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超人

 パーティーの翌日、俺は耕作に適さないであろう荒野にいた。

 土は赤く硬く、しかももろい。そんな土地なので、当然建物は特に建っていなかった。

 そこで数十人ほどの集団が、武装して訓練をしている。

 俺にとってはよく見ているようで懐かしい光景だった。なにせ、俺が学園で見ているものとは、方向性が真逆なのだから。


「いかがですか、剣聖殿」

「無知をひけらかすようですが……私は集団訓練というものをよく知りませんので、なんとも」


 集団と戦うことを前提に、陣形を組んで行進を行うなどの、極めてまっとうな軍隊の訓練だった。

 王都に赴く前、ソペードにいたころはよく見ていた、ごく普通の歩兵の訓練だった。


「ですが、皆の覇気は伝わってきますし、各々の体つきから鍛え具合もわかります」

「そうですか、それはうれしいことですね」


 はっきり言って、普通過ぎる兵隊の訓練。それを見せたいということは、彼ら自身がこのバトラブでは普通ではないということだった。


「……お察しの通り、彼らは戦士や騎士の家系ではありません。いわゆる平民の生まれです。バトラブでは本来、常備軍として迎えられることのない面々です」


 訓練を眺めながら、嬉しそうに恥ずかしそうに、クローは語り始めていた。


「本来ならば、ソペードやディスイヤに流れるはずだった、はぐれ者たちばかりです」

「そんな彼らを意図して集めたのですか、貴方が」

「はい……貴方に負ける前は、考えもしませんでしたよ」


 照れながら、大柄な現役の騎士は昔の己を恥じていた。

 いや、正直言って昔の俺や祭我に比べれば、恥じることなどないとは思うのだが。

 恥じるような過去、反省するような過去のある人間が、近衛兵になれるわけがないし。


「ご存知かどうか知りませんが、私は元々バトラブの次期当主でした。正しく言えば、バトラブの分家の出身であり、本家に女子しか生まれなかった場合婿になるはずでした」


 これがラノベなら、ハピネとの婚約がまだ続いていて、それを祭我がぶっ壊すところだ。

 流石にそんなことをしていたら、俺でも軽蔑しているところだろう。いくら何でも無責任すぎるし。


「ですが、私には才能が有りました。恵まれた体格、恵まれた魔力。加えて生まれがよかったものですから、幼少のころから優れた指導者に恵まれていました」


 まあそりゃあ強いだろうなあ、という出生だった。

 何一つ面白いことも意外性もないが、それでもうらやましがられるであろう、恵まれた生まれだった。

 おそらく、そういう人間しか近衛兵にはなれないのだろう。ある意味、ブロワと同じである。


「その私が、この国で最強の存在である近衛兵にあこがれるのは当然でした。正直に言えば……当時の私は他の人間を見下していました。剣聖殿には理解していただけるでしょうが……やっかみが多かったのです。私がどれだけ努力をしていても、部外者は素質しか見ていない。恵まれた体格と恵まれた魔力のみに注視し、私がそれを磨くためにどれだけ鍛錬を積んでいるのか、考えようともしないのです」

「耳が痛い話です、私にもそういう時期がありました」

「本当ですか? 信じられませんね……」

「私の場合は、師に矯正していただきましたから……恥の多い人生でしたよ」


 クローさんが軽蔑していたのは、素質の有無にかかわらず努力をしていない人間のことだろう。

 そういう人間だった俺には、彼らの心中がよくわかる。なので軽蔑されても仕方がないと、納得してしまうのだ。


「ともあれ……私の自尊心は、近衛兵に入隊できたことでさらに偏っていきました。なにせ、国一番の精鋭に入隊が許可され、実力が認められましたからね。私の素質だけではなく、努力が認められた結果でした。近衛兵は素晴らしい組織でしたよ……」


 遠い眼をして、懐かしんでいる。

 俺が台無しにしてしまった、自分の青春を思い返している。


「私と同様に恵まれた素質をもち、私と同等の出身で、加えて私と同じように努力に努力を重ねている者だけしかいませんでした。尊敬できる統率者が存在していたことも含めて、誰に対しても嫌悪感を感じることがありませんでした」

「私が言っても嫌味にしか聞こえないでしょうが、誇るに値する部隊でしたよ」

「……雷切殿、私は貴方に負けるまで自分を人間だと思っていなかったのかもしれません」


 深い言葉だった。

 自分を人間だと思っていなかった。

 それは、きっと師匠や祭我が聞いても共感できることだろう。

 もちろん俺だって、そう思っていた時期がある。


「貴方に負けた後、私たちは検討を行いました。果たしてどうして、私たちは貴方に手も足も出なかったのかと……それに関して貴方に説明することは釈迦に説法でしょうが、ことさらに私が衝撃だったのは……貴方の武器が木刀だったことと、それがさほど強力でもなかったことです」


