表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
222/497

陣形

 非常に今更ではあるが、戦闘で強い『魔法』に求められるものはなにか。

 まず、殺傷力。なさ過ぎても困るが、ありすぎる必要はどこにもない。この世界には武装している人間が主戦力なので、基本的にはこれ以上の殺傷能力は必要ない。

 加えて射程距離。弓矢ぐらいあれば十分であり、これより劣るなら弓矢でいいだろう。

 あったほうがいいのが連射性能で、なくても人数をそろえればある程度は補える。


 とまあ、それらを兼ね備えているのが、他の『魔法』に比べて素養を持つ者が圧倒的に多い魔法(・・)である。

 平均程度の素質しかもっていなかったとしても、数をそろえれば戦力になる。

 学園長先生は希少魔法を集めたがっていたが、それは戦力的な意味合いではない。

 魔法は強いし、戦争にも向いている。だからこそ、この付近では魔法がとても普及しているのだ。


「……クロー、彼らを鍛えたのはどれぐらい前から?」

「およそ、四年ほど前からですね」

「ふ~~ん、貴方のお金で?」

「もちろん。大分面倒をみました」


 今ハピネを筆頭にしたバトラブ勢と、その傘下であるテンペラ勢が俺と一緒にクローの部下たちの訓練を眺めていた。なお、お嬢様もお父様も、今回は欠席である。

 テンペラの里の面々は、団体での戦闘訓練がどういうものなのかと興味津々であるが、しかしこの問題に対して一番発言権を持つハピネは、とても退屈そうにしていた。

 それはそうだろう、俺もソペードではこの光景をよく見ていたので、ハピネの気持ちがよくわかる。

 クローが育てた部下たちは、百人足らず。流石は近衛兵が自信をもって推すだけに、各々が一般的な正規軍の兵士と変わらない練度だった。

 逆に言うと、ハピネにしてみれば子供のころから何度も見てきた訓練風景を、また見ることになっているだけなのだ。そりゃあ退屈に思っても不思議ではあるまい。


「流石に足並みがそろってるな……なあ山水、この人たちってどれぐらい強いんだ?」

「総体としてみれば、私が鍛えたトオン様の部下たちよりも上ですね。クロー様、彼らは合同での魔法訓練も積んでいますか?」

「もちろんです」


 祭我の疑問に答えるために、クローに少し頼みごとをしてみる。

 クローは声を出して、荒野で行進をしている部下たちに、魔法を使うように指示を出した。


 すると、横三列でずらりと並び、一斉に炎の魔法を使った。

 いわゆるレッドカーペットとかいう、広範囲の地面を燃やす魔法である。

 学園長先生なら一人でも十分で、近衛兵なら数人で行うこの魔法を、彼らは十人程度で行っている。

 つまり、大体学園長先生の十倍ほどの範囲を燃やしていた。

 流石に正蔵ほどの広範囲攻撃ではないが、それでも千人単位の敵軍を焼き払いそうな勢いである。


「お見事です」

「恐縮です」


 俺は素直に称賛し、クローは誇らしげに答えていた。

 テンペラの里の面々は合同で火の魔法を唱えるという、故郷では見ない大規模な術に圧倒されていた。

 そう、流石にランの場合はその限りではないが、テンペラの里に伝わる拳法では目の前の軍勢を倒すことは難しい。


「祭我様、魔法とは集団戦闘で真価を発揮するのです。例えばトオン様の部下が目の前の彼らと、一対一で戦うとします。ある程度の距離があるとしても、相手の攻撃魔法を機動力や俊敏性で切り抜けることができるでしょう。ですが、百対百となると無理です」

「そうだな……確かに無理だ」


 一対一なら隙間がある。しかし、百対百だと隙間など絶対に生まれない。百人の魔法使いが火の魔法を一斉に使えば、細かい戦術も戦略もなく、一気に敵集団を蹴散らすだろう。

 相手も魔法使う場合は、相殺しあうことになるのだが。


「クロー様は集団戦闘も単独での戦闘も、どちらも習熟しております。私は集団戦闘を教えることなどできないので、多数同士の戦闘ではその練度が明らかになるでしょう」

「……そんなこと言ったら、お前の生徒たちは怒らないか? いくら何でも卑屈すぎるだろう」

「そんなことはありませんよ、彼らも承知です。確かに私の生徒たちはよく頑張りましたが、目の前の彼も負けないほどに鍛えられています。お分かりの通り、彼らもクロー様のもとで己を磨いているのですよ」


 祭我は自分の同門であるトオンの部下をひいきにしているようだが、単純な事実である。

 そもそも同じ歩兵でも兵科が違うので、練度や素養の差以前に相性による点が大きい。


「それじゃあなんでお前は近衛兵に勝てたのだ? 近衛兵も魔法の天才ぞろいなのだろう」


 ランが曇りのない眼で、とんでもないことを口にしていた。

 悪気がないのはわかるが、いくら何でももうちょっと言葉を選んでほしいところである。


「そのですね……」

「言っても構いませんよ、私はもう気にしておりません。貴方に負けたことを、統括隊長殿でさえ認めておりました。我らにとって苦い経験でしたが、忌むべきことではありません」

