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悪転

 人生のあがり、と言っていい職を得ることができた彼ではあるが、当然皆がそれを受け取れたわけではない。

 山水の弟子が全員その職を希望したわけではないし、希望者の中でもある程度選考があり、山水と現当主双方の推薦があってようやく認められた、幸運な男たちである。

 とはいえ、そもそも山水に会う前に人生を終えた者も多かった。


「アンタが武芸指南役とはね」


 狭く汚い部屋の中で、ベッドの上で横になっている女性がいた。彼と一緒に町をでた青年の母親である。

 別に彼が青年を騙したわけではなく、危険な行動をしていたので死んでいた。

 山水に出会う前に、山水が弟子を募集する前に、そんなことになっていた。


「で、アタシの息子はどうしたんだい?」

「随分前に死んだよ」


 不機嫌そうな女性に、彼は静かに答えていてた。

 覚悟していた、と言うよりは諦めている彼女に、彼は金貨の入った袋と果実を切ったものを渡そうとしていた。


 このアルカナ王国では、法術使いの育成が極めて盛んである。

 なにせ、他人を治癒できる唯一の術であり、戦闘でも有用な防御術でもある。

 平均を下回る資質の持ち主であっても、貧民の子供だったとしても、聖力を宿しているだけでカプトの教育施設で法術使いとして鍛えてもらうことができる。

 しかし、それはつまり、法術使いもピンキリであるという事。治りにくい病気を治せる凄腕の法術使いに治療してもらうには、相応の金額が必要という事だった。


「見舞いの果物と、カネかい」

「あいつは……どこまで本気か知らないが、アンタの病気を治せるだけのカネを稼いでみせると言っていた。その果物は、信じなくてもいいが万病に利く薬らしい」


 青年の母親は、それなりのカネがなければ治せない病気を患っていた。

 そのカネも、立場次第では簡単に稼ぐことができる。

 その立場になることができた彼は思い出したようにそのカネと、どんなにカネを積んでも買えないはずながらあっさりもらえた果実の一部を見舞いに持ってきていた。


「これで、息子をそそのかしたのをチャラにしろってかい?」

「……別に、そういう訳じゃない。けじめ、みたいなもんだ」

「このカネで、殺し屋を雇うかもしれないよ」

「そのカネで雇える程度の輩なら、問題なく返り討ちだ。カネを無駄にしたいなら、そうしてくれ」


 案外死んだ友人も、成功している自分を呪っているかもしれない。

 まあ呪われたぐらいで死ぬつもりはない。

 死んだ友人に対してはそれなりに義理も感じているが、さすがに殺されるほどに申し訳ない気持ちになっているわけではない。

 友人も自分も、ただ強く偉くなって、そして……。

 挑戦した二人のうち自分が生き残ったのは、ただの幸運だった。


 母親が蟠桃を食べたのか、どんな表情をしているのかは確認しなかった。

 彼女にしてみれば、カネに変えられない子供が死んで、それで生き残って出世した友人が「はした金」をもってきて、それで納得することはできないだろう。

 自分の病気が治って、そのあとそれなりに暮らせる程度のカネで、息子をそそのかした友人を祝福できるとは思えない。


「通すべき筋を通しただけだ」


 正直に言って、友人の死についてそんなに気にしていない。

 故郷に帰るとなって、そういえばと思いだした程度のことだ。

