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過労

「とにかくどいつもこいつも、俺の命令を聴きやしねえ」

「そうか〜〜大変だな〜〜」

「別にドラゴン殺してこいとか、敵国に侵入して情報引っ張ってこいとか、死んだ人間を生き返らせろとか、そんな無理難題を押し付けているわけじゃない」

「確かにそれは無理だなあ」

「俺は、ただ一地方の人数を数えてこいと命じただけだ。確かに家族構成とか男とか女とか成人だとか老人だとか、そういうことも調べろとは言った。だが、予算だって割いたし時間だってくれてやったんだ。給料も多いとは言えないが、交通費は別に出してやったんだ。にもかかわらず、三人送り込んで三人とも汚職領主に全面協力して帰ってきやがった! しかも、他の地方に送り込んだ連中もだ! 使えないとか有能だとかそういう問題じゃねえぞ!」

「確かにそれはいらいらするねえ」

「だろう?!」


 宗主国であるアルカナ王国からの来賓を迎えての晩餐の席。

 ドミノ共和国は戦争に負けたばかりなので貧乏を極めているが、ダヌアを右京が持っている関係上食事だけは尋常ではないほど豪華である。

 常に激怒している、いつでも粛清している、わざわざ自分の手で処刑する、怒りと憎しみ以外の感情が存在しない、とか言われている右京も食事時だけは年齢相応に笑顔だった。

 愚痴を同胞に語っている一方で、その顔は苦労してるんだよ、という酒の席の冗談程度の顔だった。

 それを見て、彼の妻であるステンドはこういった。


「今日はいつもよりだいぶ機嫌がいいな」

「……王女様、これで、ですか?」

「そうだ、いつもはこれよりもかなり機嫌が悪い」


 清貧をよしとするカプトの令嬢であるパレットも、出された食事を食べないという事はない。

 そして、並んでいる大量の『日本料理』、というか洋食の豪華さと美味さには驚嘆を隠せなかった。

 それ以上に、右京の機嫌がいいことに驚いていた。

 右京と正蔵は、洋食ではなくうどんやそばをすすっている。すすりながら談笑していた。

 談笑というか、右京の話を正蔵が聞いていた。

 その穏やかな光景をみて、同席している右京直属の部下たちも安堵していた。


「何度お前を呼んで、奴らの前で領地を灰にしてもらおうかと思ったのかわからない。というか定期的に考えてる。時間経過を正確に計れるぐらい定期的に考えてる。朝から三回ぐらい考えてるとちょうどお昼で、お昼を食べてから更に三回ぐらい考えてるとちょうど晩御飯になる。つまり三時間おきぐらいに一度考えている」

「そんなに俺を呼びたくなってるんだ……」

「ヴァジュラもダインスレイフもウンガイキョウもエリクサーもダヌアも二十四時間休みなく働いてくれているが、それでも全然追いつかない。っていうか情報の精査をしているだけなのに、正しい情報が全然入ってこない。収穫高とか内戦の復旧ぐあいとかが全然入ってこない。別に面倒なことじゃないはずなのに、誰も俺に正しい情報を教えてくれない」

「……あのさあ、右京」

「なんだよ」

「情報のセイサって、どうやるの」


 ものすごく初歩的で基本的で本質的なことを聞いてきた。

 そんなに興味があるわけでは無さそうだが、ちょっとは好奇心があるらしい。

 その質問に対して、よくぞ聞いてくれました、という顔をするのが右京である。


「ほう」

「いやさ、よく王様は忙しいとかいうじゃん。ハンコを押すのが大変とか、よくあるじゃん。でもそういうのって、あくまでも漫画とかアニメとかでやってるだけのポーズじゃん。実際はどんなかんじなのかなって」

