終着
新章です。
誰であれ、人生に一定の終わりをつけることはできる。
人間だれしも何かの山を登っているものであり、同じ山を登るものと肩を貸しあうこともあるし蹴落としあうこともある。それは山の種類にもよるだろう。
領主、お貴族様の武芸指南役。
それも、四大貴族ソペード家当主の推薦状付き。
武によって名をあげるものとしては、一つの到達地点といっていいだろう。
もちろん上には上がいる。現在マジャンへ向かっている白黒山水は、かなり上位の爵位を得ており本人がすでに貴族であるといえる。瑞祭我に至っては、バトラブの次期当主。
この二人の出世具合を聞いて、我も我もと思う者はさぞ多いだろう。
とはいえ、食うに困らないとか領地で大きい顔ができるとか、上に誰もいないという意味では地方領主の武芸指南役というのはいい仕事である。
己の技量を一定に保つという義務はあるが、それさえ怠らなければさして成果を求められることもなく、命の危機にさらされることもない。
なにせ、武芸指南役の成果とはつまり領主の技量向上である。他にもたくさん仕事のある地方領主が、態々しんどい思いをしたがることはないだろう。
ほどほどに鍛えて、運動をさせて褒めてやれば、それでいいというお仕事である。
加えて、その地方領主の武芸指南役とは、その地方で武人の頂点に立つ男である。道場でも開けば千客万来は間違いない。
とにかく美味しい仕事ではあるが、だからこそ競争も激しい。
その座を狙って賄賂を贈ったりコネをつかったり、と武芸以外でも競争が行われている。
頻繁に入れ替わりが起きるわけではないが、だからこそ苛烈な騒動が起きていると言っていい。
そこで、ソペード当主の推薦状である。
この男は、武芸指南役にふさわしい技量の持ち主である、とのお墨付きである。
はっきり言って、地方領主本人よりも権威がある。なにがしかの問題が起きたとしてもソペード本家が保証をするということであり、何の問題もないのに蹴落とそうものならソペード本家にケンカを売るようなものである。
つまり、一生安泰。
生涯遊んで暮らせるほどの大金を得た、というのは誇張だが、武芸指南役という美味しい地位を一生独占できることを意味していた。
それこそ、地方領主がお家騒動で壊滅したとしても、新しい領主に仕えることができるほどの権威である。
アルカナ王国が壊滅でもしない限り、この推薦状を持つ彼らはそれなり以上の暮らしが約束されているのだ。
「いやあ……なんか悪い気もするなあ」
「そういうなよ、気が抜けるのもわかるけどな」
「すごいものを見過ぎたからな……」
「本当に、夢みたいな話だ」
「まさか五体満足で故郷に帰って、錦を飾れるんだからな」
俺はとにかくビッグになって、グレイトな男になって、故郷の奴らを見返してやる!
という、まったく具体性も将来性もない考えを祭我も山水も正蔵も右京も、この世界に現れた当初は抱いていた。
しかし、それは特別でも異常でもない。確かに神から宝やら力やら推薦状やらをもらっただけで何の根拠もなかったわけであるが、世の中にはそんな根拠が一切ないにもかかわらず自分はすごい男になって見せるという若者がたくさんいる。
山水に挑み、敗北し、指導を受けてそれなりの修羅場をくぐって、フウケイとスイボクの戦いを見た面々も同様である。
それなりに野心を持ってはいたが、本物中の本物を見て最強の何たるかを知って、彼らにとって代わろうとは思えなくなっていた。
とはいえ、元々本人たちに一定の実力があり、山水に鍛えられ切磋琢磨した面々は、一地方領主の武芸指南役が務まる程度には剣の技量が備わっていた。
「魔法の武器を設えてもらって、支度金をたっぷりもらって、お貴族様の馬車に乗って故郷へ帰る、か」
「おいおい、何度目だよ」
「いいじゃねえか、実際うれしいしな」
「魔法の武具じゃなくて宝貝だが、どう違うのかもよくわからないしな」
