権威
何事にも、権威というものは重要である。
ある種信用と言い換えてもいいこれは、なかなか手に入れることができない。
そして、ある時突然この世界に現れた祭我が、権威を持っているわけがない。
この世界ではなんの後ろ盾もない瑞祭我が、バトラブの次期当主になったことに対して、周囲から反発がないわけもない。
確かに『今』の祭我はとても強いが、だからと言って『当主』の座を与えるなどありえない。ソペードが山水に爵位を与えたように、貴族にしてやる程度でも十分なはずだった。
しかし、バトラブの現役当主が彼を信頼していることや、ハピネがとても乗り気だったこと。
そして、あるとても分かりやすい権威を掌中に収めていたことが、とても大きかった。
「おお……なんと神々しい……」
「アレが八種神宝の一つ、最強の神剣エッケザックスか……」
「神が人間に与えた、人知を超えた武器ですか……」
遠い異国の王女、スナエ。彼女に認められた、ということもそれなりには意味があった。
今回大量の宝物を持ち帰ったこともあって、騙りではない本物の王女であると判明した今、スナエに認められた祭我には価値があった。
しかし、それ以上に権威を示していたのは、最強の神剣エッケザックスだった。
祭我や山水たちにしてみれば、八種神宝はそこまで貴重には思えなかった。なにせ、破滅の災鎧パンドラを除いて、すべてに会ったことがあるのである。
伝説の武器というよりは、知り合い。そうした認識がないではないのだが、周囲から見れば違うのだ。
なにせ、神が作った自意識のある道具である。その道具がバトラブの次期当主を所有者と認めている。それをありがたがる貴族はかなり多かった。
もともと祭我だけではなく各家の切り札たちは、ソペードが抱える山水への対抗心で保護雇用されている面が強かった。
しかし、五つもの神宝を個人で得ている右京や、長年パンドラを所有していたディスイヤに加えて、カプトまで生存の箱舟ノアを手に入れていた。
ソペードを除いて、すべての家が八種神宝とその使い手を得ている現状である。エッケザックスとそれに選ばれた祭我を軽く扱うことはなかった。
「新しい当主様は、我ら全体で盛り立てていかねばな」
「うむ、それがバトラブの傘下としての務めだ」
「然り然り」
改めて言うが、バトラブは保護主義である。
一切後ろ盾を持たない祭我がバトラブの当主になっても、実質的なパワーバランスは一切動かない。
他の四大貴族や王家への対抗意識、現在の有力者たちに気に入られていること、特定の家が強烈に恩恵を受けるわけではないこと。
それらの理由によって、現状が維持されることを悟っているバトラブの傘下貴族たちは、内心面白くないと思いつつも消極的な賛成をしていた。
「エッケザックスを抜いていてよかった……」
「うむ、そうであろうそうであろう!」
バトラブの当主は王都で仕事をしているため、ハピネと祭我を主賓とする帰国祝いのパーティー。
その中で好機の目を向けられているエッケザックスに対して、祭我は素直に感謝していた。
所有者を選ぶ機能を持った神剣が、主と認めているのである。確かに権威はものすごいのだろう。いわゆる伝説の勇者感があるのだ。
「最近活躍はご無沙汰だったものね、こういうとき役に立ってよかったじゃない」
「なんじゃと!? ではハピネよ、お主はなんの役に立っているのじゃ!」
「な、なんですって!」
最近祭我が強くなりすぎていることもあって、出番のなかったエッケザックス。
その彼女の『活躍』をハピネがあざけったところ、エッケザックスはとても根本的なことを持ち出していた。
本人も自覚があるだけに、パーティーの最中ながらとても怒っていた。
とはいえ、ここはバトラブの領地である。
四大貴族の本家は、各々の領地では王にも等しい権限を持っており、多少の粗相は笑って流されるのだ。
笑われるが、流されるのだ。
「ハピネもエッケザックスもやめてくれよ……みんなに笑われてるだろう」
「そうですよ、お二人ともそれぐらいに……」
当たり前だが、仲間が周囲から笑われると自分たちも恥ずかしい。ツガーと祭我は、そろって二人を止めていた。
パーティーだということを、少しは理解してほしいところである。特にドゥーウェからの嘲笑の視線がすごかった。
「ふん」
「ふん」
と、年頃の娘としてふるまうハピネと、年頃の娘のようにふるまうエッケザックス。
それらはどちらも、そうした粗相の許される立場であった。
少なくとも山水も祭我も、そうした行動が許されるわけもない立場である。
さて、その山水である。ほんの一年ほど前までは、如何に強くとも貴族ではないということでパーティーに参加することのなかった彼であるが、今は立派に貴族である。
それも、ソペードの武芸指南役の総元締めであり、ソペード全体の筆頭剣士である。
ソペードに所属するすべての武人の頂点であり、その彼らへ指導を行うという役職の人間である。
もちろん土地や部下などは特にないが、その権威はソペード内にとどまらない。
なにせバトラブの次期当主さえ、剣術に関しては彼の生徒なのだ。超絶の剣技によって殺さずに立ち回れる、という点も含めてカプトからも尊敬を集めている。
「サンスイ」
「はっ」
だからこそ、山水に近づこうとする気配もほどほどにあった。中には、悪意を持つ者も少なからずいる。
加えて、悪意よりもさらに性質の悪い考えを持ったものも、近づこうとしていた。
ソペードの前当主は、己の脇に控えている山水へ指示を出していた。
「いつまで猿のつもりだ、少しは自分で解決しろ」
「承知しました」
山水としては、ドゥーウェの近くにトオンがいるので、気を使ったつもりで前当主の脇に控えていた。
しかし、そうした配慮とはまた別に、ソペードの前当主の近くにいる限り、そうそう山水へ声をかけることはできない。
山水としてはそうした連中を相手にするつもりがなかったのだが、前当主はあえて突き放していた。
「非常時には呼ぶ。それまで適当に肉でも食っていろ」
「はい」
いざとなればこちらに頼ってもいいが、基本的に自分で何とかしろ。
こうした社交界で、自分へ話しかけようとしてくる輩のあしらい方を学ぶのも、貴族としては必要なことだ。
そう言外に伝えられた山水は、頷いて下がる。
山水は頭がいいわけではないがとても察しがよく、意図をもって語れば確実に応じてくれる。
ドゥーウェもその父も、そうした点をとても頼もしく思っていた。
実際のところ、今はまだ山水も祭我も、どんな安易な約束をしても現有力者が雷を落とすだけでなかったことにできる。
そして、山水も祭我もそれなりに教養があり、精神的な偏りも少ない。
絶対的な武力を持つ者でありながら、それ以上の使い手を尊敬しているがゆえに傲慢でもない。
ここが社交界の場ではあっても、外交の場ではないこともあって、ソペードの前当主は特に心配をすることもなく彼を送っていた。




