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大人

 御前試合が終わった後、その夜に参加選手だけがハーン王とともに宴へ参加することが許されていた。

 王の前で行われる御前試合がそれだけ崇高で名誉なことである証明であり、同時にその国最強の男である王から直接評価をもらえるということであり、王の胸の内を聞くことが許されているということだった。



「俺の顔に泥を塗りやがって!」



 つまり、王も割と好き勝手に言いたいことを言えるということだった。

 自分の娘が見つけてきた祭我の胸倉を片手でつかみ、座ったまま持ち上げていた。

 その顔には、素の怒りが燃え上がっていた。


 平素なら彼の息子や娘が止めるところだが、当然参加選手の中に彼を止めていい人間はいない。

 というか、そりゃあそうだろうなとアルカナ王国側の人間も思っていたからに他ならない。


「てめえ覚悟はできてるんだろうなあ!」

「すみません、すみません!」

「ああん?! 試合の時の威勢はどこに行きやがった!」

「ごめんなさい、許してください!」

「男があっさり謝るんじゃねえ!」

「勘弁してください!」

「あれだけのことをして、こいてんじゃねえぞ!」


 祭我がその気になれば、それこそハーン王であろうと敵ではない。

 しかし、内心そりゃあそうだろうなあ、と思っているのでなかなか抵抗できなかった。


「サンスイ! お前も師匠ならきっちり躾とけ!」

「申し訳ありません」

「ああ、まったくだ! 試合前に謝ってなかったら、ぶち殺しているところだ!」


 試合の時同様に、ひれ伏して謝罪している山水。

 他を寄せ付けぬ実力を持つ二人が、異常に腰が低い。

 その異様な光景に、神降しを宿す娘たちは何とも言えないもやもやを抱えていた。


「ったく……まあこっちもスクリンの奴がボケたことほざきやがった手前、偉そうなことは言えねえからここまでにしておいてやる」


 比較的狭い部屋に集められた十四人を前に、ハーン王は豪華な料理をいらいらしながら食べていた。酒もぐびぐび飲んでいる。それこそ一人で酒も料理も食い尽くす勢いだった。


「……すみませんでした」

「お前もアルカナのバトラブだかの跡取りなんだろう。だったらあんな風に思ったことべらべらしゃべってるんじゃねえぞ」


 自分の息子や娘たちには、再戦するように発破をかけていた。

 しかしそれは、諸国の貴人を前にしていたからでもある。

 スクリンとスナエが言い争っていたあの状況では、他に何を言ってもドツボだった。


「……シヤンチ=エンヒ、シヤンチ=ケスリ、ドンジラ=ガヨウ、デイアオ=ヒンセ。未知の相手によく戦った。お前たちが弱かったんじゃねえ、俺がやっても似たようなもんだっただろう。だからまあ、そう気にすることはねえ」


 自分の女が貶めた戦士たちに、感謝と賞賛の言葉をゆっくりと語る。

 それが自分の前で試合をした彼女たちへの礼儀だったからだ。


「デイアオ=ウトウ、お前は確かに凶憑きに負けた。だが、あれは俺が戦っても勝てるもんじゃなかった。それだけ強い相手だった、恥に思うな」


 銀鬼拳ラン、瑞祭我、白黒山水と戦った三人には、個別に言葉を贈る。

 それだけの強者と、彼女たちは戦わざるを得なかったのだから。


「トレス、よく逃げなかった。こんなやつ相手に、よく背中を見せずに持ちこたえたな」


 あんなの狡いにもほどがあるし、あそこまで狂乱している相手と試合をするなど怖くて仕方がなかっただろう。

 それを思えば、褒めることしかできない。


「バイゴウ=シヨキ……どうだった。アルカナ王国最強の戦士は」

「……勝てるわけが無いと思いました」

「だろうな……あれは、なんだ……なんなんだろうなぁ……」


 なまじ、動体視力がいいからこそ理解できてしまう。

 山水はただ圧倒したのではない、速度も力も劣るくせに圧倒したのだ。

 第三者目線で見ていても、なぜ山水が彼女を圧倒できたのかわからなかった。

 ただ、そこには確かな理合が存在していた。

 偶然でも奇妙な術でもなく、戦闘の論理が確かに存在していた。


 改めて、ひれ伏している山水を見る。

 どう見ても強そうに見えない、やたら腰の低い男だった。

 

