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日輪

 カプトの切り札、興部正蔵。

 傷だらけの愚者、不毛の農夫、世界最強の魔法使い。

 カプトからの依頼で呪術による拘束を受けており、カプト本家から魔法の使用を許可されない状態で魔法を使えば、肉体が石化するようになっている。


 余りにも強大を極める魔法の破壊力によって、自ら自身さえ滅ぼす為、常に何がしかの防衛手段を他の誰かに頼らざるを得ない。

 個人として完結した強さを持ち単独であらゆる戦闘を可能にする白黒山水。

 占術の予知と法術の防御結界によって友軍のフォローが可能な瑞祭我。

 戦闘そのものをしない風姿右京。

 敵味方無関係に殲滅することしかできない浮世春。

 切り札たちの中でも、最も使用に気を使わねばならない彼だが、その真価を発揮できる状況では『場に出された瞬間に勝利を確定させる』という切り札としての仕事を全うできる。

 いいや、彼が戦えば『場自体』が残らない。


「なあ、パレット様。奴らの中に法術使いはいるかな」

「……おそらく、いないと思われます。我らカプトには聖騎士という戦闘に特化した法術使いがいますが、それはカプトが法術使いの血統であるからこそ。他の国では貴重な法術使いを戦闘に投入することなどありえません」

「そうか、じゃあなおさら楽勝だな」


 周囲の面々が、思わず生唾を飲む。

 間延びした喋り方や、自分では何もできないという成約。

 あるいは癇癪を持つわけでもなく、理不尽に暴力を振るうわけでもない。

 傲慢でも活動的でもない彼は、近しいものに侮られやすかった。

 しかし、実際にその術を使うと決めた時には、この上ない畏怖の象徴となる。


「広く、軽く、薄く。こう、ぱぱっと燃やす感じでいくか」


 正蔵の視線に気づいたわけではないだろうが、視界の先に写っている小さな白い影たちが動き出していた。

 数機が散開し、こちらの攻撃の的を絞らせない様に振舞っていた。

 もしかしたら、既に風の魔法使いが離脱してこちらへ攻撃の機会を伺っているのかもしれない。

 それなりに攻撃して余力が尽きれば、離脱して情報を持ち帰るつもりなのかもしれない。


「十数キロぐらいを全部燃やす」


 ああ、だが勘違いが正されることはない。

 パレットを含めて、ノアに乗り込んでいる面々が法術で防御結界を複合で展開して防御する。

 ノア自身も、防御機能を最大に発揮していた。



「燃え残るだろうな、骨ぐらいは」



 なんの変哲もない、火の魔法。

 それが『十万倍以上』の規模で発動していた。





 ドミノ共和国の農民たちは先のアルカナ王国への進行失敗で、働き手が多く失われて、お世辞にも仕事で楽はできなかった。

 しかし、一気に税率は引き下げられ、更に内戦で傷ついていた働き手達も回復していた。


 それもこれも、右京の敗戦処理が優れていたことと、幸運によってダヌアを得たことだろう。

 首都近辺の食料はすべてダヌアによって賄われ、余った食料のすべてが地方へ還元されていた。

 また、人参果によって傷病兵のすべてが回復し、喜びとともに故郷へ迎えられたことも大きいだろう。


「いやあ、新しい皇帝陛下は良い方だ」

「ありがてえありがてえ、本当に生活が楽になるとはなあ」


 もちろん、大幅に改善されたとはいえ、彼らの生活水準は決して高くない。

 それでも生かさず殺さずで取り立てられていた税金は、もはや彼らの生存を脅かすことがないのだ。


 新しい皇帝が立てば、自分たちの暮らしが良くなる。

 特に何も考えずにそう信じていた彼らは、それが実際にかなうことで人生に喜びを見出していた。


 空腹が満たされる日々、蓄えを数える日々。

 それが自分の人生に訪れたことに、誰もが感謝していた。

 新しい統治者が皇帝を名乗っていないことなど、甚だ些細なことだろう。


「はっはっは……今日もいい天気だ」

「そうだな……新しい皇帝陛下の人徳のおかげだなあ」


 彼らは空を見上げた。

 そこには輝く太陽が大地に恵みをもたらしていた。


 先日、この地を分厚い雲が覆っていた。

 それが嘘であるかのように、今は晴れ晴れとしていた。


「いい陽気だ……」

「っていうか、暑くないか?」

「暑い、熱い……!」


 ありえない光景が、そこに存在していた。


 雲を散らし、大地を焼く。

 遠く空にあって、地上の人間にその威風を示す。


 もうひとつの太陽が、そうと思うほどに強大な火の魔法が球体となって世界を照らしていた。


 それが自分たちの働き手を焼いた炎だとは、さすがに想像できるわけもない。

 しかし、自分たちを焼くかもしれない、とは思っていた。


 傷だらけの愚者は、周辺十数キロの範囲を燃やしていた。


 ほんの数百度、温度をあげていた。


 それは大地を焼くほどの灼熱となって世界を焼いていた。


 それが上空では、いったいどれだけの地獄となっていたのかもわからない。

 ほんの数瞬の炎が、彼らの肉体を焼き尽くしていたのだろう。


 どれほどの戦術、どれほどの技術、どれほどの覚悟。

 それらもまったく関係がない。


 彼らは焼けて死ぬ。

 燃え落ちて、大地に帰る。

 それだけは、確実に確定していた。


「せ、世界のおわりだあああああ!」


 農夫は絶叫するが、世界は終わらない。

 そう、あくまでも死ぬのはオセオの工作員だけだった。

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