敗因
トオンとドゥーウェ、文字通り新婚夫婦はとてもいちゃついていた。
それを間近で見ているソペードの前当主を、山水は幾度かの実力行使を交えつつ静止していた。
なぜ二人っきりにならない。簡単すぎる打開策であるが、山水はそれを口にしなかった。
自分の親さえからかう対象にするドゥーウェの傍若無人さを、よく知っているからだろう。
「それはそうと、もうすぐバトラブの領地ね」
行きでは半分ぐらい素通りした、バトラブの領地。
帰りということや、バトラブに持ち帰る予定の『返礼』を置く関係もあって、そこそこ滞在する予定である。
その関係もあって、ドゥーウェは話題を切り出していた。
イチャイチャしつつも、ふと思ったことは口にしていく。それが我儘な姫というものである。
まあ、ずっとイチャイチャしていても飽きるのかもしれない。なにせ半年馬車の旅であるし。
「ハピネの男は、バトラブの次期当主として認められているのかしら」
「認められているわけがあるまい、認めようがない」
ざっくりと、話題が切り替わったことに安堵しているソペードの前当主が言い切っていた。
「王都の近くにいるだけの男を、どう認めろというのだ」
「手厳しいですな、ですがその通りだ。それは我が弟の考えるべきことですね」
国を長く離れている男が、王になれるわけがない。それを自覚しているトオンは、前当主に全面的な肯定をしていた。
要するに、まだまだこれからである。
「あの小僧は、これから嫌というほど苦労をする。後悔は先に立たず、お役御免まで胃を痛くすればいい」
「あらあら、お父様はお役御免まで勤められると思っているの?」
「無論だ……前にも言ったが、当主であれ王であれ、誰がなっても同じだ。バトラブの役人どもを皆殺しにすると言い出さない限り、バトラブを内側からつぶすことなどできるわけもない」
祭我のことを信頼しているというよりは、バトラブの社会体制そのものを信じているといわんばかりだった。
少なくとも、バトラブだけが際立って経済状況が悪いとはなっていない。少なくとも、今のドミノと違って神宝をもつ英雄が必要というわけではないのだ。
普通にやっていれば、それだけで任期は全うできるといわんばかりである。
「第一、あの小僧は完全にどの家とも無関係だ。あの小僧がバトラブの当主になっても、どこの家も得をしないが損もない。それに、今回遠い異国とも太い外交の縁を結んだ。遠い異国の宝を大量に持ち帰ったというだけでも、それなりの外交成果ではある。珍しいものは、それだけで価値があるからな」
ドミノの亡命貴族から分捕った財宝も相当数あるので、この地方周辺の財宝は供給過多に近かった。それが遠い異国の品々に変わって帰ってきたのだから、それだけでも周囲に自慢できるだろう。
スナエの嫁ぎ先ということでマジャン=ハーンも奮発したので、バトラブの貴族たちからの心証はそう悪い物にはならないはずだった。
「あらあら、意外と褒めるのね?」
「事実を言っているだけだ。アレはそこまで愚かでもないしな」
「まあいいわ、その次期当主様がサンスイに三回挑んで三回負けたことを、今後もからかえそうだしね」
既に、祭我は山水との格付けを済ませてある。
なにせ、今の祭我は山水の弟子なのだ。もう言い訳のしようもないほど、きっちりと上下関係は明らかだろう。
他の切り札たちは運用方法が完全に違うので比較できないが、山水と祭我には明確な序列があるのだ。少なくとも、客観的には。
「……それで、サンスイ」
しかし、そこでやや気弱そうな雰囲気を見せた前当主が、なかなか聞きにくそうに尋ねていた。
そう、以前山水の師匠であるスイボクが、全員を驚かせたことを思い出したのだ。
「今のお前とサイガ、戦えばどうなる?」
もう両者が戦うことはない、とはわかっている。しかしそれはそれで、気にはなるのだ。
どうでもいいことではあるのだが、それでも自分の信じる剣士が劣るというのは、正直気分がいいものではない。
「ああそれそれ……正直、私は貴方が負けるとは思えないのよね。もちろん、スイボクさん以外だけど」
わかり切ったことではあったのだが、山水がスイボクと稽古をして実際に負けたときは、全員がその結果を信じ切れずにいた。
もちろん山水が打たれ弱いことは知っているし、打たれればそれまでということも知っている。しかしそれでも、当たるわけがないと高を括ってもいたのだ。
それはドゥーウェだけではなく、山水をよく知るものほど顕著だった。
