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軍楽

 アルカナ王国は連合王国とも揶揄される。

 王国であるにもかかわらず四大貴族の発言権も領地も極めて大きく、はっきり言ってアルカナ王家は王国の半分さえも掌握していない。

 加えて、アルカナ王家の領地は一切外国と接していない。隙間なく四大貴族の領地で囲まれており、王家の人間が国外へ出るには必ずいずれかの領地をまたぐのだ。

 東にカプト、西にディスイヤ、北にソペード、南にバトラブ。

 王家を守護する四つの家であるが、王家が心底から彼らをそう思っているわけではないことだけは明記しておく。

 とはいえ、国境の守りを他の四つの家が担当している、という点に関しては全面的に真実である。特にアルカナ王国の海岸線を独占、もとい全面的に請け負っているディスイヤは、常に外敵や海賊の危険にさらされていると言えた。

 財力をうたうディスイヤでさえそうなのである、ソペードと並んで武門の名家を名乗るバトラブが、国境に強大な都市を建てるのは当然だった。


「おかえりなさいませ、ハピネ様!」

「おかえりなさいませ、サイガ様!」

「おかえりなさいませ、スナエ様!」

「ようこそ、前ソペード様!」

「ようこそ、ドゥーウェ様!」

「ようこそ、トオン様!」


 国境沿いのその都市を視界に納めたところで、多くの兵隊が帰国した使節団を迎えていた。

 歩兵騎兵だけではなく、楽器を持った軍楽隊が雄々しく打楽器や管楽器を鳴り響かせていた。

 特に聴衆がいないにもかかわらず、都市に入る前からパレードが始まっていた。


 馬車の中でもうるさいと感じる音量に耐えつつ、しかし演奏そのものの見事さには誰もが感心していた。

 なにせ行進しながら一糸乱れぬ演奏をしているのである、並々ならぬ練習を日常からしているのだと、音楽の素人でもわかることだった。


「どう? バトラブの軍楽隊は建国当時から続く、歴史ある由緒正しい部隊なの。建国時からの家系の者だけで構成されていて、生まれたときからずっと練習に明け暮れているエリートたちなのよ!」


 ふふん、と自慢するハピネ・バトラブ。

 自分の実家のことなので、当然のようにふんぞり返っていた。


「それだけじゃないわ、こうしたパレードに参加する常備軍の者たちも何代も前からバトラブに仕える、騎士の家系の出身者ばかりなのよ!」

「ほほう、確かに一糸乱れぬ行進ぶりだ、よく鍛えられているな」


 馬車の外を眺めるスナエは、素直に彼女の実家が抱える軍勢を褒めていた。

 一糸乱れぬ行進、というのは訓練しなければ維持できるものではない。

 だからこそ、その彼らの装備や体つきを見れば、国の軍事力はよくわかるのだ。


「その彼らが哀れだな、忠義を尽くす相手がお前なのだから」

「な、なんですって!?」

「本当のことを言ったまでだ、よく鍛えられていると思うが相手がお前では、彼らもやりがいがあるまい」


 反論しにくいハピネは祭我に救援の視線を送るが、当の本人がその光景に圧倒されていた。

 確かにやろうと思えば一蹴できる程度の数であるが、彼らの忠誠心がやがて自分に注がれるのかと思うと、胃が痛くなる思いだった。

 そう、バトラブはアルカナ王国四大貴族の一角である。後々になれば、自分の命令で彼らが動くのだ。それは決して軽いものではない。


「スナエ、彼らの忠義を重く受け止めるのであれば、いたずらに挑発するものではないぞ」

「も、申し訳ありません……」


 正しい反応をしている祭我を気遣いつつ、トオンは妹を正していた。

 その一方で、妹同様に感心もしている。馬車の外にいる兵士たちは、皆が指先まで神経をとがらせつつ、武装したまま行進していた。日頃の訓練の賜物であろう。


「ソペードは競争主義であり、バトラブは保護主義だ。ソペードにはそれほど長く続く家系は多くなく、続いていたとしても規模がそのままとは限らない。しかし、バトラブは先祖代々、領地の変更などもない。良くも悪くも、家の格はそのまま維持され続けているのだ」


 よほどのことがない限りな、と言外ににおわせつつ、ソペードの前当主はバトラブを評価していた。


「先祖がバトラブへ忠義を誓っているからこそ、自分の子孫も生活が保障される。それを理解している彼らは、功に逸ることがなく崩れにくい。良くも悪くも、命令に忠実な軍隊を組織しているのだ」

「なるほど、それはそれで利点ですな」


 それなりの権限がある指揮官であっても、功績を求めて勝手な行動はとらない。それは確かに軍隊としては利点といえるだろう。


「何事にも、最善というものはない。バトラブは腐敗や惰性がある程度存在しており、一度没落してもなかなか切り捨てにくい。卵が先か鶏が先かであるが、我がソペードとしては耐えがたい制度だな」

「そうですわね、お父様。血筋だけの相手に土地を任せるだなんて、想像するだけでもうんざりするわ」

「とはいえ、我がソペードでは足の引っ張り合いも少なからず起きている。それはそれで、よいこととは言えない。それに……ドミノのように潔癖を過ぎさせれば運営そのものが立ち行かなくなる。どう納めるかは家風や当主が決めればいいことだ」


 競争には競争の強みと弱みがあり、競争故の腐敗がある。

 それを素直に認めている前当主は、あえて外に見とれている祭我に聞こえるような声で話していた。


「重要なことは領地が運営されていることだ。主義はあくまでも政治の指針であり方針でしかない。それを理想として絶対視すれば、領民ぐるみで自殺することになる。歴史上、そんな国はたくさんある。そうではないか、トオンよ」

「はい……確かに」

「ふん……」


 素直に応じるトオン、その精悍な顔を見て前当主はいら立ちを隠せなかった。

 もう少し咎める点があればかわいいものだったが、ここまで満点の男だとかえって腹が立つ。

 もちろん、難癖であることも理解しているのだが。


「それにしても……この兵隊どもはなぜ楽器を必死にならしているのだ」


 一方で、テンペラの里の出身者たちは軍楽隊の存在そのものが理解できないらしく、外の光景を不思議そうに眺めている。

 ランは疑問を口に出しているが、他の面々も全面的に賛同しているようだった。

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