「いい質問だ。これを日本にいたときに俺も知りたかった……」


 目を閉じて、故郷を思う右京。

 思えば遠くへ来たもんだ……とそばをすする。


「まず、人口を調べろと一人送り込む。当然、現地に人を送り込んで、調べさせる」

「うんうん」

「で、俺に報告が上がる。だが俺はそいつがどれだけ仕事が出来るのかわからないので、一応次のやつも送り込む。とはいっても、当然すぐに送り込むわけじゃない。一人目が行って、調べて、帰ってきて、報告するまでは待つからな。だから大体三ヶ月後になる」

「そんなになるんだ……やっぱ電車も電話もないと大変だねえ」

「そうなんだよ……電話が欲しい、っていうか無線でも有線でもいいから、通信技術が欲しい。贅沢は言わないから、モールスでもいい。とにかく三ヶ月後に二人目を送るわけだ」

「三ヶ月後にか……」

「で、三人目も一応送り込む。そんでもって、その間に二人目の報告書と一人目の報告書を見比べるわけだ」

「数が違ったりするの?」

「いいや、一緒だと逆に問題なんだ。一人目も二人目もまるっきり同じだったんで、一人目から半年経過した三人目も確認する」

「それも一緒だったんだ」

「そうなんだよ……半年も経過するのに、その領地では一人も生まれてないし一人も死んでないんだよ。それに、電卓もないのにまったく計算違いもないんだ」

「ああ、そりゃあ変だねえ」

「おまけに納税額も明らかに不自然だった。前年比で殆ど差がない。お前に吹き飛ばされた民間人上がりの兵士が死んだんで、収穫が維持できるわけもないのにだ」

「そうか……そんなところにも影響が」

「こうなるともう、領主を呼び出して確認するしかないだろう。疑わしい領主を全員呼び出して、そいつらの前で汚職が確定している奴を家族ごとボコボコにするんだよ。俺が直々に」

「うん、一気におかしくなったね」

「国宝級の花瓶とかをウンガイキョウで増やして、頭に叩きつけまくるんだ」

「なんで国宝で?」

「ヴァジュラの柄頭を尻にぶち込んでやろうとしたこともあったな。ウンガイキョウとダインスレイフは止めなかったが、ダヌアとエリクサーが止めたんでやめたが」

「なんで神宝で?」

「俺も徹夜続きとか運動不足とかでイライラしているからな、その怒りを全部諸悪の根源である悪徳地方領主にぶち込みまくるわけだ。もちろんそいつ個人だけじゃなくてそいつの子供とかも容赦なくずたずただ。家族は辛い時も支えあうものだからな」

「八つ当たりじゃないのが悲しいねえ」

「そうなんだよ、悲しいけど仕方がないんだよ。実際そうやってると、ほかの領主の妻が自分から汚職の証拠を出してくれるからな。話が円滑でいいんだよ。もちろん、その証拠に証拠能力があれば、ではあるけどな。さすがにこの目で見ましたとか、この耳で聴きました、だとダメだけどな」

「そこはちゃんと調査するんだ」

「当たり前だろ、俺は法の番人どころか独裁者だぞ? ちゃんと裁判もする、裁判長は俺で弁護人もいないがな。裁判をせずに暴行を行うこともあるが、書類の手続き上は、階段から転がり落ちたとか貴族同士の喧嘩だとか、痴話喧嘩で刺されたとかで処理されているから問題ない。俺は書類には気を使うんだ。できるだけ(・・・・・)可能な限り(・・・・・)悪しき前例を残さないためにな。もちろんその書類には本人に署名もさせている。まったく問題ない」


 問題しかない、しかし真実しかない話を聞いて右京の部下たちは思い出したくもないことを思い出していた。

 パレットには刺激が強すぎたのか、青ざめて食欲をなくしている。

 自慢げに語る右京に対して、正蔵は現実感がなさすぎるのか「そうなんだ〜〜」と軽いノリである。


「もちろん、俺の行動を他のやつがやると問題になるから、そのうち法律で裁判とか証拠を集める手段とか、拷問で使用していい器具とかを制限するつもりだ。俺の国は法治国家だからな!」