 俺は発勁の他に、木刀を気功剣で強化して立ち回る。近衛兵を相手にした時も同様だった。

 そして勘違いされがちだったのだが、俺の気功剣は決して魔法より強くない。それどころか、格段に劣っている。


「貴方の木刀は、正真正銘ただの木製でした。加えて、貴方が希少魔法で強化しても、その攻撃力はお世辞にも高くなかった。それは、私たちが身に着けていた兜を見ても明らかでした。発勁という技で頭部を直接攻撃された者もそうでしたが、兜が大いに破損しているということはなく、せいぜいへこんでいる程度でしたよ」


 基本的に、頭を鍛えることはできない。

 もちろん首を鍛えることで打撃への耐性を上げることはできるが、それも打撃格闘技ぐらいでしか有効ではない。

 なにせ、頭を守るのは頭蓋骨だけで、後は薄い皮膚と髪ぐらいしかない。真上から硬い物で叩けば、大抵の場合致命傷である。

 特に不意を突かれれば、簡単に気絶するだろう。


「鉄の棒で頭をたたかれた、その程度だったのです。その程度で、私の仲間は気絶しました。魔法の才能が有り、剣の才能が有り、極限まで己を鍛えて、最高級の装備で身を固めた。その私たちが……兜が少々へこむ程度の一撃で、気絶した」


 エッケザックスを持っている祭我に負けたのなら、そこまで気に病むことはなかっただろう。

 彼の理屈で言えば、彼よりも才能があり、かなり鍛えていて、しかも伝説の武器を持っている相手に負けただけなのだから。

 伝説の剣を持っている勇者に負けたのではなく、貧相な恰好をしている木の棒を持っているだけの子供に負けたのだ。確かに価値観が崩れても不思議ではない。

 やっぱりこの人が悪いのではなく、俺が悪いような気がする。


「加えて、一切侮辱の意味はなく、むしろ尊敬の意味を込めて評価するのですが……貴方には一切の才能がないでしょう。もちろん、希少魔法を使えるという意味では素質があるのでしょうが」

「ありがとうございます、最高の誉め言葉ですよ」

「ええ、貴方だけではなく、貴方の師にも敬意を表します」


 俺には仙気が宿っている。しかし際立って量が多いわけではない。

 剣術というか運動神経だとか身体能力も同様で、俺はまったく平凡な男だった。

 俺には、全く才能がない。


「当時の私は……貴方が五百年以上生きていることなど知る由もありませんでしたよ。ですが、流石に貴方が努力をしていることぐらいは見抜けていました。如何に仙術という希少魔法を我らが想定していなかったとはいえ、何度も縮地や軽身功を見ていれば、対応はできていたはずです。ですが……貴方の鍛錬は私たちの対応力をはるかに超えていた。貴方が自分の使える術を私たちに説明し、それに対して対策を練り訓練を積んでも、私たち近衛兵では絶対に太刀打ちできなかったでしょう」


 ただ仙術が使えるだけではない、戦闘時での運用力。

 俺の実力を、近衛兵たちも確かに感じ取っていた。

 それでも諦念はまるでなく、闘志と統率を一切失わなかったのは、流石の精強ぶりだった。


「私は、人生を武に捧げている自負がありました。強くなるための努力を一切惜しまず、己を高めることに邁進してきました。その私が、私たちが……如何に希少魔法を操るとはいえ、如何に努力をしているとはいえ……才能のかけらもなく、裸同然の格好で棒切れを持っているだけの相手に完敗したのです」

「それが……私を鍛えてくださった、師の目指した境地です」

「雷霆の騎士殿が……統括隊長殿が、まるで武の神に頭をなでられたようだった、とおっしゃった気持ちは全員が共感できました。自分のことを、人間をはるかに超えた特別な超人だと思っていた私たちは、正真正銘人間を超えた特別な超人を相手に馬脚を露わにしたのです」


 木の棒で頭を殴られれば、気絶する。

 そんな当たり前の方法で倒された彼らは、自分が人間でしかないことを痛感してしまっていた。

 いや、本当に申し訳ない。

 彼らはうぬぼれるだけの努力をしていたはずで、うぬぼれるだけの実力があって、しかも悪いことをしていたわけでもなく、むしろ王家に忠実な騎士たちだったのだ。


「……苦い思い出です」

「貴方は、ソペードの命に従っただけです。むしろ、ソペードの命を遵守しつつ、私たち全員に後遺症を残さないように立ち回った、その胆力と技量に脱帽します。私たち全員が烈火のように殺意を燃やし、貴方を殺すために全力を賭していたにもかかわらず、貴方は自分の命を危険にさらしつつ最後まで戦い抜いた……本当に、格が違いました」


