成功
勘当にされた商家の不良息子を、武芸指南役が始末した。
その情報は、隠されていなかったこともあって拡散していった。
もちろん、事前に不良息子が武芸指南役にちょっかいをかけたことも含めて、である。
領主ほどではないが責任や信頼のある商家の家長たちが、ドラ息子に過失があったことを認めていたこと。その息子が勘当され、逆恨みをするには十分な状況であったこと。それらが合わさって、極めて正解にちかい憶測が流れていた。
つまり、出世した五人に嫉妬した若造がつっかかり、あしらわれた挙句勘当され、復讐しようとしたところをその直前に殺された。
他の可能性が一切なく、単純な状況だっただけに誰もがそうだと信じていた。
仮に、宴の席で斬殺すれば貴人からの評価は悪くなっていただろう。
仮に、野放しにしていれば民衆からは甘いとあざけられたことだろう。
殺しても問題ない状況に追い込んでから、誰にも咎められない状況で殺す。
冷淡ささえ感じさせる手並みは、新しい武芸指南役がただの成り上がりではないことを世間に知らしめていた。
「とまあ、お前の評判はとてもよい」
「そうか、それは何よりだ」
世間体を気にすることができる、世間体に配慮したうえで成果を出せる、その手順がとても安定したものだった。それらは彼ら五人への畏怖と憧憬につながっていた。
商家の家長は、改めて己の息子とその同僚である四人のもとへ赴いていた。
もとをただせば、己が催した宴の席である。それの始末を全面的に任せてしまったのだから、感謝と謝罪をするのは当然である。
「本当に、息子だけではなく四人の同僚の面々にも感謝している。おかげで我が家はますます安泰だ」
そこで、そこから先は要求しなかった。
そこから先は、さも世間話であるという風に、意図してさわやかに話し始めていた。
「それで、既に聞いているが……まだ道場を開いて、弟子を取るつもりはないのだな?」
それに対して、五人は無言でうなづいていた。
一方で、山水が『私は未熟です』と仕切りに言っていたことを思い出す。
確かにはたから見れば、今の自分たちはさぞ最強に見えるだろう。一切隙がなく、完成した強さを持っているように見えるだろう。
だがそれは、結局相手が格下だったからに他ならない。切り札や仙人のような例外を含めなくても、聖騎士や近衛兵など、自分たちよりも格が違う相手はたくさんいるのだ。
第一、今は次期領主の教育に専念したいところである。寄りにもよって銀鬼拳など発動してみせたことで、坊ちゃんはより一層剣術をおろそかにするようになってしまっていた。
坊ちゃんをどこに出しても恥ずかしくない程度に鍛える、それが五人の職務だった。
「……実は、あの件を見た商家の面々は、お前たちが開設するであろう道場に息子を入れたくてたまらないらしい」
それを聞いて、五人とも苦虫を噛み潰したような顔をした。
「あの戦いぶりを見て、商家の息子たちは自分もああなりたいと言ってきかないらしい。弟子入りできないならば、自分も武者修行に出るとか言っているらしいぞ」
それこそ、完全に昔の自分たちである。
力になってやりたいような、無謀だからやめておけと言いたいような、複雑な心境だった。
「おかげで、その親たちはお前たちにさっさと道場を開いてほしいそうだ。領主様の武芸指南役に師事するというのなら面目は立つし、お前たちの戦いぶりや配慮を見れば息子を預けられるからな。お前たちが始末をつけたドラ息子のようになる前に、更正させてほしいらしいぞ」
それも、わからないでもない。
なにせ自分たち五人も、山水に弟子入りするまではドラ息子同然だったのだから。
更正した自分たちに、息子を更正させてほしい。それはまあ、期待されても仕方がない。
しかし、こっちは領主の息子一人さえ満足に更正させられていないのだが。
「今のところは私で話が止まっているが、息子が武者修行に出ようとすれば直談判するか、領主様に話を通すことになるのかもしれないな」
さっさと道場を開けではなく、そういうふうに言われるから覚悟しておけよ。
そう朗らかに笑う家長を見て、五人はため息をついていた。
そう、確かに自分たちなら更正させられるかもしれないが、そんな時間や労力を割くつもりはないのだ。
自分たちのことで、今抱えている仕事で、それこそ手一杯である。
「それから……これは小耳にはさんだことだが……ある小さな村で道場が開設されたらしい」
ぴくり、と一人の眉が動いた。
その一人を、他の四人が見ていた。
「武芸指南役が若かりし日に指導された剣士が、直接指導をするという触れ込みだ。真偽を私に確認しようとしてきた者がいたのでね……まあ『ない』とは思っていたが」
「あの町……焼き討ちにしてやろうか」
おそらく、かなり本気で自分の故郷を滅ぼすことを検討している剣士。
その彼に対して、他の四人はとても同情的だった。
「その反応を見る限り、そもそも恩師自体いないようだね」
「当たり前ですって……そもそも、俺が剣をちゃんと習ったのはサンスイさんからが初めてです。それに、百歩譲って俺の師匠があの町にいたとしても、それは今の俺とはほとんど関係がない」
山水に弟子入りし、山水の真似ができるようになり、山水に認められた今の五人だからこそ価値がある。
