表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
192/497

苦労

「ああ、いらいらする。こんな茶番を何度繰り返せばいいんだろうな。一年中か?!」

「そろそろ本当に人死にが出るな……そうやすやす殺そうとするな、まったく……」


 もちろん、先ほどのもめごとは完全に茶番である。

 右京は本気で怒っていたが、それでも止めてもらうことが前提ではあった。

 第一、地方の領主を不正の度に殺していたらそれこそ政治は立ち行かない。

 気持ちはわかるが、とステンドは口にしない。気持ちで人を殺していたら、それこそ粛清の嵐で国が立ち行かないのだ。

 そして、ステンドがブレーキ役となることで、アルカナ王国への不信をぬぐうという意味もある。


 とはいえ、それでも右京が本気で怒っていると、ステンドでも粛清隊でも怖い。

 何度見ても、繰り返されるたびに怒りを増していく彼の暴挙には、足がすくむこともしばしばだった。


「ああ、もう。内政チートとか本当死ね」


 イライラしながら廊下を歩く右京は、返り血をダインスレイフに吸わせながらずんずんと進んでいく。


「世の中には悪い奴がいて、虐げられているかわいそうで善良な人がいて、悪い奴をやっつけて自分がリーダーになったら世界はうまく回っていくと考えている奴、全員死ね」


 この場にいない、おそらくは実在さえしないであろう輩に、彼は憤慨を向けていく。


「内政チート書いている作者はいいけど、内政チート主人公は死ね。本当死ね、絶滅しろ。っていうか、中国の近代史勉強しろって感じ」


 正直に言えば、ステンドをはじめとしてアルカナ王国の面々は、右京がよくこの国をまとめているとは思っている。

 アルカナ王国は王家と四大貴族で五分割して統治しているのだが、右京の場合ほとんど一人で国を回しているに等しい。

 自分と八種神宝以外のすべてを信じずに、信じるに足る人間を増やそうとしつつも、その都度裏切られて憤慨しているのだ。


「自分がかわいい女の子に十説明したら、十理解して全部うまくいくとか思っている奴! お前中国の共産主義者がどんだけ大ポカしたのか知ってるんだろうなあ! いったい誰が看視者を監視するのかとか、そういう言葉も知らねえんだろうな! まあ物語だからいいけど! 内政チート本当死ね! かっこいい俺が選んだやつなら、他の面々に都合よく指示を守らせられると思ってる奴! 死ね死ね死ねえ!」


 人間の姿に戻ったダインスレイフに肩車してもらって、エリクサーが右京の髪を整えていく。

 これから外国の貴人に会うので、失礼のないようにしなければならなかった。


「死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね!」

「あがいたんでえ、お茶を飲んで落ち着くばい」

「おう、ありがとう……死ね死ね死ね死ね死ね!」


 鎮静作用のあるハーブティを出してあげるダヌア。

 ぬるめのそれを一息に飲み干すと、さらに愚痴を続行する右京。


「今まで俺は虐げられていたんだから、その分いい思いをしたいと思ってる復讐系の主人公と、世間の皆様も同じ思考回路を搭載しているんだよ! 短絡(ショート)しろ、そんな思考回路! 公共の福祉とか考えてないのか! みんなが自分のことしか考えてなかったらな、国はいつまでも貧乏なままなんだよ!」


 脇を歩くヴァジュラが、微妙に気象をそうさして彼の頭に冷風を当てていた。

 彼の熱くなった顔に、涼し気な風をあてていく。


「っていうか、賄賂もらったからってなんで律義に仕事の手抜きするんだよ! 賄賂をもらったうえで、知らぬ存ぜぬでちゃんと仕事すればいいだろうが! 賄賂もらいました、仕事はしましたって報告すればいいだろうが! もらうもんもらって、そのうえでへらへらしながら『仕事ですからねえ~~』って言えばいいだろうが! その律義さとふてぶてしさを仕事に有効活用しろ!」


 ウンガイキョウが、彼の着ている服のたわみを直していく。


「不正しているのは俺だけじゃないんです、みんなやってるんです、じゃねえんだよ! お前だけならそんなに怒らねえんだよ! みんなやってるからこっちはマジ切れしてるんだよ! こっちが一体何人を相手にこんなバカみたいなことやってると思ってるんだよ! 喉がつぶれるんだよ!」


