奥義
今回の事件のあらましは極めて単純である。
客観的な事実を述べるなら、観光客と亡命貴族という両者ともに余所者であるはずの二人が、この領地で揉めごとを起こしただけだ。
場所がどこそこの街だとか、大通りだと聞いていた。
その一方で、通行人の話では明らかにヌリというおっさんが悪いという。
つまり、法の場に出ればおそらく観光客が勝つのだろう。
しかし、そんなことは観光客には信じられなかったらしい。なので、自分は法の場に出る気はない。出したかったら、自分を倒して見せろと。
法の判断がこの地ではどうなるかわからない、なのでせめて剣で捕えて見せろ。
そう語った彼は、今も壊れかけた安い酒場で茶を飲んでいるという。
「大変お待たせしました」
「ほう、領主の娘か」
荒れた店内でくつろぐ、アラビアンナイトな感じの剣士。
腰には反りのある剣を下げて、褐色の顔はとても精悍だった。
気品のある顔はとても余裕があり、裁判を待つ身には見えない。
異国の美男子、それを絵にしたような彼を見て……。
「サンスイ、後に響く怪我をさせては駄目よ」
お嬢様はとても嬉しそうに笑っていた。
そうですね、確かに男の目から見ても、彼はとても大当たりだった。
「退屈はしなかった。中々にぎやかだったな、ここは」
「申し訳ありません、貴方に不当な暴力を行使しようとした輩がいたようです。この件とは別に、正しく罰を与えようかと。このような不手際では、貴方が我々の法を信じていただけないのも当然です」
「なに、あの程度我が剣にかかればなんのこともない」
そう言って、カウンター席から立つ。その上で、お嬢様の傍らに立つ俺に視線を向けていた。
外見の年齢は、おそらくお嬢様の少し上、お兄様の少し下ぐらいだろうか。
この人がお嬢様を気に入ってくれるという奇跡が起きて欲しいとは思うのだが、その前に彼を抑え込まねばなるまい。
「そこな男がこの国最強の剣士とやらか?」
「ええ、この国の誰もが知る、最強の剣士。童顔の剣聖、シロクロ・サンスイです」
「ほほう……この国の戦士は大層厚着だったが、そのまま戦うのか?」
「ええ、彼は相手に服一枚斬らせませんから」
お嬢様は無言でご機嫌だった。
だって、自分のオプションを同等の相手がべた褒めだもんな。
目の前の観光客の人も声からして自信満々であるし、なんともお嬢様好みであろうし。
「なるほど……ではこの席では狭いな、店主! 世話になった!」
颯爽と異国の剣士は場末の店を出て行く。
そして、そのまま俺達の脇を通り過ぎて行った。
「この街で良き広場を見つけていた。そこで立ち会おうではないか、この国最強の剣士よ」
何ら恥じる物はない。なんとも涼し気な彼は、そのまま表の通りを歩いていく。
多分、あのおっさんが彼と騒動を起こしたのも、男性として思うところがあったに違いない。
こんな俺を見ても、まったく軽んじるところがない。そんな身も心もイケメンな彼を前に、色々思ってしまったのだろう。
「サンスイ様……どうか、穏便にお願いします」
「微力を尽くします」
今俺は笑っているのかもしれない。
相手が剣士として強いことを感じ取って、俺は嬉しくなっていた。
あまり良い事ではないが、自分に嘘をつけるわけもない。
彼の背を追って、俺は通りを歩いて行った。
そうして、しばらく歩いただけで場所につく。確かに広場があった。
囲いがあるわけではなく、ただ街の中心の、大きな『道の真ん中』だった。
「聞けば、ここでは処刑も行われるとか。このうえなく厳正に、誰の目にも明らかな結果になるだろう」
「そうですね」
既に人払いが始まっていた。
それが逆に野次馬を増やしていくことになったが、それでも確かに余計な被害が及ぶことは無いだろう。
剣士が二人切り合う分には、文句のない広場だった。
「この戦いには、誰の口も挟ませません。元をただせば私の保護下にある貴族の起こしたもめ事、その責任は取らせていただきます」
「それは素晴らしいな! 実に気が利いている! どうだ、領主の娘よ。この戦いが終われば我が閨に来るというのは? 私は賢い女が好きだぞ」
「辞退させていただきます。それよりも、目の前の彼に集中するべきでは?」
「いいや、もちろん集中しているとも」
見るからにカッコいい剣士は、腰の剣を抜いていた。
片手剣であるそれを俺に向けて構えている。
パレット様を口説く一方で、俺から視線を一切動かしていない。
