬愛しているように、クローもまた敬愛されているはずだからだ。

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[一言] 信じた最強に裏切られるって表現すごい好き。
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