 母親が渡したカネに対して価値を見出していなかったように、彼にしても渡したカネに対して価値を感じていなかった。


 小さくて汚い家を出てぶらつく。

 周囲からの目線は、宝貝の服なども手伝ってとても目立っていた。


 悪い気はしない。

 どうせ野垂れ死ぬだろう、と思われながら他の多くの挑戦者とともに旅立った男たちの中から、本当に立身出世を成し遂げた自分を見る者たちの目はまさに快感だった。

 なんであの野郎が、と男達が自分も旅に出ていればと視線を向けてくる。

 なんであの男が、と女たちが自分にこびを売っておけばよかったと視線を向けてくる。


 悪くない。

 己の師匠も、誰かを傷つけたわけでもないので許してくれるだろう。

 それに、ソペードの当主からもそうするように言われている。

 山水が未だに着流しに草履であるように、山水の指導を受けた面々も宝貝を常に着るように、周囲へ隠さないように命じられている。


「しかし、考えてみれば……」


 ソペードの当主から直接命じられている、というのは大概ではないだろうか。

 この国で二番目に高い地位にいるお方であり、このソペード領地では王様みたいなもんである。

 王様から直接、ああしろこうしろと命じられている。なんとも無茶な話だった。

 もちろん、この命令、指示にも相応の恐ろしい付け足しがあるのだが。


「おい、久しぶりだな」

「ああ、お前か」


 世界の中心になったような錯覚を味わいながら町を歩いていると、背後から旧友が声をかけてきた。

 その顔はとても親しげで、笑顔だった。笑顔というのは不思議なもので、大して懐かしくない相手でも嬉しくなってしまう。


「聞いたぜ、大出世したってな!」

「ああ、このとおりだ」

「そうかそうか、噂は本当だったか」


 心底嬉しそうに肩を組んでくる。

 その気安い距離を受け入れながら、自分でも肩を組みかえしていた。


「よっしゃあ、俺が酒をおごってやるよ。王都の話を聞かせてくれや」

「おいおい……いいんだな? よっぽどの酒じゃねえと俺は飲まねえぜ。舌が肥えちまった」

「いい酒を出す店があるんだ! 期待していいんだぜ?」


 周囲の目が更にきつくなっていた。

 当然だ。ただ金持ちになったわけではない、ただ帰ってきたわけではない、公的な名誉を得て帰ってきたのだ。

 重ねて言うが、ソペードの当主は王様みたいなものである。その王様から直筆のサインをいただく、というのはこの上ない名誉だった。


 名誉は食えないというが、それでも名誉は羨ましい。

 成功した男と、その友人を見る目は険しいものだった。


 あいつらなんて、不幸になってしまえ。

 そうした暗い願望を抱いている者も少なくなかった。



「隠れた名店ってやつなんだぜ? ここいらじゃあ、知る人ぞ知る旨い酒が揃っているのさ」


 入り口が地下にある、座席数の少ない店だった。

 ふかふかのソファーの前に小さいテーブルがあり、そこにはいくつもの酒が並んでいる。

 純粋に酒を楽しむ店、には見えなかった。

 いかがわしいお店、という感じである。


「そうかそうか、よくこんな店知ってるな」

「俺は俺で、この町で儲けてるのさ。この店も上司に連れてきてもらったんだぜ」


 得意そうな旧友は、ガラスのコップに入った酒を薦めてくる。


「どうよ、一献」


 酒特有の匂いに対して、彼は静かに目を閉じていた。


「悪いが、この酒は飲めないな」

