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「今日は非公式の参加であるが……それでも貴殿たちとの語らいはなくなるまい。今日は楽しませてもらうつもりだ」

「いつも息子がお世話になっています、今後もご贔屓にしていただければと思います」


 商家の別荘、郊外で比較的広い庭のある屋敷にて、晴天の下パーティーが開かれていた。

 非公式のため記録には残せないが、それでも領主が訪れたというだけでその商家の格が示せるというものだった。

 特に、今回の場合は特に意味が大きい。単なる取引相手ではなく、領主本人や領主の息子に指導を行う武芸指南役に、商家の長男が選ばれているのだから。

 また、五人の内四人が、特に目立った生まれではないことが大きかっただろう。これで五人全員が商家の生まれだったなら、ありがたみは五等分されていたはずである。


「……兄さん」

「なんだ」

「この間は……」

「気にするな、俺がやったことに比べれば、大したことでもないだろう」

「……大人になったな、兄さんは」

「そうでもなければ、この役目にはつけないさ」


 領主側の兄と商家側の弟は、視線を交わすことなく語り合っていた。

 その上で、懸念事項を伝え合っていた。


「それで、やっぱり近くに馬鹿がいたりするのか」

「ああ……結構な数だ。大丈夫なのか?」

「安心しろ……俺はもう昔の俺じゃないし、俺は一人でここにいるわけでもない」

「……同僚が助けてくれるって?」

「それだけでもない、俺達には正真正銘の『最強』がついている」


 防具の宝貝に刻まれた、ソペードの家紋と『山水』の文字。

 その誇りを文字通り胸にして、長男は弟を安心させようとしていた。


「そこいらのチンピラの百や二百、俺一人でなんとでもしてやるさ」

「……昔より大きいことを言うんだな」

「相応をわきまえた上での言葉だ、それだけ強くなったと思え」


 次男にしてみれば認めたくないことではあるが、頼もしくなっていた。

 確かに己の兄は、一皮も二皮も剥けて帰ってきたらしい。


「それはそれとして……やっぱり複雑だ。これだけ人が来たのは、いつ以来だろうか」

「喜べる客層じゃないだろう」

「それは、まあそうだけど……」


 商家の家族が集まっているが、その反応はある意味一定していた。

 具体的には、主である父たち、現役の家長たちは完全に割り切っていた。

 つまり、主催者である兄弟の実家と仲良くなろう、という姿勢だった。当然極めて好意的である。

 なにせ、自分の家の息子が領主直属の部下になるというありえない大出世によるものである。わざわざ競争しようと思うことさえない。

 確かに直接的な利益になることはないとしても、こうして領主と彼は今後非公式ながらも付き合いが継続する。

 であれば、仲良くなって損はないのだ。


 しかし、その妻たちの顔は複雑だった。割り切れていないのだろう。

 まず、五人の格好が珍奇という事がある。ソペードの家紋が刻まれているとはいえ、着ている服はスイボクの素人細工である。それを見て、いい心象を受けることはないだろう。

 加えて、自分の息子たちに悪影響を与える『成功例』である。そりゃあよく思われるわけもない。


 そう、息子たちは五人組に注目していた。

 己の腕に自信があるものも、そうではないものも、この地方最強とされる地方領主の武芸指南役達に目が向いていた。

 自分たちでは近づくことも難しい相手と、日常的に触れ合うであろう五人組。

 それが自分たちと年齢がさほど変わらず、出身も自分たちと同等かそれ以下だというのだから、憧れてしまうのも無理はない。

 あるいは自分たちも、彼らのようになれるのではないか。そう思っても当然であり、それをどの程度本気にしているかで、各々の視線の温度は違う。

 あの程度の輩でも務まるのなら、と思う面々も多い。それは皮肉にも、五人がかつて山水や祭我に向けたものと同じだった。


 とはいえ、領主のそばにいる彼らへ、いきなり声をかけることはなかった。

 さすがに、領主に対して無礼がすぎる。そして特段慌てる必要もない、今日はパーティーなのだ。

 ほうっておいても、挨拶の機会は巡ってくる。


「領主様、今日はお会いできて光栄です」

「いやいや、偶には羽を伸ばしたいのでな」


 この地方領主は、特別に才能があるわけではないし画期的な政策をしているわけではないが、そもそもこの地方は比較的栄えており、故に領主も比較的慕われていた。

 であれば商家が領主に対して、不満を表に出すわけもない。さらに言えば、ソペードの当主が直筆の推薦状を渡すほどの剣士を与えられているのだ。そういう意味でも、安泰の領主と言えるだろう。

