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反転

 そこそこ大きい町では、新しい武芸指南役が己の町の出身者からでたということで噂になる程度だった。

 これが貴族にでもなっていれば話は別だったかもしれないが、平民がかなりの出世をした程度で大げさな祭りなどが起きることはなかった。


「今までのツケと今日の分だ、釣りはいらねえぞ。店の中の野郎ども、今日は俺のおごりだ! 俺の出世を祝ってくれ!」


 一度言ってみたいセリフを言えてご満悦な彼は、行きつけだった酒場の中で高らかに宣言していた。

 どうせはした金である、ぱーっと騒いで終わりにしようと思っていた。

 実際、ただ酒を飲んで楽しんでいる連中を見ているだけで笑いが止まらないところだった。


「おいおい、お前は飲まねえのかよ」

「……まあ、ちょっとな」


 諦めていたツケが倍ぐらいになって返ってきた酒場の店長は、自分では酒を飲まない彼に酒を薦めていた。

 酒場の樽をカラにしてもお釣りが残る程の金を受け取っているので、ひたすら上機嫌である。

 しかし、彼はそれを断っていた。

 自分の出世を祝ってほしい一方で、それを喜ぶ輩ばかりではないこともわかりきっていたのだ。


「おっ、今日は貸し切りらしいな」

「俺達に出す酒はないってか?!」


 数人の血気盛んな男たちが入ってきた。

 彼がこの町で過ごしていた時に敵対していた組織、とも言えない男の集まりである。

 当然、この無礼講の飲み会に参加するつもりでは無さそうである。


「おお、お前らか」


 ただ酒を楽しんでいた面々が凍り付く中、主催者である彼だけは喜びながら迎えていた。


「知ってるかどうかしらないが、俺は今回大出世してな。今日はみんなに祝ってもらっている。お前らとは昔いろいろあったが、今はもういい思い出だ。俺の酒で楽しんでくれ」


 とはいえ、今の時点で彼が一滴の酒も飲んでいないことが、彼の心中を表していた。

 少なくとも、この祝の席がすんなりと終わるとは、最初から思っていなかったようである。


「ああ、話には聞いたぜ。お前、うまくやったなあ」

「ソペードの当主様に気に入られて、領主の武芸指南役だってな」

「羨ましいねえ……」


 新しく入ってきた彼らは手には武器を持っており、何をしようとしているのかわかりきっていた。

 店主は店を荒らされるのでは、と危惧しているが身動きが取れない。


「いやあ、お前なんかでも務まるんだから楽なもんだな」

「偉い人に気に入られるってのはいいもんだな」

「責任重大だな、俺達が代わってやろうか?」


 彼らの言っていることが、どこまで本気なのか分からない。

 しかし、その殺気からするに成功している彼へ暴行を行おうとしていることは目に見えて明らかだった。

 それこそ、仙人ではなくても子供でもわかることだった。


「羨ましいか?」


 カウンター席に座っていた彼は立ち上がった。

 不敵に笑い、穏やかに挑発していた。


「そうかそうか、お前らに羨ましがられるのは嬉しいな」


 成功者の余裕、では説明がつかない雰囲気を持っていた。

 それは明らかに、強者の風格を漂わせていた。


「気にするな、今日は無礼講だ。飲めや歌えや騒げや……好きにすればいい」


 当然、なんの勝算もない、というわけではない。

 酒を断っていたこともそうであるが、宝貝を装備している。おかげで珍奇扱いされているが、襲われてもなんの問題もない。

 むしろ、酒の席で無防備な相手を襲うつもりだった彼らのほうが、よほど準備が足りないと言えた。


「そうかそうか、就任前に怪我で引退したいのか」

「そういう事なら、手伝ってやるぜ」

「やっちまえ!」


 剣を抜いて酒場に入ってきた男たちに対して、彼は未だに変わった形の剣を鞘に収めたままだった。

 それを見ただけで、酒場の誰もが彼の凄惨な結末を想像していた。


「……殺気立って、いきり立って、狭い店内を集団で真正面から襲い掛かってくる」


 それでも、事前に想定していた彼の心は揺るがない。

 鞘に剣が収まったままでも、既に準備は終えていた。


 刀ではなくそれよりも短い脇差に手を伸ばし、瞬身帯で自己強化しながら、しかし静かに歩みを進める。

 合理、あるいは効率性。常に激しく動いていれば、すぐに力尽きてしまう。

 必要なら動き続けることもありえないとは言い切れないが、この状況ではその必要もない。


「鮮やかに勝って『見せる』。これも見栄ってやつなのかねえ」


 バカにしているのだろうか、と思うほどにわかりやすく上段から振り下ろそうとしてくる男。

 瞬身帯を解除しようかともおもったが、それはさすがに止めて強化されたまま前に踏み込みつつ抜刀する。