「サンスイさんのところで指導を受けててよかったぜ」
加えて、スイボクが彼らのために作った宝貝は、軽装にみえて確かな性能があった。
見た目こそ豪華ではないが、王家の最精鋭である粛清隊や親衛隊の武装に勝るとも劣らない。
なによりも、箔付けとしてソペードお抱えの刺繍師が小さく家紋を刻んでおり、『山水』という漢字もそれにつぎ足される形で刺繍されていた。
石で作られた刀と脇差、莫邪と干将。
木の皮で作られた腕輪、豪身帯と瞬身帯。
木を曲げて加工された車輪、風火輪。
石と草で編まれた服、大聖翁。
全部装備するとなんとも奇異な恰好ではあるが、野趣あふれる武装のすべてがスイボクの仙気を千五百年吸った森の素材で作られた逸品である。
この国では魔法と法術が一般的であるという点を含めて、完全武装した彼らと真っ向から一対一で戦うのは現実的ではないだろう。
その、山水の卒業生が五人、故郷に向かって進む馬車に乗っている。
さすがにドゥーウェや山水が乗り込んでいる馬車には劣るが、それでもソペードの家紋が書かれた馬車だった。平民出でしかない彼らが、護衛でも乗り込むなどありえないが、主な客として乗り込むのはさらにあり得なかったといえる。
「一門扱いとはいえ、俺たち五人が全員まとめて武芸指南役って言うのも、悪くねえ話だよな」
「ああ、俺たちがその地方の出身者だってのも大きいんだろうな」
「ソペード以外の出身者は、トオンさんの部下になるらしいな」
「そっちの方が給料はいいらしいぞ。当たり前だけどな」
「今頃マジャンへの旅の空か……」
当然だが、すでに士官先の領主とは顔を合わせている。
良くも悪くも普通の貴族であり、待遇は五人まとめて今まで通りでいいと言われていることもあって、ソペード当主の推薦している五人を受け入れていた。
鶴の一声といえば聞こえは悪いが、実際のところ現役の武芸指南役は素行に問題があって変えたかったらしい。
とにかく、歓迎されているのはいいことだった。
「なあ、帰ったら家族になんて言うんだ?」
「おいおい、何度目だよ」
「いいじゃねえか、何度目でも」
「ウチは貧乏だったからなあ……っていうか村自体が貧乏だったからな。金貨を見せるだけで大喜びするだろうぜ」
「俺のところは家業を弟あたりが継いでいると思うから、そんなには反応しないと思うがなあ」
俺はこんなところで腐ってる男じゃない、と大して強くもないのに故郷を飛び出した男たちである。
同じようになにか勘違いしている男たちと戦って、幸運にも生き残ってきて、さらに幸運なことに山水の指導を受けることができて、さらにさらに幸運なことに武芸指南役の座を獲得していた。
なるほど、結果だけ見れば故郷で腐らなかったことは正解だったといえるだろう。
それが、どれだけ幸運が重なった結果だったとしても、挑戦して苦労して努力して勝ち取った座だった。
それを故郷に自慢しに帰る。興奮してしまうのも当然だろう。
嫌で嫌で仕方がなかった、退屈な故郷。先の見えない、貧乏な故郷。何一ついい思い出のない、鬱屈とした故郷。
それでも、成功して帰るとなると相当の喜びがあった。ここで重要なのは、だれの目にも明らかで羨まれるほどに素晴らしい成功だということだった。なんの臆面もなく、大いに自慢できる。
「ウチの婆さんなんて、きっと泡を吹いておったまげるぜ!」
「俺の弟なんて、さぞ俺へ嫉妬するに違いねえ!」
「俺のことを下に見てた田舎のチンピラどもは、なんか勘違いして俺へ偉そうなことをほざくんだろうな」
「村で厄介者扱いされてた俺が、村の英雄だぜ! 世の中わからないもんだ」
「親戚連中がすり寄ってくるな、絶対に! はっはっは!」
人生の成功に酔いしれる彼らを、一体だれが咎めるだろう。
少なくともスイボクも山水も、その喜びを正当だと認めていたに違いない。
彼らは実力で生き残り、実力を認められて地位を得たのだから。