 そうして怒っていると、側近が慌てて走ってきた。

 足を止めない右京に並走しつつ、とんでもないことをいいだしてきた。


「ご、ご報告いたします! アルカナ王国方面で、『天罰』の魔法が確認されました! も、もしや、アルカナ王国は我が国を今度こそ……」

「ああん?! てめえふざけてんのか!」


 並走しながら、右京は側近の胸倉をつかんでいた。


「ほ、本当でございます!」

「そこは疑ってねえよ! お前の仕事はなんだ! 見たものをそのまんま俺に言うなんて子供でも出来できることなんだよ! お前の仕事はな、無駄に終わるかもしれないと思いつつ、何が原因でケンカ売られたのかを調べることと、どうやって謝ればいいのかを考えることだろうが!」

「ひ、ひぃ!」

「俺の仕事はそんなお前の提案を吟味することだ! わかったらとっとと考えに行け!」

「も、申し訳ございませんでした!」


 並走をやめて、大急ぎで走り去っていく側近。

 その彼を見送りながら、ステンドは口をはさんだ。


「私の祖国であるアルカナ王国が、この国を攻め落とそうとしているとは考えにくいぞ」

「無駄でもやるのが仕事ってもんだ。明日世界が滅ぶとしても、仕事は片づけなくちゃいけなんだよ!」


 そうして、ようやく貴人の待つ部屋にたどり着いていた。


「失礼します」


 一国の主権を預かるものとしての余裕と風格を出しながら、お忍びでこの城に訪れていた貴人の待つ部屋に入る右京。その変わり身の早さに、誰もが閉口していた。


「大変お待たせして申し訳ございません。非公式とはいえ、歴史ある国の軍人である貴方を、こうして長時間お待たせすることは本当に不本意なのですが……何分、若輩者でして、国を治める身としてはあまりにも未熟なため、こうして貴方をお待たせすることになってしまいました」


 その貴人には数名の護衛がついており、貴人自身は目を包帯で巻いていた。

 それが何を意味するのかといえば、法術でも治せない怪我を負っているということだろう。


「……社交辞令はよい」

「これは失礼、ここまで大変だったでしょう。ダヌア」


 命じられて、とことことダヌアが貴人の前へ歩いていく。

 そして、彼の包帯を外し、怪我の程度をみる。


「あがいたんでえ」


 懐から、人参果を絞ったジュースを出す。

 ガラスの容器に入っていたそれを、貴人の手に握らせていた。

 護衛としては、薄汚れた童女の出す飲み物など、怖くて飲ませられるものではない。

 しかし、これを飲むためだけに、貴人は散々たらいまわしをされてここにたどり着いたのだ。


「……うっ」


 思わず、目を抑える貴人。

 軍人ゆえに肩幅も広く、鍛え抜かれていた体を震わせながら、その顔を抑えていた。

 護衛たちはそれを心配そうに見ているが、やがて反応が訪れる。


「まぶしいな……」


 つい先日、演習中の事故で両目をつぶしてしまった彼は、当然法術使いの治療を受けていた。

 しかし、眼球に深刻な損傷があり、とてもではないが治療できるものではなかった。

 もちろん、演習中とはいえ仕事の最中にけがを負ったのだ。決して不名誉なことではない。

 加えて、法術で治らないのなら仕方がない、というあきらめもあった。


 ドミノとアルカナに、万病を治す果実があると聞くまでは。


 とはいえ、敵国とまでは言わずとも他国に借りを作りかねない、ということで貴人の国ではそれを求めることは禁止されていた。

 実際、藁をもつかもうという金持ちを騙そう、という詐欺師たちも少なからず存在した。

 しかし、幸か不幸か貴人は情報を集める力があった。一定の手続きを踏めば、その果実による恩恵を受けることができるのだと、彼は調べることができたのだ。


「……目が見えない、というのはおつらかったでしょう。我が国の傷病兵も、視力を失ったものは多かったのです。ですが、このダヌアの力によって、そうした苦しみはまさに根本的な解決を見たのです」

「まさに、天の助けというところか……」


 もしや、以前よりも視力がよくなっているのでは。

 そう思った貴人は、久しぶりの光に瞼を開け閉めしながら、その喜びをかみしめていた。


「本来、貴方のような方とお近づきになれることを思えば、こうした面倒な手続きなど踏みたくないのですが……そこは属国の悲哀と思っていただきたい」

「気にすることではない……こうして目に光が戻ったことを思えば、些細なことだ」


 非公式ではあるが、いいや、非公式だからこそ、きちんとした手順が存在している。

 まずアルカナ王国で法術を学んだ法術使いから推薦状をもらい、法術の総本山であるアルカナ王国のカプトへ赴く。

 そこで治療できるかの確認を行い、そこでも手の施しようがない、と確定してからようやくドミノの右京への紹介状が出るのだ。


「文字通りの万能薬です。腕の欠損や失明、男子の繊細な部位も含めて、あらゆる部位に速やかな回復をもたらす。ダヌアはこれを一日で消えるとはいえ、増産できますからね。カプトを通さずに我が国へ訪れてしまえば、それはカプトの法術使いから仕事を奪うことになってしまう」

