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光輝

 バトラブの保護主義は、ある程度以上の層にとってはありがたいことだった。

 例えばソペードで領主が度を超えた(・・・・・)失敗や汚職をしたとする。まず間違いなくお家断絶、そのまま一家離散ないし一族郎党皆殺しである。

 もちろんそれによって生じた空席に、下の者が入り込むことができるわけだが、当然緊張感は発生する。

 対するに、バトラブの場合はその領主が責任をとって辞任したり、場合によっては処罰を受ける程度で済む。本来の跡取りが引き継ぎ、その家そのものは残るのだ。

 もちろん、度を超えた、をさらに超えるような常識外の場合は流石にその限りではないが、今のところそんな判例は存在しない。


 繰り返すが、ある一定の富裕層以上の地位にいる場合は、家の存続が保障されている。

 それは逆説的に言って、ある一定以下の層の者は決して出世できないことを意味している。

 とはいっても、バトラブという四大貴族は『保護主義』である。その層から出ようとしない限り、それなりの生活は保障される。

 具体的には、税金がそんなに高くない。出世できるわけではないが、それなりには治安が良く、安定した社会を形成している。

 よって、危険でも儲けたい者はディスイヤに向かい、危険でも成り上がりたい者はソペードか王家直轄領地に向かうのである。


「よう、久しぶりだな」


 つまりは、山水の生徒たちの中にもバトラブ領地出身の者がいるということだった。

 トオンの部下ということで今回の『遠征』に赴いていた彼は、久しぶりの故郷で誰に気づかれることもなく酒を飲んでいた。

 もちろん彼の故郷にもソペードで出世したという一報は届いていたのだが、それも一年ほど経った今忘れられていた。

 宝貝をすべて脱いで一般人に溶け込んでいるのだが、その彼をみつけた顔なじみが話しかけていた。


「……ああ、お前か」


 たまたま偶然出会った、というわけではないと山水の生徒は悟っていた。

 少々酒が回った身ではあるが、それでも目の前の相手の体格が明らかに戦闘向けになっていることは、流石にわかる。

 自分もそうだが、相手も随分と色々あったようだった。


「隣いいか?」

「ああ、好きにしろ」


 山水からは、目だけではなく脳でも相手を見ろと言われている。

 その教えに従って、相手のことをよく観察する。

 筋肉はともかく、ぜい肉が少なすぎる。顔色からしても、身を持ち崩しているようにも見えない。


「聞いたよ……お前、王都でソペードの当主様に取り立てられたんだってな」

「ああ、運がよかったよ……今となっては、野垂れ死にをしなかったのが不思議なぐらいだ」

「そうか……いい師匠に会えたみたいだな」


 少々疑問を感じつつ、周囲にも目を配る。どうやら、正真正銘一人で、周囲に仲間らしい影は見当たらない。


「お前の体を見るだけでもわかるよ……強くなったな」

「お前こそな……お前もどこかで取り立てられたのか?」


 裏社会の人間になったわけではなさそうだった。

 ディスイヤなりどこなりで用心棒になったにしては、体を鍛えすぎている。ずいぶん節制していることは明らかだし、目にも光が宿っていた。


「ああ、バトラブ領の中で取り立ててもらった」

「……なんだと、バトラブで? どこかの家の養子になったのか?」

「少々変わったお人でな、俺みたいなやつにも声をかけてくれたんだよ」


 このバトラブ領では、先祖と同じ仕事に就くことが当然とされている。

 それに反するものは不良扱いであり、家系が異なるなら間違ってもバトラブ内で常備軍や憲兵になることはできない。

 裏技として血の絶えた家の養子になるという手もあるが、それも同じ階級の家から養子をもらうのがほとんどなので、まずありえないことだった。


「そうか、それはよかったな」

「お、信じてくれるのか?」

「目を見ればわかるさ」


 ソペードに取り立てられた自分に対して、卑しさがない。

 それはつまり、現時点で自分を利用しようとしていないということだった。

 わざわざ嘘をつくとも思えないので、とりあえず続きを促す。


「嘘みたいな本当の話ってやつだ……でだ、お前に聞きたいんだが、ソペードの切り札だっていうサンスイ。その人ってのは、本当に強いのか?」

「ああ、強い。本当に強いよ」


 素直に、心の底からそう評価する。

 山水の生徒たちも、全員が彼を崇拝しているわけではない。熱狂的に感謝している者もいないではないが、それはごく少数だった。とはいえ、気持ちはわかるのでそれほど異端視しているわけでもない。