「……おいおい、なんでそんな事言うんだよ。いくら舌が肥えているからって、一滴も飲まなかったら味なんてわからねえだろ」

「じゃあお前が全部飲めよ」


 目を閉じている彼にはなにも見えないが、それでも旧友の顔は硬直していた。


「ああ、先に言っておくが……逆切れはよせよ。疑われるのが嫌なら、酒を飲むんじゃなくてお前の今の仕事を教えてくれよ」


 彼は呆れていた。

 この店だ、と言われた時からとんでもなくがっかりしていた。

 誰がどう考えても、なにかの仕掛けがあると思って当然である。

 もうちょっと騙すにしても知恵を使って欲しかった。


「この酒に何も入ってなくても、仕事のわからない奴のおごる酒を飲むわけには行かねえな」


 旧友は目を白黒させていた。

 おかしい、考えられない、という顔だった。

 そんな旧友の顔を見て、彼は残念そうにしていた。


「程度はともかく、領主に雇われた俺を利用するつもりだとは思っていたが、こういう『お店』に連れ込まれた時点でろくでもないってのはわかりきってるな」

「な、なんだよその言い方は……」

「じゃあ仕事はいいから財布見せろよ。中身、ほらすぐ」


 奢ると言っている相手に、財布を見せろという。それが友人なら、さほどおかしいことではない。会計を押し付けられるかもしれないからだ。


「……」

「お前、出世してないだろ。頭も舌も回ってない、俺のダチだってだけで今回いろいろ言われたんだろ?」

「お、お前! 出世したからって勘違いしてるんじゃねえだろうなあ!」


 腰に下げていた刀も脇差も、ソファーの脇においてある。すぐにでも抜けるようにしてあった。

 その上で、師ではないが仙人でなくてもわかることに備えていた。


「勘違いしてるのは、お前だ。すっこんでろ」


 どう見ても裏社会の人間が、武装した上で数人入ってきた。

 それを見て、旧友は頭を下げてそのまま逃げていく。


「さてと……だいぶ前から気づいてたみたいだが、話を聴く気はあるってことかい」

「聞くだけならな」

「いいねえ、話が早い」


 旧友が座っていた席に、その男が座り込む。

 その上で、なんとも値踏みするような目で笑っていた。


「で、景気はどうだい。新しい武芸指南役殿」

「そうだな……幸せだな。やすい言い方だが」

「ああ、安い、安いのさ。知っての通りな」


 男のいやらしい笑いに向き合うことなく、彼は無表情で酒を眺めていた。

 旧友が注いだ酒を、無表情で眺めていた。


「その調子だと知ってるみたいだな、武芸指南役ってのは給料が安いのさ」


 もちろん、山水のように王家だとか四大貴族だとかに直接雇用され、更に兵士や士官にまで指導を行うともなれば高給だ。

 だが、貴族に指導する、という程度では大した儲けにはならない。


「そりゃあそうだよな、もともと武芸指南役ってのは名誉職だ。軍を退役した爺さんが、へっぴり腰の貴族へ褒めるのが仕事、みたいなもんだからな」


 それは正しい認識だった。

 もちろん拘束時間も短いし、彼の出身を思えばそれなりに高給ではある。

 しかし、それでも遊んで暮らすには足りないのだ。


「だが、看板は立派だ。その看板だけで大金が転がり込んでくる」

「道場でも開くのか?」

「馬鹿言うな、貧乏人を集めてもたかが知れてるだろう? 領主と商談したがってる商家どもと密談するのさ、私に少々の紹介料をいただければ、領主のパーティーに参加できますよ、ただし他の人よりも多ければですがね、ってな」


