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「……なんだこれ」


 一旦領主に挨拶し、荷物をおいてから馬車を乗り継いで故郷に帰った彼は、自分の故郷である小さな町の入り口の前で絶句していた。

 小さな町に手作りの装飾が満ちており、拙い字で自分の名前が書かれていた。その上、飲めや歌えの大騒ぎが聞こえてくる。これが何を意味するのか、彼にはわかるのだが理解を拒絶したいところだった。


「いやいや、いやいやいや……」


 確かに故郷の皆を見返せるとは思っていた。

 自分のことを厄介者扱いしていた連中を見返せると思っていた。

 いきなり女という女が自分に惚れ込んでくるとは思っていた。

 家族が喜ぶとは思っていた。親戚が増えるとは思っていた。


「……田舎だなあ」


 現実を直視すると、ものすごく恥ずかしくなってしまった。

 確かに良く良く考えてみれば、この小さい町に限らず周辺の街単位で、脅威の大出世ではある。

 ソペード本家令嬢の護衛を長年努め、更に貴族へと出世した山水。あるいは四大貴族の次期当主になることが決まっている祭我と比べるとあまりにも些細だが、領主の武芸指南役に取り立てられるなど、祭りが開かれても不思議ではあるまい。


「領主様の館に戻ろうか……」


 歓待ぶりがすごくて、ものすごく恥ずかしい。

 いくら何でも喜び過ぎではないだろうか、今まで見てきたものを思うと、自分の出身地がみっともない。

 田舎を懐かしいと思っていた気持ちが吹き飛んでいた。たかが地方領主の武芸指南役になったぐらいで、一地方を上げて大喜びされてはたまらない。


「おい! あいつが帰ってきたぞ!」

「おおっ、立派な格好をしやがって!」


 果たして自分のことをきちんと知っているのだろうか、という顔の見覚えも曖昧な連中が自分に気づいて自分をお祭りの中心へ連れて行く。

 その流れに逆らうほどの気骨は、脱力しきっている彼にはなくて……。


「おおっ、我が町の誇らしい英雄の帰還だ!」


 おそらく、現役の町長らしい男が自分に抱きついてきた。

 その他、町の有力者たちが握手を求めてきたり、抱擁してきたりした。

 如何にも田舎娘、という化粧を厚塗りした女たちもめかしこんで並んでいる。


「お前は出世すると思っていたよ!」

「お前はこの町の誇りだ!」

「お前ならやると思っていた!」

「お前は何か成し遂げる男だと思っていたよ!」


 今まで自分のことを蔑んでいた連中が、そんなことを忘れたかのようにたたえてくる。

 想像通りではあったが、想像をはるかに超えていた。


「あ、ああ……」


 衝撃的な歓待に、彼は身動きが取れなかった。

 なされるがままに、ただ抱擁されたり握手を返したりしていた。


「ああ……ありがとう」


 昔の自分だったら、ふざけるんじゃねえと怒りだしていたかもしれない。

 実際、あまりにも露骨な反応にそういう反感を感じていないわけでもない。

 しかし、皆が喜んでいるし、自分を褒めてくれている。

 これを無下にするのもどうかなあ、と思う自分もいる。


「こんなに歓迎されるとは思っていなかったから驚いたが、嬉しいよ」


 苦い顔をしながら、なんとか笑ってみせる。

 尊敬している自分の師、山水やスイボクを思い出しながら周りに同調してみせた。

 とても穏やかで、忠実で、欠片も揺るがない。戦うときもその余裕を保ち、超然とした雰囲気を周囲に漂わせていた。

 ここで自分が短気や癇癪を起こせば、それだけで師の名誉が汚れる。ソペードの当主様にもご迷惑をかけることになる。


「おお、息子よ! こんなに立派になって!」

「お前ならやってくれると信じていたよ!」


 自分のことを厄介者扱いしていた両親も涙目で現れた。

 まあ自分は自分で家の金を盗んで旅に出たので、偉そうなことは言えないのだが。

 しかし、いくら何でも喜び過ぎである。自分が品行方正な息子だと記憶の改ざんをしているのだろうかと疑うところだった。


「親父、おふくろ……め、迷惑をかけたな。これ、借りてた金だ。利子をつけてある」

「ああ、よしよし! お前は最高だな!」

「孝行息子をもって、私は幸せもんだよ!」


 自分が渡した金貨の詰まった袋を、両親は高速で懐に納める。

 一秒もためらわず、周囲に見られてはかなわないと泥棒のように高速で隠していた。

 目が微妙に笑っていない。ひと目のつかないところで渡せ、と思っているのだろう。まあそのとおりではある。


「これからは領主様のところで仕事をさせてもらうんで、家にも金を入れられるぞ」

