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英雄

 本来怨敵ともいうべき関係である傷だらけの愚者と異邦の独裁官。

 しかし、傷だらけの愚者にしてみれば侵攻を受けた実感はなく、異邦の独裁官にしてみれば自分からケンカをふっかけたという自覚もあって怨恨は特にない。

 むしろ、同郷ということで仲が良いぐらいだった。祭我が山水に対して慕っていたように、日本人どうしとして共通理解や共通認識がある、というのはとても大きかったのだろう。

 なにせ、言葉は通じても単語が通じないのだから。


「本当に死ね! 内政チート主人公は本当に死ね!」

「まあまあ……落ち着きなよ、右京」

「こう、頭をつかんで机の角とかにがつんがつんがつんがつんがつんがつん!」

「ちょっとちょっと……あぶないって」


 屋外に着陸したノアのもとに来た右京は、とりあえず愚痴で迎えていた。

 全力で愚痴を言っていた。なにせ、内政チートなど正蔵ぐらいにしか伝わらないのだ。


「はあ、やれやれ、困ったもんだ。とか言ってて実際には全然困ってもない余裕タップしのツラが血まみれになるまで髪の毛をつかんで、頑丈そうな机の角っこにがつんがつんがつんがつん! がっつんがっつんがっつんがっつん!」

「ちょっと疲れてるんだよ、寝てきたら?!」

「寝る暇なんてねえんだよ! 最近は徹夜続きなんだよ! 百仕事をして来いって言ったら、一つも仕事をしてこないで偉そうに百って書いて出すバカどもに鉄槌を食らわせてやってるんだよ!」

「そうか~~大変なんだねえ~~」


 カプトの切り札と王家の切り札がどうでもいい世間話に花を咲かせているところで、カプトの令嬢と王女も困惑しながら情報交換してきた。


「王女様……その、そんなに大変なんですか?」

「うむ、不正が横行し腐敗が蔓延している。帝国貴族の堕落ぶりは知っていたが、それに抑圧されていたもの達が今度は自分が楽をする番だ、と帝国貴族の真似をしていた」

「それは……悲しいことです」

「むしろ、ウキョウに驚嘆している。誰も彼もが腐敗している状況で、一切の腐敗を許さずに断罪と改革を進め、送られてくる資料のすべてに目を通して矛盾がないのかを確認しているからな」

「……ドミノ全体の文書をですか?!」

「そうだ、そして腐敗していない報告を探すほうが難しい状態になっている。それを正そうとしているウキョウは、国と戦っているようなものだ」


 よく気骨が持つものだ、とステンドは心底感心して尊敬していた。

 比喩誇張抜きで、国家を一人で支えているのである。もう褒めるしかあるまい。


「革命しても革命前と変わらない、と言われるのが嫌なようでな、国民に改革されたことで改善があったと証明するために心血を注いでいる」

「……民衆から見れば、この上ないお方なのでしょうね」

「それは保証する。腐敗しようもない民衆から見れば、税は安くなり悪徳の領主は粛清されていくからな。ウキョウが腐れば一瞬でついえるが……よく持ちこたえていると思うぞ」


 要するに国中の人間の頭をつかんで『不正するな』『搾取するな』『ちゃんと報告しろ』と怒鳴って回っているようなものだ。

 本人の疲労は甚だしいものがあるだろう。よくも年単位で持ちこたえているものだ。

 そうでもなければ、独裁者など務まらないのかもしれないが。


「俺は別にめちゃくちゃ優秀な人間を要求しているわけじゃあない! 百頼んだら八十ぐらいやってくれて、二十できませんでしたと素直に報告してくれる奴なんだ!」

「そういう人はいないの?」

「いないわけじゃあない。だがな、千人に一人いるかいないかだ! こっちはそんな希少種を探す手間も時間も労力も惜しい! そして公務に必要な人間は千人どころじゃない! 人材を育てるとしても、まず人材を育てる人材がいない!」

