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教訓

 七戦がおわり、一応の決着を見た。

 しかし、戦いそのものよりも重要なことがある。この戦いの結果に対して、各人がどう思うかであった。


 七戦全敗。その事実だけで惨敗であったが、どの戦いも一方的なものだった。

 何一ついいところが無く、ぼこぼこにされ続けただけ。ドゥーウェの言葉は半ば真実であり、面白くないと言われれば真実であろう。

 見るに堪えない、という言葉も適切ではあった。痛々しくて、という意味で。


「ぐ……」


 手首足首、肘膝、肩股関節。

 それらをすべて脱臼するという異次元の状況に、バイゴウ=シヨキは身動きも許されなかった。

 とはいえ、脱臼は脱臼。ある程度心得のあるものなら、治そうと思えば治せる。


「腱も切れていません、これで大丈夫のはずです」

「ああ、感謝する」


 骨を組みなおされた彼女は、礼を言いつつ寝転がっていた。首を傾けると、他の戦士たちも治療されており、自分が幸運であったと再確認する。

 アルカナ王国からトオンが連れてきた法術使い達は、その術を公然の場で使い各国の貴人が見守る中、試合の敗者たちを治療していた。

 逆に言って、法術使いが活躍するほど、この国の医療技術では追い付かないケガを負った戦士が多かった。


 四器拳(しきけん)ヤビアと戦ったシヤンチ=エンヒは止血や接合こそ済んでいるものの、手を切断され腹部も割かれていた。

 爆毒拳(ばくどくけん)スジと戦ったシヤンチ=ケスリは全身に軽い火傷を負い、広い範囲で皮膚を失っていた。

 酒曲拳(しゅきょくけん)カズノと戦っていたドンジラ=ガヨウは、全身の骨をいびつに折っていた。

 霧影拳(むえいけん)コノコと戦ったデイアオ=ヒンセは、一番ましで気管が潰れかけており頭部にダメージを負う程度で済んでいた。

 銀鬼拳(ぎんきけん)ランと戦ったデイアオ=ウトウは、比較的ましなことに腹部へ打撲を受けている程度。

 瑞祭我と戦ったマジャン=トレスは一番深刻なことに……うん、まあ、なことになっていた。

 白黒山水と戦ったバイゴウ=シヨキは、脱臼ぐらいで済んでよかったと思うべきだろう。


 試合会場のすぐ近くのテントで、敗者たちは貴人に囲まれながら治療を受けていた。

 各国の王になれる、というほどではなかったとしても上位に位置する王女たちは、今法術の実験体となっていた。

 もちろん、処置しなければ死ぬか、取り返しのつかない傷を負うことになっていただろう。


 まさに、恋は命がけ、というところだろう。

 確実に、こういう意味ではないはずだが。


「人参果があってよかったですね」

「マジャン=トレスに人参果の果汁を投与しましょう」

「ありがたいことだ」


 法術の輝きによって、軽いケガも重いケガも目に見えて治療されていく。

 どう考えても助からないだろう、という重体に関しては人参果によって欠損さえも修復されていく。

 それを見る各国の貴人たちは、この国へもたらされた術の有用性を認識していた。


「スゴイもんを見たな」


 ハーン王は、想像を絶した結果の証明を前に、トオンやヘキへ語り掛けていた。

 まるで悪夢のような光景だったが、それは確かに起きたことなのだと目の前に並んでいる。


「前半の四人は、まあそういうやつもいるだろうとは思っていたが……ランもサイガも、サンスイも、あり得ないほど強かったな」

「ああ、スナエや兄貴にゃ悪いが、ここまでになるとは思ってなかったぜ」


 各国の王族も、青ざめていた。

 自分たちこそ他とは比べ物にならないほどの実力者である、と信じて疑っていなかった。

 しかし、世界は広い。後半の三人は王を相手にしても、いいやこの場の貴人が総がかりでも及ばないと確信できるほどだった。


「父上、私はサンスイ殿に挑み、奥義を破られ敗れました。その後彼の弟子になり、精進を積んでここに至っております」

「……確かに、大したもんだったな。あれは剣術を極めてやがる」


 若い、幼い子供だった。

 背も低いし、お世辞にも強そうではない。

 しかし、その動きを見れば、天才というレベルでは収まらない実力者だと理解できる。

 

「彼の領域に、今は近づけています。ですが……私とランとサイガの三人で、一年ほど前にある男と戦い負けました」

「……本当か?」

「はい、あの二人も今ほどではありませんでしたが、既に相当の実力者でした。ですが……私たちの前に立ちふさがった男は、伝説に語られる仙人でした」


 天槍を持った、復讐に燃える仙人。

 その実力は、今でも遠く及ばないと悟っている。

 当然だ、三千年以上鍛えた相手に早々追いつけるわけもない。


「その仙人を迎え撃ったのは、第七戦士シロクロ・サンスイの師であるスイボク殿でした。彼もまた仙人であり……神話で語られる荒ぶる神その人であり、神話以上の力を我らの前に示しました。この国を目指す前は稽古をつけていただいていたのですが、私とランとサイガとサンスイの四人がかりでも及びません」