 俺に対して敬意をもち、怨恨ももち、しかし感謝している心境。

 そんな大人としての複雑な感情を、クロー殿は抱いていた。


「鍛錬が足りないのなら、鍛錬を積みましょう。武装が間違っていたのなら、武装を整えましょう。人数が足りないのであれば、さらに増員すればいい。王家にはそれが可能でしたが……統括隊長殿がそれを止めていました。いいえ、鍛錬は既に極限まで積んでいましたし、武装を軽いものに切り替えたとしても貴方の縮地に対応しきれるはずもなく、できることといえば数を増やすことぐらいでした。ですが、数を増やしてもどうにもならない。誰もがそれを受け入れざるを得ませんでした」


 師匠が三千五百年かけてたどり着いた境地が、間違っていたとは思っていない。真理と呼ぶかはともかく、俺にとっても理想といえるものだった。

 それを五百年かけて教えてもらったことにも、感謝しかない。それが間違っていたとは、毛ほども思っていない。

 しかし、そんな俺の人生が、近衛兵の人生に勝るとは思っていない。

 ただ長く生きていたというだけで、彼らの人生が軽いものだとは俺も考えていない。

 強くなるために最善を尽くしていた人間は、絶対に勝てない相手とどう向き合えばいいのだろうか。

 俺には、その答えが見つけられない。


「貴方は最強だ。私たちがどう頑張っても、絶対に勝てない」


 悲しすぎる結論だった。

 俺は、本当に申し訳ない気持ちでいっぱいだった。


「それでも、貴方に対抗しようとする者もいましたが……私は挫折して故郷に帰りました。何一つ誤りのない、正しいことを全力で頑張ってきた、という自負が崩れました」


 トオンは最強の奥義をあっさり破られても、あっさり切り替えて俺に弟子入りを志願していた。

 それは当人の前向きさもさることながら、元々さらなる強者を求めていたからだろう。

 しかし、誰もがそう振舞えるわけではない。仮に挫折したとしても、それは当人が悪いはずもない。


「ドゥーウェ様が聞けば笑うでしょうが……私は貴方を追うことを諦めて、下の者に威張り散らす道を選んだのです。私は殴ってもいい相手を求めて街をさまよい、その恵まれた体格や磨いた技でケンカ自慢を倒し、憂さを晴らしていきました」


 普通なら、そこで終わるというか、そのままどこまでも落ちていきそうなものだった。

 しかし今の彼はそうではなかった。過去の挫折を、前向きに受け止めている。


「私が倒した面々は、私にあこがれました。最初は優越感を感じるために訓練ごっこをしていましたが、だんだん本格的になっていきましてね……」

「それだけ貴方の血肉に、鍛錬が刻まれていたのですよ」

「ええ、これまでの師に感謝しています。私には、誰かへ教えられるだけの、確かな強さがあったのです」


 形だけの訓練でも、才能に任せた感覚的な鍛錬でもない。

 きわめて論理的で、無学な相手にも徹底できる、正しい指導を理解していた証拠だった。


「……見ていただきたいのは、彼らなのです。今あそこで訓練している彼らは、私を慕うはみ出し者たちです。本来なら、ソペードやディスイヤへ流れていくはずだった、若者です」


 バトラブは保護主義で、出世の糸口がない。

 だからこそ、野心のある若者はディスイヤやソペードを目指す。

 それを、彼は憂いているようだった。


「それは、バトラブの損失だと思うようになりました。流石に近衛兵とはいきませんが、戦士や騎士の家系に生まれず、幼少のころから訓練を受けていなかったとしても、本人たちの熱意と適切な指導があれば、十分常備軍として扶持を得るだけの実力を養えるのです」

「他に流すのは、もったいないと」

「ええ、そうです。そして、新しいバトラブは貴方と同郷だという、保護主義のバトラブにはありえない出自です。私は、ハピネ様と結婚なさる彼と、このバトラブを改革したい!」


 彼の大きい声は、とても通っていた。

 それは訓練を続けている面々の耳にも入り、こちらへ注目が集まっている。


「その橋渡しをお願いできないでしょうか、雷切殿!」


 彼らの敬意が、クロー殿に集まっている。

 それは、とても美しい尊敬の念だった。


「貴方はサイガ様へも指導をしていると聞いています!」


 しかしその一方で、俺への不満や不快さはぬぐえていない。

 彼らは露骨に、俺へ敵意を向けていた。


「……耳に入れる程度なら、可能でしょう」

「是非!」


 俺は、それを危ういと感じていた。

 おそらくクロー殿は、その危うさを認識していない。

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― 新着の感想 ―
[一言] サンスイは頭が良くないと自分では言うけれど、作中で語られる、最強がいくつあっても良い、という考えと同じで、サンスイは頭良いと感じるシーンが多い。作者のそれがキャラを通して滲み出てしまっている…
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