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 結局、彼が目を覚ましたのはその日の夜だった。

 改めて、父親は自分の息子に絶縁を突き付けていた。

 曰く、この家に跡取り息子などおらず、だからあの場にそんな者は存在せず、ゆえにこの家に何の支障もないとのこと。

 事前に通告されていたように、彼は少々の手切れ金を渡されて家を追い出されていた。


「くそ……」


 結局、武芸指南役になった男にあしらわれただけだった。

 周囲の人間にその正体を示すどころか、その真価を証明するだけになった。

 各家の面々からすれば、あのドラ息子が成長したものだと感心され、彼らの師である童顔の剣聖の株が上がっただけだった。


 そう、結局数に頼んで戦って勝っても、背中から刺して勝っても、それは周囲から評価を得られるわけではない。

 武芸指南役という立場の人間にしてみれば、勝つのは当たり前で、そのうえで品位が求められるのだろう。というか、そうでなければ領主に指導などできるわけもない。

 ある程度の強さに加えて、指導者としての人格と品位が求められるのが武芸指南役なのだということを、彼はついぞ理解できなかった。


「ああ、くそ……!」


 恥をかかされた。何もかもを失った。

 結局、彼は相手にしてやろうと思っていたことを、全部自分で味わうことになっていた。

 世界中の人間が、自分のことをバカにしていると思っていた。


「許さん……絶対に許さん……」


 仮に彼らを殺しても、なんの利益にもならない。

 かかった費用に対して、赤字になるだけだった。

 だがそれでもかまわないと思っていた。自分の尊厳を脅かした相手が生きていることが許容できなかった。

 もはやドラ息子ですらなくなった彼は、残った最後の金を使って人を集めていた。

 とにかく奇襲だった。相手が準備していない段階で、一気に襲えばああも落ち着いて立ち回りができるわけもないと思っていた。

 それは、そこまで間違いではなかった。

 住処を襲う夜襲なのか、行動中を狙う奇襲なのか、いずれにしても勝算は確実に上がっていた。


 ともかく、もはや落ちぶれ切った彼は、郊外の空き家で人を待っていた。

 もうすぐ、自分同様にぶちのめされた面々が、志を同じくして集まってくるはずだった。


「ぶち殺してやる!」


 当たり前だった。

 悪意をもつ人間が他人を傷つけるとき、それは自分がされた場合もっとも嫌なことを行うということ。

 それが返ってきて、まさか殺されずに倒されたことに対して感謝する、なんてことはありえない。

 人を倒せば、名をあげれば、その分誰かから恨まれる。それは仕方がないことだった。


「……遅いぞ!」


 酒を飲んでいた彼は、ようやく入ってきた男たちに怒鳴りつけていた。

 不機嫌の絶頂だった彼は、思いのほか少ない襲撃の同志たちに向かって罵声を浴びせていた。


「そうか? まだ昼だし、酒を飲むには早すぎるぐらいだと思ってたんだが」


 そこには、武芸指南役の五人が並んでいた。

 宝貝を抜きにしても自分を圧倒した男たちが、五人全員が宝貝を装備したうえで抜刀している。


「な……」

「なんで、ここにとは聞くなよ。お前を殺しに来ただけだ」


 死体という物体は、とても臭く汚い。

 それをパーティー会場で発生させるわけにはいかなかった。

 だが今この場なら、なんの問題もなかった。


「なんにでも段取りってもんはあるんだよ。俺たちは何が何でもお前を殺さなきゃいけないわけじゃなかったが……こうやって手順を踏みさえすれば、殺していいってことだ」


 昔の自分なら、逆恨みをするだろう。五人ともそう思っていたので、こうなったときのために仕込みを終えていたのだ。


「お前はもう商家の長男じゃないし、周囲には誰もいないし、お前は俺たちを殺すために人を集めようとした。つまり……」


 四人が援護の構えを見せる中で、一人だけが前に出る。


「俺たちがお前を殺しても、なんの問題もない」

「ひっ……!」

「死ね」


 およそ、どれだけ口にした言葉かわからない。

 しかし、ここまで確実な死を予測させる言葉ではなかった。



「終わったぞ」


 空き家の前には、死体になった彼が集めようとした男たちが待機していた。

 なんのことはない、五人の武芸指南役は動員された彼らに小銭を渡し、自分たちを襲撃するために人を集めるようだったら、連絡を入れろと頼んでおいただけだった。

 もはや商家と縁を切られた男と、その実力を示した武芸指南役の五人。いくら付き合いに差があるとはいえ、どちらを優先するかなど考えるまでもなかった。


「これは約束の金だ、大事に使えよ」


 密告の代金、というにはさほど高額ではなかった。

 この場のごろつき全員で分ける、という意味でもさほど価値があるわけではない。

 しかし、落ち目の男を売るだけで手に入った金額であることを思えば、とても割のいい仕事だったのだろう。


「へへへ……」

「ああ、それから……」

「わかってますって、これは口止め料も入ってるんですね?」

「いいや、言いふらしてもいいぞ」


 ごろつきどもは思っていたことと違う対応に、やや困惑していた。

 たいていの場合口止めも含まれている報酬のはずだが、今回はそうではないという。

 五人とも本気で、今回の一件を公にしてもかまわないと思っているようだった。


「今回の件は、あらかじめアレの元実家や領主様に言ってある」

「つまり、俺たちがあいつを殺したことを知られて困る相手は一人もいないってことだ」

「というかだな……そうでもないのにわざわざ殺すわけがないだろう」

「ただ、これは全くの善意からの忠告だが、言わないほうがいいだろうな」

「いくらもらったんだ、とか言われてたかられるぞ」


 つまりは、今回の一件で自分たちとごろつきの関係はおしまい。もう追加でいくらも払うことはない。

 そう言外に言い切った五人は、そのままひと仕事を終えた顔で去っていく。


「すげえ……」


 何もかもがすんなりと解決した、その事実にごろつきたちは感服するしかなかった。

 そう、こうしてこの地方で最強とされた五人組の武勇伝は、さらに増えていくのだった。

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