議題
「そんなに戦いたくなかったなら、戦いたくないって言えばよかったのに」
バトラブの領地では文字通り姫であるハピネは、俺に対してなかなか素直なことを言う。
確かに女々しいにも程がある。俺は命令に従っただけとはいえ、一切拒絶の意思を見せなかったのだから。
でも、三回も挑んできたお前が言うな。
「あらあら、嫌がる相手に三回も挑んできた身の程知らずが、よくも言えたものね。まさに鏡を見るべきだわ」
お嬢様が俺の代弁をしてくれる。
しかし、近衛兵と戦うように命じたお嬢様がおっしゃるのはどう考えてもおかしい。
それこそ、お前が言うなである。
「サンスイは忠実な剣士だ。己の好悪で役割に反することをせず、己の裁量の範囲で最善を探る。そうしたことができるからこそ、私も息子も娘も信頼をしている」
お父様、その評価は嬉しいですがあんな仕事させないでください。
今でもかなり引きずっています。
「とにかく……山水は俺とクローを会わせたいと? 俺はあんまり会いたくないけど……会わないのもまずいよなあ」
これからバトラブの当主になる男が、バトラブの分家の若手と会いたくないという。
政治的には味方を作るいい機会であるが、さすがにそこまで楽観していないようだ。
彼を味方にするという事は、彼以外の全員を敵に回すようなもんである。
「なんだ、サイガ。お前は否定的なのだな」
「スナエ……俺だって真面目に自分の執政を考えてるんだぞ? 保護主義のバトラブの当主をやるんだから、原則ハピネのお父さんのやり方を引き継ぐつもりだよ」
今アルカナ王国の最高権力者たちは、誰もが国家運営を適切に行なっている。
それがこの場の全員が、共通している認識だった。
「俺が改革を唱えるってのはさ、日本の首相がいきなりアメリカ人になって、おまけに『これからの時代は国際化社会で〜〜す! 日本も銃規制を撤廃して各家庭に銃を!』とか言うようなもんだって」
俺にしかわからないことを言うが、言いたいことは伝わっているようだった。
俺も記憶が朧気だが、そんなことを言い出したら国民からの反発はとんでもないことになる。ヘタをしたら内戦レベルだろう。
だいぶ極端だが、正しい認識をしているという意味では適切な判断だった。
「逆にアメリカで日本人が大統領になって『銃規制をしましょう!』とか言い出しても、どのみち反発するよ。俺は所詮よそのものなんだからさ、そんなに大きな事出来ないって」
そういう意味では、クローの考えは間違っている。
よそから入ってきた人間だからこそ、大改革が出来る。
実際にはそんなことはなく、仮に命じても誰も従わないだろう。
もちろん、右京並みの強引さと意思の強さがあれば、話は別なのだが。
「そうよ! 第一、出世がしたいならソペードかディスイヤに行けばいいじゃない。それでバトラブが損をしていると言っても、アルカナ王国全体でみれば利益になるんだから、サイガが気にすることじゃないわ」
一番の当事者であるハピネが、バトラブらしいことを言っている。
彼女が否定的なのだから、婿でしかない祭我の意思など完全に無意味だった。
「それに、サンスイの見立てだとそんなに強いわけじゃないんでしょう? 今の体制を変える意味がないじゃない!」
「……ハピネ、お前ようやくまともなことを言ったな」
「スナエ! それどういう意味よ!」
そのまんまの意味だぞ、ハピネ。
言っていることはまともだが、お前が言うのはなんか違和感がある。
とはいえ、たしかにまっとうすぎる反論だった。
少なくとも、俺が見た彼らはあくまでも『それなり』だった。
既に存在している常備軍と切り替えるには、変えたほうがいい理由がかけている。
お父様の言葉を借りるなら、変化することが国家の利益になるのか、ということだろう。
今の体制を変えて、それで昔と戦力的に差がないのなら、変える労力分損をしている。