それ以前にどんな来歴があったとしても、それは今の五人とは全く関係がない。少なくとも山水の剣をその道場で学ぶことはできないだろう。
「俺の故郷だってこと以外は、全部詐欺みたいなもんですよ」
「そうかね……それで?」
「放置しますよ……そんなのはたぶん、ここから先たくさんできると思いますし、そんなのに騙されるのは他の誰にでも騙されるでしょう。それに、放っておいても自滅します」
「なるほど……かまう気はないと」
そんなインチキ道場が長続きするわけもない。その場の六人全員が、既に確信していた。
先日、五人にとって代わって武芸指南役になりたいと言っていたドラ息子へ、『お前に他人へ教えられるほどのものはない』と説明していたように、剣術の指導をするというのもそれなりに大変なのである。
加えて、それが剣術の道場であることも問題だった。それこそ、この場の五人が普段から退けている挑戦者が、連日大挙して押しかけてくるだろう。
少なくとも、山水がいたときの学園もそうだったのだ。剣で生きていこうという荒っぽい男たちが、毎日押しかけてくる道場に、人が寄り付くわけもない。というか、まともに道場が残るわけもない。
なによりも、町が豊かになるどころかごろつきに乗っ取られるようになるだろう。
「……身内の恥をさらすようで気分が悪いんですがね、町長が俺に手紙で『税を安くするように頼んでみてくれ』って書いて送ってきたんですよ」
「……それは、その……」
「ええ、完全に汚職の証拠ですよ。俺がこれを領主様に渡したら、町長はクビですね」
自分のことを疎んじていると分かっている男に、犯罪の証拠を渡してきたのだ。自覚しているかどうかはともかく、とんでもないほど迷惑な話である。
「いよいよ道場が立ち行かなくなって町の治安が悪くなったら、それこそ泣きついてくるでしょうが、手紙一枚で追い返せるでしょうね」
「その町長が君を見くびっていることを抜きにしても、既に段取りはできているということか……」
「そっちの道場の件は初耳でした、ありがとうございます。ですがねえ……まあ放置ですね。一応領主様には言っておきますが、領主様も自分やソペードの公認である、とかそんな問題がありすぎることを謳い文句にしていないかぎり笑って放置でしょうね」
田舎者の、はかない夢である。その夢に酔いしれているところに、無粋な口は挟むまい。
その夢が悪夢に変わって泣きついてきたとしても、いい夢が見れてよかったねえと突き放すだけだった。
そんなインチキに一々口出しするほど、こっちは暇ではないのである。
「せいぜい俺が好きだった焼き菓子を売ってます、とかその程度にしておけばいいもんを……」
「いやはや、素人は本当に突飛なことをするからね」
部屋の中の六人は成功者の余裕を保ち、超然とした視点で世間を眺めているようだった。
もちろん、自分たちよりも上の人間がたくさんいることも知っているが、それでも安定した立場を維持できている人間である。一々ぎすぎすすることもない。
「……それから、以前も軽く話題にしたが、私からも改めてサンスイ様やその奥様であるブロワ様にお礼をしたいと思っていてね……いくつか品を厳選しておいたので、機会があれば持っていってほしい。流石に直接お目にかかるのは向こうに迷惑だろうし……手紙を渡すだけでもしておきたい」
この場の五人と違い、役人を通り越して貴族へと至ったこの国最強の剣士。領地を与えられていないとはいえ、商家の家長ごときが早々会える相手ではない。
加えて卒業を許すほどの生徒が百人ほどおり、その親たちや関係者がその数倍に上る以上、一々あっていては大変だろう。
「サンスイさんは無理だが、ブロワ様にはもうすぐ会いに行く『予定』がある。その時にでも持っていくさ」
「ああ、頼む……本当に、本当に感謝しているんだ」
ある意味では、五人の出世で一番得をしたのは自分なのだと家長は理解している。
他の面々は元々の地位が低すぎて、武芸指南役の親戚になれたことをよく理解できていないか、あるいは利用できない状況なのだから。
いいや、もう一人恩恵を受けている人がいたな、と思い出す……。
「おい、ちょっとお前!」
「ば、ババア! 客が来ているから、顔出すんじゃねえって言ってるだろ!」
「なんで私を紹介しないんだい!」
「鏡見て来い! そんな格好している婆さんを紹介できるか!」
何かの道化か芸人のように『奇抜』で『滑稽』な恰好をした、つたない化粧をした老婆がそこに立っていた。
「そう、それだよ! アンタ、五年は若返る果物をもらえるらしいじゃないか! なんで私にもってこないんだい!」
「五年若返ってもババアはババアだろうが! そもそもあれはそんなすんなりもらえるもんじゃねえよ!」
「一個ぐらい取ってきても、ばれやしないだろう! 私のために盗むぐらいできないってのかい!」
「できねえよ! スイボクさんを相手に、そんな無茶ができるか!」
「親父……何も見てなかった、ってことで頼むぜ」
「ああ、うむ。わかった」
こうして、五人の武芸指南役の日々は始まった。
これからも多くの面倒ごとが起きるのであろうが、それも五人で力を合わせて乗り越えていくのだろう。
時に人の手を借りながら、なんとか頑張っていく。
その話はまた別の機会で語られることもあるだろう。




