意見
まさか、ネズミでもけしかけて暗殺や嫌がらせをしようとしているのだろうか。
ありえないとは言い切れない想像は、ただの杞憂に終わった。
一応確認しに行った山水が、どうみても暗殺に見えない状況に遭遇したのである。
「ちょっと、ようやく見つけたネズミが、全然言うこと聞かないんだけど!」
「何度誘導しても、硬いものを噛んで前に進まないんだけど!」
「っていうか、このネズミ痩せてる! おなか空き過ぎて、元気ないんだけど!」
「先になんか食べさせてから行かせなさいよ! 段取りが悪いってどうなのよ!」
「ああ、もうネズミで連絡をとろうって言ったのは誰よ!」
「ネズミを見つけるのに時間かかり過ぎだし、ネズミに繋げるのにも時間をかけすぎだし! 最悪!」
「最初から普通に話しかければよかったじゃん! よく考えれば!」
「バカ! 私たちあの大天狗のお弟子様にケンカ売っちゃったのよ?!」
「そもそもスクリン様の陣営だし! どこにいるのかを探すところからだし!」
「大体わかってるけど、絞り込まないといけないし!」
「おい、お前らなにやってるんだ」
どうやら、小動物を操るとしてもそこまで自由自在に操れるわけではないらしい。
しかもそんなに計画的でもなく、緊急事態でもないらしい。
あてがわれているらしき部屋に入ってみると、そこではやかましい少女たちの口論が扉の外まで聞こえてきた。
「ひぃいいいいいい!」
「スイボク様のお弟子だわ!」
「ありとあらゆる国と時代で最強を不動にしているという、あの天狗のお弟子だわ!」
「あの伝説の暴れん坊のお弟子だわ!」
「殺される! 全員殺されるわ!」
「……」
やはり自分にコンタクトをしようとしていたのだ、と確認できたが、己の師匠の過去の行状を聞いてへこむ山水。
そのうえで、気を取りなおす。
「おい、お前たち。命を取ることはないので早急に要件を言え、さもなくば……戻るぞ。今後お前たちを無視するぞ」
単純かつ深刻な条件を伝える山水。
正直、彼女たちの話なんて聞きたくないが、それでも役目なので一応聞かねばならないのだ。
「それが嫌なら、一人代表を決めてさっさと話せ」
「お見苦しいところをお見せして申し訳ございません、大天狗スイボク様のお弟子であらせられるサンスイ様」
十人ほどいる少女たちは大慌てでひれ伏して、代表の一名が話し始めた
話が早くて結構だが、おそらく彼女たちにとって、天狗、あるいは仙人がどういう存在なのかを示していた。
「今回は知らぬとはいえ、貴方の敵方に回ってしまい、申し訳ございません」
「それはいい、咎めるようなことではない」
「ありがとうございます」
「しかし……まさか謝りたかったとでもいうのか?」
確かに客観視して、スイボクの弟子を敵に回していたと思えば、謝りたくもなるだろう。
しかし、エッケザックスも気にしていたが、そもそも彼女たちは何が目的で今回の件にかかわっていたのだろうか。
どうにも、計画に対して積極的でもなさそうだったのだが。
「いいえ、違います。大変申し上げにくいのですが……」
「なんだ」
本当に、大変申し上げにくそうだった。
「お金を恵んでください」
※
「どうやら婿探しに里を出たところ、世間知らずが災いして路銀を盗まれたりだまし取られたらしいのです。そして自分たちの術がスクリン様のお耳に入り、加担させられたと……おそらく嘘は言っていないと思われます」
彼女たちから事情を聴いて戻ってきた山水の言葉を聞いて、ソペードの前当主は脱力しテンペラの里の面々は納得していた。
「しょうもないのう……おおかた自分たちだけで出てきたのであろう。巫女道は全く戦闘に向かぬしの」
「はい、そういっていました。今回の試合で認められれば、路銀を報酬として受け取れるはずだったそうです。婿探しにも協力してくれる約束だったとか」