「面倒なことだが……戦場に復帰できることを思えば些細だ。私はまだまだ国のために働かねばならん」


 失明、それが人間にとってどれほど重いことなのか、それは語るまでもないだろう。

 まして、点字もなにもないこの世界では、深刻さは地球を大きく超えている。


「……それで、対価についてだが」


 国が認めていない行動を、貴人はとった。

 ここにいることも、この国で薬効を得ることも、どちらも非公式なことである。

 つまり、弱みを握られているということだった。

 しかし、譲れることと譲れないことがある。貴人の顔は引き締まっていた。

 のど元過ぎれば熱さ忘れる。

 先ほどまでは、光を取り戻せるのなら何を差し出してもいいと思っていたが、正気に戻れば危ういことに手を出したことを後悔してもいた。


「今回は結構です」


 しかし、不安に思うほどあけすけに、無料で構わないと右京は笑っていた。


「と、いいますのも……軍に属していらっしゃる貴方ならばご存知かとは思いますが、原則として怪我や病気は誰でもするものです。もちろん法術で治ることのほうが多いでしょうが……もしも、のことはいつでも起こりますからね。今回は我が国の万能薬が詐欺ではない、と知っていただければ十分かと」


 確かに、それはある。

 はっきり言って、万能薬の存在などそうそう信じられるものではないし、法術で大抵の怪我や病気が治せるのならなおのことだった。

 そんな胡散臭いものを信じる、という輩は少ないだろう。

 しかし、今後貴人の身内でそんなことが起きれば……貴人は、推薦するに違いない。 


「加えて……不要なんですよ。私のような若輩者に、弱みを握られて言われるがままになる無能はね」


 右京は、一国の主としての風格を出していた。

 不気味に笑い、貴人の姿を観察している。

 観察している、ということを隠さずにいる。


「この国を統べることに四苦八苦している私としては、外国のことにまで目が行きにくいのです。外交も内政と同じく、国の一大事。であれば……」

「知っている顔、知っている人間は一人でも多いほうがいいと」

「ええ、我が国は多くの友人を必要としています」


 国を一人で支える、という状況に男としての羨望がないわけでもない。

 アルカナ王家も、彼に対して嫉妬がないわけでもない。

 しかし、自分で破壊した国の惨状は、決して悠々自適にくつろげるものではなかった。


「無論、貴方には貴方の国がある。私にも私の国がある。利害が不一致の場合は、ぶつかり合うこともあるでしょう。そこを無理に曲げてほしいとは思いません。ですが……実際、そこまで多くはないでしょう。全面的にぶつかり合うことなど」

「私は軍属だ、政治にかかわれる身ではない」

「ええ、ですが貴方にも政治にかかわるご親戚はいらっしゃるはず。きっと、貴方の回復を知って、自分もその恩恵を受けたい、と思う方も少なからずいらっしゃるはず」


 秘密でも、非公式でも、水面下でも、実際にあらゆる病を治す薬がある。

 であれば、大げさに宣伝する必要はどこにもない。


「もちろん、手順は踏んでいただきます。直接ここへきても、決して薬をお渡しすることはできません。ですが……手順さえ踏んでいただければ、私はどなたにでも薬効をお分けいたします」


 弱みに付け込む必要も、脅迫する必要も、対価を要求する必要さえもない。

 一日で消えてなくなる万能薬、それは流通させることができないからこそ、国家の最高権力者に直接会うという必要が出てくる。

 アルカナ王国に配慮することさえ、不要な相手への選別ともなる。



「ご安心ください、私はこの国の地図を広げるつもりはないのです。なにせ、今の時点でもてんやわんやでして。アルカナ王国とだけではなく、貴国とも仲良くしたいだけなのですよ」



 アルカナ王国の王女は思う。

 この男は、本当に一人で国を回す、正真正銘の独裁者なのだと。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 右京さん自身は実に感情的ではあるものの、制裁自体は契約に基づきそれを履行した結果ですしねぇ。不正したら一族郎党根絶やしにするよって契約書にサインしてるとか役人達は破滅願望でもあるのかな。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