まさに、『無敵神話』に近いものがあったのだろう。それが幻想であると本人が否定していても、当人の不敵さがそれを打ち消していたのだ。
「今の祭我と戦えば、私が勝つでしょう。私はそれが勝ちとは思えませんが」
「そうですね……悔しいですが、私の場合もそうなるでしょう」
聞かれるだろう、と思っていたこともあって山水は速やかに返答をしていた。
それに対して、トオンも頷いている。おそらく、そういうものだと彼も思っているのだろう。
「どういう意味かしら、トオン」
「どうもこうも……私もサイガもランも、今ならある程度はサンスイ殿と戦える。その程度には実力をつけたつもりです」
ランは膨大な悪血による常時強化と反射神経で。
トオンは山水と同等の強化ができる宝貝と、成熟した影降ろしによって。
祭我は予知や尋常ならざる強化、加えてエッケザックスによる増幅によって。
それぞれがある程度の戦闘を可能にしている。特に祭我は、短期的にははるかに凌駕するだろう。
「ですが……サンスイ殿が長期戦に持ち込めば、それだけで馬脚を現してしまう」
機を己の物とする。
集中した極限状態で可能になる会心の一撃を、技術として習得する。
それ自体は、そこそこ場数を踏んでいる戦士になら、完全に習得している者が長期間指導すれば伝授は可能だった。
だが、それが常に維持できるかというと話は別だった。
「サイガは時力が尽きて予知が不可能になれば、ランは戦闘が長期化して興奮が高まれば、『不惑の境地』が維持できなくなるのです。私に関しては、言うまでもありません」
相手が雑魚で戦闘が数分間なら、山水やスイボクと同じことができる。
それが今の武芸指南役やらトオンの部下になっている面々の、到達している状態である。
祭我は占術によって多少マシになっているし、トオンは元々の技量の高さもあってそれらよりはましになっている。
それでも、相手が山水で戦闘が十数分に及ぶとなれば、流石に途切れてしまうのだ。
ランの自己制御も、戦闘が長引けばほつれてしまうことはわかり切っている。
「そういう意味では、私たちとサンスイ殿の間にある壁は、フウケイ殿を相手に不覚を取った時と変わっていないのです」
「なるほど……道理だな」
それを聞いて安心するのが、ソペードの前当主だった。
確かに納得できる理屈であるし、おそらく自分が生きている間には絶対に埋まらない溝だった。
不惑の境地とはよく言ったもの、惑う可能性があるうちは不完全であり、不完全ということは完全な相手に及ばないということだった。
そう、確かに力量の差は埋まりつつあるが、それはあくまでも火力や一瞬の攻防でしかない。
山水の最大の強みである、安定感。それに対してスイボク以外の誰もが、まるで及べていないのだ。
というよりも、スイボクをして五百年費やしてようやく到達させることができた今の山水に、他の人間が人間の寿命の範囲で追いつけるわけがない。
「トオン様のおっしゃる通りです。ですが、私も師匠もそれを勝利とは認めませんし、実力差があるとは考えません。勝てない状況がある、というのは己の弱さに他なりません」
策略や試合の条件付け次第では、絶対に勝てない状況になってしまう。
であれば、山水にしてもスイボクにしても勝てないことと同じだった。
「もちろん私も、ご命令とあればソペードの切り札として必勝を前提とする戦いをします。ですがそれは、バトラブを代表する祭我様も同じでしょう。ランもトオン様も、油断できない相手に成長したと思っています」
大体そんなことを言い出せば、究極的には『山水とスイボクが全力で逃げれば、相手は寿命で死ぬ』になってしまう。それはそれで強いかもしれないが、それを勝利とするなら剣士ではあるまい。
「とはいえお嬢様が望むように、今の祭我様は私と戦うことはありませんよ。試合形式であったとしても、です。祭我様もトオン様と同じ認識をお持ちですから、態々戦おうとは思わないはずです」
短期戦になったら祭我に山水は勝てない。しかしそれは、祭我にしても同じことである。
山水が積極的に短期戦に乗り出さない限り、祭我は短期で山水に勝ちきれないのだ。
それでは、初期条件で勝敗が決まってしまう。つまり、戦う意味がない。戦う前からわかってしまうのだから。
「あら……それじゃあサイガは大変ね。自分の領地なのに、勝てない相手がいることを認めないといけないなんて……それで切り札を名乗れるものかしら」