 その領主とお近づきになれるのである。ゲストたちはそれだけで満足であり、ホスト側も楽ができていた。

 領主が順繰りに話をしていくだけで、ゲストは満足して帰っていくのだ、こんな簡単な話もない。

 もちろん、なんの問題も障害もない、というわけはないのだが。


「新しい武芸指南役殿ですか……私のことを覚えていますか?」

「もちろんです……お久しぶりですね」


 近所であり、同じ程度の家の生まれである。であれば、見知った顔であっても不思議ではない。

 二人のドラ息子は、互いに向き合っていた。


「同じ年代の者が出世して、私も嬉しいですよ」

「……喜んでくれたのであれば、私も嬉しいですね」

「貴方の友人の武名は、この地域には轟いていますよ。羨ましい限りです」


 そう言って、彼は持っていた酒を差し出していた。

 その顔には、わからない程度に歪んだ笑が張り付いていた。


「……」

「宴の席で一滴も飲んでいないので、いかがかと思いまして」

「……」


 手を伸ばそうともしない彼に対して、にこやかに笑いながら酒を勧める。

 それを見て、領主は朗らかに笑いながら、己の部下に助け舟を出していた。


「はっはっは! 今日は私の部下に武を示してもらうつもりなのでね、酒は禁じているのだよ」


 かばうように、というよりは付け入る隙を与えながら、領主は酒を止めていた。

 確かにそう言われれば酒を勧めるのは無理だが、また別の思惑へ誘導させやすくなっていた。


「なんと、ソペードの当主様から推薦状をいただくほどの達人の腕前を見れるのですか」

「ええ、私も楽しみにしているのだ。なにせ、なかなかその腕前を見ることが出来なくてねえ」

「そうですか……では是非、私にその役目を任せていただきたく」


 酒を付き人に渡しながら、とても獰猛に笑うドラ息子。

 酒を渡された付き人は、大慌てで誰かを呼びに行っていた。


「私も興味があったのですよ。聞けば新しい武芸指南役殿は、希少魔法を使用出来るようになる武具を身に着けており、それによって町の小悪党を百人以上叩きのめしたとか」

「私の同僚ですね」

「是非、それを見せていただきたい」

「そうはおっしゃいますが……さすがにそれだけの相手をすぐに用意はできないでしょう」

「では、相手さえいれば実演していただけるのですね?」


 ドラ息子は気づいていなかった。

 己の歪んだ笑を、地方領主の息子が驚愕の目で見ていることを。


「……もちろんです。ソペードは武門の名家、その当主様から推薦を受けている私です。挑まれたのであれば、応じるのは当然のこと」

「その言葉、たしかに聴きましたよ」


 やや躊躇いがちに応じた彼の言質。それを聞いて鬼の首をとったように笑う。

 そんなドラ息子の母親が、表情を曇らせた。

 今にも叫びそうになって、夫にすがりついていた。


「せっかく武芸指南役殿がいらっしゃるのです。それなりに使えるものを揃えてきましたよ」


 武装しているならず者達。それがパーティー会場のすぐ前に集まっていた。

 誰もが簡素な防具を着こみ、手に槍を持っている。

 その数は、五十人かその程度と言ったところだろう。


 どう見ても、この場にそぐわないであろう、町のチンピラ達。

 それを見て、パーティーの参加者たちは露骨に嫌悪で顔を歪めていた。

 現時点で自分が犯した愚が、己をどう印象付けいているのか、彼は気づいていなかった。


「どうですか? ソペードの当主様直々に推薦を頂いた方。まさか噂が嘘だったなど、とは申しませんよね」

「ええ、もちろんです。領主様、少々無作法をいたします」

 

 もはや付き合うつもりはない、と、すっぱり応じた彼は、そのまま臆することなく歩き出した。

 腰には短長の刀をさしているとはいえ、それでも目の前の軍勢を前にすると余りにも心もとない。

 しかし、何を恐れることもないと、己を鼓舞することもなく彼は前へ歩いて行く。


 それを、領主も他の武芸指南役たちも、誰も止めなかった。

 心配さえせずに、それを見送っている。


「……おい、お前は」


 まさか、本当に一人で全員を相手にして、全員を圧倒するつもりなのか。予定と違う反応に、ドラ息子は困惑する。

 しかし、そんなはずはない。如何に彼が希少魔法を操れるとはいえ、数の暴力の前に少々の技術など意味がない。

 まして、自分と大して変わらないはずの、彼がそんなことをできてはいけないのだ。


「俺は……俺は武芸指南役だ。お前が言ったように、あの程度の輩はなんということもない。お前が用意できる程度の輩が徒党を組んだぐらいで……今の俺をどうにか出来る、と思うな」


 もう振り向かず、彼はあくまでも泰然としたまま歩いて行った。

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