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崇拝

「こちらの女性は、ハピネ・バトラブ。バトラブ家本家の令嬢、現バトラブ当主のご息女だ。もうじき家督をそちらの……ミズ・サイガ様と一緒に継承されることになる。つまり……このアルカナ王国の、国家の未来を担うお方だ。本来であれば、正式なバトラブの臣下であるお前たちが、お会いできる相手ではない。決して、失礼のないように」


 さすがは軍人、全員へきつく指示をする姿はまさに近衛兵の威風だった。

 厳格な上官という号令に対して、整列している誰もが視線さえ動かさずに応じている。

 伝わってくるのは、クローへの尊敬と畏怖だった。

 

 そう、トオンやブロワに匹敵する才気あふれる努力で、出身もバトラブの分家。

 バトラブの領地では、それこそ王族のようなものだ。腕っ節の強さもあって、崇拝されないわけがない。


「……今回は、ソペードの切り札であり我が国最高の剣士である、シロクロ・サンスイ殿の計らいでこの機会を頂いた。何が言いたいのかわかるな」


 そう、この場にいるのは次期国王のようなものである。

 この場にいること、彼らの前にいること。それ自体がとんでもないことであると、そう言っていた。

 散々馬鹿にされているが、彼女はとんでもない立場の人間なのである。

 正直執政に関わらないお嬢様と違って、もろに関わる彼女には色々と不安がある。

 バトラブは大丈夫なんだろうか。


「……私達にとって、望ましくない言葉をいただくこともあるだろう。それでも、決して失礼のないように」


 クローは俺へ敬意を向け、祭我にも同等の敬意を向けていた。

 ある意味では、俺から指導を受ける身でありながら、俺と対等の格で語られている祭我に対して深い畏怖を感じているのだろう。

 俺だってスイボク師匠と同列に扱われたら、恥ずかしくて死んでしまう自信がある。


「それじゃあ、クローに答えるために、バトラブの次期当主の家内として、バトラブ本家としての言葉を口にするわ」


 彼女の表情が既に雄弁だった。

 感情が表に出やすいハピネは、とても不機嫌そうにしている。

 その時点で、クローもある程度覚悟しているのだろう。


「クローの提案する、武家の出身者以外から形成される部隊の設立。それに対して私は……一切協力できないわ」

 

 敵意さえ感じさせる、強い拒絶。

 形にされた否定に対してクローは残念に想い、彼の部下たちは憤慨していた。

 とはいえ、どちらもそれを表に出すことはない。

 ただ、彼女の言葉を黙って聞くのみである。


「クロー、元近衛兵である貴方が推すように、貴方が鍛えた兵士には正規軍並の力があるわ。訓練を見ただけでも、はっきりと彼らの練度は伝わってくる」


 百人近い、武装している軍人を真正面から罵倒し、一切臆することなく心のままに正論を吐くその胆力。

 それはまさに、武門の名家たるバトラブの令嬢だった。


「でも、それだけよ。貴方達は、正規軍とそんなに変わらない。わざわざ貴方達を正規軍にする意味がない」


 相手にきつい言い方で、どうしようもないことを残酷に突きつける。

 彼らが今後どう頑張っても、どうにもできないことを『雲の上の人』が直々に申し渡した。


「落ちぶれていた以前の貴方達ならともかく、今の貴方達ならわかるはず。今現在バトラブにいる常備軍が、幼少の頃からどれだけ頑張っているのかを」


 そう、彼らは努力してバトラブの正規軍に匹敵する力を手に入れた。

 それはつまり現役の正規軍も、同じぐらい努力をしているということ。

 

「貴方達の努力を軽く見るつもりはないわ。でも、だからといって既にバトラブに仕えている兵士たちを軽く見ることもありません。現状に改革を訴えるには、現状に問題があり改革によって良くなるという根拠がなければならない。貴方達が既存の正規軍と大差がないのなら、貴方達に変える必要は何処にもない。むしろ、変えないほうがいいに決まっている」


 お前たちは、武家の出身ではない。

 だから最初から、お前たちに機会などない。

 そんなわかりきったことを、改めて大声で宣告する。


「私達が国を離れている間に、近隣諸国で動きがあったと聴いたわ。もしかしたら、戦争へ発展するかもしれない。そうなれば、民兵を募ることがあるかもしれないわね。けれど、活躍したとしても法律通りに報酬を払って終わりよ。雇い入れるなんて、まずありえない」


 バトラブの悪習、閉塞している現状を誇らしげに語っていた。


「いい? 常備軍の兵士には厳しい軍役への対価となる、多くの報酬や年金があるの。それはつまり、常備軍を増やすという事は、バトラブの出費が増すという事。貴方達百人かそこらなら、クロー一人の裁量でどうとでもすればいい。でもね、クローの要望はとてもじゃないけどそういう規模ではないのでしょう」