 体重を込めずに速く切り抜いて、そのまま通り過ぎる。

 そして、まさかそんなふうに動くとは思っていなかった後方の男たちにも軽く脇差を振ってみせた。


「ソペードは武門の名家、今の俺はその当主様からお墨付きの武人」


 刀よりも短い脇差、その使い勝手の良さを確認しつつ血振りして、鞘に収め直す。

 鉄ではなく石でできた脇差は、僅かな血を地面に散らせていた。


「挑んできたなら首一本もらってもおかしくはないが、今日は無礼講だ」


 おお、尊敬する師匠そっくりだ。

 そんな自分に酔いながら、言ってみたいセリフを最後まで言ってみる。


「酒場の冗談ってことで、人差し指の一本で勘弁してやろう」


 酒場の床を赤い血が染めていた。

 襲いかかってきた三人の男たち、その手から血が滴り落ちている。

 恐ろしいほどに、指以外のあらゆる部分を傷つけることなく、剣を降っていた男たちの指が一本ずつ落とされていた。


「……っ!」

「あっ……!」

「つっうう!」


 力仕事をしていれば、指の一本が落ちることもよくある。

 戦闘中にそれが起きても、別段不思議ではない。

 しかし、それが狙って行われていたとしたら尋常ではないことも確かだった。


「で、続けるならそれこそ首を落とすが。別に指の一本ぐらい大したことないだろう?」


 確かに荒事に慣れている男なら、指の一本が切断されたぐらいで泣き叫んで転がりまわることはない。

 意地もあって手を抑えているだけだが、目は完全に怯えていた。

 強くなっている、という言葉では正しく伝わり切らない変化に、三人は恐怖を感じている。


 それに、満足している自分がいる。


 周囲が自分に対して畏怖している。

 スイボクが生み出し、山水が引き継ぎ、そして自分にもつながっている。

 と、陶酔する。

 勝ち方にこだわった結果、ではあると思いつつ不敵に振る舞う。


「今なら法術使いのところへ行けば、指もつながるんじゃないか?」


 神降しの使い手がいない、知られていないこの国では、瞬身帯の強化も十分以上の効果がある。

 高速移動ではなく高速攻撃にとどまったが、何がなんだか分からない彼らを圧倒することはできた。

 そして、本当に首が落とされることを危惧したのか、相手が悪いと思ったのか、三人の男は自分の指を拾って去っていく。


 この場に同門がいたら、茶番、と罵られても仕方がないと思いつつ、周囲からの畏怖を感じ取りながら満悦の表情を隠して、再度カウンター席に座ってみせる。


 おお、という感嘆の声が聞こえてきた。

 今の今まで、ただのタダ酒飲み会だった祝の席が、一気に彼へ注目が集まる。


「すげえ……」

「はんぱじゃねえ……」

「すぱっと、指だけ切り落としたのか?!」

「信じられねえ」


 誰かを傷つけておいて、自慢げにするなど修行が足りない、と師匠ならいいそうなところだが、まあこれぐらいはいいだろう。

 こういうさりげないところがかっこいいとは思っていたのだが、実際やってみると楽しい。

 誇示することなく、周囲から尊敬されるというのは本当に優越感が感じられる。


 とはいえ、今回酒をおごっている男が、本当に武芸指南役という職業についたのだと皆が実感していた。

 つい数年前まで自分たちに混じっていた男が、立身出世を果たしたのだと理解していた。


「なあ……この剣を見せてくれよ」


 そういった仲間に、己の刀と脇差を見せてやる。

 正直、お世辞にも装飾が良いとは言えないが、さすがは最強を追求した男の逸品。その実用性はとても高い。蓄積されたスイボクの仙気によって、常に気功剣が発動している代物だった。

 多くの古い友人たちが、回し回しで石の刀や脇差を触っている。

 本来なら大笑いされるところだが、その切れ味を見た後なら真剣に扱うのは当然だった。

 自分のために作られた二本の武器。それを皆に見せるのはなんとも気分が良かった。


「すげえ……これで、あんな凄いことができるのか」


 とはいえ、懸念がないわけでもなかった。

 山水は昔の自分を思い出しながら、昔の自分と大差ない祭我へ説教をすることがあった。

 同様に、彼にも残念な想像はできる。

 もしも、昔の自分が今の自分を見ているのなら、きっとしょうもないことをするに違いないと。


「……なあ、お前どうしてこんな剣をもらえたんだ?」


 刀を手にした友人が、酔った顔のままでそんなことを言う。


「ソペードの切り札、童顔の剣聖シロクロサンスイに弟子入りした。そんでもって、腕前を認められたのさ。その剣、刀と脇差は卒業祝いとしてサンスイさんの師匠であるスイボクさんが作ってくれたもんだ。俺だけじゃない、サンスイさんの弟子になって腕を認められた奴はみんなもらってる」