「こと剣の腕に関しては、祖国に敵なしと称えられたこの私だ。目の前の彼を斬ればこの国でも敵なしと称えられるだろう! この一戦、軽く思えるわけもない!」
相手は頭にターバンを巻いているが、少なくとも籠手や兜はつけていない。
この装備で最強を語るのだ、よほどの腕だろう。
少なくとも、ブロワより上だな。祭我を例外とすれば、こんな強敵は二人目だった。
「それでははじめようか! 我が名はトオン! ただの一人の剣士トオンである!」
「白黒山水、ソペード家の御令嬢、ドゥーウェ・ソペード様の護衛を務める者だ」
俺も木刀を構える。
お互い、当たれば十分相手を殺せる凶器を持っていた。
既にブロワもレインも、お嬢様やパレット様と一緒に下がっている。
互いの距離は、一刀で斬りかかるにはやや広い。
おそらく、双方が同時に踏み込みあえば、中間点でつばぜり合いもできるだろう。
だが、それは剣術の理屈でしかない。間違いない、目の前の彼は希少魔法の使い手だった。
「ならばサンスイよ! 我が剣よりまず己が身を守って見せろ!」
「ええ、楽しみです」
異国で発達した剣の術理を見ることができる。
それはとても楽しい事だった。
中段に構えて、その剣を待つ。
基本的に、剣術では間合いを計るにあたって自分の剣と相手の剣の距離を参考にする。
ボクサーがジャブで互いに距離を測るように、剣士は小刻みに切っ先を動かしてそれを与えまいとする。
距離を測る、というのは剣ではとても重要だ。間合いを誤らせる、という技術も発達している。
もちろんそれは、戦場ではあまり役に立たない。距離を測る間に背中を刺されるからだ。
つまり、一騎打ちの妙、楽しみという奴だった。
「くくく……」
剣を握る右手を、肩の高さ近くまで上げて、その分リーチを伸ばしていた構えを解く。
その上で、脇に構えて視線をやや下げていた。これは、足元のレンガを数えているのだろうか。
確かに足元はレンガなので、数えればその分正確に間合いが分かるとは思う。しかし、左足と左肩を前にした半身で、右手の剣を隠す構えをとる彼はここからどう来るのだろうか。
既に概ねが分かりつつある一方で、それを口にすることはない。
思えば、祭我と二度目に戦った時、俺はなぜ彼が複数の魔法を使えると先んじて言ってしまったのか。
あれが彼をいら立たせ、意固地にさせてしまったのだろうか。
彼を制して、自分を大きく見せたかったのだろうか。
それはそれで、勝つためには正しい。だが、戦いのマナーとしては間違っている。
少なくとも目の前の相手に対して、俺は礼儀を失する行いはしたくなかった。
「さあ、どちらが真に最強と呼ばれるに足るか、証明しようではないか!」
※
平等や公正を大声で叫ぶ者ほど、自分の事を最優先で考えている。
それはヌリも同じことだった。彼にしてみれば、自分は優先されて当然であり、一々法を通さずとも国家の武力によって、観光客風情は捕縛されみじめな目に合わねばならなかった。
少なくとも故郷ではそうだったし、ここでもそうあるべきだった。
もちろん理屈では、ここが自分の領地ではないことは理解している。しかし、どうしても他の生き方を知らないため、そうしてしまっていたしそうならないことに耐えられなかった。
「くくく……これで奴もおしまいだな」
ヌリもまた、取り巻きと共にこの立ち合いを見守っていた。しかし、ただ見ているだけ、ということはない。重要なことは結果である、と彼は考える。
トオンという男は防具を着込んでおらず、あの小僧の木刀でも十分な傷を負うだろう。
後は拘束された彼を治療する医者か、或いは留置所の看守にそれなりの金を握らせて殺せばいい。そう思っていた。
あるいは、そのまま、あの貧相なガキに殺されればいいとも思っていた。
そして、それが失敗した場合の事も考えている。というよりは、そちらが本命だった。
自分の手勢が及ばない相手に、あんな小僧が太刀打ちできるわけもない。負けて当然であり、負けなければならない。
その戦いの過程がどうであれ、トオンが勝てばそれなりに勝ち名乗りを挙げるだろう。
大衆の前での、気持ちの良い勝利。その油断した瞬間に、有能な自分が配置した狙撃手がクロスボウで矢を射る。
それによって、あのどこの馬の骨とも知れない男は死ぬのだ。
実に合理的で、正しい判断だった。トオンを殺すという目的を、ほぼ確実に達成できるはずだった。
