激憤
ドミノ旧帝都。
新政府が新しく首都と定めたその城で、数十人の国民が集められていた。
お世辞にも身分が高いとは言えない、食うには困らないとしても飽食の限りを尽くしているとは言えない面々は、なぜ集められたのかと困惑していた。
中には子供もいたし老人もいた。
つまりは複数の家族がまるごと集められて、一つの部屋で待たされていた。
その顔には、困惑と恐怖が満ちている。
それもこれも、この国の新しい『皇帝』への恐怖に他ならない。
「いやあ、集まってもらって悪いなあ」
ニコニコと、不穏な笑みを浮かべて風姿右京が現れた。
その笑顔は偽りではなかった。本心からの笑みだった。
だからこそ、その眼には血走るものが隠されていない。
もう笑うしかないからこそ、彼は笑っているのだ。
「実は、この場に集まってもらったのはほかでもない、場合によっては全員ぶっ殺すためだ」
右京は、三枚の契約書を見せた。
全くおなじ内容が書かれており、署名されている人名だけが異なっていた。
「実はな、俺はある地方の人口を調べるために、調査官を各地に送っているんだ。そう、お前たち三人だよ」
そう、複数の家族、というのはある三人の調査官の、その家族たちだった。
懐に聖杯を忍ばせ、手には短刀を持っているだけの男。
彼を前に、誰もが脂汗を隠せなかった。
「俺はな、お前らに命じたんだ。その地方の人数と耕作地帯の広さを数えて来いってな。三回調べさせて、三回とも人間を変えたんだよ。わかりやすいだろう?」
わかっていたことではあったが、家族たちは問題を起こしたであろう三人をにらんでいた。
恨み、呪っていた。
誰がどう考えても明らかだ、この三人は不正を働き、その証拠を右京に抑えられてしまったのだと。
そう確信するだけの材料しかなかった。
「三回送って、三回とも同じだったんだ。わかりやすいよな」
「は、はい……」
「きちんと、精査しました……」
「誓います、不正はありませんでした」
「へえ?!」
憎しみで人が殺せたら。
そんな言葉はこの世界にいくらでもある。
しかし、それは弱者のたわごとでしかない。
にくい相手を殺す。そんなことは当たり前で、憎いならさっさと殺せばいいのだ。
「でな、今年の税収を確認したんだよ」
また別の書類を見せる。
それには、その地方の税収が書かれていた。
地方の予算として使われる分と、国家へ送られる税収。
それらを詳しく書いてあるものだった。
「驚いたよ……資料が残っていた、俺が負けたあの戦争の前と税収が変わらなかったんだ。おかしいよなあ、土地がへってないとしても、働く人間が減ってるはずなのになあ」
不思議だなあ、と首をかしげているようだった。
まったく不思議に思っていないようだった。
「人数を少なく報告させれば、税収をごまかすことができる。その一方で、多く領民から税収を絞ればさらに税を懐に多く入れられる。でも、国へ入れる税は減らしたくなかったんだろうなあ……で」
全く躊躇なく、右京はその三人に短刀を切りつけていた。
三人の顔に、赤い線が走る。
「お前ら、なに調べてたんだ?」
怒りと憎しみで、目が染まっていた。
その短刀、復讐の妖刀ダインスレイフが三人の血をゆっくりと吸い上げていく。
それでも、彼自身の放つ圧力が彼らに抵抗を許さない
「も、申し訳ございません! 手落ちがありました!」
「お、お許しください! 決して汚職などしておりません!」
「賄賂を受け取ったのではありません、巧妙に隠された結果なのです!」
「ふうん? まさか俺が、なんの根拠もなくお前ら全員をまとめてぶっ殺すつもりだと思ってるんだ?」
彼は、指を鳴らす。
すると、武装している兵士が、縄で縛られた一人の太った裸の中年を連行してきた。
その体中に、拷問ではないとしても暴行の跡が残っていた。
「お前ら、知ってるよな? この男が誰なのか」
そう、暴行を受けて変わり果ててはいるが、知っている男だった。
三人が調べた地方を治める領主だった。
内戦によって変わった、新しい地方領主だった。
「こいつが俺に教えてくれたよ。お前たちに袖の下を渡したってな。ああ、袖の下って言われても困るよな? ああ、わかるように言おうか?」
まだ血を抜かれていない家族たちも、その表情から血の気が引いていた。
「お前ら、酒と女とカネで、こいつのいう人数を深く調べずに俺へ報告したんだろう?」
中年男の頭をつかんで、床にたたきつけた。
「確かに、俺がお前らに払う給料よりも、こいつが渡す賄賂のほうが多かったんだ。それは悪いと思ってる」
何度も何度も、抵抗しない中年男を床にたたきつけていく。
「でもさあ、俺はお前たちにちゃんとどれぐらい給料払うのか、事前に教えてたよな? それでもいいって、あの契約書にサインしたんだよな?」
三枚の契約書。
つまりは、調査官としての契約書だった。
不正を働いた場合、一家まとめて皆殺しにすると、そう誓った文書だった。
つまりは、国家公認の処刑だった。
「つまりさ、俺に一家まとめて殺されてもいいって、そう思って接待を受けたんだろう? そんな覚悟があったんだから、俺もそれにこたえないとなあ」
確かに、三人はその地方で贅沢の限りをしていた。
確かに、地方領主の申告が間違っていると知ったうえで、そのまま報告していた。
だが、まさかばれるとは思っていなかった。
「ああ、もちろんお前たちの言い分も聞いてやるよ。でもな、先に言っておくが……俺だけじゃありません、他の奴だって不正をしています。とかそんなことは聞きたくないんだよ」
