目標
「なあ、山水。お前は昔、ランに向かってけっこうひどいことを言ったよな」
「必要なことだとは思っていますが、未熟さと傲慢の現れでした」
お前はつまらない、面白くない、くだらなくて退屈だ。
「俺は、お前にそう思われていたんだと思ってる。俺も、お前から見ればつまらなくて面白くなくてくだらないと思われてたんだろう」
勝ち続ける人生、屈辱のない人生、我慢のない人生、栄光に満ちた人生、望むすべてが叶う人生。
自分にとって不都合なことが何一つ起こらず、あらゆる問題は勝手に解決していく人生。
そう思っていた祭我にとって、あの敗北は屈辱だった。
ありえない、あってはならない。外面を取り繕いながらも、三度負けるまでは認めることができなかった。
「俺は……今でもそうなんだろうな」
あの時に比べて強くなった。
たくさんの術が増えたし、戦いへの姿勢も変化していた。
昔の自分の弱さを理解している、それだけでも成長だとは思っている。
「私に好かれるようにふるまっても、仕方がないと思いますが」
「そうだな」
山水自身認めているところだが、山水が嫌っていても強い奴は強いし弱い奴は弱い。
山水の好む戦いへの姿勢は存在するが、それだけで何かいいことが起きるわけではない。
むしろ、祭我のように周囲から好かれやすい、わかりやすい強さのほうが需要があるのだろう。
「でも、俺にとってお前はとっても大きいんだ。それに、スイボクさんの必殺技を見た後は……お前の気持ちもわかる」
世界最強、ありとあらゆる時代、ありとあらゆる地方で最強を誇ったスイボク。
その彼の強さの形、その人生、その思想、苦悩。それらが形になって、十牛図は存在していた。
そして、最後に結実したものを、一切ゆがみなく山水は引き継いでいる。
「俺には、思想がない。目標がない、具体性がない。できることをやっているだけ、必要だからやっているだけ、ただ修行しているだけだ」
今のままでは、ただのハーレム主人公。
ただ周りに流されるだけの男だった。
「悩んでないし、苦しんでもないし、真剣でもない。武に、最強に人生をささげる気合もない」
「それは、別に恥じることではありません。貴方はあくまでも、バトラブの切り札なのですから」
「……もしかして、山水が俺に対してやたら辛辣だったりするのは、俺の思想とかそういう問題じゃなくて、貴族の跡取りとしてどうかと思っているからなのか?」
「人には誰でも役割があり、それを成している限り決して軽蔑されることはありません。そこに優劣があったとしても、序列があったとしてもです」
山水は思い出す。
凡庸で平凡で、愚鈍ですらあった嫁の両親を。
正しく認識し、正しく危機感を抱いていた、本物の地方領主を知っている。
自分の義理の父になる人物に、心底から敬意を抱いている。
「私が言うことではありませんが、貴方にはその自覚がありません。目をそらしているとしか思えないほどに」
「そうか……そうだな」
「ですが、貴方が今日まで頑張ってきたことも知っています。貴方は努力ができる人間で、やらねばならないことを成そうとできる人間です。すでに強い貴方が、さらに強くなるために必死で頑張ってきたことも、私はよく知っています」
防御できる法術が使えて、攻撃力の高い魔法が使えて、予知できる。
それだけで十分最強で、そこで区切ってもよかった。
簡単に術を覚えられるとはいえ、それでも簡単に習得できない剣術も含めて鍛錬してきた。
「私は貴方の指導者です、その頑張りを誰よりも近くで見てきました。必要なことで頑張れるからこそ、スナエ様を含めて多くの方が貴方に期待しているのでしょう」
嫌っている、呆れてはいても、見限ってはいない、見捨ててはいない。
「我が師も貴方のことを褒めていたじゃないですか、私に好かれたいと無理に頑張ることはありません。もっと大事なことがあるはずです」
「……」
祭我は、目からこぼれてくるものをこらえていた。