「まあいい……お前が一番強いってんなら、安心だ」

「ありがとうございます」

「トオンが世話になっているらしいが……あいつはどうだ」

「元々、私が教えるまでもなく素晴らしい剣士でした。私はその力添えをしたに過ぎません」

「……そうか」


 謙虚すぎて話になっていない。とはいえ、彼にこれ以上聞いてもまともな答えは返ってこないと理解する。


「今回は、改めて悪かったな。後継者争いってのは、本来ヘキ達が何とかするところなんだが、結果的にこの場の全員を巻き込んじまった。俺の女の不始末だ、許してくれ」


 王位継承権をかけて、兄弟で争う。その中で同じ血を分けた兄弟の命を奪うこともある。

 しかし、今回争ったのは、全員自分の子供ではない。だとすれば、それは謝るところだった。


「スクリンが暴走しても、それをひっくるめて跡目争いなんだが……まあ仕方がねえ、とは言えねえ。とにかく、悪かったな。無様な醜態も含めてな」


 スクリンは、敗者やその親族の前で自分の都合や自分のメンツのことしか言っていなかった。

 もしもあの場でハーンが罵倒しなければ、外交上とんでもないことになっていただろう。


「いいか……特にサイガ、お前だ」

「はい……」

「思ったことを、そのまんま口に出すんじゃねえ」


 とてもまとも過ぎて、なんとも言えない空気になっていた。


「聞いて無い奴もいるだろうが……負けりゃあ悔しいもんだ。それが今回みてぇな結果ならなおのこった。だがな、だからってそれをそのまんま当たり散らすな」


 素直に自分の感情を口にすることを美徳とする価値観もある。

 しかし、それには限度と節度があるのだ。


「人間、自分(てめえ)のことばっか考えてるもんだ。目論見が潰れればそりゃあいら立つってもんだ。だがなあ……こういう場以外でペラペラしゃべるな。みっともねえにもほどがある」


 王家の威信が地に落ちた、それはハーンも思わないではない。

 第一から第四までの試合でほめたたえていたが、それだって心中複雑だったのだ。

 だが、そこで卑小なふるまいをすればなお情けない。


「強いってのはな、かっこいいってことなんだ。王ってのはそういうもんだし、心の中でどう思ってたってそう振舞わねえといけねえ」


 たとえはらわたが煮えくり返っていたとしても、それでも大笑いして虚勢を張り、皆に悟られないようにしなければならない。

 負けて当たり散らすなど、恥の上塗り極まりない。


「勝って格好をつけるなんて当たり前だ、王ってもんは、大人ってもんは、負けても格好をつけるもんだ」


 酒をあおり、息を吐く。


「だから、酒と肉と女が王にはいる。嫌なことを忘れるために、やり過ごすためにな。それでも我慢できなくなった時、王はその椅子を次の奴に押し付ける」


 その言葉が、自分だけではなくこの場にいない誰かのことを意味しているのかも、おおむね見当がつく。

 スクリンの陣営七人は、黙って聞いていた。


「だからまあ、俺はトオンが国を出ることを許した。あいつは、気が利きすぎるからな。女がどう振舞ってほしいのか解るから、つい期待に応えちまう。あいつは女をだますわけじゃあねえが、女を夢中にさせちまう。女ってのは理想の男を求め続けちまうのさ」