まさか、本当にこんなあっさりと不正がばれるとは思っていなかったのだ。
考えが、あまりにも甘すぎたのだ。まさか、地方から集められている情報を、中央でここまで精査しているなど、考えていなかったのだ。
「お前ら、不正をした調査官はな、これで二十組目だ。わかるか? 俺がお前ら調査官とその家族を集めてぶっ殺すのは、これで二十組目なんだよ。もううんざりなんだよ!」
彼らにしてみれば、与えられた一つの仕事をごまかしただけ。
地方の領主にしてみれば、三人を接待しただけだった。
しかし、裁く彼はすでに何十人も相手にして、何十回目にもなる制裁をしなければならなかったのだ。
「お前ら、自分の領民を搾取してそんなに楽しいか? 俺の仕事を増やして、そんなに楽しいのか? 人数を数えるのがそんなに難しいのか? 命と引き換えにしても、そんなに一瞬贅沢がしたかったのか?」
中年男の頭を踏みつける、全力で蹴り飛ばす。
「まさか俺がお前らの書いた鼻紙を、ちゃんと調べてないとでも思ってたのか?!」
わざわざ中年男をひっくり返して、その顔を踏みつける。
男の歯が折れて、彼の靴の裏に刺さっていく。
「俺が仕事をさぼっているとでも思っていたのか?!」
怒りだ、憎しみだ、呪いだ。
あまりにもわかりやすく、あまりにも当然の怒りを燃やしていた。
「死ね」
妖刀が、ゆっくりと恐怖を示すように血を吸っていく。
宙を舞って、その血を集めていく。
「死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね!」
血を吸われて青ざめていく三人のまたぐらへ膝を入れ、崩れたその頭へさらに膝を入れていく。
「なんでなんでなんでなんで! どいつもこいつも俺の指示と命令に従わない! ええっ?! 俺が邪悪な独裁官で、俺の命令に従うことはお前らの良心と道徳と信念と正義に反するからか?! 人数を数えて報告することのどこが、お前らの良心を責めさいなんで、道徳を犯して、信念をゆがめて、正義を堕落させるんだよ! 言えよ!」
国家の最高権力者からの制裁は、果たして私刑といえるのだろうか。
「どいつもこいつも、たかが人数を数えて報告するなんて単調なこともできねえんだよ! できねえなら最初から志望するんじゃねえよ! 国民の命に関する公務を志願するんじゃねえよ!」
妖刀の柄頭で、殴打を加える。
苦痛を与えるために、神が生み出した道具を凶器として使用する。
「こいつのぜい肉を見ろ! お前らに食わせた分、領民からさらに搾取して、こうも肥え太った豚を見ろ! 自分の領民からいかに搾取して、中央への税収をいかにごまかして、自分のたくわえを増やすかしか考えてない豚を見ろ! 見ろって言ってんだろうが! この豚のせいで、俺の国の国民が痩せてるのかと思うと! 俺の国の国民が飢えてるのかと思うと! 俺はもう殺意しかわかねえんだよ! お前らのやったことは殺人幇助だ! それも大量殺人だ! お前ら一人の命で償えると思うなよ! 見てろ!」
そこには、一度恨んだ相手なら一族郎党をまとめて殺す、復讐の鬼がいた。
それこそ、一国を支配する皇帝とその一族を、公共の場で処刑するために国家さえ亡ぼした鬼がいた。
「この妖刀が、お前らの血を吸いつくす前に! この妖刀でお前らの家族ののどを掻っ捌いてやる!」
わかっていたことだった。
決まっていたことだった。
この男が決めた法律では公務員が不正を働けば、最高権力者の手で処刑される。
それは完全に合法だった。
だがまさか、ここまで実際に、自分たちのような小物まで殺すとは思っていなかった。
「お、おやめください……」
「家族に……家族には、手を……」
「お許しください……」
「駄目」
己の国民を不当に搾取した、その不正を助けた、大罪人の家族を殺す。
血を絶やす。抹殺して、この世から消す。
彼は狂気の笑みを浮かべていた。
「俺はな、約束は守る主義なんだ。お前たちを殺さないと、お前たちとの約束を破ることになるだろう?」
約束した日に給料を払う。
それはとても大事なことで、けっして遅れないようにしている。
だから、それと同じくらい大切なこともある。
咎人に罰を。
そこに情を挟むことはない。
そうでなければ、まっとうに生きている人が報われない。
だからこそ、彼はその妖刀でおびえる家族たちにも手を……。
「何をしている」
毅然とした態度で、粛清隊に守られている女性が現れた。
今この国で、彼以上の権力を持つ唯一の女性が、処刑に待ったをかけていた。
「お前という男は……潔癖すぎるな。こんな男でも、地方の領主だ。この男を殺せば、地方の統治がまた遅れるぞ」
「……そんな豚を、生かして返すと?」
「私を煩わせるな、お前に私へ逆らう権利はないはずだ」
アルカナ王国の王女にして、右京の妻になった女。
ステンド・アルカナ。ドミノを属国として従えているアルカナ王家が送り込んだ、首輪のごとき女だった。
「……そうか、じゃあ仕方がない」
忌々しそうに、右京は妖刀での吸血を取りやめて部屋を出ていく。
自分たちは助かったのだと、家族たちは脱力してへたり込んでいた。
「お前たちには、今後も同じ仕事をしてもらう。この国は人材があまりにも不足しているのでな」
しかし、ステンドもまた厳しい顔をしていた。
彼女もまた、右京ほどではないが不正を憎む性格をしているのだから、仕方がない。
「だが、次も私が間に合うとは思うな」
冷え切った目で、彼女は宣告する。
次に不正を働けば、その時は命はないと。
「仕事を果たせ、勤めを果たせ、公務を果たせ。私に言えることは、それだけだ」