「それもそうだなあ……なあ、ツガー。君はどう思う?」
「えっと……その」
なんだかんだ言って、祭我にカリスマ性や主体性がないことが、祭我の周辺にとってはいいことだった。
なにせ、祭我の決めたことに対して、周囲の女の子が意見を言えるのである。
今回の場合、祭我は消極的な否定、スナエは消極的な中立、ハピネは積極的な反対という感じだった。
さて、ツガーはどうであろうか。何気に彼女は一番まともなので、彼女の意見は真面目に受け入れていただきたい。
「クロー様が部下の人を好きなのはわかりましたけど……そんなに兵隊にさせて、人殺しの練習をさせたいんでしょうか」
その言葉を聞いて、スナエもハピネもまゆを寄せてシワを作っていた。
トオンも祭我も、そういう意見もあるだろうと素直に受け入れている。
お嬢様はハピネが嫌そうな顔をしているので、歪んだ笑を浮かべていた。
お父様と言えば、その意見が一番適切だろう、という顔だった。
「あ、あの! すみません! 酷いことを言ってしまって……」
「いいや、お前が正しいぞ。さすがはセイブ家の出身だな、とても本質をついている」
武門の名家、バトラブとソペードを否定している言葉を、ソペードの前当主は全面的に認めていた。
「クローとやらは、仮にも近衛兵だ。相応に個人技や集団戦闘の知識や技術があるのだろう。だが、そうした本質的なことが見えていない。そういう意味でもサンスイに遠く及ばないな」
「そう言えば……サンスイはしきりに『諦めさせましょう』とか『どんなに強くなっても死ぬときは死にます』とか言っていたわね……この私がトオンを死なないように鍛えなさいと命じた時も、無理と言っていたわ」
そう、俺はよく言うのだが、死ぬときは死ぬのだ。
たとえどれだけ強くなったとしても、死ぬ。特に、戦場に出るのならなおのことだ。
ツガーが不安に思うように、結局人の殺しかたしか教えていない。
もちろん、それでも兵士としては優秀なのだろうが……所詮は、兵士でしかない。
ツガーとしては他の仕事を教えるべきだと思っているわけで、俺もそれに賛成派である。
仮に彼がやることが成功しても、社会としては軍拡にほかならない。あんまり社会福祉に貢献していないように思える。
もちろん、平時の備えという意味では正しいのだが、今で不足しているようにも思えない。
「右京の次に出世している俺が言うのもどうかと思うけどさ……このバトラブで無理に出世させるのは、摩擦が大きすぎる。それに、ソペードもそんなに出世の口が残っているとも思えないし……ディスイヤへ送るのが一番だと思うなあ。ディスイヤのことなんてよくわからないけど……いや、本当に俺が言っても説得力ないけど」
「それを言うなら、私もです……呪術師の家系として、ありえないことをしていますし……」
そうだった、ハピネやお嬢様の様なこの国のトップに生まれた令嬢を除いて、『君たちに出世は無理だよ』というのは『お前が言うな』でしかない。
正論ではあるが、俺達は例外中の例外なのだし。
どう断ったものか、と祭我は苦悶の表情を浮かべている。
お前たちの居場所なんてねえよ! と言うわけにも行かないので、本気で悩んでいるようだった。
そう、俺が元近衛兵へ借りを感じているせいで、祭我に迷惑をかけているのだ。
「……どうしよう」
「その、祭我様。おそらくですが……向こうの方から失点をしてくれると思います」
「え、そうなのか?」
「クロー様は私への怨恨を乗り越えていますが、彼の部下になった面々はそうでもありませんでしたから」
これは、トオンの部下になった俺の生徒でさえ見抜けたことだった。
今の彼らには、大切なことがかけている。
「むしろ、向こうの方から謝罪と辞退の言葉をもらえます。そこから先のことを、私はお願いしたいのです」