 どちらかといえば、異端なのは山水本人やその師匠であるスイボクであろう。当人たちも認めるところだが、悠久の時を武に捧げる精神性はまさに真似できないものがあった。

 とはいえ、感謝していない者もいないし、強いと思っていない者もいない。

 はっきり言えば全員が彼ら二人の強さへ畏怖の念をむけ、かつその強さに納得と理解を示しているのだった。


「その、なんだ……噂じゃあ近衛兵よりも強いって話だが」

「ああ、本当だ。本当に、近衛兵よりも強い」


 五年ほど前に、近衛兵の名誉は地に落ちた。

 ドゥーウェ・ソペードの護衛でしかない一人の希少魔法の使い手を相手に、全滅するという言い訳の余地がない結果。

 それで、近衛兵が強いと思われるわけがないのだ。


「ここだけの話だがな、サンスイさんから剣の指導を受けている奴の中には、近衛兵が混じってるんだ。三人ぐらいだけどよ」

「本当か?!」

「ああ、本当だ。殺気を込めて打ち込んでくるんだが、サンスイさんはあっさりと打ちのめすのさ」

「そうか……」

「ただな、勘違いするなよ。近衛兵ってのは強いんだぜ」


 山水にとっても、山水の生徒たちにとっても、近衛兵が混じっているのは幸運なことだった。

 それによって、山水の生徒たちは自分たちの身の程を知ることができたのである。


「現に俺も同僚も、一度も勝てたことがない。いや、一度か二度は勝ったことがあるかもしれねーけど、ほとんど歯が立たない」

「そ、そうなのか?」

「ああ、俺らの上司であるトオンの旦那でもかなり苦戦する……もちろん、魔法を抜きで、剣だけでだぜ?」


 近衛兵が弱いのではなく、山水が常識外れに強いだけ。

 実際のところ、山水の生徒たちは自分が強くなったからこそ、身近で近衛兵と稽古をするからこそ、彼らとの差を痛感していた。


「正直、強くなってるなって思ってたが……近衛兵の連中と比べるだけで、自分の身の程を思い知るぜ」


 山水の生徒である自分たちは、山水と自分を同一視することがたまにあった。

 山水が強いのだから、自分も強い。強いのだから、偉いのだ。

 そういう思い上がりは相手を侮ることにつながるのだが、近衛兵と戦うだけで一気に冷めてしまう。


「才能だけじゃねえ……ガキの頃から、必死で強くなるために頑張ってたんだろうぜ……」


 上には上がいる、という段階にさえ自分たちは達していない。

 山水に指導され、必死で自分を鍛えたわけであるが、それでも近衛兵にさえ及ばないのだ。それで山水に勝てるわけがない。

 そうした現実を、山水の生徒たちは思い知っていったのである。


「そうか……そうか! そうだろう、近衛兵は強いだろう?」

「なんだよ、気持ち悪いな……」


 素直な評価に対して、バトラブで出世したという彼はやたら喜んでいた。

 ばしんばしんと、ソペードで出世した彼の背中をたたいている。


「正直、サンスイさんに比べれば大したことはねえ、とか言い出すかと思ったが……」

「そりゃあまあな、サンスイさんに比べれば、な。でもまあ……俺たちなんぞとは格が違うよ」

「……実はな、俺を取り立ててくれた人は元近衛兵で……『雷切』に負けてバトラブに帰ってきた人なんだ」

「……『雷切』だと?」


 邪気のない眼で、ソペードで出世した男をバトラブで出世した男は見る。


「クロー・バトラブ……その人が、サンスイって人に会いたいらしい」

「で、俺に顔を繋げろって? バトラブの分家筋だろ、普通に会えばいいじゃねえか」

「もちろん、そっちからもアプローチするさ。ただ……根回しだと思ってくれ」


 ソペードで出世した男は、目の前の相手の目にまばゆい輝きがあることを感じていた。

 それは、今の自分にないものだと、直感的に理解していた。


「俺の、俺たちの主であるクロー様は、バトラブを変えたいと思ってるんだ」

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