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称号

久しぶりに山水視点。

出番が少ない剣聖はそれでも最強です。


 貴族のパーティー、それもソペードではなくバトラブで。

 小汚い恰好をしている小僧っこ、という意味では俺は相変わらずであり、とてもではないが爵位を得ている貴族の当主には見えないだろう。

 だからこそ仙人のため気配が薄い俺でも、目立つという意味はある。もちろん、ソペードがそれを望んでいるのであって、俺は目立ちたいと思っていないのだが。

 もちろん、逃げ隠れするなとお父様やお嬢様から命令されている以上、普通にパーティー会場をうろつくだけである。

 そうしていると、仙人ではなくても耳に入ってくる言葉があった。


「アレが……さらし首」

「晒し首の……」

「異常者だな……」

「恐ろしいわ……」


 人の噂も七十五日というが、悪い噂はいつまでも残る。

 俺が月の晩に大量の殺人を行った事実は、微妙に脚色されながらもバトラブの貴族たちに伝わっていた。

 というか、晒し首のインパクトが強くて、他の情報があんまり入っていないらしい。


「あんな子供が、百人以上も殺して、首を落としたのか」

「猟奇的だわ……死体を辱めるなんて」

「いやいや、賊を討つ際に首を落としたと聞いているぞ」

「どちらでも一緒だ……わざわざ首を落とすなど、正気ではない」


 顔が赤く染まるのを感じた。

 恥ずかしいというか、辛い。お嬢様に命令された以上、首を切り落とすことに執心したことを間違いとは思っていないが、晒し首だ何だと発言したのは俺に他ならない。

 本当に、人生後悔先に立たずである。

 少なくともこの世界に来た当初は、晒し首という異名で呼ばれる男になりたいと思っていたわけではないのだが。

 貴族の方々の言葉も耳に痛いが、給仕をしていらっしゃる面々も俺を避けているようだった。

 確かに、俺の娘であるレインでさえ、私のお友達の首を切り落とさないで、と俺に言っていたぐらいだ。普通に怖いだろう。

 お父様としては、そういう周囲からの評価にも慣れておけという思惑があるのかもしれないが、俺のコミュニケーション能力ではそんなことは不可能である。

 そもそも、バトラブの貴族なんて全然知らないし。

 よく考えたら俺が知っている貴人というのは、四大貴族と王家、その当主の方々ばかりではないだろうか。人生に偏りが生じ過ぎている気がする……。


「失礼します」


 そんな悩める異常殺人鬼に、尊敬の念を向けながら話しかけてきた御仁がいた。

 なかなか奇特な方であるが、正直うれしくもある。俺は見上げながら挨拶をしていた。


「ソペードの切り札、シロクロ・サンスイ殿ですね」

「はい、その通りです。失礼ですが、貴方は……」

「申し遅れました、クロー・バトラブと申します」


 俺が小柄であることを差し引いても、とても大きい男性だった。

 ただ背が高いだけではなく、筋骨隆々、分厚い胸板、広い肩幅。

 まさに偉丈夫、武人というお姿である。それで立ち振る舞いに威厳があるのだから、まさに武門の名家というところだろう。

 そして、俺はトオンの部下になった生徒の一人から聞かされていた言葉を、思い返しつつ握手を交わしていた。


「貴方は私のことを覚えていらっしゃらないかもしれませんが、初対面ではないのですよ『雷切』殿」

「そうですか……」

「こうして、この国最強の剣士とお会いできて光栄です」


 周囲から、好奇と警戒の視線が集まってくる。

 無理もない、俺のことを『雷切』と呼ぶのは、敬意以上に怨恨の意味が強いのだから。

 ほぼ間違いなく、彼が元近衛兵だという御仁だろう。


「……ふふ」

「……よろしくお願いします」


 どう見ても、大人と子供という体格差だった。

 はたから見れば、若き英雄と貧民の子供が好意から握手をしているようにしか見えないだろう。

 しかし、実際には元近衛兵というこの世界最強水準の天才と、五百年修行した仙人が握手しているわけである。

 そのあたりを知らないとしても、ボコられたほうがボコったほうに握手を求めているのだから、何かあると思っても不思議ではあるまい。


「本当に、お変わりありませんね。剣聖殿」

「ええ、お恥ずかしい限りです」


 不思議と敵意は薄いが、それは周囲に伝わっていない。

 そりゃそうだ、一対一で尋常の勝負をしたのではなく、百対一で戦って負けたのだ。

 怨恨が残っていないほうがおかしい。よって、周囲の反応は適切だった。


「よろしければ、少し離れた場所でお話をできませんか」

「かまいません」


 変な話だが、パーティー会場では誰にも話を聞かれないためのスペースがいくつか存在する。

 もちろん、そういう場所に密偵とかがいたりすることもあるが、今回はそんなこともないようだった。

 少しばかり歩いて、会場に備え付けのバルコニーへ向かう。


「この度は、ハピネ様やサイガ様を護衛していただき、ありがとうございました」

「いえいえ、これも役目ですので」

「切り札とたたえられるお二人が不在な状況でしたので、少々不穏なこともありましたが……特に戦乱などに発展することもなく、こうして平穏を保っております。とはいえ、近くの国でなにやら新兵器が開発されている、とのうわさもあり……やはり切り札の方にはいていただいたほうが心強いですね」

