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脚本

 さて、特になんの問題もなくアルカナ王国の一行は帰途についていたわけである。

 そもそも大量の馬車に宝物が乗っているとしても、それを守るために大量の騎兵や歩兵が同行しているのだ。

 それで、襲われるなどありえない。どれだけ気合の入った山賊なら襲うというのだろう。

 山水や祭我のことを抜きにしても、見るからに強大な軍勢はそれだけで抑止力となる。

 しかし、順調な旅路は順調な人生を意味しない。


「みんな、助けてくれ」


 アルカナ王国最強の切り札の一角にして、武門の名家バトラブの次期当主である瑞祭我は、己の手勢だけを馬車に集めて相談をしようとしていた。

 その顔は、いつものように情けない。明らかに涙目だった。

 まあ、あくまでも自分の身内限定なら、そこまで問題ではないだろう。

 問題がない、というのと情けなく思われない、というのはまた別なのだが。


「このまま帰国すると、バトラブ領地を通るだろう? 俺って、バトラブではあんまり評判が良くないんだ」


 各家の切り札達がそれぞれの家でどう扱われているかは、当然別々である。

 王家の切り札である右京は属国の君主扱いであり、王女を送り込んでいるのも監視の意味が強い。当人たちも了解の上での、政略結婚であり属国化だった。

 ソペードの切り札である山水は、数年前からソペード本家のお抱えの剣士として名を売っており、ソペード傘下の貴族のお抱えの剣士達とも戦いその都度完勝している。

 爵位を与えられてはいるが、本人のデタラメな完成度と五年もの間ドゥーウェの護衛を務めた実績もあり、さほど反発はない。今でも国内最強の剣士、という程度の認識である。

 カプトの切り札である正蔵は、秘密兵器にして最終兵器という扱いである。普段は隔離されていて、常に護衛をつけられている軟禁に近い形だった。

 余りにもわかりやすく危険という事で、出来れば思い出したくもないという『存在していることを意識したくもない』という扱いだった。

 ディスイヤの春がどう思われているかは、この場で語られるべきことではない。


「このままバトラブに入ったら、ハピネが恥をかくんだよ……だから、事前に台本を準備しようと思うんだ」


 マジャンではいきなり妹さんを僕にくださいとか言ってしまった。

 そこまで悪い印象を与えることはなかったが、それは相手が気を使ってくれただけである。

 バトラブで自分へ悪い印象を持っている人間がいれば、その発言を突いてくる可能性が濃い。


「だって俺は……バトラブにあんまりいなかったから」

「気づくのが遅いわよ」


 苛立ちを隠さないハピネは、しかし全面的に賛成していた。確かに台本は必要である。

 確かに用意するのは情けないが、用意しないともっと情けないことになる。

 テンペラの里の面々はその重要性がいまいちわかっていないようだが、ハピネの臣下である五人とも無縁ではない。

 なんだかんだと難癖をつけてくる馬鹿がいないとも限らないので、打ち合わせは全員でやっておいたほうがいい。


「そうか、お前はそんなに名前を売っていなかったな」


 スナエは思い出したように納得していた。

 予知能力もあって有力者からそれなりの信頼を得ているのだが、アルカナ王国全体では他の切り札ほど有名ではない。というかそもそも、そんなに実績がない。

 本人は真面目に頑張っているのだが、それでも世間へ知られるような実績がないのだ。


「バトラブも武門だろう? 試合をして打ちのめせば、誰も文句を言わないのではないか?」


 ランの言葉は、マジャンなら成功した作戦を再現するものだった。

 確かに今の祭我なら、近衛兵全員を相手にしてもまず負けないだろう。

 怪我をさせず、となると難しいが、圧倒して一蹴出来るはずである。

 とはいえ、そんな簡単な話ではないのだが。


「俺はただの剣士じゃなくて、次期当主だからさ……そのうち部下になる人を打ちのめしてもさあ……」


 厳正な条件で戦って勝てば、なんの怨恨も残らない。

 そんな理想論が、嘘でしかないという事はこの場の面々がよく知っていることである。

 山水に挑んで負けて負けて負けを重ねたメンバーである、勝った相手に怨恨を感じていないとは口が裂けても言えない。


「そりゃあまあさ、俺だって戦うのが一番簡単だとは思うんだよ……」


 山水にもさんざん言われていることではある。自分のことを軽んじている相手を、戦って倒して認識を改めさせる。それはハーレム主人公にほかならない。

 それが出来るだけの力を手に入れてはいるのだが、それを実行したらケチがつくのも事実なのだ。


「でもそれは、相手が恨むだろ。出来れば恨まれずに済ませたい」


 なあなあ、曖昧、あやふや。白黒をきっちりとつけない決着になったとしても、それで相手との関係が良好になるのなら、それはそれでいいことだ。

 大事なのは勝つことではなく、相手とすっきりとした関係を作ることである。それができないのなら、勝っても負けたようなもんだった。

 自分たちが山水に挑んだように、正式に再戦を申し込むのならまだマシである。最悪なのは、当主になった祭我に反抗的な勢力が増えることである。それこそ、殴りあっても絶対に解決できない問題に発展しかねない。


「あの……でも、肝心なバトラブの当主様からは良い関係じゃないですか。ほら、返礼もいただけましたし」


 ツガーはなんとか明るい材料を探す。

 そう、ほとんど唯一にして絶対の味方が、現役の当主なのだ。今回の公務も、それなりに成功と言っていいだろうし。


「まあ波風を立てねばそれでいいのではないか? どのみち公務で成果を出さねば、印象もなにもないだろう」


 スナエは王族らしく、とても本質的なことを行っていた。

 多少情けない男と思われても波風さえ立てなければ、あとは公務である。

 少なくとも現役の当主がよしとしているのだから、祭我に務まらないという事はないだろうし。


「そういう台本を書けばいいのではないか」

「いいや、そうでもない……」


 祭我は、話題にされると返事に窮するものを抱えているのだ。

 そう、昔の自分なら無神経に聞いていたかもしれないことを、悪意を込めて聞いてくる輩がいるのかもしれないのだから。



「山水と俺が、もう一度戦ったらどうなるのか。そう聞かれたら凄い困る……」

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