「おお、さすがだな!」

「これで我が家も安泰ね!」


 わあわあ、きゃあきゃあ、周囲の面々も大喜びしていた。まるで自分の懐にお金が入ったようである。

 実際、家族に仕送りをすることはやぶさかではないし、他にこれと言って金の使い道があるわけでもない。

 しかし、さすがに町全体やその周辺にばらまけるほど高給ではないのだが。


 脳天気というか、楽天的極まりない田舎の空気に耐えかねている山水の卒業生。

 なんか勘違いしているのではないかと不安になってしまう。

 彼らは何かを期待しているようだが、それには添えないと思うのだが。


「それで、その……お前は、ソペードの当主様から、推薦状を頂いているそうじゃないか!」


 ああ、と何かを納得する。

 確かに自分はアルカナ王国四大貴族の当主から、直筆の推薦状をもらっている。

 この小さな町やその周辺では、地方領主でさえ雲の上の人なのに、ソペードの当主など神様みたいなもんだろう。

 実際自分も似たような認識だったが、最近までよく会っていたので麻痺していた。


「ああ、もらっているぞ。さすがに中身を見せることはできないけどな」


 そう言って、厳重に高価な布でくるまれていた封筒を見せる。

 ある意味人の命よりも重い書類の入った封筒を見て、誰もが恐れて距離をとっていた。

 大げさな反応ではない、この手紙になにかあれば打ち首にされても文句は言えないのだ。


「本当に……お前すごくなったんだな……」


 町の有力者たちも恐れおののき、年寄りなど手をあわせていた。若者は近づこうとしないように、しかし前の相手を乗り越えて目にしようとしている。

 周囲の反応を見て、自分がいかに場違いな環境に身を置いていたのか再確認する。

 極論すればただの紙でしかない書類さえ、少し前の自分なら目にすることもなかった代物なのだ。


「そう、だな。ああ、凄いんだぞ」


 切り札たちとは比べ物にならないものの、ありえない程の立身出世を達成している。

 そのことを素直に認めた彼は、周囲からの視線を自然に受け止めていた。


「おおお……」

「すげえ……」

「かっこいい」

「これが本物か……」


 成功者の余裕、といえばそれまでだった。

 しかし、大げさに誇示せず泰然としている彼を見て、誰もが大げさに感動していた。

 本人にしてみれば、まあ成功ではあるし凄いとは思うのだが、そんなに大喜びする程でもなかった。

 それがとても憧れの対象として見られていた。


(他の連中は、どうなっているんだろうか……)


 おおげさにも見える反応は、普段山水やスイボクへ向けている自分たちの反応にも重なるものがあった。

 そう思いつつ、同僚となった同志たちに思いを馳せる。

 果たして彼らは、どんな大騒ぎになっているのだろうかと。


「なあ、俺も頑張れば領主様のお屋敷で仕事できるかな!?」


 無邪気な子供が訪ねてくる。

 大切な推薦状をしまいながら、彼はただ困った顔で残酷な真実を告げることしかできなかった。


「……多分、無理だと思うぞ」

「なんで?!」

「俺の場合は、運が良かったというか、出会いが良かったというか……」


 確かに頑張ったは頑張ったが、頑張ったぐらいでソペード当主から推薦状をもらえるわけもない。

 加えて、こうした推薦状がなければ、小さな町の小僧っ子が領主の屋敷で働けるとは思えない。

 つまり、幸運がなければどうしようもないのだ。


「サンスイさんに弟子入りしていなかったら、こんな出世はできなかっただろうなあ……」


 しみじみと、そう口にする。

 ただの事実であり、他に一切の理由は存在していないことを確信していた。

 しかし、それは少々うかつだった。


「じゃあ、サンスイって人を紹介してよ!」

「いや、あの人はもう忙しいから。それに今この国にいないし……」

「なんだよ、ずるいじゃん!」


 ずるい、と言われればそうなのでなかなか反論できない。

 無邪気な子供からの文句に返事ができずにいると、大慌てで周囲の大人が怒鳴りつけていた。


「お前は黙ってろ!」

「へそを曲げたらどうするんだ!」

「すぐ黙らせろ!」


 まるで貴族に粗相をしたかのように、子供は自分の親や周囲の大人から抑えこまれていた。

 焦る乞食はもらいが少ない、あるいは金を産むガチョウに逃げられては困る、そんな心境なのだろう。

 過剰反応ではあるが、それなりに正しかった。


(本当に、他の奴らはどうなってるんだろうか……)

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