 要するに、詐欺である。

 やる方も大概であるが、引っかかる方も大概である。


「おっ、こんな計画がうまく行くもんか、ってか? そんなことはない、前の武芸指南役も同じ事をやってたんだからな」


 彼らの前任者に問題があった、というのはそういうことだったのだろう。

 前のやつも犯罪をしていたので、今やっても成功する、と思っているのが彼らの人間性を現している。

 普通、前の奴が失敗したのだから自分はやめようと思うものだ。

 しかし、自分だけは失敗しないと思う者はとても多いのだ。


「かっこいいからなあ、武芸指南役ってのは。だから向こうの方からどんどん話が来るんだぜ? むしろ整理してやるのさ、順番が少し変わるだけだろう?」

「一応言っておくが、俺はソペードの当主様から前の奴が何をやっていたのか聞かされてる」

「なに、気にすることはない。黙ってればバレやしねえさ」


 危ない橋であることは、誰もが知っている。

 だから分け前を多めに、と交渉しようとしているのだと思っていた。


「そのうえ、俺の師匠……剣を教えてくれた御仁は嘘を見ぬくのが上手でね。仮に俺がそんなことをすれば、責任を取るために殺しに来るだろう。だから、ダメってことだ」

「おいおい、あの童顔の剣聖とか言われてる奴のことか?」


 彼は、想定されていた言葉を聞いて目を閉じていた。


「そんな見栄をはらなくてもいい、どうせ嘘なんだろ? ソペードの切り札とか言われてるが、噂半分だってそんなコト出来る奴がいるわけがねえ」


 仕方がない、山水のやったことはどれもが眉唾だったのだから。

 噂で聞いただけなら、信じなくても仕方がない。


「本物がいるのかだって疑わしい。で、どうなんだいその辺りは」


 わかりきっている、わかりきっている。

 だが、だとしても……。


「アンタは知ってるんだろう? シロクロ・サンスイとかいう詐欺師の正体を」


 こんなことを言われて、黙っていられるほど人間ができていない。


「詐欺かどうか、試してみるか?」


 怒りをにじませながら、彼はすぐ脇に置いている刀に手を伸ばしていた。

 それが交渉の決裂を意味することは、あまりにも明白だった。


「おっと、怒らせちまったか?」


 しかし、そんなことに動じる裏社会の人間などいない。

 仮にも詐欺でも、武芸指南役に選ばれるほどの男を相手にするのだ。それなりの準備はしてある。


 ソファーに座っている彼のすぐ背後に、目の前に、数人の男が武器を持って現れていた。

 武器を鞘に収めて座っている彼を、武装している強面の男達が包囲している。

 まさに詰みの状況と言っていいだろう。


「そういきり立つなよ、これは両方に得のある話だ。こっちだって武芸指南役様を殺したくない、騒ぎになるしな。だから……」

「この話はそれなりにカネが動くんだろう。アンタ、それなりに組織の中では上の方なんじゃないか?」

「ん、ああもちろんそうだ。つまり……」



「人質には十分だな」



 瞬身帯は常に身に着けている。

 それが何を意味するのかと言えば、刀を手にするまでもなく準備ができているということ。

 相手が魔法を使える程度なら、身体強化ができないのなら、狭い室内では全く問題ない。


「は?」


 包囲した時点で、詰みの盤面を作った時点で、強面の面々も勝利を確信していた。

 包囲している四人の男達は、気が抜けていた。

 その気が充実する前に、彼は刀を抜きながら高速で攻撃する。


「おい、生き残った奴」


 攻撃を終えた時、立っていた三人の男が倒れていく。

 首がずれて、そのまま腰が落ちるのにあわせて首が落ちていく。


「椅子に座っている奴の命が惜しかったら、組織の兵隊を連れてこい」


 彼がさらなる供物を要求し終えると同時に、狭い店内を鮮血が満たしていく。


「ひっ……ぎゃあああああああああ!」

「な、おい……」

「動くな」


 立っていた男は、強面に似合わない恐怖に染まってほうほうの体で逃げていく。

 それを止めようとする椅子に座っている男は、しかし血に染まっている刀が喉元につきつけられて、椅子から立つこともできずにいた。


「な、おい、アンタ誰に喧嘩を売ったのか分かってるのか?!」

「お前は馬鹿か? 俺はソペードの当主からお墨付きをもらってるんだぞ?」


 ああ、田舎者はこれだから困る。


「お前、ソペードに喧嘩売ってただで済むと思ってるのか?」


 心底呆れきった彼は、脇差を腰に下げていた。

 さらなる援軍を迎え撃つ構えの彼に対して、椅子に座ったままの男は焦っていた。


「アンタの腕が立つのは分かった! 分かったから待ってくれ! いいから、俺を解放しろ! そうじゃないと……!」


 男を逃してからすぐのことだった。

 店の中に何かが投げ込まれ、そのまま煙がたって燃えていく。


「ここは最悪こういうことになる店なんだ!」