「まったく、蛮地の希少魔法の使い手が……!」
認めたくないが、強いのはトオンだ。彼が『魔法』を使えることは知らなかったが、知っていたとしても自分の手勢では勝ち目はなかっただろう。まして、たった一人の剣士がどうにかできるものではない。
※
『まさか、この奥義を実際に目にすることができようとは……!』
トオンは最高の才能を持ち、最高の教育を受け、最高の熱意をもって励み、結果二十二の若さで奥義と呼ばれる技を会得していた。
それは古文書に記されるだけで、実際の使い手は歴史の中でも三人といなかったという。
その奥義は希少魔法の使用を前提とし、その魔法と剣技の両方を同時に極めなければ至れない、という困難な技だった。
その奥義を習得したトオンがその力を確かめるために、或いは奥義を使うに値する相手を求めて国を出るのは当然だった。
この奥義で斬れぬ者は人間ではない、絶対の自信を持つその奥義は、しかし未だに使われていない。
剣術も修めている戦闘に優れた希少魔法の使い手が、普通に戦って勝てない相手などそうそう存在しない。
私を裁きの場に引きずり出したくば、剣をもって制して見せよ。
そう願ったのは、少なからずその奥義を振るう相手を求めていたからなのかもしれない。
「世界は、広い……!」
トオンは笑う。ようやく出会えた、このまま斬りかかっても切り伏せられるという相手を。
奥義を用いるに値する、凄腕の剣士。
それがまさか、自分よりも若くみえる少年だったとは。
「奥義―――」
動かぬ少年を前に、慎重に間合いを計る。
そして、その魔法を、剣術を使用しようとしていた。
「真影の舞!」
その光景を見て、観戦していた者たちは誰もがトオンに目を奪われていた。
脇構えで動かなかったトオンの、その体がブレた。直後、トオン自身が増殖し斬りかかっていく。
希少魔法『影降ろし』。自らの分身を生み出し、操る魔法である。
自分を増やせる、というとさも便利そうに聞こえるが、その実とても難易度が高い魔法であると言えた。
まず、生み出す分身は完全に術者そのものである。つまり、ケガや病気などもそのまま反映されてしまうし、速度や腕力も決して誇張されることはない。
本人が戦士として優れていなければ、凡夫が数人に増えたという程度でしかない、驚かせるだけという魔法である。
だが一流の剣士が用いれば、達人が幾人となって襲い掛かることができるという、接近戦で並ぶ者が無い凶悪な魔法となるのだ。
(私が放った分身は全部で十、さあ如何にして捌くか!)
影降ろしの凶悪な点は、本体の負傷が分身に影響を与えることはあっても、分身がどうなっても本体になんの影響も及ぼさないという点だった。
まさに死を恐れぬ突撃を、全くのノーリスクで何度でも行うことができる。
加えて、ある程度のダメージを負えば消える分身も、人間一人分の強度は持っている。
つまり、前方に向けて放てば人の壁となって術者を守ることができるのだ。仮に火や風の魔法で分身をすべて破壊されたとしても、術者であるトオンは無事なのだ。
「はやい!」
遠くから見るブロワは、剣士として分身一つ一つの打ち込みに見惚れていた。
飛び上がり上段から斬りかかる分身、前進し突きこむ分身、回り込みながら脇を狙う分身。その全てが必殺と呼ぶに値する剣だった。
ブロワだけではない。突如として増殖する異国の希少魔法に、誰もが目を奪われていたのだ。
十放たれた影の中に呑み込まれる山水の事など、誰も注目していなかった。
そして、呑み込まれた中で、山水は前進していた。
(縮地ならともかく、普通に後ろに下がっただけでは彼に斬られる。側面に避けても斬りこまれる。その場にとどまっても当然捌ききれない)
山水が立っていた場所よりもやや遠くを狙って放たれた分身が存在し、廻りこんで囲んでくる分身が存在する。前方から放たれた分身は、しかし完全に退路を断っていた。
だからこそ、山水は分身の太刀を回避しながら前に進む。
(分身を用いた剣術の包囲網。だが剣士として一流ならば、その穴に気付くことは十分に可能)
(そう、この分身による奥義は、前にこそ活路がある!)
仮に剣術で迎撃すれば、一人を斬っている間に他の九人から斬られるこの奥義。
分身の中から抜け出るには、前に進みながら回避する外にない。
(一流ならば見抜けるこの穴は)
(そう、使い手ならば尚承知の事!)