 そう、単純に言ってクローの願いは『カネが必要』という事だった。

 たくさんの若者に仕事を与えたい、という願いはまっとうだ。

 しかし、ツガーの言うように兵士というのはどうだろうか。

 確かに名誉も収入もよく、憧れの職業だとは思うが、それでも危険であることは否めない。


「我がバトラブにそこまで大規模な軍拡を行う予定はないし、かと言って既存の常備軍と貴方達を入れ替えるつもりはないわ。理由は既に言ったとおりよ」


 彼女の言っていることは、極めてまっとうだった。

 しかし、その言葉を聞いている祭我は、とても居心地が悪そうだった。

 そりゃそうだ、恥を知っているのなら肯定できるわけがない。


「だいたいね……サンスイの指導を見ていた私にしてみれば、クローの掲げた目標はいっそ滑稽よ」


 彼女の否定は、もはや侮辱に突入している。

 それは目の前の彼らを煽るものだった。

 その意図をクローは読み取り、しかしだからこそ黙っている。


「元近衛兵が、やる気のある男を集めて、長期間訓練する。そんなの、強くなるに決まっているじゃない」


 ハピネの言うとおりだった。確かに、そんなのは強くなって当然だった。


「いい? 常備軍の兵士たちが、騎士の家系の男達が、全員戦闘や魔法の天才だと思う? 違うわ、身元がはっきりしていれば、健康な男なら基本誰でもいいのよ。クローほどではないとしても、実力のある兵士が指導するのなら、たいていの男はそれなりの戦力に仕上がる」


 そう、誰でもいい。環境を調えてやれば、誰でも兵士になれる。

 だから目の前の彼らである必要が全くない。

 それは、能力で比較されるよりも更に絶望的なことだった。

 誰でもいいから、彼らである必要がない。そんなの、どうしようもでないことだった。

 お前たちの努力は、全部ありふれていて、価値がないと言い切っていた。


「そんなこと、きっと誰でも知っているわ。まるで革新的な発見をしました、みたいなことを言われても困るのよね」


 そう言って、ハピネは自分の隣に控えている面々を指し示した。

 彼ら全員よりは有用性が低い、特に強いわけでもない、珍しいだけの希少魔法の使い手たちを紹介した。


「サイガが揃えたこの使い手たちは、全員が別の希少魔法の使い手で、しかも希少魔法の血統を持っているわ。この場の貴方達と違って、早々揃えられない希少価値がある」


 王気、神降ろし、マジャン=スナエ。

 呪力、呪術、ツガー・セイブ。

 悪血、銀鬼拳、ラン。

 玉血、四器拳、ヤビア。

 侵血、爆毒拳、スジ。

 酔血、酒曲拳、カズノ。

 幻血、霧影拳、コノコ。


 なるほど、全員女で、しかも希少魔法の血統だった。

 手を出しているのは二人で他はそんなことはないはずなのだが、ものすごく外道さというかハーレム主人公さがある。

 客観視すると、ものすごいクズさがあるな。使える女だけ選んでます的な、女性を私物として扱っている感がある。


「……ああ、そうそう。一応言っておくけど」


 いやらしい女そのもの、という感じで祭我に絡みつくハピネ。

 誰を参考にしたのか、とてもわかり易い『性格の悪い女』を演じていた。


「サイガに嫉妬するなら、それは見当違いと言うものよ」

「は、ハピネ……」

「サイガは例外的に強いから、例外的に出世できたのよ。貴方達とは、全然違うの」


 規格外に強いから、例外的に扱う。

 なんか文章にすると酷い話だが、スイボク師匠を知っている俺としては肯定するしかない。

 なにせ、スイボク師匠を普通に扱った国は、たいてい滅亡しているらしいし。

 まあ、スイボク師匠の場合はなんの接点もなくても、本人が意図しないままに滅亡させることもあったらしいが。


「だから、バトラブで出世するのは諦めなさい」


 そう〆た。

 徹頭徹尾、正論しか言っていないから困る。

 努力すれば、自分たちでも強くなれると思っていた。

 そりゃそうだろ、誰でも強くなれるよ。お前らである必要はないだろ。と言われた。

 出世した奴は、お前らとは格が違うんだよ。とも言われた。

 そう、当たり前のことだけを言っていた。


 言い方はともかく。

 いいや、ある方向へ誘導するために。


 クローは自分が手塩にかけて育てた面々を、自分の行動そのものを否定されたにも関わらず、怒るどころか緊張しきっていた。

 そう、今にも爆発寸前の、自分の部下たちがハピネに噛み付かないか戦々恐々としていたのだ。



「恐れ入りますが、ハピネ様!」



 破裂するべくして、爆発するべくして、こみ上げたものが噴出していた。



「バトラブの切り札である、ミズ・サイガ様のお力をこの目にしたく存じます!」



 その言葉が出た時点で、既に彼らは己の無価値さを露呈していた。

 そのことに気づいているのかいないのか、並んでいる誰もがそれに賛同しているようだった。

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