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危機

 帰国の馬車の中では、退屈をしのぐために若い衆の話が盛んだった。

 マジャンという国の楽しさもさることながら、やはり一番衝撃的だったのはエッケザックスの話だろう。

 なるほど、実にファンタジーである。


「それにしても……そんな曰くがあったんだな」

「我らは道具だ、目的もなしに製造されることはない」


 今までさんざん言っていたことではあるのだが、対人戦闘に強大な武器など必要ない。

 たとえ山水でも、近衛兵でも、頭をそこいらの石で殴打されれば死ぬのである。

 この世界では、そんなに強大な伝説の武器など必要ないのだ。


「そんな世界なら、正蔵も活躍できたかもな……あ、もちろん、そんな世界の方がいいなんて思ってないぞ! 人間が滅亡しかけている世界なんて、冗談じゃない」


 うんうん、と自分で自分の言葉を否定する祭我。

 確かに思い描いていた世界ではないが、この世界で生きていく人々にしてみれば、そんなモンスターがいないほうがいいに決まっている。

 モンスターがいない世界でさえ、人間は苦しんでいる。この上モンスターなど冗談ではない。

 まあ、知恵ある生物をモンスター扱いするのもどうかとは思うが。


「まあそれでよい。なにせまあ……ショウゾウなど最たる例であるが、お主たちのように神から力を与えられた者や、異なる世界の力を持ってこの世界に訪れたものは、この世界のありようを変えてしまうことができる。そういう手合いが、本当に世界を変えようとすれば……パンドラに吸われる」


 その場の全員に、絶対にそんなことを企てるなよ、と忠告していた。

 切り札としての武力や八種神宝の運用性。それらをこの世界そのものを覆すことに使うなよ、と言っているのだ。


「我らを五つも独占しているあの『王』も、自分の国の支えにしているだけ。それで世界そのものをどうこうするつもりもない。まあ、そうでもなければエリクサーもあそこまで力を尽くすことはないがな。そのあたりは、あれも間違えまいよ」

「……それって、つまり」

「うむ、そういう意味ではエリクサーとパンドラの役割は終わっておらん。我らが人間に使われているのも、つまりは余暇のようなものであるが……パンドラはこの世界の摂理を守るために存在し、エリクサーはパンドラの使い手からこの世界を守るために存在しておる」


 まあ、そんなことにはなりえないがな、と小さく口にしていた。


「お主たち切り札たちが、パンドラとその完全適合者であるシュンとやらに一度も巡り合わなんだは、つまりはお主たち四人がこの世界にとって害ではないということであろう。おそらくではあるが、シュンとやらは既に幾多の『災害』を吸い死なせておるのじゃろう」


 吸い死なせる、とは妙な言い回しである。

 しかし、他に言いようがないらしい。


「この世界の害……とは具体的にどういうものだ」


 ソペードの前当主は、深刻そうに尋ねていた。

 確かに、今後うかつなことができなくなる可能性がある。

 場に出せば勝利が確定する切り札同士で、ぶつかり合うという可能性が生じるからだ。


「お主には関係ない」


 きっぱりと、絶対にありえないと言い切っていた。


「幾多の国を滅ぼしたスイボクでさえ、我を使っているとはいえパンドラに勝利した。それが何を意味するかといえば、この世界の人間が何を考えどう行動したとしても、それはこの世界の害ではない。害、というよりは、外敵といったほうがいいのかもしれん」


 ただの事実として、フウケイもスイボクも、切り札たちを超える力を持っていた。

 その彼らが心のままにふるまったとしても、パンドラに吸われることはなかった。


「この世界の住人として生きていくことを許容できない存在、それがこの世界の害である。ある意味では、切り札たちはある程度自主性を放棄しておる。札であることに矜持をもっておる。この世界の権力者に従うことを良しとできておる。そういう意味では、既にこの世界の一員であるからな。つまりは……この世界の外から来たものが、世界を滅ぼそうとするとか、世界を支配しようとするとか、世界全体を己が望むままに変えようとしない限り、パンドラに吸われることはない」