前に進むしかない。そしてその穴からいつ出るのかも、使い手ならば余りにも当然の様に把握している。
((そこに打ち込まれれば、回避は不可能))
己自身で剣を握り、そのタイミングで打ち込むトオン。
分身の中から、全くの無傷で切り抜けてくる山水を見て驚嘆しつつも、しかし勝利を確信して反撃も防御も許さぬ、全体重を込めた一撃で斬りかかる。
片手に持っていた剣を両手持ちに切り替えて、大きく踏み込みながら大上段からの一閃。
(精妙な分身の操作に加えて、自ら自身の剣を組みこんだ術理。まさに奥義か……)
山水は打ち込んでくるトオンを見て感嘆していた。
まさに完璧な奥義であり、剣術の理合いでこれを破ることは不可能に思えた。
無傷で突破した自分ではあるが、しかし死に体というしかない。この体勢では、防御も回避もままならない。
自分の師同様に、魔法を剣と共に極めんとした彼の先人に。それを受け取って習得した彼に尊敬の念を抱かずにいられなかった。
その一方で、奥義を完全に披露する機会を得たはずのトオンは驚愕していた。
自分の分身の斬りこみを、完全に見切って無傷で回避しきった超絶の技量に対してではない。
受けに回ればそのままなます切りにできるはずの奥義の中を抜け出た山水の、その手の中に、或いは腰に、あったはずの木刀がない。
それが何を意味するか、彼にはわからなかったのだ。
(木剣はどこに?!)
その解答は、振りかぶって跳躍しているトオンの、その頭上から降ってきた。
奥義に囲まれる前の山水が、その分身を見ると同時に上前方へ投げていた木刀。それがトオンの頭部へ軽い音と共にぶつかっていた。
「な?!」
やり投げの如く投擲した剣なら、頭部への命中は間合いの近さもあって即死もありえた。
しかし、放物線で投げただけの、軽い木刀。鉄の真剣なら重さと鋭さもあって負傷することもありえたが、木刀ではそれもかなわない。
精々、打ち込んでいたトオンを驚かせる程度だった。
そしてその一瞬の隙が、奥義という精密機械の歯車に挟まる小石となっていた。
「無作法で失礼」
渾身の一振り、後は振り下ろすだけという一瞬で、振り下ろせなかった跳躍しているトオンの足元へぶつかるように、山水は身をかがませながら踏ん張っていた。
前へ全力で跳躍し、その足が何かにぶつかる。
そうなれば、手に何を持っていたとしてもその結果は変わらない。
つまり、つんのめって空中でひっくり返っていた。
「とはいえ、これにて決着ということで一つ」
受け身をとることもできずに、レンガで舗装された地面に転がるトオン。
仰向けになって呆然としている彼の喉元には、木刀と自分の剣の二つが突きつけられていた。
※
「流石の手並みね……」
「ええ! 素晴らしかったです!」
「パパすご~~~い!」
トオンの服が汚れるだけ、という結果に終わった戦いは、つまり二人の貴族が望んだ結果に終わっていた。
未だに呆然としているトオンを他所に、いつものように彼の主や同僚、娘が寄ってきていた。
そして、その結果を不本意に思う者たちも、しばし呆然としていた。
「何が起きた?」
遠くから眺めていたヌリの目に映ったもの。それは大量の分身を放ったトオンが、いつの間にかひっくり返って抑えられていたということだった。
しかも、彼にとっては最悪なことに、トオンはほぼ無傷で寝転がっているだけだ。
なのに、自分の手勢は誰も射かけようとしていない。
「いいや、なぜ何も起こらない!」
せっかく狙撃に適した場所を事前に調べて、そこに配置してやったというのに。
何故自分の配下は何もしようとしていないのか。
そのいら立つ彼の、その背後にカプト家の騎士達が並んでいた。
「生憎ですな、ヌリ様」
「―――っは?!」
「この街は我らの管轄、ましてあの広場は催しなどが行われる場でもあります。そこを狙いやすい場など、我らは貴方よりもよほど熟知しておりますので」
「こ、これは……!」
建物の影から観戦していたヌリは、背後の騎士にどう弁明していいのかわからなかった。
自分は悪くない、それは真実だ。自分が裁かれるなどあってはならない。それも真実だ。
だが、現実はそれを裏切っている。自分の手の者は、既に全員捕えられているだろう。誰に命じられたかを口にすることはないがそれでも自分の配下であることは明らかだ。
「―――これには訳があるのだ! パレット様を、パレット様を呼べ!」
「ご安心ください、これから改めて裁判が始まります。おっしゃりたいことがあれば、そこで好きなだけ述べてください」