 得意気に語るふりをしながら、彼がこれから何をいうのかを察していた。

 まさか、本当に言われるとは思っていなかったが。


「じゃあ、俺も弟子になればもらえるのか?」

「もう無理だな、サンスイさんは貴族になってるから、正規軍や既に弟子入りしている連中以外には指導しない。それに、今は遠い外国へ行っているよ」


 怪しい雰囲気が、沈黙が、場を支配していた。


「そうか……」

「そうだ」

「ずるいぜ」


 ああ、勘違いしている。


「こんな凄い武器をもらえるんだもんな」

「ああ、凄いだろ? 俺用だぞ、俺用、俺専用」

「……お前さ、これまでだっていい想いしてたんだろ?」

「ああ、そのとおりだ。雲の上の人だと思ってた人たちにたくさん会えたしな」


 勘違いしていない面もある。


「ずるいだろ、少し前まで俺達と一緒に馬鹿してたのによ」

「ああ、人生わかんないもんだな」

「じゃあさ、この剣を俺にくれよ」

「はっはっは! ダメに決まってるだろ」


 周囲からの視線が、微妙に変わってきた。

 これは、祝福ではなく嫉妬だった。妬み嫉みだった。


「いいだろ、いままでいい想いをしてたんだから」


 今日は楽しい、明日も楽しい。

 でも、先は見えない。先は暗い。

 そして、今の彼にだけ明るい未来がある。

 それは、とても妬ましかった。


「おいおい、無理言うなよ。俺はまだまだこれからだぜ? 爺さんになった後なら、まあいいかもな」

「そんなこというなよ、俺だっていい想いがしたいんだよ」


 勘違いしている友人の目は、彼にとって理想の未来だけを写していた。

 まあ、その気持ちもわかる。わかってしまう。


「な、友達だろ?」

「友達だから、酒をおごってるだろ?」


 酒の勢いもあるのだろうか、その刀は彼に向けられていた。


「なあ、くれよ」

「……なあ、その剣、刀をもらってどうするんだ? まさか、それがあればお前も領主様に雇ってもらえるとでも思っているのか?」

「違うのかよ、俺とそんなに変わらないお前だって、これがあるからそんなすげえ仕事につけるんだろ?」

「いやいや、推薦状ももらってるから。ほら、ソペードの当主様直筆のサイン」


 あえて、その勘違いを正さずに話を進める。


「じゃあそれもくれよ」

「いやいや、これ俺の名前が書いてあるし。それに俺はもう領主様に挨拶してるし」

「じゃあ代わってくれよ! これがあればなれるんだろ?!」

「馬鹿言うなよ、お前に武芸指南役なんて出来るわけ無いだろう? お前、剣も刀も使ったことないだろうが」

「それは、お前も同じようなもんだろうが!」


 勘違いしている。

 先ほどの戦いを、武器の恩恵だと勘違いしている。

 まあその気持ちもわかるし、半分ぐらいは正解である。


 とはいえ、この町にいた時から剣を振っていた。

 その点を彼が知らないことは、微妙に悲しい気もする。


「おかしいだろ、お前ができて俺ができないなんて!」

「酔いすぎだって、その刀はただよく切れるだけだ。持ってるからって、剣技がすごくなるわけじゃないだろう?」


 こいつがそんなに凄いわけがない。

 自分とそんなに違うわけがない。

 だから、こいつにできて自分にできないわけがない。

 昔の自分だったら、きっとそう思ってた。

 相手の表面と上っ面だけ見て、上澄みだけを見て勘違いをしていた。


「ほら、返せよ。それは俺がスイボクさんからもらった武器なんだ、カネに変えられない宝物なんだよ。友達の宝物を、取るんじゃねえよ」

「お前なんて……お前なんて!」


 恩恵を独占しているお前なんて。


「お前なんて、友達じゃねえよ!」


 そんなヤツは、敵だ。


「ひどいこと言うなよ、傷つくだろ」


 剣を振りかぶった一瞬、相手の視界が腕と刀で塞がる。

 その一瞬で間合いを詰めて、そこらの机に乗っていたフォークを相手の喉元につきつけていた。

 今度こそ、一切宝貝を使っていない。


「酒の席の冗談だからって、笑えないのは勘弁だ」

「ま、待ってくれ」

「俺達、友達だろ?」

「あ、ああ……友達だ、友達だ」


 変わったのは自分で、変わらないは友人で。

 悪いのは友人で、昔の自分も悪い奴だった。

 頭が悪くて、他人の成果を羨んでいる男だった。

 それから変化できたことを、喜ぶべきなのか悲しむべきなのか。


「じゃあそれを返してくれ。俺の『命』と同じぐらい大事なんだ。命は大事だろ?」


 その場の全員が、喉元に刃物をつきつけられているように硬直していた。

 ここでようやく、目の前の彼が自分たちの知っている男ではなくなっていると、戦慄とともに認識していた。


「ああっ、返す、返すよ!」

「そんなに怯えるなって、酒の席の冗談じゃないか」


 一つ良かったことがあるとすれば、『昔の友人』を傷つけずに収められるほど強くなっていることぐらいだろう。

 

「笑えなかったかもしれないけどな」

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