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前話

 ブロワの父は、普通の貴族であり平凡な貴族であり、つまりは模範的で常識的な貴族であった。

 上の立場から命令されれば、たとえ対価がなくとも指示に従う。それが普通の貴族の悲しいところである。

 しかし、そこはソペード。我儘姫で知られるドゥーウェでさえ、理不尽な暴力を他者に与えることはない。まして当主である、必要ならどんな命令でも下すがある程度は対価を示す。

 また、新しいことを試みる場合は事前にきっちりと説明をするのだ。

 ソペードは相手を騙さない。相手を騙すということは、相手に対価を用意できない無能の証だからだ。

 事前に、成功した場合の利益も、破った場合の罰則も明言し必ず実行する。

 その単純さと残酷さが、ソペードの領内で貴族の忠誠を高めているといえた。


「今回集まってもらって感謝している」


 王都ではなく、ソペードの本拠地ともいうべきソペードの城。

 そこに招かれた各地の領主たちは、基本的には穏やかな顔をしていた。

 まだ若いソペードの当主は、感情を表に出すことをためらわない男であり、まして格下にして傘下である面々に気を遣うことがなかったからだ。

 つまり、不機嫌そうではないということは、今回の招集はそう悪いものではないということだった。


「そう気取った話でもなく、議論を要するわけでもない。ただ当然のように、以前から話があった武芸指南役に関して、サンスイの弟子どもがどういう形で任官されるのかを伝える次第だ」


 地方領主やソペード当主の前でかしこまっているのは、山水の指導を受けている面々だった。

 およそ、二十人かそこらであり、当然全員が来たわけではない。


「この城に呼んだ面々は、一定の水準に達していることに加えて、武芸指南役にふさわしい人格の持ち主であるとサンスイが認めた者たちだ。これは私も確認している」


 まず山水が自分の指導を受けている者たちの中から、良さそうな者を選ぶ。そのうえでソペードの当主が確認する。

 その手続き自体はとても普通だが、ただそれだけでも山水を認めている節があった。


「誤解がないように言っておくが、別に抜きんでて技量が高いわけではないし、指導力の高さを確認したわけではない」


 はっきりと、優れているから選んだわけではないと言い切っていた。

 さすがに、成り上がった面々も悲しそうである。自覚があるとはいえ、明言されると辛い。


「サンスイも私も、こいつらを選んだ理由は適性だ。ある意味では、すでに現状で満足している者たちばかりだからな」


 武芸指南役、というのは一つの山の頂点である。しかし、比較的低い山の頂点でもある。

 それをよく思うか悪く思うか、それは人次第だ。

 それをよく思う人間ばかりではなく、悪く思う人間もいる。

 だからこそ、きっちりと選別を行うのだ。


「剣の修業を行い、それなりに給料が保証され、それなりの家でそれなりの生活をする。それは、すでにこいつらが到達している場所であるといえる。お前たちも知っての通り、今のこいつらは王都の学園近郊に建てた宿舎で生活しており、その生活費は私が賄っている。もちろん、時折戦働きも頼んでいるがな」

 

 程度はともかく、好きなことをしてそれなりにお金がもらえる。

 時折お偉いさんに指導をして、パーティーで見世物になって、という生活にも満足できる。

 そんな人間が武芸指南役にふさわしい。それが山水と当主の判断であり、地方領主も山水の生徒たちも同様の感想を抱いている。


 危険な戦場に身を置きたい、もっと強くなりたい、己の武勲を積み上げたい、ソペード本家の中で出世したい。あるいは、慕う山水とできるだけ一緒にいたい。

 そんな考えを抱くものも少なくない。むしろ、多数派といえるだろう。


「加えて、お前たちも確認したようにサンスイの指導力も確かなものだ。既に武芸指南役を務めている者や、その後任者たちも指導を受けたがっていたな。今サンスイは妹や父と外国に出向いているが、帰国次第指導を受け付ける。とはいえ、今の奴は私の直臣であり貴族の一員。そのあたりは勘違いするな」


