暗殺
俺がこの国が興る前から生きている、という点に関しては一応の理解をしてもらった。
というか、俺の馬鹿げた剣の技量に納得をしてもらったと言ってもいい。
確かに若いとかその辺りを抜きにしても、明らかにおかしいからな。
五百年鍛えて強くなったなら、そりゃあこれぐらいできるだろう。そういう納得だった。
「それで貴方、話は戻すけどブロワと結婚する気あるの?」
俺が五百年以上生きていると知っても、見た目が偽られていないということで、さほどの嫌悪感を抱かなかったらしいお嬢様とブロワ。
確かに俺だって、ブロワが実はお婆ちゃんでした、とかだったらショックだ。
俺だってそうなんだから、二人はさぞ嫌だろう。
そもそも仙術は原則として自然に沿う術なので、擬態とかはできないのだ。気配を希薄にすることができるぐらいである。
とにかく、ブロワは未だに俺の事が好きらしくて、お嬢様もそれをくみ取っている。
レインが既に寝ていて、俺も眠い時間にお嬢様はそんなことをおっしゃっていた。
なお、お兄様とお父様は王都に騎兵隊を率いて帰っている。
「そうですね……正直、五百年ぶりに肉欲を感じるかが疑問なんですが……」
なにせ老成ってレベルじゃないぐらい生きているしな。まず男性的に生きているのかが疑問だった。
そして、仮に機能が残っていたとしても、五百年以上年下の相手に対して興奮するだろうか。
俺から見れば、レインもブロワも学園長先生も大同小異なのである。見た目は大事だが。
かと言って、年齢が上であろうエッケザックスに対して興奮するかと言えば、それも別だが。
「それに、積み重ねた修行が台無しになるのではないか、と言う懸念もあります」
仙術も剣術も、無駄を省いていくものだ。
そして欲求や守らなければならない者など、完全に俗世間そのものである。
何分五百年童貞だったので、その辺りの事が未知数であるともいえる。
「とはいえ、人が恋をするのもまた自然の営み。それを否定するつもりはありません。大体まあ、女を知ったぐらいで台無しになるならその程度と言うことです。それに未熟な私が今の自分を守ろうとするのは、余りにも滑稽という物。修行が足りなかったと判断して、鍛え直すまでです」
自分を変える、と言うのは自分が間違っていたと認めることだ。それを認めるのは勇気のいることである。
そして未だに未熟な俺は、自分を変えることにも踏み込んでいかなければならない。
「とはいえ、別の心配もあります」
「あら、分かっているようでうれしいわ。貴方、ブロワの事を愛しているわけじゃないのね」
とても沈んでいるブロワ。だって、俺は自分の都合しか語っておらず、ブロワが好きだとか欲しいとか言っていない。
だって、求めていないし欲していないのだから。
お嬢様と結婚するのは嫌だと思うし、ブロワと結婚するのは好ましいと思うが、それはそれとして恋をしているわけではない。
そういう感情は憶えているが、しかし、実感が持てないのだ。
「それは悪いと思うので、一年ぐらいをめどに頑張ろうかと」
「それはそれで失礼だけど、私としても賛成ね。一年ぐらいかけて、ブロワの事を女として意識してあげなさい」
なにやら、お嬢様も真剣に悩んでいる様子だった。
一年と言う時間は、彼女にとっても意味があるらしい。
「私、貴方が五百年も生きていると聞いて、少し危機感を持ったのよ。私ってこのまま、お父様とお兄様が死ぬまで結婚できないんじゃないかって」
俺もブロワも、それを一切否定できなかった。
お嬢様もそれを利用していた節もあるが、それでもあの二人の熱中ぶりはおかしい。
そして、このままでは本当に、売れ残り扱いになりかねない。
女性には旬があると、お嬢様は再確認してしまったのだろう。
「とはいえ、私が言うのもどうかと思うけど、私に言い寄ってくる男はろくなもんじゃないのよね」
お嬢様も年頃の女性だ。多分ふさわしい相手が現れていたら、反対なんて押し切っていただろう。つまり、正にろくな相手がいなかったのだ。
「困ったことに、私って男に対して理想がないのよね」