「そうですか、では……端的に言えば、宝貝では縮地が使えませんから」


 ハピネを含めて、ああ、と誰もが納得する。

 そう、制約こそあるものの瞬間移動できる仙術、縮地。

 仮にトオンの部下たち全員が縮地を使えるのなら、さっきの話も全然変わってくる。

 とはいえ、それでも完勝とはいかず、相応の被害を受けるだろう。


「そうですね、雷切殿。貴方の操る術の中で一番厄介なのが、前置きなく一瞬で視界から消える術、縮地でした。火や風の魔法で高速移動する使い手はいますが、それは基本的に前にしか進めませんし、加速に数瞬を必要とします。ですが、仙術である縮地は本当に一瞬で消えて、どこに現れるのかまるでわかりませんでした。軽身功と合わせれば、まさに神出鬼没。補足は困難を極めます」

「……俺はフウケイっていう山水の師匠の、その兄弟子が使う縮地を見たんだけど、あれは一応予備動作はあった。だからトオンも対応できたんだけど……山水とスイボクさんのは、本当に一切前置きがないよな」

「ええ、予備動作が一切ないので、たとえ目の前にいても軽々に攻撃できないのです。それどころか背後を取ってさえ、背中に目があるが如く回避されてしまいました」


 戦闘が単調になり、自分の技量の低下を招くということで多用するべきではないが、前置きのない縮地は本当に対処が難しい。

 それこそ法術でがちがちに防御を固めるか、占術の予知能力で先読みするしかない。

 その両方を祭我は備えていたが、本人が未熟すぎて俺に勝てなかったわけだが。


「もちろん我ら近衛兵も、それに対応しようとしました……対空陣形、はじめ!」


 目の前の部下たちに、クローが命じる。

 すると整列していた部下たちがいったん散らばり、三人ほどで背中合わせの組を作って空へ剣を向けていた。

 なるほど、単純ながらいい陣形である。


「ほほう……仙術に対抗する陣形ということか」


 スナエは、目の前の彼らをそう評していた。

 そう、これは仙術使いの機動力に対抗するための、魔法使いたちの集団戦法である。


「その通りです、スナエ様。仙術は空を飛ぶことができますが、魔法と違って浮くという表現が適切な、とても緩やかな移動です。落下や縮地の場合はとても速やかですが、だとしても攻撃の一瞬は一つの場所にとどまりますからね。目の前に現れれば剣で応戦し、仲間の頭上に発見すれば斜め上へ魔法を撃つ。そうした単純な戦法こそ、サンスイ殿への対抗策でした」


 実際、あれをやられると俺の生徒たちは逃げるしかないだろう。

 仮に一対一なら倒せる相手でも、ああして軽く散った状態なら速やかに周囲が助太刀できる。

 一人を倒している間に、背中を斬られるか燃やされるだろう。


「……ですが、実行には移されませんでした。再戦する前に、誰もが理解していたのです。この陣形でサンスイどのに勝つことはできないと」


 悲し気に、諦念をにじませながら、自分たちの対抗策を否定していた。

 もう一度部下たちに指示をして、目の前に整列させる。

 それを待ちながら、俺たちにさきほどの対空陣形の、その限界を説明していた。


「あの陣形で仙術使いに対処するには、ある前提が存在します。仙術使いと一対一で戦えるものだけで構成されなければならない、という我々の技量の限界です」


 三人組で背中合わせになり、組と組で距離を作る。

 それはつまり、互いの邪魔にならないように、死角を減らす陣形を取るということ。

 つまりは、集団での強みをほとんど放棄しているということである。

 目の前に仙術使いが現れたなら、周囲の仲間が助太刀するまでの数秒か数合、自分一人の力で持ちこたえなければならないのだ。


「誰もが、嫌というほど理解していました。ことさらに、統括隊長殿は」


 悲し気なクローを見て、整列している彼の部下たちの顔が曇っていた。

 そう、彼にとって挫折の象徴である俺への、極めて具体的な憎悪である。



「貴方と一対一で一合でも持ちこたえられる騎士は、近衛兵にすら一人もいなかったのです」


 一対一での接近戦なら魔法はそこまで強くない

 瞬身功も豪身功も使えなかった当時の俺でも、十分一撃で倒せるほどに。


 そう、それが俺の骨子であり、スイボク師匠が目指したものだ。

 縮地を予備動作なく連発できるうえに、スイボク師匠と同水準の技量を持つ剣士。

 王気や悪血を宿し自己強化できるか、あるいは法術によって自分の体を守れるのならまだしも、高い攻撃力を持つだけの魔法では俺と接近戦などできるわけもない。

 

「私たち近衛兵は、ほとんど全員が諦めました。あきらめざるを得ませんでした」


 もうすでに、とっくに、己を鍛えつくしていた近衛兵たちが、俺への対策を練った果てにたどり着いた結論は、諦念と絶望だったのだ。



「貴方は仙術()使える『最強の剣士』、すなわち童顔の剣聖(・・)だったのです」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