「私のような一介の剣士ではどこまでお役に立てるかわかりませんが、この国を守るために全力を取す所存です」


 師匠や正蔵はともかく、俺や祭我の場合は一人で敵軍を殲滅させるなんてことはできない。

 よって、普通の軍隊を主役に据えて、俺や祭我がいざという時のために活動をすることになるわけだが……。


 いや、よく考えたら正蔵と師匠がおかしい。

 一個人が国を滅ぼせるって、軍隊からしたら意味わかんないレベルだ。

 俺や祭我は地球だったらそこまでぶっこわれた扱いじゃないけど、あの二人は地球でもやばい扱いだ。


 とにかく、普通に強い味方がいるのはありがたい。

 俺は素直に彼のような、まじめで普通に強い戦士の存在を喜んでいた。

 まあ、挫折させたのが俺というのは、正直嫌な気分になるところだが。


「……私にとって、あの戦いは苦い物でした。できれば、戦いたくない相手でした」

「そうですか」


 童顔の剣聖と呼ばれたところで、俺は結局ソペードの剣士でしかない。

 ソペード全体の美点を多く知る身ではあるが、あの戦いは明らかに悪い点だった。

 近衛兵が威張り腐っているどうしようもない集団、というのならそれなりに正当性もあるのだろう。

 だが近衛兵は本当に強くてまともで、騎士の規範となる面々だった。

 その彼らの誇りを、真正面から粉砕した。剣士として、恥じる思いである。


「貴方は……ソペードの剣士として『正しい行動』をなさいました。少なくとも私は、そう思っています」

「そういっていただけると、幸いです」


 あの一件で統括隊長殿が引退した、というのが本当に心苦しい。

 何だろうか、ワープしてくる剣士って。希少魔法が使えるだけの子供だと思ったら、五百年以上修行している仙人って。

 完全に悪質な詐欺案件である。


「やはり、ソペードは厳しい方ですか」

「その分厚遇していただいておりますので、不満はありません」


 もちろん、口だけだ。不満はある。

 厚遇してもらっているからといって、それで不満が帳消しになるわけがない。

 しかし、この世界の社会水準もよく知っている。

 ソペードに拾われていなかったら、それこそもっと汚い仕事を薄給で押し付けられていただろう。

 よって、不満はあるが我慢できるレベル、という認識である。

 大体、木刀を振るう以外にとりえのない男が、そんなに金を稼げるわけがないのだ。


「そうですか……やはり、貴方がソペードと出会ったことは、双方にとって幸運だったのでしょうね」

「ええ、天の采配に感謝しております」


 言っててなんだが、天って何だろう。

 もちろん今の俺に最大級の影響を与えたスイボク師匠との出会いは、完全に神の作為だった。

 しかし、ドミノの皇族として生まれたレインが跡目争いでアルカナへ連れ出され、そのまま俺たちの暮らしていた森へ連れ込まれなければ……。

 俺は師匠とずっと一緒に、素振りをしていたに違いない。

 天の采配がどの程度なのかはわからないが、何もかもが運命だとは考えたくないところである。

 というか、その場合俺が近衛兵と戦うことも、運命だったということになるし。


「……ふふふ」

「どうしましたか」

「武骨な武人である私にも、貴方の表情を見れば複雑な心中が見て取れます」

「お恥ずかしい……」

「いえいえ、そのほうが親しみがわきますよ。少なくとも……心のないものに負けたわけではない。そう納得することができますから」


 それはまあ納得できる。

 確かに俺だって、昔の祭我に負けるのと今の祭我に負けるのだったら、今の方が大分ましだと思うし。

 余分なことだとは思うのだが、戦う相手にも品格をある程度求めてしまうのは仕方がない。


「そんなものですよ。私も童顔の剣聖などと呼ばれていますが……子供に見えるので童顔というのは適切ですが、聖人君子には程遠い。剣聖という二つ名を、重く感じてしまいます。それに比べれば……晒し首という異名も納得するしかないのでしょうね」

「それは、ちがいます。貴方はただ命じられたことをこなしただけ……少なくとも私は、貴方のことを剣聖に恥じぬお方と思っています」

「剣聖に恥じぬ、ですか……私は剣聖という称号自体が、実態の存在しない虚構に思えて仕方がありません」


 剣聖と呼ばれているが、やっていることは暴力であり人殺しである。

 しかし、それが剣聖として恥じぬ行動、実績だというのなら、それは剣聖という称号そのものが文字として矛盾しているように思える。

 剣聖が単純に剣術の指導者、という程度ならまだいい。しかし、実際に人を切り殺して、それでもなお聖人として尊ばれるのであれば、それは他の聖人扱いされている面々に申し訳なく思う。


「所詮、人を斬ることだけが取り柄の男です。そうたいしたものではありませんよ」


 俺の言葉はしっかりと通じていた。謙遜ではなく卑屈気味な自嘲だと、彼に伝わっていた。

 にもかかわらず、彼はそれでも感銘を受けていた。

 

「そんな貴方だからこそ、剣聖と呼ばれるのでしょう。貴方には尊敬する師がいらっしゃると伺いました。貴方が師を尊敬するように、私どもは貴方を畏怖し目標としているのです」


 俺が指導している近衛兵も数人いる。

 その彼らも、確かに俺へ敬意を向けていた。


「貴方が自分を剣聖と、聖人と思わなかったとしても問題ではありません。貴方の立ち振る舞いは、この国の騎士や兵士たちにとって、規範となる素晴らしいものです」


 そう言って、俺の手を取る。

 剣を長年振るって分厚くなった剣士の手を、同じように分厚い手が握っていた。


「その貴方に、見てほしいものがあるのです」

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