それは確かに問題だ。寿命がない俺よりも、時間制限があるお嬢様の方が深刻かもしれない。
「最悪、サンスイにするわ。今まで見た中で一番マシだもの」
それは俺にとっても最悪だな。
しかし、根本的な問題が解決していない。お父様とお兄様をどうするつもりなのか。
正直、相手が俺であることを抜きにしても、絶対に応じないと思うのだが。
「その時は、サンスイ。両方を殺してね」
ますます最悪だった。
できないわけではないが、それは相当最悪である。
俺が一度、お嬢様の政治上の都合で誰かを殺せば、それは周囲にとって脅威になるだろう。
なにせ俺が誰かを殺そうと思った場合、殺せない相手なんていないからだ。
「お嬢様、それは余りにも……」
「私だって説得はしていくつもりだけど、どのみちどっかの国からでも求婚されたら、その国に攻め込みかねないわよ」
確かにあり得る。っていうか、自分の娘に殴りこみかけてきたからな。正にさっき、今日の事である。
「そっちの方が問題でしょう。事故に見せかけて、両方殺せばいいじゃない。大丈夫よ、お兄様にはもう世継ぎがいるし。家督の主張をしなければ、それでいいんじゃない?」
それはそれでどうなんだろうか。
貴族と言う家のシステムとしては正しいが、それを身内が行うのはどうかと思われる。
お嬢様を結婚させたくないと、お兄様とお父様は実力行使をいとわない。
お嬢様はお嬢様で、結婚したいからとお兄様とお父様を殺そうとする。
どっちも末期感がある。やっぱ、あの二人がトップと言うのは貴族としてどうかと思われる。
「まあ、それより先に男探しよね。どっかにサンスイよりもいい男居ないかしら」
どうだろうか、お嬢様の基準は結構厳しいと思うので、国内では難しいと思われる。
そもそも、一面であっても釣り合う相手がいるか怪しいしな。
「正直、人生で一番危機感を感じているのかもしれないわね」
自覚をしているらしく、お嬢様の顔色は優れなかった。
だって、この国の上流階級の男で、知らない相手なんていないしな。
高嶺の花であることに誇りを感じていたお嬢様が、婚期に焦るというのは一種滑稽なのかもしれないが、俺もブロワも笑えなかった。
そうして、作戦会議は終わる。
その上で、少し前の様に俺とブロワは話をしていた。
「お前の事情はよく分かった。お前が私に限らず、その、欲がないということも理解できた」
やや緊張しつつ、俺と向き合って話をしている。
とても恥ずかしそうだった。それは見るからに明らかで、可愛らしいと思うべきなのだろう。
ただ俺の場合は、昔の俺だったら、という一種の懐郷感にちかい。
年下の子供に向けた感情、と言えば伝わるだろうか。
「だが、その……私は、お前の事が、好きだから……お前に興味を持ってもらえるように頑張るつもりだ」
俺よりも背の高い男装の麗人が、もじもじしながら俺に好意を伝えている。
それは嬉しいのだが、やっぱり興奮はしないわけで。これはもう、リハビリに近いのかもしれない。
「もちろん、護衛には支障が出ないようにするつもりだ。そこは安心してほしい。お前にばかり、頼りきりになるわけにはいかないからな」
今までは、お互いを男女とみるべきではなかった。
俺たちにとって、優先するべきはお嬢様だからだ。
もしも俺達のどちらかが、お嬢様の危機よりも相手を優先していれば、何のための護衛かわからない。
「レインの良き母親にも成れるようにも頑張るつもりだ」
「そうか、それは嬉しいよ」
「それから、お嬢様に相手が見つからなかったときは、妾でかまわん」
「それは俺も嫌だな」
本心から思う。
どうか、お嬢様が気に入って、且つお嬢様を受け入れてくれる奇特な人がいますようにと。
確率が低い時に祈るのは人間的な行為だが、無意味であり、大抵裏切られる。
それでも祈らずにいられないのが、人間ではあるのだが。そういう意味では、既に俺も人間性を取り戻しつつあるのかもしれない。
日間一位ありがとうございます。
ただ、ストックが尽きたので今後は更新が滞ると思われます。
どうかご容赦ください。