「……今までどうなってたの、この国」

「どうにもなってなかったから、俺が簡単に亡ぼせたんだよ!」


 どうにもなっていなかったとはいえ、国をひっくり返して維持しているあたり、流石は切り札に選ばれた男である。

 もちろん、皮肉ではあるのだが。多分、彼としてもこの国をアルカナ王国が併合したほうが、よほど楽だったに違いない。


「世の中の内政チートしている連中に言ってやりたいね! 言ったことを言ったとおりに動く人間がどれだけ希少で価値があるのか! そんでもって、その人材が希少であることの意味を! 公務なんだよ! 国家公務員なんだよ! 国家公務員の大半が汚職しているってどういうことだおらあ! ちゃんと仕事をするのが希少って時点で! とっくに詰んでるんだよ! っていうか! 仕事のできる奴を出世させたぐらいで、職場の人間がいきなり全員真面目に仕事をするようになるわけがないだろうが! 国の人間を皆殺しにして、よそから優秀な人間を引っ張ってくるっていうのか! そんな優秀な人間が出てくるんだよ! どこにいるんだ、そんな優秀な人間が! リセマラか?! リセマラなのか?! ぶっ殺してやる!」

「まあまあ……」

「かっこいい僕の素晴らしい法律や指示に従えば、みんなハッピーになれると思ってる奴! 幼稚園からやり直せ! 保母が幼稚園児にどれだけ手を焼いているのか、よく見てこい! 子供は純粋で純真で、とか思ってる奴! 現実と現物を見てこい! 見た上で首吊って死ね! 民主主義とか言ってる奴! 義務教育もなんもない国でんな無駄で無意味なことしようとしている奴! まず国民全体の数とそれを把握する制度と国民の識字率の調査してこい! 人数の手配と予算を組んでからいえ! 読み書きそろばんができない連中に投票なんて出来るわけねえだろうが! 仮に選挙したってな、税金をなくしますとかみんなが毎日ごちそうを食べられるようにしますとか! そんな詐欺以外の何者でもないことを口にしているような連中が当選して、その公約を全部破るに決まってるだろうが! なんで民主主義にした途端に優秀で有能な領主が沸くと思ってるんだ! 人間がまるまる入れ替わってるわけじゃねえんだぞ! 都合よくお前の命令を聞いて、都合よく末端まで指示できる人間なんて存在しねえんだよ!」



「ダヌア~~!」

「あがいたんでえ! ノアどうしたべえ!」

「死ぬかと思った~~!」

「あがいたんでぇ! ノア、八種神宝が泣くんじゃないさあ!」



「で、これが件のゴーレムか」

「そうなんだよ」

「変形したり巨大化したり空を飛んだり合体したりドリルを出したり光る剣を出したり機関銃を搭載していたりしないのか?」

「しないらしいよ」

「ゴミじゃねえか……おい、エリクサー!」


 如何にスイボクが長命で博識であったとしても、見たことも聞いたこともないものには詳しくない。

 それが戦闘に全く関係ない意志の聖杯エリクサーの機能であれば、なおのことだった。

 エリクサーの機能、壊れた道具の修復。それによって、破壊されていたゴーレムが復元されていく。


「ああ、そういう機能もあったよね」

「ああ、便利で助かってる……ウンガイキョウ、どうだ?」

「どうだって……そうねえ……」


 復元されたゴーレムをぺたぺたと触って、その素材などを確認しているウンガイキョウ。

 しかし、壊れたところから復元したところを確認しても、流石に何もかもはわからない。


「粛清隊の人、熱の魔法は使えたかしら? ちょっと分解するのを手伝ってほしいのだけど。ダヌア、蟠桃を出してちょうだい! ヴァジュラ、空が少し曇ってるから晴れにしてちょうだい」