 その言葉は、大きい声ではなかった。しかし、トオンのよく通る声は、その場の全員に聞こえていた。

 一体どういう次元の話をしているのだろうか、と誰もが言葉を失っている。

 布の上に寝かされている、意識のある敗者たちも、意味不明さに自分が混乱しているのかと思っているほどだった。


「ただ、それはとても珍しい例です。重要なことは……公正で公平な戦いの結果が、これであるということです」


 スクリンにとっても、その陣営にとっても、とてもつらい言葉だった。

 自分たちのほれ込んでいた男が、自分たちを試金石や捨て石だと思っていたのだから。

 そして、それを自分たちが覆せなかったことが、悲しかった。


「この世界で、本当に一番強いと言い切れるのは、スイボク殿だけなのでしょう。誰が何人相手だったとしても、国家を敵に回したとしても、傷を負わせることもできない絶対の強者と呼ぶに値するのは、彼だけです」


 神降しは、最強でも無敵でもない。

 少々珍しいだけの、ただそれだけの魔法なのだと言い切っていた。

 しかし、それを否定する材料は、もはやどこにもない。


「……父上、私は王家の生まれとして王気を宿し、そのことを誇りに思ってきました。ですが……」


 兄に続く形で、スナエも悲しい事実を口にする。


「はっきり申し上げて、兄上の影降しを羨ましい、と思わなかったことが無いわけではありません。影降しや凶憑き以外と戦うときは、神降しが絶対的に優位だったことが無いのです」


 マジャンやその周辺を出ると、今まで通りには行かなくなった。

 最大の神獣化こそ唯一絶対の回答と思い込んでいたが、それは間違いだったのだ。

 強いとは、個体として完結するものではない。どんな環境で戦うか、誰を相手に戦うか、それが決めることなのだろう。 


「そもそも、神降しに比べて下とされる影降しが、絶えることなく今日まで存続してきたこと自体が、影降しの優秀さを表しているのではないですか?」


 影降しでは、神降しに絶対勝てない。この近隣では、神降し以外には一切の術が無い。にもかかわらず、影降しは存続し続けてきた。

 占術が失伝していることを考えると、影降しが存続していることにも理由があるのだろうと察しが付く。


「神降しは、決戦に強い。影降しは、それ以外のほぼすべての状況に適応できる。だからこそ、どの国でも求められていたのではないですか?」


 何の術も覚えていない相手に強い、という程度ではない有用性が確かにあったはず。

 それはスナエ自信も幾度となく実感していたことだった。


「母上」

「……なんですか、スナエ」

「私たちは、人間です」


 とても、つらいことを言っていた。


「祖霊の偉大さは変わらずとも、その力をお借りしている私たちは、ただの人間です。他の術の使い手に後れをとり、敗北することもある……」


 思い出すのは、スイボクの告白だった。

 己の兄弟子を前に、絶大な力の差を示し続けた。

 自然災害を手足のように操り、神域の剣術が同居した怪物を見た。

 その彼が、どれだけ真摯に武を修めていたのか知っている。


「母上、私たち王気を宿した王族は、特別な人間です。特別な人間同士で切磋琢磨し、研鑽してきたのです。弱いわけがない。ですが、それでも……私たちよりも更に特別な人間がいて、同じように必死で己を磨いているのです」


 あの彼を見て、自分たちは強くて努力しているなどとは口が裂けても言えない。


「認めましょう、母上。私たちは、強い。しかしもっと強い相手がこの世界には存在し、私たちと違う形で己を高めているものもたくさんいるのです。もしも、遠い未来にこの国が他の文化圏から進攻されれば、その時には……」

「そんな……」


 この場の誰もが、この状況を深刻に考えていた。

 公の場で神降しの使い手が惨敗した。

 それも、後半の三人はまだしも、前半の四人は明らかに雑兵だった。

 雑兵を相手にしても、神降しの精鋭は勝てなかった。


 この場の貴人もさることながら、国民が見てしまった。

 おそらく、観客たちだけではなく多くの国民にも伝わるだろう。


そんなこと(・・・・・)のために、こんなことをしたのですか!」


 つまり、王家を抜ける二人の兄妹が、王家の威信に砂をかけたのである。


「もしも、遠い異国から進攻されれば、この国も周辺の国も侵略される?!」


 これから今すぐ、確実に発生する事柄に関して彼女は憤慨していた。


「それは何年後ですか、何十年後ですか、何百年後ですか!!」


 彼女にとって重要な『今』を、自分の息子と娘が汚したことが許せなかった。


「なぜそんなことを、今の私たちが心配しなければならないのですか!」

「火急の事態になってからでは遅いのです! 私の配下も婚約者もサンスイも、大慌てで神降しの対策をしたわけではありません! もちろん神降しに対してどう戦うのか指導はしましたが……」