「~~~ふざけるな! 何故私がそんなものに出なければならん!」
「おやおや、法の場に出られないなら、それはやましいことがあるからだ。そうおっしゃっていたのは貴方では?」
ヌリも裁判に出たことがないわけではない。ただし、自分が勝つことが決まっている裁判だ。
裁判とは、そもそもそういうものなのだ。なのになぜこんなことになっている。
自分が負ける、そんな裁判に出る道理はない。
「何一つやましいことがないからこそ、法の場になど出向くわけもない。といっていた彼の事を、貴方はそう言っていませんでしたか?」
「あのような男と、私を同列に並べるな!」
「それは私が決めることではなく、パレット様がお決めになること。良いですか、ヌリ様。ここは貴方の領地ではないのです」
絵にかいたような没落貴族が人知れず連行される中、我に返ったトオンは片膝をついて礼の姿勢をとり、奥義を打ち破った山水に訊ねていた。
「負けました」
「ええ、見事な技でしたね」
「……ですが、未熟な私にお聞かせください。なぜ我が奥義をああも容易く破れたのですか」
理屈は分かった。
あの奥義は精妙に敵を追い込み、相手に体制を整えさせる暇もなく打ち込む技である。
その理屈から言って、トオンは自らの打ち込みを寸分たがわぬ機でこなさねばならず、結果そこへ投石ならぬ投剣で攻撃されれば、回避は不可能だった。
精密だからこそ、その精密さを逆手にとって攻撃されたのだと分かる。
だが、なぜ初見で完璧にそれができたのかがわからなかった。
「……まず、分身の技。これが使える場合、運用方法は二つに絞られます。つまり、囲んで同時に斬りかかるか、或いは時間差で攻撃して牽制から必殺までの追い込みとするのか。必ず、そのどちらかになります」
重要なことは戦士が増えて集団戦になったこと。
そして、集団戦で個人を相手にするなら、囲んで斬りかかるか時間差で斬りかかって追い込んでいくかどちらかになる。
ならば、分身がどのタイミングで斬りかかってくるかを予測すれば、見分けは簡単だった。
「貴方の分身は、すべてが同じタイミングで斬りかかるのではなく、数体ごとにまとまっていました。つまり、逃げ道を制限して誘導するものだ、と察することはできます。そして、分身の動きを見てからその誘い込みの終着を予測し、斬りかかってくるところに向けて剣を投げました。貴方の大量の分身は、私の動きを隠してくれましたからね」
「あの一瞬で、そこまでの判断を?」
「いえいえ、事前情報はありました。貴方はヌリという貴族の方の配下と戦いましたね。彼らは全員が多くの傷を負っていました。それはつまり、全員を相手に切り結んだか……風の魔法でやるように広範囲へ斬撃をばらまいたか、そのどちらかでした。ですが貴方はしきりに間合いを計っていた。ならば、少なくとも乱雑な遠距離攻撃はないと踏みました」
風の魔法にも射程距離は存在するが、流石に弓矢よりは遠くへ届く。あの場では考える必要がない事だった。
まあ、それを言うと周辺のやじ馬も危うかったのだが。
「加えて、全員を相手に斬り結ぶとしても、多数を相手にチャンバラをしていては無傷で済むわけもない。かと言って、法術などで身を固めているようでもなかった。それはそれで、間合いを慎重に測る意味がない。かと言って高速移動ができるのならば、チャンバラをするまでもない。となれば、貴方の斬撃が増えるか、貴方自身が増えたと思い至るのが自然でしょう」
「では、ある程度私の『影降ろし』を察していたと」
「ええ、私自身高速移動の心得がありますから、その辺りの想像は容易でした。なので……私もそれなりに気を使い、極力『魔法』を使わずに収めようかと」
はっきり言って、後方へ縮地で下がれば相手の分身の攻撃が過ぎ去るのを待つだけで済んでいた。
そうせずにあえて敵の誘いに乗ったのは、できるだけ剣術の理合いで対抗したかったからなのだろう。
「あの分身……遠隔操作でも自律思考でもなく、先行入力……つまり予め決められた動作を行うだけの分身なのでしょう。だからこそ、その精妙さに驚かされました。牽制から最後の一撃までの単独による連携攻撃、実に理にかなっていました。超絶技巧の妙、よほどの鍛錬を積んでいらっしゃったのですね」
「……完敗です」
剣士として、目の前の彼に対して敗北していたトオンが、目を輝かせながら礼の姿勢のまま願っていた。
「男に二言はありません、このまま如何なる裁きでも受けましょう。ですが……その刑を終えた後、私に命があったなら、どうか私を弟子にしていただけないでしょうか」