「そうか、お前大したことがなかったんだな。こんな雑に切り捨てられるなんて」



 新しい武芸指南役の友人は、燃えていく建物を見ていた。

 その建物の周囲には何十人もの強面が手に長物をもって、周囲から人を散らせている。


「お前の『友達』は、馬鹿なやつだ……短気をおこしてこんなことになるんだからな」

「はい、まったくで……」

「で、お前この落とし前はどうつけるんだ?」


おそらく、組織の中でかなり上位に立つであろう中年の男は、友人を鋭く睨んでいた。


「お前が新しい武芸指南役の友達だって鼻息荒く言うから任せたんだぞ。店一つと男四人ダメにしちまったじゃねえか」

「……そ、その」

「楽に死ねると思うんじゃねえぞ」


 周囲の強面は、事の発端になった小者を睨んでいた。

 そして、その小者は蒼白になって腰を抜かしそうになる。

 そう、友人を悪事に引きずり込もうとした男には相応の報いが待っていた。



「ソペードの当主様から命令されている」



 燃え上がる店内の天井を切り裂いて上空へ飛び上がり、煙と炎から逃れつつ地面へ降り立った彼はその場の全員を酷薄に睨んでいた。


「もしもくだらないことを薦めてくる奴がいたら、見せしめとして皆殺しにしろとな」


 手に持っていた四つの頭部を、道に転がす。


「シロクロサンスイの名を信じない輩に、その真実を事実によって知らしめろとな」


 包囲していた数十人の男達は、組織の上位に立つ男は、彼の友人だった男は。



「お前ら全員、さらし首だ」



 ああ、死ぬのだと理解していた。





「危ないところだったな」


 そこには、無法者たちの首と胴が転がっていた。

 生きたまま首を切り落とされ、大量の血をばらまいている死体。

 それはまさに地獄絵図と呼ぶにふさわしい。


「お前の上司に殺されるところだったな」

「あ、ああ……」


 唯一の生存者である友人に、血まみれの彼は語りかけていた。

 その手に刀を握ったままで鞘に収める素振りがなく、目が笑っていなければではあるのだが。


「誤解のないように言うが、俺は誤解してないぞ。お前は俺を殺す気も騙す気もなかったんだろう?」

「あ、ああ! もちろんだ!」

「お前は自分がある程度得をするつもりではあったが、俺を陥れるつもりもなかったんだろう?」

「そ、そうだよ! 俺は、俺はお前と一緒に、一緒に大儲けしたかったんだ!」


 まったく、馬鹿というのは救いがたい。

 せっかく安定した仕事を得た友人を、半分ぐらいの利己心と半分ぐらいの善意で悪の道に引きずり込もうとしていた。

 そのあげく、まさに馬鹿なことになっていた。


「だが、お前が今まで俺のことを馬鹿にしていたことも察している」


 自分の馬鹿さを、彼は知っている。

 自分が祭我やランのように、特別な資質を持つ人間だとは思えない。

 それどころか、トオンやブロワにも遠く及ばないともわかっている。


「まったく、わかりやすく落ちぶれたな。これでよく酒を奢ると言えたもんだ」


 自分はたまたま偶然生き残っただけだ。

 そんなことはわかっている。

 目の前のこいつと、大差がないとわかっている。


「こ、殺さないでくれ!」

「ああ、もちろんだ。俺はお前を殺さない」


 でも、違う。絶対に違う。

 今の自分と、今のこいつは絶対に違う。

 そんなことは、あまりにもわかりきっている。


「お前が捕まってひどい目にあってから解放されて、お前の組織のやつに殺されても。このまま野放しにして組織のやつにそのまま捕まって殺されても、あの燃える店に突っ込んで自殺しても、俺は気にしない」


「は?」


「殺さないさ、好きにしろ」


 彼は、足首の宝貝によって空を舞う。

 

『よく頑張りました』


 師匠と呼ぶことも恥ずかしい人から送られた言葉を思い出しながら、彼は飛んでいた。


『貴方は、もう一人前の剣士です』


 そう、自分は頑張ったのだ。

 だから、あいつとはもう違う。


『卒業、おめでとうございます。武芸指南の御役目、頑張ってくださいね』


 たとえ相手が切り札に匹敵するほど強かったとしても、守らなければならない名誉がある。

 それは、もしかしたらああなっていたかもしれない、という相手を見捨てることにためらいを持たないほどだった。



「好きに死ね」



 知らなかったとしても、山水の顔に泥を塗ろうとした。それは万死に値する。

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― 新着の感想 ―
悲しい話だった それはそれとして蟠桃って食べ過ぎたらやばいから 悲劇になるか気がかり
[一言] ただでさえ辛い話なのに、山水の言葉が浮かんでくる描写のせいで、さらに悲しくもなる。
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