「……そうだな、確かにその通りだ。俺にはバトラブの立派な跡取りになるっていう、大事な勤めがある」
課題はたくさんあるし、多くの可能性がある。
鍛錬だけしていれば、きっともっと強くなれるだろう。
だが、それだけをしていているわけにはいかない。
「だから、何でもかんでもやるってわけにはいかないな。ちゃんと、目標を立てる」
「もう答えがあるのですか?」
「ああ……とりあえず、このマジャンにいる間に完全な神獣化を覚える。それが礼儀だし、スナエのためにもそうしたい」
今更、祭我の実力を疑う者はいないだろう。
しかし、それはそれとして中途半端なままでは、王家とつながることを良しとはできないだろう。
少なくとも、努力は絶対に必要である。
「ここに来るまでに覚える約束だったのに達成できなかったからな……こればっかりは銀鬼拳でも習得補助できないし」
「大変よろしいかと」
「あとは、法術を主体に戦闘を考えたいな。実際、フウケイさんと戦う時は一番役に立ったし」
祭我にとって基本ともいえる希少魔法、法術。
その有用性は当たり前すぎて希薄になっていたが、一番役に立っていたことは事実だ。
攻撃はほかのだれかに任せることができるとしても、防御に関してはエッケザックスを持っている祭我に勝るものはいない。
「仲間と一緒に戦うとして、仲間を死なせずに立ち回るなら、それが一番だと思う。フウケイさんと戦う時はランやトオンと一緒だったけど、これからはランやその仲間と戦うことになると思うし……」
ほかにも色々と選択肢はある。
ほかにも色々とやり様はある。
ほかにも課題はあって、戦闘スタイルも多く考えられる。
しかし、それでも仲間と共闘することを念頭に置いて、法術主体で戦う。
そういう方向に特化させていく。ほかの魔法が不得手なままになったとしても、それがいいと思っていた。
「安っぽい理想の気もするけど、やっぱり仲間が死んだら嫌だし困るし、俺ならうまいことできるとも思う」
「……」
「ど、どうかな?! やっぱりハーレム主人公っぽいかな?!」
「いいと思います。ハーレム主人公らしい考えではありますが……別にそれが悪いというわけでもありません」
環境が最適な戦い方を作る。
祭我が仲間と共同で戦う時、法術の防御壁が一番有用だった。
であれば、相手が個人であれ集団であれ、法術を主体に戦い、それを念頭に鍛えていく。
それもまた適応であり、正しい判断だった。
「貴方には悪し様に、侮辱のようにハーレム主人公のようだ、と言ってきましたが……ハーレム主人公そのものが悪いというわけではないでしょう。嫌われる主人公もいれば、好かれる主人公もいます。貴方の掲げた『最強』は、好印象を与える側でしょう」
「そうか……」
「その最強に近づけるためにも、努力するべきですね」
「……まだ、好かれる男にはなっていないと」
目標そのものは素晴らしくとも、まだ目標を見据えただけ。それは評価できても、称賛できるものではない。
どこまでも厳しい指南役の言葉は、しかし安心できるものだった。
「そうだよな、目標を口にしただけで凄いとか偉いとか、言われるわけがないよな」
どこか吹っ切れた口調で、祭我は前を見ていた。
そこには、自分と山水を『最強』と知った面々が稽古をしている。
トオンに指導を受けて、目を輝かせている。
「……俺は、お前に好かれる男になりたい。お前にこんなことを言ったら、他の人に褒められるようになるべきだとか言いそうだけど、別に矛盾する目標じゃないだろう?」
「矛盾はしませんが、優先順位があることを忘れずに」
「……厳しいな。でも、だから頑張るよ。バトラブも武門の名家、その当主になる男なんだ」
視線の先には、理想の王子がいる。
男からも女からも好かれる、最高の男がいる。
彼になれなくても、彼に近づける、彼のように思われるよう振舞える男になりたい。
「ソペードの切り札に、軽くみられるようじゃおしまいだ」
周囲の者が聞こえないふりをする中、若い次期当主は己に誓いを立てていた。