「拷問は前提なんだ……」

「だから、俺がいまやってる行為そのものに一切の違法性はない。法の不遡及という大原則に従って、未来に俺が制定することが決まっている法律で、今の俺の行動が罰されることはないんだ。つまり、ホワイト一色。ブラックな要素など一切ない」

「独裁者って怖いねぇ」

「そう、独裁者は怖いんだよ……俺は怖い、俺以降にこの国で独裁者が生まれたらと思うと! 国民の上から下まで独裁者なんてまっぴらだ、と思わせたくなってしまう!」


 その話を聞いていると、パレットは思ってしまう。

 この人、最強すぎやしないだろうかと。

 よくもまあ、こんな男の国と戦争をして勝てたものである。


「話がそれたが、各地から送られてくる書類を通して、明らかにおかしい情報がないのかを調べるのが、今の俺の仕事だな。具体的には、俺が内戦で壊した街とか関所とか、お前が吹き飛ばした軍隊の復旧具合とかを調査しつつ、その汚職を拭っているところだ。汚職率が三百を超えていて、粛清していたら地方領主をまた皆殺しにしないといけないところだった」

「また、っていうのが一切誇張じゃないのが怖いねえ」

「汚職率が三百を超えているのは、地方領主一人に付き、最低三つは深刻な汚職があるという意味だ。まあそりゃあそうだろうとは思うけどな」

「国中の書類を調べてるの? 全部一人で?」

「さすがに一人じゃないさ。さっきも言ったが、神宝たちにも二十四時間労働してもらっている。もちろん、今も書類と格闘中だ。人間じゃないって素晴らしいな! 寝なくてもまったく間違えない! ヒューマンエラーがない! おまけに俺の側近が賄賂を受け取っていて、不正を働けば必ずわかるからな。まあ、俺の側近が賄賂を受け取るなどありえないが。なにせ四六時中俺と一緒だし、俺と一緒に城に引きこもっている。賄賂を受け取る暇も使う暇もないからな。まあ、家族が受け取って使っている場合は考えられるが、俺と四六時中一緒で俺の怖さを忘れる暇がない連中が、自分が贅沢できない賄賂を受け取って、家族だけを幸せにしたいとは思わないだろう」


 給料は良くても時給換算するとまるで採算に合わないブラック労働に加えて、常に右京と一緒にいるという罰ゲームを味わっている側近たちは暗い顔をしていた。

 もう話を聞くのを諦めて、エビフライやカキフライを食べることに集中することにした。

 飯だけは、飯だけは彼らの想像したごちそうなのだ。これを楽しまなかったなら、それこそなんのために志願したのかわからない。


「とにかく、国を治めるという事は国と戦うに等しいと最近は痛感している。為政者の最大の敵は国民であり、最強の敵は不正を働く役人どもだ。確かに革命は達成したし、元々の目的である皇帝とその一族の抹殺は完了したが……そんなものは、民主主義的に言えば、選挙で勝ったようなもんだ。本番は任期を如何にまっとうするかにある。お前もそう思うだろう?」

「暇で暇で死にそうな俺が、いっきに悪人に思えてくるよ……俺もカプトに帰ったらなんかしようかな……」

「お前は考えないのが仕事だろ、気にすることないさ」


 屈託なく、とても朗らかに笑う右京。

 長年の友人に対してそうするように、隣に座ってうどんをすすってる同胞の肩を掴んでいた。


「実際まあ、ステンドのおかげでだいぶ助けられている。昔攻め込んだ俺が言うのもどうかと思うが、アルカナ王国から連れてきた人たちは、本当に真面目で信頼できる。ステンド自身も俺の仕事に対して理解があるし、いい嫁をもらっていると思っているよ。俺の力不足を、本当に支えてくれている」