 なるほど、確かによほどでもない限りありえない話である。

 とはいえ、祭我はその言葉を聞いて、苦笑いを禁じられなかった。


「なあ山水……浮世ってもしかしてめちゃくちゃ忙しいんじゃないか?」

「そうかもしれませんね」

「そういう小説も、けっこうあったしなあ……」


 祭我自身、小説に大分影響を受けた身である。そんなバカがいるわけがない、とは言えなかった。

 山水としても、さぞ忙しいのだろうと憐れむばかりである。


「あらあら、そんなことを心配している場合かしら」


 と、いびつな『心配そうな笑い』をするドゥーウェ。

 その彼女を見て、特にハピネが不快そうな顔をしていた。


「なによ、ドゥーウェ」

「何よも何も……貴女本当に子どもねえ……帰国したら結婚式だってこと、忘れてるの?」


 と、それはそれで大事なことを言っていた。

 確かにそれを忘れていたのは、完全に子供である。


「伝説の武器がどうとか、世界の害がどうだとか、そんなことよりも自分の結婚式で、そこのお姫様に主役をとられないように気を遣ったら?」

「う、うるさいわね!」

「大変ねえ……たくさん女がいる男と結婚するのは。私だったら絶対にごめんだわ……だってほら、たくさんいる女の一人みたいな扱いでもいいです、なんて卑屈だもの」


 その言葉を聞いて、ツガーは身を固くしていた。

 彼女こそ、その他大勢でもいいと思っている女性だからに他ならない。

 というか、バトラブの次期当主の嫁である。これで文句を言うのは、よほど頭がわいている。

 ドゥーウェの場合、本人がソペード本家の令嬢だからこそ、相応の相手を選んでいるだけなのだが。

 つまり、バトラブ当主の娘であるハピネが、やたら卑屈な扱いを受けているだけ、といえばその通りなのだが。


「なんですって?!」

「ああ、うん、ごめん」

「なんでサイガが謝るのよ!」


 正直に言って、誰よりもハピネのことをその他大勢扱いしているのは自分である、という自覚によって彼は謝っていた。

 もちろん、それはハピネに対して相当不快な反応である。


「サンスイ……それで、実際のところ貴方もブロワにやることをやっていたんでしょう? ソペードの習いを」

「はい……戻った時には、もう大きくなっていることでしょう」

「楽しみなんじゃないの、貴方の人生でも初めてで」

「そうですね、とても楽しみです」

「もうちょっと喜びなさいよ」


 反応がもうすこし初々しいのなら楽しいものを、からかいようがないたんぱくな反応をされてはたまらない。

 もう少しこう、話を面白くする努力をしてほしいところである。


「サンスイ殿、お名前は決めてあるのですか?」


 そこで気が利くのができる弟子である。

 トオンはにこやかに笑いながら、話を膨らませようとしていた。

 しかし、それに対してもたんぱくな対応しかできないのが、山水とブロワの悲しいところである


「トオン様、申し訳ないのですが私は決めていないんです。レインのこともそうですが、私は人の名前を決めるのが下手でして……それにブロワはともかく、私に似た場合気取った名前を付けると名前負けしてしまいますので……生まれた後に考えると、ブロワとも決めています」

「そうですか……では、男女だけではなく名前も含めて楽しみですね。貴方に似ているのか、ブロワ殿に似ているのか」

「ブロワに似ているとうれしいのですが……」

「いえいえ、子供はどちらに似ていてもかわいい物でしょう」


 妙に社会人めいた会話が始まっていた。

 どっちも真面目なのだが、トオンのおかげで多少話が膨らんでいる。

 しかし、面白くはない。ドゥーウェとしては、もうちょっと感情が動くといい感じなのだ。

 具体的に言うと、ギスギスするとかラブラブな空気になると、望むところである。

 とはいえ、それを山水に期待するのは難しいところなのだが。


「……ええっ?! 山水、お前ブロワとやることやってたのか?! できちゃった結婚?! 仙人なのに?!」

「婚約している場合は、そうでもないでしょう……それに、あまり大きな声では言えませんが、ブロワは適齢期というものを気にしていましたから。一年以上国を開ける私と、つながりが欲しかったのでしょう」


 そう言われると、全員の視線が山水に集中してしまう。

 ソペードの前当主以外は、全員お年頃である。つまりは、油断していると時期を逃すのだ。


「……戻ったら、大急ぎでいろいろ進めるぞ」

「ええ、うん、そうね」


 スナエもハピネも頷きあう。そう、不老長寿の山水以外、花の命は短いのだから。

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