「ならば、それが敗因でしょう! 貴女は私に恥をかかせたのです!」


 もうおしまいだった。

 スクリンの野望は完全に断たれていた。

 トオンを王にする野心は、ここに潰えていたのだ。


「王族の威信は、命よりも重いのです! スナエ、貴女はそれをなんだと……」

「母上、私は……」


「黙れぇああああ!」


 ハーン王の怒声が、大地を揺るがすほどに響いていた。


「スクリン、お前は何をボケたことをほざいてやがる! お前が集めた、お前が声をかけた、お前のために戦ったやつらの前で、情けなくてみっともなくてどうしようもねえことを言ってんじゃねえ!」


 王として、一番大事なことを叫んでいた。


「何を被害者面していやがる! お前がまずあの子らに謝れ! (ねぎら)え! 違うか!」


 これが、病に倒れていた王の覇気とは思えなかった。

 この国最強の雄は、自分の女の醜態を怒鳴りつけていた。


「お前が俺と決めた約束通りに戦わせた結果がこれだろうが!」

「で、ですが……王気、神降しの威信が……」

「俺の前の試合で、八百長しろってか?! そこそこのをそろえて、適当に戦わせてりゃあよかったってか?!」

「し、しかし……歴史に傷が……」

「負けるのが嫌なら、戦うんじゃねえ!」


 強者の国、その王が誇りを示していた。


「負けるのが恥だってんなら、勝つってことは相手に恥をかかせるってことか?! ふざけんな、そんな理由で戦うんじゃねえよ!」


 憤怒した王は、敗者たちをいたわり、ねぎらっていた。

 あるいは、己の国を割ろうとした彼女たちの名誉のために、その力の限り叫んでいた。


「いいか! 弱い奴が逃げるのは恥じゃねえ! 戦うって言ったやつが戦いもせずに逃げるのが、強い奴がもっと強い奴を前に逃げるのが恥なんだ! あいつらは、全員逃げないで戦っただろうが! それのどこが恥ずかしい! それともなにか、お前がその恥を雪ぐために、あの三人と戦えるのか!」

「それは……」

「だったら黙ってろ! 強いくせに自分の血を流す度胸もない奴が、こいてるんじゃねえ!」


 今が大事というのなら、今まさに戦った彼女たちをこそ、王は大事に思わなければならない。

 それが礼儀の根幹というものだからだ。


「一番大事なのはそこだろうが! 間違えてんのはお前だ!」

「……申し訳ありません」

「俺に恥をかかせたのはお前だ! とっとと失せろ!」


 王に一喝されれば、もはや彼女に居場所はない。

 一礼して、去ることしかできなかった。

 その背中には、敗者の哀愁が漂っていた。


「……スナエ、いい男を見つけたな」

「はい」

「トオン、いい師を得たな」

「はい」


 この場の誰もが、戦士としての力を持っている。

 だからこそ分かるのだ。あの試合で戦った誰もが、必死で力を積み重ねた強者なのだと。


「恵まれた資質だとか、恵まれた環境だとか、そんなことは些細なことだ。お前たちが得た奴らは、全員必死で強くなっていた。強くなり続けていた」


 祭我など顕著だった。

 あんなに強い必要が無い。

 神降しを相手に、明らかに手を抜いていた。手を抜いた上で、圧倒して蹂躙していた。

 彼に恵まれた資質があるとしても、あり得ないほど強かった。

 それだけ、強くなりたいと思っている証拠だった。


「ヘキィ!」

「お、おう!」

「他のガキどももだ……よく聞けえ!」


 マジャン=ハーンは一国の王として、己の子たちに試練を課していた。


「負けっぱなしじゃあいられねえぞ! 十年、いいや五年だ! お前らはスナエに負けねえ部下をそろえて、こんどはこっちがアルカナに殴り込みだ! 今度は全敗なんてみっともないところは見せられねえぞ!」


 戦って負けたなら、戦って勝てばいい。

 同じ失態を繰り返さないために、もっと強い国になればいい。


「いやあ楽しくなってきやがった! なあ、おい! こっちが攻め込んで侵略するぐらいの勢いで強くなるぞ!」


 強い王は、負けっぱなしではない。

 負けたら勝てるように努力する、当然の理屈だった。

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[良い点] 毒親ざまぁぎもぢィィいいい
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