「承知しました」

「わかったべさ」

「我にそんなことを頼むな! やるけども!」


 指定した場所に熱の魔法を当てて、ゆっくりと解体していく粛清隊の隊員。

 その彼は、熱の魔法でも簡単には破壊できないゴーレムの堅牢さに舌を巻いていた。

 それ以上に、これだけのゴーレムを苦も無く破壊しつくした、他でもない世界最強の男にはあきれるしかなかったのだが。


「『雷切』の師匠か……それを捕まえるためにゴーレムを投入したと……」

「王女様は直接ご覧になっていないのですから実感はないでしょうが……この目にした私としては、天に挑むようなものでして……」

「ウキョウは中々語らなかったが……それほどか」


 ステンドもスイボクのことは知っていたが、正直想像の限界を超えている。

 切り札たちでさえ想像の上限をはるかに超えているのに、彼らでも太刀打ちできないとはどれほどなのだろうか。


「でさ、ここに来る途中でライトフライヤーを何機か撃墜したんだよ」

「……ライトフライヤーを? エンジンとかプロペラもか?」

「ちがうちがう、風の魔法を使った人力だったよ」

「ああ、そういうことか……」

「たぶん、地球人がオセオにはいる。だから技術革新ができたんだ」

「だろうな……」


 アルカナ王国でも、日本人らしき男たちが魔法の歴史に名を刻んでいたりした。

 程度はともかく、まったく異なる常識を持っているからこそできる発想というものはあるのだ。


「技術チート、なのかなあ」

「違うだろ。技術チートなら、ゴーレムなんて作らねえよ」


 自分でも似たようなことをしていたからか、右京は正蔵の言葉を否定していた。


「俺も火縄銃とか作ろうと思った時期があるんだよ。でもまあ、完全にあきらめた。魔法よりも弱いってのもそうなんだが……扱いが難しい。訓練がスクロールに比べて劣ってたんだ」

「それはスクロールをたくさん作れるからなんじゃ?」

「それはそうだな、否定はしねえ。だがな、だったら『そいつら』だって火縄銃だとかそれの発展形だとかをまず作ろうとするんじゃねえか?」


 相手が技術チートなら、飛行機やゴーレムの改良系よりも先にやるべきことがある。他に作るべきものがあるはずだった。

 それをしていないということは、敵に技術チートは存在していない。


「内燃機関もプロペラも機関銃も作ってないのに、人力グライダーなんぞ作ってどうする?」

「それでも……俺たち以外にとっては脅威なんじゃ……」

「そうだな……ライト兄弟が動力付き飛行機を作ってから、ほんの百年で人類は月にたどり着いた。オセオに新しい技術が生まれつつあるのなら……百年後にはオセオが世界を統一しようとしているかもな」


 悲観的な未来を語る右京、しかしその顔には獰猛な笑顔が張り付いていた。


「安心しろ、適当な口実ができたら一日で亡ぼしてやる」


 百年後が永遠に訪れないようにしてやる、と為政者は語る。


「そっか、俺がやると角が立つと思うから、その時はよろしくね」


 自分が考えて行動するよりは、彼が考えて行動するほうがいいのだろう。

 傷だらけの愚者は、思考停止してかじ取りを任せていた。


「我が主……おおむね製造方法はわかったわ。でも、工作技術の問題で、複製は無理ね。それに、使用者をあらかじめ決めてあるから、私がそのまま複製しても無意味だわ」

「ああ、そうか。それはよかった……それじゃあ、概ねでいいから設計図とかを書いておいてくれ。アルカナ王国に届けないといけないからな」


 久しぶりに亡ぼすべき敵を見つけて笑う『皇帝』にして『英雄』は、その脳内で無数の策謀を巡らせつつあった。

 国という巨大な魔物を御そうと苦戦している彼は、その急所を国を亡ぼす以前以上に熟知しつつあった。


 その彼を見て、パレットとステンドは改めて理解する。

 彼もまた、国家に匹敵する『個人』なのだということを。

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