 別に、ソペード領内の武芸指南役を全員入れ替えるわけではない、とも言いきっていた。

 今回山水の生徒を武芸指南役に据えるのは、あくまでも罰を受ける現役の代わりである、と当主は語る。


「加えて……以前から情報の更新があった。決して悪いことではないが、適正な説明を要することであるのでな。本人が直接開示すると……うむ」


 ソペードの当主が、渋る顔をした。

 たとえ国王がサプライズとして登場しても、こんな顔にはなるまい。

 山水の生徒たちも同様の顔をしており、地方領主たちは不安で汗が止まらなかった。


「どうぞ、お入りください」


「うむ、感謝するぞ」


 敬語を受け取りながら、一人の子供が入ってくる。

 その恰好は、お世辞にもこの場にふさわしいとは言えなかった。

 明らかに貧民であろう恰好をしており、その姿もまさに子供。

 悪ふざけとしか思えない登場であるが、その少年の姿をみて何かを察さない人間などソペードにはいない。


「儂はサンスイの師、スイボクである」


 山水は童顔の剣聖と呼ばれているが、名乗ったことはあまりない。

 というのも、本人はしきりに『師に比べれば己など』と自分の未熟さを恥じていた。

 そして実際、山水の師が現れて戦ったところ……山水と祭我を悠々と圧倒したらしい。


 ありとあらゆる時代、ありとあらゆる地方で最強を誇った無敵の剣士。

 それを相手にしては、さすがのソペード家当主も恐縮するしかなかった。


「とはいえ、今回参じたのはサンスイの師としてではない。実はサンスイが剣を教えている面々に宝貝を作ってやっているのじゃが、それがいかなる効果を持つのか作り手として説明をしようとおもってのう」


 そう言って、試作品らしきいくつかの道具を地方領主たちの前に並べていた。

 どんな機能があるのかはわからないが、とりあえず彼が作ったという一点だけは理解できる粗末なつくりの道具だった。

 とはいえ、手に取って使ってみるとそんな気は失せていたのだが。


「壊しても構わんので、試してみるとよい」


 如何にも石を削って作ったという感じの刀と脇差、莫邪と干将。

 これらを使って実際に用意された丸太などを切ってみると、なるほど鉄の剣などよりもはるかに抵抗なく切り裂いていた。


 木の皮で作られた腕輪、豪身帯と瞬身帯。

 これらへ魔力を通すような感覚で使ってみると、ものすごく疲れることと引き換えに重い石が持ち上がり馬のように速く走ることができた。


 石と草で編まれた服、大聖翁。

 人形に着せて鉄の剣などで攻撃してみたところ、鉄の剣の方が刃こぼれをするほどだった。


 そして、何よりも木を曲げて加工された車輪、風火輪。

 両足首につけて使う、という点はいただけないが、それでも初めて使う地方の領主たちは自分が飛んでいるという感覚に感動を覚えていた。


 誰でも希少魔法を使えるようになる道具。

 これらを全員が支給される、というのならその力は確かなものであろう。


「どれも儂が若き日にエッケザックスを得る前に使っておった品ばかり……むろん他にも多かったがな、三面六臂なども作った。とはいえ、どれもそこまで特筆する力はない」


 誰でも仙術が使えるようになる道具、といえばすごい話である。

 しかし、仙術はそこまで戦闘的な技術ではない。それは山水もスイボクも認めるところである。


「干将莫邪も大聖翁も、魔法で強化された攻撃に耐えうるものではない。風火輪は確かに飛翔を得意とするが、これも魔法によって機動力を得たものには及ばん。豪身帯と瞬身帯も、神降しや凶憑きと比べることもおこがましい」


 自作の道具ではしゃいでいる面々に、冷や水を浴びせていた。

 自分で作って使っていたからか、あまり自信はないようである。

 正しく性能を知り、実用の限界を悟っているのだろう。


「ゆえに……王家直属の近衛兵とやらや、カプトにおった聖騎士たちと戦うとなれば、分が悪かろう。あれらはよく鍛えられておったしな」


 忌憚のない意見だった。

 実際、彼らの精強さを知っているソペードの当主はそれを否定しなかったし、実際に試せばそうなるだろうとも皆が思っていた。

 なにせ、聖騎士は魔法の攻撃さえ防ぐのである。これが魔法にも劣る武器では、突破できるわけがない。

 それに、近衛兵の装備は国家の最上級の武装である。これらがそれに勝るとは、見た目も相まって到底思えなかった


「とはいえ、この国であればほぼ問題ない。これが神降しやら影降しやらが普及している国であれば精鋭を名乗らせられぬが、魔法と法術しかない国なら大抵の相手には勝てる」


 うむうむ、と褒めていた。


「ここでいう大抵の相手とはな、近衛兵や聖騎士以外の全体である。魔法が使えようと装備が貧弱では、サンスイが鍛えたこ奴らの技量も相まって、正規軍の兵士でも太刀打ちできまい」


 なるほど、と地方領主たちは感服していた。

 確かに完全武装している近衛兵や聖騎士には及ばないだろう。

 だが、聖騎士や近衛兵とは戦うはずがないし、それを抜きにしても完全武装している戦士と戦うなどそうそうあることではない。

 携帯性、あるいは常に装備できるという意味では、こちらのほうがかなり上だった。


「これはサンスイの推薦した言葉であり、儂も認めるところであるが……これらを正しく使えるようになったのなら、こ奴らは兵士百人分以上に武者働きをするであろう! ゆえに、安心して推薦させてもらうぞ」


 世界最強の男が、自信をもって太鼓判を押していた。

 それは、ソペードに限らず領主たち、男たちにとって少々うらやましい話であった。

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