「そんな甘言に騙されるとはな……むしろ幸運だったということか」
誰がどう考えても、巫女道の使い手が解放されることはなかっただろう。
なにせ、神降しの使い手にとって外付けの供給源というのは、とんでもなく魅力的だからだ。
最大強化を神聖視していたこの国でも、だれもが認識していた明確な弱点であったからだ。
「なにせ王族だ。仮にスクリンの企てが成功しても、あるいは失敗したとしても、そう悪いことにはならなかったであろう」
ソペードの前当主は、自分の娘を思い出しながらそうまとめていた。
「嘘をつき利用することはあっても、そこから先に踏み込むことはない。もしもディスイヤで似たようなことになっていれば、無残なことになっていただろう。どんな資質を持っていたとしても、どんな技術を持っていたとしても、金を生む卵であっても乳を出す牛でも、目先の欲で使いつぶされていたに違いない」
ドゥーウェは傲慢であるし退屈しのぎに殺人をさせることもあるが、それは自尊心相応の地位にいるからこそ許されているし、わざわざ殺しては困る相手を殺そうとはしない。
今回も同様で、スクリンが彼女たちを消費することはなかったと思っているし、ヘキ達が勝ったとしても同じことになっていたに違いないと察していた。
「どうであろうな、迅鉄道の使い手が探しに来ていれば、とんでもないことになっていた可能性もあるぞ」
「……同じ里の者が助けに来ると?」
希少魔法の血統が大量に存在しているテンペラの里を例外としても、大抵の地域では一つか二つは希少魔法が存在している。
巫女道が存在している地域には、迅鉄道の使い手がいるのだろう。
未熟だった時代のスイボクの腕を奪ったという、すさまじい術の継承者。
それは恐ろしく思えた。
「迅鉄道って、動輪拳と同じなんですよね」
「ああ……それは怖いかも……」
「アレなら神降しが相手でも勝っちゃうか……」
「アレ強いもんねえ……」
テンペラの里の面々が、ああ、と納得している
どうやら、相性としては神降しの上のようだった。
なんだかどんどん地位が下がっていくが、それは仕方がない。
「流石によく知っておるのう、迅鉄道と動輪拳は大分術理が異なっておるが……おおよそ、戦闘に特化した術の中でも、最も隙がない。消費も多く自己強化できぬのが難点であるが……飛べるし遠距離攻撃もできるし、攻撃力も高いし防御力も高い。スイボクの腕をもいだのは伊達ではないぞ」
マジャン王国から、同胞を取り戻すために戦うことになったかもしれない。
そうなれば、被害は甚大だろうとエッケザックスは言っていた。
「巫女道から支援を受けた迅鉄道が集団で攻め込めば、一国ぐらい攻め落とすからのう。迅鉄道の殲滅力は魔法に劣る程度で、戦い慣れていれば魔法も法術も使えぬ軍勢なぞ……」
「それはとんでもない話ですね」
「まあ殲滅力で言えば、仙術の天地法が最たる例であるが……」
一個人で国を亡ぼして来たスイボクを知る彼女としては、そんなに驚くべきことではないのかもしれない。
「ただ……言うまでもないが、我が主にはどちらの術も教えるべきではないと思うがの」
「はい、それは同感です」
恩を売るというか、金銭の貸しに付け込めば、最低でも巫女道は教えてもらえるかもしれない。
しかし、山水とエッケザックスはそれを止めようと思っていた。
学園長は嘆くであろうが、今の彼に必要なものはまた別のはずである。
「……別に、これ以上強くなっても困ると思っているわけではないぞ?」
「別にそんなこと疑ってませんから」
金を貸すかどうかはともかく、祭我にこれ以上術を突っ込むべきではない。
彼の指導を行うべき二人は、意見を同じくしていた。




