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進路

今回の一件で神降しの権威は大幅に下がった。

 この世界には多くの『魔法』が存在し、神降しは必ずしもどんな相手にも勝てる術ではないと周知されてしまった。

 そうなると、相対的に影降しの地位は向上する。

 では抑圧されていた影降しの使い手たちは、大きな顔をするようになるのかというと……。

 実際にはそんなことはなかった。下に見られてはいても、魔力による魔法が存在しないこの国周辺では、影降しは神降しを支える立場であり、神降しの次に尊敬される存在だった。

 そんな彼らが今更神降しで勝てない相手がいると知っても、やる気を出してそれで終わりだった。

 また、神降しを背景にしているとしても、諸国の王はきちんと内政をしていた。

 あくまでも強者が王をしているというだけで、強者なら何をしても許されるという横暴がまかり通っているわけではない。

 もしもそうなら、もっと早い段階でこの国は破綻していたはずである。


「もしかして、影降しの使い手は普通よりも剣術の腕がいいのかもな」

「でしょうね」


 帰国したトオンが、最も精密に操作できる憑依型の分身を使って、他の影降したちを相手にしていた。

 もともと国一番だったトオンが、さらに腕を上げたのだから勝負になるわけもない。

 しかし、それを見ている祭我の目には、トオンの分身に己の分身をぶつけている彼らの腕前が、アルカナ王国の一般的な兵士より低いように見えなかった。


「私は影降しを使えないので何とも言えませんが、憑依して操る分身ならば、斬られてもケガをしませんからね。その分実戦に近い訓練ができるのでしょう」


 今アルカナ王国一行は、影降したちの修練場に集まって観戦していた。

 神降しの使い手と違って天井が高い必要はないのだが、分身を操る関係上集団と集団がぶつかるので、とても広くなっていた。

 その広い試合場に、多くの戦士たちが集まっている。山水や祭我、ランに注目しながらトオンから指導を受けていた。


「なあ、山水」

「なんでしょうか」

「巫女道の使い手を送り届けたらしいな」

「ええ、前当主様の指示でしたが、私も正しいと思っています」

「ああ、俺もそう思う」


 新しく希少魔法を覚えることができる機会を逃しても、祭我はトオンの指導を見守っていた。

 山水と目を合わせることなく、そのまま話をしていた。ほかの面々も、それを黙って聞いている。


「いろいろ考えたけど……俺はたぶん、スイボクさんやお前以外なら、大抵の奴には一対一で負けることはないと思う。エッケザックスもあれば、百人ぐらいならぶっ飛ばせると思う。でも……持久戦となると、正直自信がない」

「正しい自己認識だと思います」


 祭我は複数の魔法を同時に使うことで、相互に補完しあっている。

 特に占術と銀鬼拳の重要性は高く、この二つによって彼の戦闘は大幅に強化されているといっていいだろう。

 単純な攻撃力や防御力ではなく、戦闘の組み立てにおいて欠かせないものになっている。

 しかしそれは、時力と悪血が尽きたとき戦闘が一気に崩れることを意味している。

 悪血は一応王気で補えるが、時力のほうは替えが効かない。一気に拙くなってしまうのだ。


「全部の魔法を同時に使うなら問題ないけど、ある程度分けて戦うとなると……それなりに強い程度になる」

「それでも十分といえば十分ですがね。エッケザックスで法術の鎧を強化すれば、時力が尽きて占術が使えなくなってもそこまでは問題ないでしょう」

「そうなんだよ、ある程度は戦えるはずなんだよ……理屈で言えば」


 持久戦への不安、に対して過剰反応しているように思えた。

 本人も言っているが、エッケザックスがある時点でそこまで問題に思えない。

 なにせ、普通の人間は単一のエネルギーで戦っているのだから、複数使える時点でそこまで怖がることはないと思える。

 それは本人もわかっているようではあったが……。


「正直、今更単独の魔法で戦うことが想像できない」

「感覚として、うまくいくとは思えないと」

「そう」


 目の前には、影気だけ宿している面々が必死で稽古をしている。

 その彼らを見るに、一種の劣等感を抱いているようでもあった。


「こういうのを、術におぼれているっていうんだろうな。俺は術が使えなくなるのが怖い」


 極端な例だが、山水は大抵のことを技でこなせる。

 悪血の恩恵である最適な動作は素の技量でこなせるし、占術による予知は正確性で劣るものの経験からの予測で補えている。

 祭我もそれなりには鍛えているし、山水やスイボクから指導を受けているので相当強い。

 しかし、術なしで戦うとなると不安が付きまとうのだ。


「こういうのを、修行が足りないっていうんだろう?」

「そうもいいますが、正しい危機感を持っているとも言えます」


 占術で予知せず、法術で身を固めなかったら、もしかしたら怪我をするかもしれない。

 銀鬼拳で治せるとしても、致命傷であれば取り返しがつかない。

 つまり、怖いのだ。死ぬのも怪我をするのも。術で備えず、素のままの自分であることが怖いのだ。


「新しい術を覚えても、いたちごっこになりそうでさ」

「引け目に感じることはありませんよ」

「おかしいよなあ……俺はすごく恵まれてるはずなのに……お前みたいにはいかないよ」


 スイボクや山水、あるいはランやトオンであっても余裕がある。

 強者とは余裕があるものだと思っていたし、実際そうだった。

 しかし、自分には余裕がないのだ。それが悔しかった。


「臆病なことはよいことですよ、その臆病さを振り切る勇気があるのならなおいいのです。少なくとも貴方は、フウケイさんに挑んだじゃないですか」

「あそこまで強いと思っていなかったからな……」

「我が師も褒めていましたよ、最後まで最善を尽くしていたと。失敗もありましたがね」


 実力不足を真剣に嘆いているのは、ほかでもない祭我だった。

 自信がない、といえばそこまでだが本人は深刻に悩んでいた。


「私が言うのもどうかと思いますが、貴方には胆力がなく虚勢を張る度胸もありません。それが最大の問題でしょう」

「どういうことだよ」

「自尊心がないということです。自分が強いと思っていないし、自分を強く見せようとしていない」


 以前に山水と三回戦って惨敗し、そのあともさらに格上の仙人と戦って未熟さが嫌になっているのだろう。

 己の至らぬ点をよく見ているとも言えるが、自分の弱点を探すことに躍起になっているともいえる。


「ハーン王も教えてくださったでしょう、心底から立派な王になれなかったとしても、立派な王を演じなければならない。それには、理想の王がどう振舞えばいいのか理解しなければならない」

「ううん……」

「貴方は……もうこれ以上、戦う力など必要ないのでは?」


 その言葉は、ある意味卒業を告げる言葉でもあった。


「貴方はバトラブの切り札を名乗るに値する、私を含めたほかの切り札に劣らない存在です。少なくとも、バトラブの当主様もそう思っていらっしゃるでしょう」

「……そうかもな、派手だし」

「私と比較して劣等感を感じる必要はありません。貴方は、私とは立場も役割も違うのですから」


 山水は武芸指南役であり、祭我は四大貴族の次期当主。

 その役割は、あまりにもわかりやすく異なっている。


「貴方にあるものは、あくまでも可能性であり選択肢。それをすべて埋めるなど不可能です。貴方には貴方の人生があり、すでに選んだものがあるはず。仙術を学ばなかったように」


 それは、スイボクや山水への敬意なのかもしれない。

 祭我は決して仙術を学ぼうとしてこなかった。


「そろそろ、具体的な目標を定めてもいいのではないですか? それは私ではなく、貴方自身が決めるべきです」

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