 強い王でも、嫌なことがあれば憤慨する。それをごまかして豪快に笑う。

 良い男でも、嫌なことがあればうっ憤がたまる。それの癒しを女に求めることもある。


「俺は、あいつの結婚には全面的に賛成だ。あいつは人を見る目があるからな。あの性悪女をあいつが選んだんなら、それはそれで結構だ。スナエの方は……まあこれからだな」

「すみません……」

「だから謝んなって言ってんだろうが。勝ったお前が卑屈にしてたら、負けた奴は立つ瀬がねえだろうが。見栄を張れって言ってんだろ」


 周りの人間を不快にさせる態度をするな、と怒鳴りつける。

 心の中でどう思っていたとしても、勝者にして強者にふさわしい振る舞いをしろと言っていた。


「悪いと思ってるんだったら、頭下げるだけじゃなくて詫びの品も用意するもんだ」

「……あの、お金は」

「んなもんいるか! お前の国の法術使いの腕は見た。あれはとんでもなく有用だな、もっと欲しい。お前らもそう思うだろう」


 法術の治療、それを実際に受けた七人は頷いていた。

 確かに他人の傷を治せる術は、非常にありがたい。

 トオンが国家への献身として持ってきただけのことはある、とんでもない術だった。


「とはいえ、外国のもんをどさどさ入れるわけにもいかねえ。こっちにいる法術使いに、素養のある奴を見分けさせろ。そんでもって、そっちに留学させる。嫌とは言わねえだろうなあ」


 ハーンとしては、他の国の者からも選出したいところだった。

 そうすれば、今回の件の不始末には十分、と言いたいところだった。


「それは、その……カプトに連絡しないと……」

「ふざけんな! その了解がでんのは何カ月後だ!」


 バトラブの次期当主ではあるが、法術の本家であるカプトに了解が要りそうなことには即答できない。

 しかし、電話もメールも無線もない状況では、いちいちうかがうにも限度があった。


「詫びろって言ってんだろうが! それぐらいどうにかしろ!」

「はいっ! 善処させていただきます!」

「よし、この宴が終わったら法術使いに探すように言っとけよ!」


 これが恫喝外交か、と山水は感心していた。

 どっちが先に恫喝したのかはわかったものではないので、そこは本人の自業自得である。


「でだ、サンスイとかいったな。人参果やら蟠桃やら宝貝やらを作ったのは、お前の師匠だとかいうやつってのは本当か?」

「はい、目録にもあるように、我が師であるスイボクです」

「お前は作れるか?」

「無理です、習っておりません」

「……ちっ」


 露骨にがっかりしている、ハーン王。

 実際、ちぎれた腕が再生するところを見れば、そう思っても仕方ないだろう。

 腕をちぎられた少女には同情するが、まあ仕方あるまい。


「習えばすぐに覚えられるもんか?」

「いいえ、私が今から習い始めれば、どの品も完成する頃にはこの場の者が全員寿命を迎えています」

「……お前、仙人らしいな。何歳だ?」

「おおよそ、五百歳ほどです。仙人としては若輩でして、我が師は四千歳ほどだそうです」

「そうか……」


 スイボクは山水に対して剣を主に指導していた。

 その関係上、宝貝製作も錬丹法もまるで習っていない。

 よって、まったくのゼロから術を習うことになる。それこそ、数百年は必要とするだろう。

 マジャン王もその周辺の王女たちも、さすがに閉口していた。


「仮に、他の仙人を見つけたとしても、宝貝や蟠桃や人参果を作れるとは限りません。師匠はたいていの術が使えるのですが、普通の仙人は一つの術を極めるのが普通だそうです」

「つまり、今ある分以外はあきらめろってか……まあしょうがねえやな」


 流石にそこまで気が長くないし、目の前の山水が見た目通りの年齢と思う方が無理がある。

 五百歳という自己申告も、あの剣の技を見れば順当に思える。

 あれは天才とかそういう問題ではなく、度を越えて熟練された技だった。


「トオンの師匠だってんなら、この国の影降したちにも色々指導してやってくれ。半年は滞在してもらうんだしな」

「時間が許す限りは……」

「お前はトオンの嫁の護衛だろう。それならまあ、多分ずっとつきっきりだろうぜ」

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