事情
「だから国外で運用しないほうがいいって言ったのに」
「馬鹿じゃないの?」
「そりゃあ、そうなるわ」
「あああ、せっかく作ったのに……」
「まあ丸々コピーされても困らないし」
「そうだな、もっといいのを作ろう」
そう言っていた、黒い髪に黒い目をした技術者たちに対して、責任者は歯ぎしりをして拳を握りしめていた。
なんのことはない、今回アルカナ王国の技術者をさらうために新型ゴーレムを投入することへ、技術者たちは反対していたのである。
確かに森の中でも歩行、戦闘実験は済ませてある。しかし、それはあくまでも実験室から万全の調整をした上で、慎重に運び込んだあとでの話である。
ゴーレム自身に長距離走行させてから森の中へ入らせて、場合によっては数日過ごさせて、そこから更に人間を捕獲するという繊細な作業をして、そこから未整備のまま帰還する。
なるほど、まあ出来なくはないだろう。カタログスペックとしては、その程度は出来る自信がある。
さりとて、十数体投入して、そのすべてが万全のまま帰還できるかというと微妙な線である。そして、一体でも停止すれば痕跡を残さずに破壊する手間が発生する。
「頑丈に作ったからねえ」
「そりゃあ戦闘用だからなあ」
「簡単に壊せる方が問題だな」
「比較的簡単に壊せる潜入工作用のを作るべきだったかなあ」
「拉致用、ってのもなあ」
「というか森林用、極地仕様を作るべきだろう」
技術者たちの意見はそれなりに正しかった。
経済的、というよりは技術的な視点だったのだろう。
完成品を丸々盗まれても、そうそう敵国に何もかもを奪われるとは思っていない。
ウンガイキョウの機能は知っているが、それはあくまでも劣化版だというし、内部に仕込まれた制御系まで丸々コピーされる分には逆に利用できるはずである。
新型のゴーレムは、製造段階から使用者を登録されている。登録している使用者以外では動かせないようになっている。故に、コピーされても問題ない。
ウンガイキョウがこの世界に存在する以上、当然の処置だった。
「とはいえ、投入した工作員が全員捕まったんだろう?」
「向こうでゴーレムがどうされたのかもわからないな」
「下手したら、ゴーレムをそのまま盗まれたかもな」
「そうなると……さすがに丸々コピーされることはないとしても、一部の技術を解析される可能性もあるな」
「仕方ないさ、戦場で使ってればそのうち敵に捕まってたさ」
技術者達は平然としていた。
敵国へ戦力として新型ゴーレムを投入する、という話が来ていた時点で覚悟していたのだろう。
敵国へ潜入して技術者を奪おうとしたのだ、逆に全滅して技術を盗まれても仕方がないと思っているらしい。
というか、技術者たちにしてみれば、わざわざよその国から技術者を拉致しようという時点で、あまりにも不快だったのかもしれない。
「くそっ! あの技術馬鹿どもめ!」
責任者にしても、そんなことはわかりきっている。
技術者たちが優秀であることは把握しているし、制作されたゴーレムの性能も極めて高かった。
相応に開発費も製造費も高くついたが、戦争の形を変えるほどだろうと評価できるほどだった。
しかし、性能よりも重要なことがある。実績だ。
つまり新型ゴーレムがオセオ王国に貢献し、出費に見合う戦果をあげなければ責任者の責任問題になる。
必要なときに必要な分だけ力を発揮することが大事。
それは兵器にも言えることであり、二倍の費用をかけて十倍の性能がある新兵器を開発したとしても、今までの兵器と成果が変わらないのなら無駄という他ない。
鶏用の包丁より牛刀のほうがよく切れるが、鶏を調理するなら鶏用が一番である。
「工作員どももなんという無能だ! 全員まとめて捕まるなど、なんのために教育したのかわからんではないか!」
もっともなことを言う。
確かに敵国に潜入した工作員が全員まとめて捕まるのは、最悪の最悪と言って仕方がない。
一番避けるべきことであり、その最悪の最悪になるとしても捕まる前に状況を本国へ伝えようとするべきなのだ。
まさに、最悪の最悪の、そのまた最悪だと言える。
とはいえ、相手が悪すぎた。
噂どおりどころか噂をはるかに超えるスイボクの無体さを思えば、そのままオセオが敵対視されなかっただけ幸運と言えるだろう。その場合、いかなる手段によるとしても、国家はろくでもないことになっていただろう。
国破れて山河ありという言葉があるが、スイボクがその気になった場合山河さえ根こそぎ残らない可能性が高い。なにせ前科がある。
そう、悪いのはスイボクであり、責任者でも工作員でもない。
もちろん、他国の技術者を拉致しようと思った時点で、責任者が倫理的に悪であることは否めない。
それが国益につながるのなら、国家としては正義だとは思うのだろう。個人としては、到底許せることではないのだが。
「いかん……これはいかん」
また別口で送り込んでいた工作員から、アルカナ王国からドミノ共和国へ破壊されたゴーレムが輸送されるという話しも入ってきた。
もしやゴーレムの核心部分、革新的な技術部分が増殖させられる、という可能性がある。
もちろん劣化であろうし、核心部分だけ解析しても全体を再現できるわけもない。仮に解析できても、いきなり本物を生産できるとも思えない。
その程度には責任者も、自国の技術力を理解している。
「これでは、せっかく生まれた技術格差が埋まってしまう」
それでも、既に何十年分か生じた技術力の差が、ある程度埋められる可能性もある。
それを思えば、破壊されたゴーレムの残骸であっても、解析されるのは面白いことではない。
「……ここは、試験を兼ねてぶつけるべきか。既に我らの手のものだと把握されているのであろうしな。ここは奴らが作った飛行補助機械の戦闘試験を行うか……」
八種神宝のひとつ、生存の箱舟ノア。それによって空輸されるというゴーレムの残骸を、徹底的に破壊する。
空を行く船へ攻撃することによって、こちらの技術的優位を見せつけるのだ。
もちろん、成功する可能性が高いとは思っていない。
しかし、うまく行けばアルカナ王国が保有する八種神宝のうち一つを破壊できるし、ゴーレムも始末が出来る。
失敗しても、戦闘試験をできるし、撤退ぐらいは出来るだろうと見込んでいた。
実際、一度目の作戦が『スイボクの拉致』という、事情を知っている人間からすれば『ろうそくで海を干上がらせるより無理』という代物だったので、それよりはマシと言えた。
「『傷だらけの愚者』だかなんだか知らんが、所詮一人の魔法使いだ。そんな大したことが出来るわけがあるまい」
たとえ相手がカプトの切り札である『傷だらけの愚者』であったとしても、戦闘する場所が『周辺被害を気にしなくていい空中』であるとしても、八種神宝最高の防御力を誇る『箱舟ノア』に乗り込んでいるとしても、スイボクを拉致する作戦よりはマシだった。
仕方があるまい、傷だらけの愚者が単独で一軍を壊滅させたなど、信じられるものではないのだから。
むしろ、真に受けるほうが阿呆とも言える。
まあ、太陽に虫をむかわせるようなものではあるのだが。
「それにしても……なぜあのバカどもはゴーレムを闇雲に巨大化させようとしたりわざわざ有人操縦に切り替えようとしたり飛行させようとしたり変形機能をつけようとしたり華奢にして言語機能を搭載させようとするのだ……」