「……」


 それが、偽りない本音であることは、余りにも明白だった。

 本人に向けたものではないが、嘘偽りない感謝が口から出ていた。


「あと百人ぐらい欲しい。部下とセットで」

「……」


 さすがに閉口する正蔵。

 完全に嫁を労働力扱いしていることで、パレットもこれでいいのかと王女の顔を伺っていた。


「ふん……褒めても何も出ないぞ」


 ステンドは自分の有能さが評価されているので、とても嬉しそうだった。

 これはこれで、互いに尊敬しあっている夫婦と言えるのかもしれない。


「この際野蛮で幼稚なドミノを、アルカナ王国の植民地として管理し教育し啓蒙して欲しい。負担が大きいこともわかるから、さすがにそこまで無茶は言えないけどな。とにかく使える人間の数が少なすぎる、人は国の宝とは本当だったんだな。人は城、人は生垣、人は堀とはよく言ったもんだ。帝国と戦っている時は、有能な奴を片っ端から殺して回っていた頃は、皇帝を守る奴は死んで当然だと思っていたが……もったいないことをしたもんだ」

「ま、まあそれはそれとしてさ、結婚式には俺もパレット様もノアも参加するんだよ。山水や祭我が帰ってきたら、国を上げて挙式をするっていうアレ」

「ああ、アレか……」


 ドミノ共和国の最高権力者『異邦の独裁官』風姿右京と、アルカナ王国王女ステンド・アルカナの結婚。

 マジャン王国第一王子マジャン=トオンと、ソペード家本家令嬢ドゥーウェ・ソペードの結婚。

 それらの、合同結婚式。


 アルカナ王国が各国から王侯貴族を招いて、独占している八種神宝と、最強の切り札である五人を揃えて並べるという結婚式に合わせた自慢大会である。


「まだ結婚式してなかったからな、正直敗戦直後でそれどころじゃなかったし」

「お前は大変だろうけどさ、俺は正直楽しみなんだよ。ほら、最後の切り札も来るらしいし」

「ディスイヤの切り札、『考える男』、浮世春か……」

「日本人に会えるのが楽しみでさ」

「それはたしかにな……お前を含めて、他の切り札たちも誰も会ってなかったな」

「スイボクさんは会ったことあるらしいぞ」

「……スイボクさん、結婚式にでるとか言ってたか?」


 ここでようやく、右京はうんざりした顔になっていた。

 結婚式が煩わしいのは知っているし、国家同士の結婚とも言える今回の式が更に煩わしいのは当然だった。

 しかし、うんざりしているのは、やはりスイボクについてであろう。


「エリクサー以外の神宝は、パンドラに会いたくないって言ってるんだが……それ以上にスイボクさんに会いたくないって言っているぞ。やっぱりエリクサー以外は」

「俺はアレからスイボクさんに会ってないけど、多分出ないよ。王様もカプトの当主様も嫌だろうし」

「俺は一生会いたくないというか、あの人に関わりたくないがな。あの人とつきあいがあることでリターンはあるが、リスクがでかすぎる……あの人、お前より考えなしだしな」

「そりゃあまあそうだけどさ」


 傷だらけの愚者、興部正蔵。

 その妙に格好いい二つ名は、単に魔法の自爆で傷だらけというだけなのだ。

 その正蔵も、間違えて国を滅ぼしたりはしていない。

 スイボクの場合、間違えて国を滅ぼすことがよくあったらしいのだ。

 彼の場合人生が四千年ぐらいあるので、そんなにしょっちゅう滅ぼしているわけではないのだが。

 ただ、人間はそう何度も国を滅ぼすことはない。


「あいつらのスイボクさんを嫌う気持ちは年季があるからな。多分弟子である山水にだって会いたくないぞ」

「さすがに山水は出ると思うな、ソペードの切り札だし」

「パンドラにも山水にも会いたくないというが……まあ属国の悲しいところだ。無理矢理でも連れて行くがな。というか、ノアに載せてもらうことになると思うんで、その時はよろしくな」


 八種神宝と五人の切り札の集結する結婚式、それが何を意味するのかと言えば……。

 なにやら、ろくでもないことが起きるという事であろう。

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右京は本当に偉大な男だよ…。
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